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『Turning Point 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001

 今、ニューヨークの某展望レストランにおいて、数度めとなるH.O.P.E.と古龍幇との会合が行われていた。
 先日は古龍幇の本拠地たる香港へH.O.P.E.会長が訪れた。ゆえに今日はH.O.P.E.本拠地へ古龍幇の長が出向いてきた。言ってしまえばそれだけの話だ。
 そして、会長が長をニューヨーク本部へ招かなかったのは、エージェントの巣窟へ長を引き込むことを避けてのことだ。通常の人間にとってライヴスリンカーとは脅威そのもの。ホストであり、ライヴスリンカーである会長としては当然の配慮と言えよう。
 とはいえ、ニューヨークはH.O.P.E.の勢力下とは言い難い。H.O.P.E.は正義の味方であり、この地ばかりの守護者ではないからだ。
 そこが香港から中国全土に根を張る古龍幇とちがう点だな。おかげでこうして隙を突かれることにもなる。
 胸中でつぶやいたリィェン・ユー(aa0208)は床を踏み割る勢いで震脚、勁を乗せた掌打を男の顎へ打ち込み、崩落させた。
『英雄がこの世界に至り続ける限り、ヴィランもまた増え続けるわけじゃな』
 おもしろくもなさげに嗤うのは、彼と共鳴する英雄イン・シェン(aa0208hero001)だ。
 会合へ襲撃をかけてきたヴィランは約100組。全員がライヴスリンカーであることを考えれば、それなりの組織と言えよう。
「護衛についてるエージェントは特務部の腕利きだ。大兄も会長も心配はないだろうが」
 と。ここで唐突にリィェンのスマホが着信を告げる。
『え、リィェン君、そこにいるの!? とにかく危ないからすぐ離』
 流れ出したテレサ・バートレット(az0030)の声音は唐突に途切れ、代わりに古龍幇の長たる青年の声音が後を継いだ。
 その辺りにいるのだろう。状況は聴いて察しろ。理解ができたらH.O.P.E.の援軍よりも早く上がってこい。幇の面子とおまえの私心のためにな。
 それだけを告げて、通話を切る。
『ニューヨークまでつけてきたこと、見透かされておるぞ』
 インの言葉に喉を詰めるリィェン。
 彼は今日、幇ともH.O.P.E.とも関係なく、一個人としてニューヨーク入りしているのだ。
「つけてきたわけじゃない。先回りして待ってただけだ」
 この手の会合となれば、会長の護衛には当然、特務部がつく。つまりはリィェンの想い人であるテレサ・バートレット(az0030)もだ。
 対してリィェンは、長の警護から外されている。これもまた当然のことで、リィェンは長の系譜に加えられたとはいえ、末端も末端である。いかに武を誇ろうと、幇の行方に関わる会合において長の側付を務めるようなことは認められない。
 だからこそ長は、会合についてをH.O.P.E.側から聞き知ったリィェンに釘を刺すこともなく無言で見逃し、そして今、澄まし顔で呼びつけた。
 いざとなればの保険……という建前じゃろうな。
 武姫ならぬ“姫”として生まれたインは、リィェンよりも遙かに政治を知っていた。だからこそ推し量れてしまう。長の公人としての本音と術数を。
 リィェンよ、そちはつくづく面倒な女子に惚れてくれたものじゃ。近づくほどにしがらみの糸絡みつき、身動きできぬまま焦点へと引き込まれゆくのじゃから。
 胸中でため息をついて、インはさらに漏れ出しかけた言葉を飲み下した。
 ……そうあったとて、今は得られるものを得るときじゃ。後先は考えずにの。
『ま、そちの言い訳はともあれじゃ。長は機を投げてくれた。なれば力を尽くして食らいつけ』
 それだけを言葉に変え、インは押し黙った。今、それ以上に言うべきことはなかったから。
 対してリィェンは。
「テレサを救う。ああ、大兄と会長もだ」
『唱える順がちがっておるわ』
 思わずツッコんでしまったのは、しかたないこととして置いておこう。

 展望レストランはこのビルの47階にある。エレベーターに乗れるはずがないから、リィェンは階段を駆け上っていくわけだが……路を塞ぐ敵は多く、それなりに手練れだった。
「ふっ!」
 前に出した右手を強く握り込むことで体を固め、敵の蹴りを弾いたリィェンは、その固さを解くことなく突き出した左拳で打ち据え、重心を流して肩からぶち当たる。
「武器が使えないのは面倒だな」
 完全武装したライヴスリンカーを相手に不殺を貫くのは、想像以上に難しい。それを貫くのはテレサの正義を穢さぬためであり、この地へ招かれた長の面子を潰さぬためだ。ヴィランの処遇は法へ委ねられるべきもので、今日は客人である古龍幇の関係者が出過ぎた真似をしでかすわけにはいかないのだから。
 それだけじゃなく、テレサに誰かの死を負わせるわけにはいかないからな。
 体に刻まれた痛みを内功で押し退け、リィェンは息を整えた。
「全力で出し惜しんでいくぞ、イン」
『それでよい。とにもかくにも力を減らさぬことに努めよ』
 手練れとはいえ“それなり”程度の者どもで、しかも数だけはそろっている。本気を出していては体力と気力を削がれるばかりだし、その向こうで強者が待ち受けていないとも限らない。
 いや、確実におる。この有様を見やれば明白じゃ。
 インが口に出さなかったのは、リィェンへ悟らせたくなかったからだ。知らせたところで状況が好転するわけではなし、それこそ彼に余計な負荷をかけることとなる。
 その心を知らぬまま、リィェンは横蹴りから繋いだ縦振りの裏拳で敵を打ち据え、一気に階段を跳び越えた。
「H.O.P.E.の援軍が下に着いたらしい。もう少し急がないとな」
『おお。そろそろ強者が出張ってこようゆえ、心を構えておけ』
 うなずいたリィェンは奥歯を噛み締め、内で言う。
『テレサはいざとなれば会長と大兄の盾になる。それだけはさせられない』

 そうしてたどりついた展望レストラン。
 叩き割られた自動ドアの残骸を素通り、リィェンは内へ滑り込む。
「古龍幇のリィェン・ユー、推参した!」
 声を張って告げたのは、味方へ到着を知らせると同時、内に潜り込んだ敵がいるならその気を逸らすためである。
 と。あちらこちらへ潜んでいた特務部のエージェントたちが彼を見、長のほうへ目を向けた。
 うなずく長の横には会長と、そしてテレサの姿がある。
「テレサ、無事か」
「リィェン君、どうしてここに」
『来るぞ!』
 一点に気持ちを縫い止められてしまったリィェンの代わり、周囲を警戒していたインの声音とライヴスとが燃え立ち。
 リィェンは守るべき3人への射線を塞いで腰を据え、内功と外功とを漲らせた。
 その背にアンチマテリアルライフルより放たれた12・7mm弾がねじ込まれ、内臓をかき回しながら腹を突き抜け――
 行かせるかよ!!
 自らを貫いた弾へリィェンは両手を伸べ、包み込んだ。未だ回転を続ける弾は、功で鎧ったはずの彼の掌を容易く引き裂くが、それでも放さない。さらなるライヴスと気功とを滾らせて挟みつけ、床へと叩きつけた。
「リィェン君!!」
 駆け寄ってくるテレサの足音と、狙撃手を取り押さえに行くエージェントの足音、そしてリィェンが掃除を済ませた階段を上がって雪崩れ込んでくる援軍の足音を聞きながら、リィェンは口の端に薄笑みを刻む。
 テレサは守れたか。と、大兄と会長もな。付き合わせちまったインには悪いが、やるべきことはやり抜いたぜ。
 果たして。床に穿たれた弾痕の上へ、倒れ伏す。


 リィェンが緊急搬送された病院のロビー、その片隅で、インはとある男に切り出した。
「あえて敵の銃手をひとり残したな」
 さて。我が身を危険に晒すようなことを、この私がしでかすと?
「仁と義とを捧ぐべき者がまとめて眼前にあるのじゃ。うちの小僧がためらおうはずはない。ゆえにこそあのような茶番をしかけたのであろ?」
 小弟の恋慕を成就させてやりたい兄の誠意がひとつ。それによって受ける幇の益がもうひとつ。どちらが重いかなど、訊きはすまいな?
「無論じゃ。そちの立場は心得ておるし、小僧の立場も弁えておるよ。それに、あれで会長は公私共々、いくらかの譲歩をせざるをえなくなったしの」
 ほう。意外に政治を語るものだ。元はそちらの出か?
「肌に合わず、飛び出した身の上じゃ。……とまれ、リィェンになんぞ贖ってやってくれ。妾には酒の1本もあればよい」
 インは一礼を残し、リィェンのいる個室へと向かう。
 リィェンが古龍幇を名乗ったのは、本人が思っているより遙かに大きな波を生み出した。なぜならH.O.P.E.は客人として長を招いていながら襲撃を受けた失態を、その客人の手で救われた形となるのだから。
 言ってしまえば、幇がH.O.P.E.に対して大きな貸しを作るばかりでなく、リィェン個人もまたH.O.P.E.会長に大きな貸しを作ったことになる。すべては古龍幇の若き長の思惑どおりにだ。
 リィェンはまんまと長に借りを作らされたわけじゃ。そしてこの借りによって妾たちは、H.O.P.E.ではなく幇の者としての立場を強いられることになろう。
「ひとつを得るとは、多くを失うと同義じゃな。いやはや世知辛くてかなわぬわ」
 今日の一幕ではっきりとした。長はリィェンにテレサを娶らせたいのだ。長の“弟”たるリィェンに、H.O.P.E.の会長息女のテレサを。
 それを知ったとして、リィェンはどうする?
「他のすべてを失おうとて、それでも得たいひとつへ手を伸べるじゃろうよ……当たり前の顔をして、の」

 一方、一般病棟からは隔離された個室病棟の一室。
 麻酔が切れると同時に襲い来た激痛に、リィェンは思わず言い切った。
「腹が痛い」
「穴が空いてるものね」
 さらりと応えたのは、ずっと付き添っていたらしいテレサである。
「……いたのか」
「まあ、古龍幇に対するH.O.P.E.の誠意もあるから」
 ああ。俺が古龍幇の立場で助けに入ったからか。とはいえさすがに会長をつけておくわけにはいかないし、そうなれば会長の娘で世界的な存在でもあるテレサをつけるしかない。
 最近政治を学んできたつもりだったが、ここに至るまで気づかなかった。長の思惑と、自分がもたらしてしまった結果についてを。
「あなたの大兄さんは多分、襲撃があるのは知っていたでしょうね。このあたりはうちの情報部が甘かったわけだけど……まんまとあなたを古龍幇の代表にされちゃったわ」
「H.O.P.E.に古龍幇へ、かなりまずい形で借りを作らせちまったな」
 顔をしかめて言葉を返し、リィェンはかぶりを振る。
「大兄は幇の全員に対して責任を負ってる。利益をもたらすのは長の仕事だ。それに乗せられて踊ったのは俺個人のミスだよ。でもな」
 繋がれたばかりの臓腑に力を込めて、言い切る。
「大恩ある兄といつか義父と呼びたい人と、なにより惚れた女のピンチだぜ。政治にまで頭なんざ回してられるか」
 結局のところ、そういうことだ。
 守るべきVIPへの義の前にテレサへの仁が在ればこそがむしゃらに急いだ。そしてインには申し訳ないが、咄嗟に体を張った。
 そして結果がどうあれ、リィェンは守り切ったのだ。
「そう言われちゃうともう、なんにも言えないけどね」
 肩をすくめるテレサに、リィェンは眉根を引き下ろして。
「俺は君が危ないときは何度だって命を張って突っ込む。誰より大切な君を守るためにだ。古龍幇の面子もH.O.P.E.の都合も知ったことかよ」
 余分なものはすべて放り出した彼は、純然たる心だけを剥き出して、問う。
「すまない、答はゆっくり待つつもりだったんだけどな。これだけは確かめさせてくれ。――君にとっての俺は、どんな存在だ?」
 テレサは大きなため息をつき、自分の唇にゆっくり押し当てた指先をリィェンの額につけて。
「残念ながら彼氏でしょ」
 くらくらとベッドに頭を落とすリィェンへ困った笑みを投げ、テレサは背を翻す。
「難しいことも簡単なことも後回し。おやすみのキスをあげるからいい子にしてて」

 残されたリィェンは、腹の痛みも忘れて呆然とつぶやいた。
「そうか。彼氏か。俺は」
 額をさすりかけた手をあわてて引き戻し、何度も息をつく。
 まったくイギリス人ってやつはわかりにくい。もっと早く確かめておくんだったぜ――ああ、くそ! いい子に寝てられるか!
 いや、今は寝て、1秒でも早く回復する。
 ベッドへ無理矢理に体を押しつけ、目を閉じた。
 病院を出れば面倒事が八方から襲ってくるんだろうが、負けられねえ。ちゃんとした形でテレサへ告白して受けてもらって、付き合う。
「とりあえずは、8月7日の七夕節か――」
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2019年08月15日

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