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『純白の殺戮者』
水嶋・琴美8036


 下着は、白。そう決めている。
 別に清楚を気取るつもりはない。黒や赤を試した事もあるが、どうにも馴染まないのである。
 しっくりと来ない。言葉にしてしまえば、それだけの事だ。
 感覚的な、微かな違和感が、実戦任務で命取りになる事もある。
「今日の私、今ひとつ決まっておりませんわ……なぁんて思いがね、致命的なミスをもたらしたりしますのよ」
 自分1人しかいない、はずの女子更衣室で何者かに語りかけながら、水嶋琴美(8036)は純白のブラジャーを胸に巻き付けた。暴れ出しそうな2つの膨らみを、清楚な下着に半ば無理矢理、閉じ込めた。
 優美な両肩の丸みと、すっきりとした鎖骨の窪み。そして深く柔らかな谷間。
 それらに合わせる色としては、純白、以外には考えられない。琴美は、そう思う。
 上が白ならば当然、下も白だ。いささか育ち過ぎた白桃を思わせる尻が、純白のショーツをぴっちりと引き伸ばしている。
 上下2つの純白色の間では、裸の胴体が力強いほどにくびれて引き締まり、綺麗な腹筋の線を浮かべている。
 むっちりと活力に満ちた左右の太股と、清潔感ある白のランジェリーは、実に相性が良い。琴美は、そう思っている。
「ふふ、これで良し……ですわね。殿方のお目に触れぬ部分であるからこそ、色合いには気を遣わなければ」
 琴美は言った。独り言、ではない。
「女はね、美を究めるための勝負を、裸の段階から始めておりますのよ。そこへ土足で踏み入ろうとなさる……それが一体いかなる事であるのか、理解も覚悟も出来ておられると解釈いたしますわよ?」
「げへっ、ヒヘヘヘヘははは裸、ハダカの段階でええ」
 どろりとしたものが、空間のどこかから滴り落ちるように出現していた。
「君の美しさは究まっているんだよぉ、裸のキミが一番キレイなんだよぉおお。駄目だよ服なんか着ちゃああああ」
 人間の原形を失いかけた、1人の男。
 溶けたナメクジを思わせる全身から溢れ出した臓物が、触手状に異形化しながら蠢きうねっている。下着姿の琴美を渇望し、暴れている。
「あ、ああ、だけど白のパンティーブラジャーだけなら着けてもイイよぉ、脱がせるから! もしくは着せたまんまウニュウニュぬるぬる気持ち良くさせてあげるからああああ、ぼぼぼボクのコレでぇええゲヒヒヒヒ」
 暴れ蠢くものたちが、伸びて来る。琴美の、19歳の肢体を狙ってだ。
 しなやかな二の腕に、つるりと綺麗な腋の下に、瑞々しく膨らみ締まった両の太股に、むっちりと安産型の丸みを保った美尻に、力強くくびれた左右の脇腹に、純白のブラジャーで拘束された豊麗なる双丘に、絡み付きしゃぶり付く……寸前で、触手の群れは硬直した。嫌らしい動きを止め、痙攣した。
 触手たちの発生源である醜悪な肉体に、琴美の鋭利な素足が突き刺さっている。鍛え込まれた美脚が、足刀蹴りの形に一閃したところであった。
 溶けかけたナメクジを思わせる肉体が、痙攣しながら倒れ伏す。
 その無様な姿を油断なく見据えながら、琴美は戦闘装備を続けた。
 豊かな尻周りに黒色のスパッツが貼り付き、ランジェリーだけでは拘束が不完全と思われる胸が、同じく黒のインナーに閉じ込められてしまう。
「特務統合機動課の、それも女子更衣室に潜入成功……貴方が、そこまでの手練れであるとは到底思えませんわ」
 この世で最も警戒厳重な場所の1つ、と言っても良い。
「日々悶々となさっている殿方を、こうして人ならざるものに作り変え、様々な場所へ送り込む……どこへ出しても恥ずかしくない、ご立派なテロリズムですわね」
 ロングブーツを装着した美脚で琴美は、溶けかかったナメクジのようなものをグチャリと踏み付けた。
 そうしながら、着物風の上衣と短めのプリーツスカートを手早くまとい、帯を巻く。
 ちらり、と視線を動かす。
 もはや目には見えない。だが琴美は感じ取った。更衣室内の空間に残る、微かな魔力の残滓。
「魔法陣……のようなものが、少し前まで出現していたようですわ。貴方をここへ送り込むための、ね」
 踏み付けたものに、琴美は容赦なく圧力を加えていった。美しき凶器とも言うべき脚が、痙攣する無様なものをグリグリと蹂躙する。
「……一体、どなた? どちらの方が、特務統合機動課に汚物を送り付けるなどという、高度な魔力の無駄遣いとも言うべき低次元の嫌がらせをなさったのかしら」
 答えは、ない。
 かつて人間の男であった醜悪無様な生き物は、表記不可能な苦悶と悦楽の絶叫をおぞましく響かせながら、絶命していた。


「まあ、ね……あなた方の仕業である事は、わかっておりましたけれど」
 苦笑しつつ、琴美は身を翻した。豊かな黒髪がふわりと弧を描き、胸の膨らみが横殴りに揺れる。ランジェリーとインナー、それに戦闘服の上衣。三重に束縛されてなお荒々しさ瑞々しさを失わない双丘。
 その躍動に合わせて、斬撃の光が一閃する。
 無数の触手が、切断されて宙を舞い、地に落ちて痙攣しながら萎びてゆく。
 それらの発生源、溶けかかったナメクジのようなものたちが、滑らかな断面を晒しながら崩れ落ちる。
 汚らしいものを大量に断ち切った手応えを琴美は、形良い両手で握り締めた。優美な五指が、斬撃用の大型クナイを、しっかりと保持している。
 左右一振りずつの大型クナイで、おぞましいものたちを雑草の如く刈り散らせながら、琴美は駆けた。跳躍した。むっちりと鍛え込まれた太股が、プリーツスカートを押し退けて跳ね上がる。
 かつて人間の男であった生き物が1体、溶けかかったナメクジのような肉体をおぞましく隆起させ拡張し、触手の大群を暴れさせ、琴美の行く手を塞いでいる。
「おっお嬢ちゃん。ぼぼぼぼボキが可愛がってあげるよおぉ、そのたまんないカラダ隅々までヌルヌルぐちゅぐちゅってヒへへへへへへへへへ」
 跳ね上がった太股が、その男の妄言を粉砕した。超高速の、飛び膝蹴り。ナメクジのような肉体が、潰れて砕け散る。触手の群れが、クナイに切り刻まれて飛散する。
 それら汚らしい破片を蹴散らしつつ、琴美は着地し、床にクナイを打ち込んだ。杭のようにだ。
 床一面に描かれた、巨大な魔法陣。
 それが、クナイの一撃を受けて魔力を失い、単なる無害な模様と化す。
「……虚無の、境界」
 呟きながら、琴美は見回した。
 切り刻まれ蹴り潰された者たちの屍が、残骸が、力失った巨大魔法陣の上に散乱している。
 人ならざる使い捨ての戦力を、様々な場所へと送り込む、虚無の境界の拠点。その1つを無力化する事には成功した。
 雑草駆除にも等しい拠点制圧の任務が、これからもしばらく続く事になる。
「虚無の境界……あなた方がお相手ならば、少しは期待いたしますわよ? 雑草刈りや害虫駆除よりは、ましな戦いを……」
 この場にいない、まだ屍でも残骸でもない者たちに、琴美は微笑みかけた。返り血すら浴びていない清冽な美貌が、にっこりと不敵に歪む。
 その美しく冷酷な笑顔が、殺戮後の光景をちらりと見渡した。
「……ふふっ、いけませんわね。このような方々でも、一般社会にとっては脅威。雑草であろうと害虫であろうと、手心なく殺処分に努めなければ。楽しみたいなどと思わず粛々と、ね……」
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月16日

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