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『手向けには過ぎる花(4) 』
芳乃・綺花8870

 少女の目の前には、ただ黒い影が広がっている。刀を手に持ったセーラー服姿の彼女よりもずっと大きなその影は、家よりも巨大であり闇よりも深い色をしていた。
 今は力を隠しているようだが、幾つもの悪霊を倒してきた少女には分かる。この悪霊は、今まで彼女が倒してきたどの悪霊よりもずっと強大な力を持った存在に違いなかった。
 だが、退魔士である少女……芳乃・綺花(8870)にとっては、そんな相手も所詮自らが倒すべき悪の一つに過ぎない。
 この世界を脅かす敵と対峙しても、彼女の整ったその横顔に恐れの色が浮かぶ事はなかった。確かな実力からくる自信に満ち、常に余裕を崩さないその顔は、むしろ何かを期待するかのように楽しげだ。
 相手を値踏みするように、少女の視線が悪霊へと向けられる。ゆっくりと悪霊はその顔をあげた。見るからに正気ではない、悪しき死霊のどす黒い色をした目と、同じ黒色でもこちらは夜空を溶かしたかのように人を引き込む美しさを持つ綺花の目が、合った。
 視線が一瞬、交差する。それが開戦の合図。二つの影は、ほぼ同時に武器を振るう。
 悪霊の腕が、凶悪な凶器となり少女へと振り下ろされた。それはまさに、悪辣と呼ばれるに相応しい威力を持った一撃だ。この悪霊が本気を出せば、たちまちに世界は厄災に襲われ闇に覆われてしまうだろう。
 ――しかし、いくら強大な敵であったとしても、綺花の速さには敵わない。
 悪霊がその腕を振るうよりも早く、少女は駆けていた。否、それはもはや跳んだと言っても良い。軽やかに戦場を舞う彼女は、瞬時に相手との距離を詰めると至近距離からの一撃をくらわせる。
 刀が振るわれる速度があまりも速かったせいで、悪霊は自らへと食い込むその刀身が一瞬消えたかのような錯覚に陥る。音すらも追いつけぬ速さだったのか、悪霊の身体を刀が容赦なく斬る音は一拍遅れてから辺りへと響き渡った。
 悲鳴。無様に叫ぶ相手の姿を見て、綺花はその口唇を上げる。こうして悪を蹂躙する瞬間、自らの手で悪霊を斬る瞬間は、やはりひどく心地の良いものだ。
 悪霊にとっては、綺花の方が厄災と言えるかもしれない。例えば、ここに現れたのが他の退魔士であれば、悪霊の作戦は難なく成功していた事だろう。
 もっとも、それ程に危険な存在の相手など綺花以外に務まらない事は退魔士達も分かっているので、彼女がこの任務を任されたのは必然だったのだが。
 悪霊の悲鳴は、徐々に弱まっていく。代わりに、悪辣と呼ばれる異形は狂ったような笑声をあげた。
 周囲を、嫌な空気が満たす。どうやら、自らの力を抑える余裕すらもう敵には存在しないらしい。
 憎悪を形にしたような、悪霊の鋭い攻撃が再び繰り出される。手加減など何もない。ただ、目の前にいる者を滅するためだけに振るわれる一撃。長い爪が、女子高生退魔士のそのしなやかな肢体を、きめ細かな肌を、人を魅惑してやまない健康的な魅力に溢れた身体を狙う。
「それがあなたの全力ですか?」
 だが、綺花の口からこぼれたのは、嘲笑だった。期待外れだとでも言うように、彼女は呆れを隠さない失望のため息を吐く。その瞳から、悪霊に対する興味は瞬時に消え失せてしまった。弱者を見下す冷ややかな視線が、代わりに悪霊の事を射抜く。
 悪霊の爪が、彼女に届く事はない。当然のように敵の攻撃を避けてみせた彼女は、それと同時にその腕を振るう。無論、手に持っている刀と共に。
 ――斬。
 悪霊の身体を、的確にその攻撃は切り裂いた。綺麗に真っ二つに分かれた闇は、その姿に相応しい醜い悲鳴をあげる。
 そうして、長い戦いは終わりを告げた。悪霊の企みは失敗し、世界は再び平穏を取り戻す。
 戦場ではなくなった地に、一人立つ彼女はまるで気高く咲く花だった。美しく強い、一輪の花。
「あなた、思っていた以上に弱すぎますよ。生まれ変わったら、もう少しまともに訓練をしたらいかがです? ……無論、その時も私が退治してさしあげますけどね」
 凛とした声でそう告げる少女の笑顔は、悪辣とも呼べる悪すらも思わず感嘆の息をもらしてしまう程に美しいものだった。

 ◆

 帰路へとつく綺花の耳を、どこか遠くの方で楽しげに話す声がくすぐる。この世界に危機が迫っていた事など、何一つ知らない一般人の声。
 それでいい、と少女は胸中で思った。こうして人の事を助けられる事は、綺花にとって何よりもの誇りだ。
 この世に蔓延る悪はこれからも自分が必ず倒す事を少女は改めて誓い、穏やかな笑みを浮かべる。

 上司へと任務完了の連絡を入れた綺花は、その魅惑的な唇からため息をこぼした。
 それは、任務を達成した高揚感からくる歓喜のため息だ。
「やはり、私に敵う相手はどこにもいないようですね」
 綺花の圧倒的な実力には、厄災をもたらす悪辣であろうと敵う事は出来なかった。
 彼女の力は圧倒的であるという事が、今宵もまた綺花自身の手により証明されたのだ。
「さて、帰って訓練をする事にしましょうか。これからも、世界のために悪を倒さなくてはなりませんしね」
 任務を終えたばかりだというのに、駆け出した彼女の足は軽やかだ。むしろ、達成感からかその身体はいつもよりも身軽なくらいである。
 目指す先は自らの拠点。上司に任務の詳細を報告し終えた後は、一人訓練に励むつもりだ。すでに圧倒的な実力を持っていながらも、彼女の躍進は止まる事を知らない。
 くすり、と綺花は笑みを深める。どれだけ強大な相手であろうと、彼女に傷を負わせる事はおろか、その艷やかな身体に触れる事すらも叶わない。美しい花を手折る権利は、誰にもない。
 彼女と対峙した悪霊にとって唯一にして最大の幸福は、自身が消えゆく最後に見るものが、綺花という何よりも美しい存在である事だろう。
 芳乃・綺花。女子高生退魔士であり、勝利しか知らない可憐な花。
 堂々と自信に満ちた姿で戦場に咲き誇る彼女の姿は、悪霊には過ぎた手向けに違いなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
綺花さんのご活躍、このようなお話となりましたがいかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら、幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、ご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、その時は是非よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月16日

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