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『さよなら、そして── 』
三代 梓la2064

●独り語る。 壱

「ずいぶんと草が伸びてしまっているわね」

 ワンピースに掛かる項にしっとりと籠る熱気を感じ、三代 梓(la2064)は後ろ髪を上げて風を通す。
 首筋を撫でるわずかな風に涼を感じ、彼女はほぅと吐息を溢した。
 目の前には、言葉の通りに野放図に葉を伸ばす緑の草々。
 そして少し水垢と苔が付き始めた、『三代家之墓』と刻まれた墓碑。

(ここにもしばらく来てなかったしね……)

 ごめんなさい、と内心で手を合わせてから、長軍手を指先までぎゅっと押し込めて梓は草を抜き始めた。
 以前に来たときにはまだ春先の早い時分だったから、草も伸びてはいなかった。

「あの時に相談しに来たことの続きを、今日は話に来たのよ」

 応える声は無いままに、梓は独り、言葉を紡ぎながらに手を動かし続ける。
 草をひとしきり抜き終えて束ねると、バケツに水を汲んでから縁石、玉砂利そして墓碑へと水を掛ける。
 乾いた空気に湿気が立ち上り、もわりと頬に当たった。タオルで汗と共に湿気を拭って、また作業を再開する。
 愛おしむように束子で墓石の表面を磨き、流し、また磨き。
 暫くぶりの逢瀬を愉しむように、梓は無心になっていた。

「あなたたちの事を忘れたりする事は決してないけれど」

 シャカシャカと束子が硬い石の表面を擦る音がする。蝉しぐれの声と重なって、シャカシャカシャワシャワと。 どこかで竿竹屋の声が聞こえた。

「私はまだ生きているし」

 ざぱりと柄杓から水が垂れる。撥ねた飛沫に太陽が照り返して、輝いている。

「独りで生きていけるほどには強くないから」

(これは、言い訳なのかしらね)

 随分と都合のいいことを言っているなぁとは思う。
 それこそ、長くはないとはいえ半生を共にした伴侶と、腹を痛めた我が子らに対して薄情ではないかと──。
 そんな懊悩もあった。

「改めて、あの人と一緒に生きていくことにしました」

 でも、言わなければならない。黙って、行くことはそれこそ赦されないだろう。だから。

「何も今日に言わなくてもって、そう思う?」

 ううん、でも今日でもなければあなた達には会えないから。
 私を置いて行ってしまったこと、やっぱり未だに寂しかったりはするのよ。


●独り語る。 弐

 目覚めたときには全てが手遅れだった。白い天井を見上げていた。
 視線を横に移すと、真新しい桐箱が三つ、お行儀よく並んでいた。
 伸ばそうとした手は、腕に繋がれたいくつものチューブに遮られた。

 現実を突き付けられ、受け止められず、抜け殻のままに居を移した。
 あなた達との思い出が、声が、匂いが。辺り中に刻まれているあの部屋にいることが耐えられなくて。
 でも……後を追うことも出来なくて。

「演じる事は好きだし、得意だなんて……笑っちゃうわね」

 いつかのインタビューの記事。

『お母さん、ずいぶんよそ行きの顔してる!』

 そういって笑ってくれたわね。
 いくら言っても信じてくれなかったけど、あなた達を生む前のお母さんは、そこそこ人気もあったのよ。

(ああ、何か……ビデオでも撮っておけば良かったわね)

 何かの時に、普段の様子が分かる写真や映像があるといい──。
 そう言ったのは、式場のプランナーさんだったかしら。
 まだ早い、なんて言わずに記録に残しておけばよかった?
 それとも──そんなものを見たら、辛くなるだけかしら。


 日の当たるところはどうしても辛くて。あなた達の笑顔を思い出すから。あの日の天気も晴れだったから。

『今日は行楽日和になって、佳かったな』

 そう言った貴方の声を想いだすから。

『二人とも、寝ちゃったか』

 夢見心地に聞いたその声を、忘れられないから。

 日の当たらないところで静かに生きていこうと、夜の路地にひとつ、店を出した。
 ここを護っていこうと。拠り所にしたいと。
 そんなことを、ぼんやりと想っていたの。


●独り語る。 参

 そんな抜け殻のような体で独りでいたところに、あの人がやってきたの。
 最初はもちろん、その他のお客さんと変わらない様子で。
 随分大きな人だなぁと思ったのは覚えてるけど、それ以外は特に別に。
 営業だからSNSのアドレスは交換したけど、深い意味は無かったわ。

 次第にメッセージのやり取りが多くなって、お店にも何度か来てくれて。

 大切な話があるから、店を閉じた後で話が出来ないかって言われて。
 改まって呼びつけた癖に、一向に要領を得ない話だったから……とても困ったわね。
 この人は何を言っているんだろう? って。

 そういったところ、貴方と彼、少し似ていたのかも。
 暫くしてから告白されてるって分かって、ますます困ってしまって。

 ──そう、そんな感じだったのよ。前に報告に来たときには簡単に要点だけだったから、話さなかったけど。
 そんな感じ。

 あれから、一年くらい。最初は特に意識とか……してなかったと思う。本気でもなかったし。
 最初のイメージがアレだったし。
 お客さんだし無碍にするのもなぁって打算があったかな。

 でも、やっぱり淋しかったんだと思う。それに、思ってたよりもあの人が大人だったの。
 だから、この一年はとても楽しかったわ。
 こうして今、ここに来られているのも多分あの人のおかげ。
 そうじゃなかったら……多分、自棄でも起こしてナイトメアに喰われてたんじゃないかしら。
 貴方の敵を討ちたいって気持ちは、今でもあるんだから。

 ええと。何の話でしたっけ。少し脱線しちゃったわね。
 とにかく、今はきちんと生きていけてますし、元気になりました。
 それと、この6月に再婚しましたっていうご報告。
 苗字は変えてないわ。

 だって、私は──三代 梓だから。
 ありがとう。いつまでも私の大切な、あなた達。


                                      さよなら、そして── 了 

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

こんにちは、かもめです。この度はご発注いただき、どうもありがとうございました。
節目の報告、大切ですよね。
キャラクターの設定と発注文を読ませていただきながら、かなりアドリヴ多めで書かせていただきました。
解釈違い、リテイクなどご要望ございましたら公式からお気軽にどうぞ。
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かもめ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年08月14日

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