▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『指に触れる 』
魂置 薙aa1688)&皆月 若葉aa0778

 この神社を訪れるのは初詣以来だ。思えばあの時はまだ親友だった。それが告白して恋人になって、五月には婚約もした。そうして関係が移り変わるのと同様に季節も巡る。
「んー、これぞ縁日って感じだね!」
 と隣でにっこりと笑う皆月 若葉(aa0778)を見返す魂置 薙(aa1688)も自然と笑みが浮かぶ。
「そうだね。ここまで来た甲斐、あった」
 うんうんと頷く若葉は屋台が楽しみなのか、普段よりもテンションが高くなっているようで提灯の橙色っぽい光に照らされる瞳は一層輝いて見える。常日頃から思っていて、時には心の声がダダ漏れになるくらい若葉のことを可愛いと思っている薙だが、今日は可愛いではなく格好いいという言葉が出そうになる。それは彼が普段とは違う格好――浴衣姿だからに他ならない。最近は大人っぽい服装を見る機会も増えたけれど、浴衣は非日常感があって刺激が強い。これでは密かに決意した目標を達成するのも危ういのではないか。
(今日は積極的に、若葉に触れよう、って決めたから……が、頑張ろう……!)
 これが付き合って一ヶ月かそこらの恋人同士であったなら、微笑ましいで済んだかもしれない。しかし婚約という一般的にはかなり高いハードルを飛び越えても尚、薙は未だにドキドキして触れることも躊躇ってしまうのだ。それは初めての出来事ばかりなのもあるし、人目が気になるのもある。一番は想いが強過ぎる為だろう。若葉からは見えない方の手をぐっと握って、改めて自らを奮い立たせつつ、
「どこから、回ろうか?」
 と訊いてみる。軽食だけでも充実のラインナップだし、射的や金魚掬いといった定番の遊びも様々にある。そちらも全力で遊び倒したいところではあるのだが、若葉とここに来た目的はあくまで花火。夏のお約束の花火デートなのだ。その為定刻にはこの場を離れなければならない。
 今回誘ったのは薙だが、例の如く心臓バクバクでスマートなデートプランが頭にあったわけではなかった。若葉が自分の都合は抜きに無理をしかねない不安と、有名ではないから下調べは不必要という思い込み。快諾した若葉が良く見える穴場を探そうと提案してくれなかったら気まずい結末を迎えたかもしれない。顔を突き合わせてスマホを見る幸せなひと時だったので結果オーライ。とはいえ来年は下調べしてから誘おうと固く誓う薙である。
「まずはお腹一杯にして、それから少し遊ぶくらいが丁度いいかも?」
「うん、そうしよう」
 視線は焼きそばやアメリカンドッグに綿菓子など定番の物へと向く。と老若男女でごった返す参道に進む前に薙は若葉を呼び止めた。彼は振り向き首を傾げる。
「はぐれるといけない、から、手を繋ごう」
 ドキドキを表に出さないよう苦心して差し出した手に逡巡もなく彼の手が重ねられた。すっと腕を下ろしてしまえば見る者はいない。人の多さによる熱気と褪せない愛しさに頭が茹って、手は少し汗ばんでいる。けれど若葉も同じなのが分かるから嬉しさしかなかった。緊張を緩め屋台を楽しむ。
「若葉。ソース、ついてるよ」
 とイカ焼きを頬張っている彼の口元を汚すソースを拭えば、
「あ、ありがと」
 お礼を言う若葉が顔を逸らすので疑問に思いつつ指を舐めたり。
「真っ赤だ。若葉の髪の色みたい、だね」
「薙は青いなー。……これ今から交換したらどうなるんだろう?」
「やってみる?」
 と半分かき氷を食べ進めたところでお互いに舌を見せ合ったり。食べ物のシェアは親友の時でもやっていたし、片想いの時の後ろめたさはないのに妙に意識してしまう。少し溶けイチゴシロップの色に染まった氷を、先端がスプーン状になったストローで掬って食べ進める。若葉の瞳のような綺麗な紫色にはならなかったが、それを一緒に知れたのが嬉しい。
「……あれ、やってみたい、かも」
 ひとしきり食べ物の屋台を楽しんだ後、繋いでいない方の手で目の前の看板を指し示した。丁度隅に座っていた子連れの客が離れていったので、他に待っている人がいないのを確認すると若葉の手を引いてそこまで行く。覗き込んだ彼が目を細めた。
「うわっ、これ懐かしいね」
 ね、と頷いて名残惜しくも手をほどく。揃ってしゃがんだ眼前にあるのはカラフルな水風船だ。色だけでなく模様も様々で、他の客が取ろうと奮闘する度に水面が動いて揺蕩う。
 とりあえず店の人にお金を払ってから、何色にしようか考える。若葉を見れば黒を狙うようで、W状の釣り針を輪ゴムで出来た持ち手に引っ掛けようとしてスカると「難しいね」とこちらを見て笑う。その笑顔は可愛く、今は誰にも見えるけれど照れ混じりのそれを見られるのは自分だけと優越感を抱く。見せびらかしたいし独り占めもしたい複雑な心境だ。
 何となく白い水風船を目標に定め、運よくすんなり取れたので若葉に見せようとしたその矢先。ドンと背後からの衝撃につんのめりかけて、踏み留まったまではよかったが、
「あっ」
 衝撃で揺れた水風船が釣り糸の脆さからバシャンと水音を立てて落ちる。水飛沫は真正面の自分に降りかかり、咄嗟に目を閉じた直後には顔に掛かる冷たい感触がした。ぶつかってきた女性が謝る声に後ろへと振り返る。と。
「大丈夫ですよ」
「これだけ混んでたら、仕方ない、です」
 気になさらず、と更に添えれば、女性は頭を下げ人混みに戻っていった。その様子を若葉が幻想蝶から取り出したらしいタオルで拭ってくれるのを視界の端に映しながら見送る。
(ち、近いっ……!)
 髪の毛から頬、首に胸とタオルと一緒に若葉の視線も移動する。元々狭いので腕と腕がくっつくほど距離が近かったが、ほぼ向き合う形でこの距離は目に毒だ。我が事のように若葉が先に答えたのにもグッとくるものがある。物理的に近付くのが目的とはいっても、人前でキスをするのは色々な意味で宜しくないし、勇気もない。こみ上げる想いを触れることで表せないのがもどかしい。目を逸らせないでいるとふと違和感を覚えた。いつもと何か違うような。
 流石だと惚れ直している間に拭き終わり、我に返った若葉が勢いよく離れた。明かりの下だから朱が差しているのが解ってこちらにも照れが移る。
 気の利いた台詞も思いつかず訪れる沈黙。それを破るのはニヤニヤと楽しげな店主の声だった。お連れさんの黒いのはサービスだ。取れてた白いのと一緒に持って帰んなと言う彼は諸々見透かしている気がした。

 ◆◇◆

 誘われたあの日から今日が楽しみでしょうがなかった。英雄を含めての家族団欒も幸せな時間だが、恋人になり半年程、慣れないことや出来ていないことの方がずっと多い。五年十年と経てば当たり前になるのかもと思うが、そうなるにはまだまだ時間が足りない。だから先が楽しみでもあるけれど。
 拝殿の裏手側、本殿を横目に通り過ぎて、木々が生い茂る中に敷かれた石畳を進んでいく。虫がいる為にカップルには敬遠されがちだが、調べたところここを抜けた先が例の穴場スポットらしい。その点、抜かりなく虫除けもバッチリだ。薙が濡れた際に使ったタオルは勿論のこと一応絆創膏も用意している。後は三十分程の鑑賞タイムを快適にする道具とか。互いが楽しめるよう準備をするのもまた楽しかった。
 水風船をぶら下げて手を繋ぎ向かう先は丘で、途中には恋人らしき人影も見えた。
(俺と薙も他の人から見たら、あんな感じだったりするのかな……?)
 特に今日は嬉しさと緊張で羽目を外している自覚があった。ちゃんと用意したので大丈夫な筈。巾着の中、固い感触を確かめて幻想蝶からシートと団扇を取り出す。
「ありがと、若葉」
 受け取るなりこちらを扇いでくる薙は大層可愛い。負けじと若葉も薙を扇いで、笑い合う。
(いや元々可愛いけど!)
 今日は浴衣を着ているからかいつにも増して可愛く見える。それに何だか距離も近いから、縁日を楽しみながら何度もドキドキしてしまった。手を繋いだし歩いているだけでも肩や腕も触れ合う。そうすると目が合って、そのことには触れず互いに照れ笑いをする。五回くらい同じことを繰り返した。接触は意図したものだろう。けれどソースを拭う下りは多分天然だ。告白の時とか、格好いいのも狡い。
 腰を下ろしてジュースと軽食を並べたところで打ち上がる時間になる。打ち上げ場所の河川敷は遠過ぎず近過ぎずで上手く全体像が収まる筈。ここで見るのは自分たちだけだ。
 上体が傾く分、シートに手をついて頭上を仰いだ。花火は広がる毎に色を変えて、それが一つまた一つと絶え間なく咲いて散る。音も臨場感があり圧倒された。――ただ何よりも。
「綺麗、だね」
「うん。綺麗だ」
 触れる手はひどく熱く、でも大差ないからすぐ自分の体温と混じり合った。眼下の家々に灯る人工的な照明と夜空を照らす花火、ただ何よりもカラフルな光を浴びる恋人が綺麗だ。それは薙も同じようで黙って鑑賞していたのは数分。花火に向けた体で口にするのは睦言に他ならない。艶やかな黒髪が色を湛える光景は自分の水風船と重なる。指を交差させて繋ぎながら語らうのは取り留めのない内容だ。最近の出来事とかこれからの話とか。その方が楽しいなんて少し気は引けるけれど事実だった。
 どれだけ経っただろう。ナイアガラ花火が土砂降りのような音を響かせている中、それを眺める薙を見つめる。楽しそうな口元。自分だけじゃないのは承知だ。けれど彼がよく笑うようになったのには多分に自分も寄与していると自惚れたい。緊張に唾を飲み込み、隅に置いた巾着を引き寄せた。
「薙、あのさ――」
「若葉? どうしたの?」
 声を聞き漏らさずに薙がこちらを向いて笑う。自分にだけ見せる蕩けるような笑みだ。
「遅くなったけど……これは俺から」
 貰うだけではなく自分からも……そう決意したのはすぐで、しかしバレないよう用意するのは大変だった。手を離して向かい合って、手のひらに乗せた小箱を右手で裏から開ける。蓋でこちらから見えないが、何があるかは解っていた。
「これ……指輪? 僕が贈ったのと、同じの?」
「うん。薙が俺と婚約したいって思ってくれたみたいに、俺も同じ気持ちだって伝えたくて。だからこっそり用意したんだ」
 薙が手に取って眺めているそれを渡して貰い、差し出された左手に若干震える手で指輪を近付ける。と。
「あっ」
「ん?」
「何か違う、って思ってたけど、指輪……してるんだね」
「そうだよ。今日は特別な日だしね」
「……うん」
 はにかむ薙から彼の手元に視線を落とし、改めて薬指に指輪を通す。若葉の左手薬指にもブルーサファイアが光るシルバーリングが嵌まっていた。普段はペンダントにして肌身離さず持っているが、今日はこの指輪を受け取った時の嬉しさを再確認し、そして勇気を貰う為にも本来のつけ方をしている。慣れていないので失くさないか相当ヒヤヒヤしたが。慎重に付け根まで嵌めると顔を上げ、薙を見つめ優しく微笑む。意識せずとも彼を想えば浮かぶ笑顔だ。
「……愛してるよ」
「っ……!」
 ここで指輪に口付けでも落とせれば様になったのだろうが、そこまで格好よく出来なかった。手を取られたまま薙がもう片方の手で口を押さえる。返ってくるのは篭った声。
「若葉、狡い……でも、ありがと。若葉と婚約出来たの、嬉しい、よ」
 あっという間に薙の顔が真っ赤に染まる。喜んで貰えた嬉しさも手伝い、それは若葉にも伝染した。
「指輪、ピッタリだけど……何で、サイズ知ってるの?」
「ふふ、それは内緒♪」
 ふと悪戯心が湧きはぐらかすと、ムッと唇を尖らせる。可愛い。実は何てことのない話で、勉強三昧に疲れてうたた寝をしている時にこっそりと測っただけだ。あの時寝言で名前を呼ばれて心臓が止まるかと思った。
「――若葉」
 微笑ましさに顔を背けて笑っていると名前を呼ばれて、向き直った。と、唇に触れる柔らかい感触。うっすら膜を張っている――気がする瞳が睫毛が触れ合う距離にあって、時間が止まった。存在を忘れないでと主張するように一際派手な花火が大輪を咲かせ、薙の顔を照らす。
 ――結構な間そうしていた。ようやく離れると薙は微笑む。
「……ずっと、一緒だよ」
「うん。絶対に離れない」
 百回だって二百回だってきっと言い足りない言葉を紡いだ。好きは膨らむばかり、けれど弾けて消えはしない。再び触れ合わせた唇はやはり夏にも負けない熱を帯びていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
リア充絶対に爆発はせずに、末永く幸せになってね!
というのが依頼を頂いたとき真っ先に浮かんだ感想でした。
まだまだ青春らしい初々しさと、熟年夫婦のような安定感、
その両方が同居しているとても素敵な二人だよなぁ、
と思いながらニヤニヤして書いていました。
最初は婚約に驚いたんですがよく考えれば付き合いは結構
長いですし、自覚をしていなかっただけで、気持ち的には
告白の前からずっと近い場所にあったんだと思うと
すごくしっくりきますね(誰目線だって話ですが……!)。
糖度高めな描写を入れるのがとても楽しかったです!
今回も本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年08月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.