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『はしゃいで笑って踊って歌え 』
フェーヤ・ニクスla3240)&紅迅 斬華la2548

 その日はなんだか街全体が浮かれているようだった。

「フェーヤちゃん、こっち、こっちですよ!!」
「っ、……っ!!」

 カランコロ、木と地面がこすれる軽やかな音がする。
 カランコロカラン、コロンコロンカラ、二つの下駄が慣れない足取りでたどたどしく道を行く。

 手を引く黒髪の少女は濃紺地に朝顔をあしらった上品な浴衣を、手を引かれる白髪の少女は苗色に紫陽花をあしらった清楚な浴衣を身にまとっていた。どちらも周囲の熱気に当てられたように頬をほんのり上気させ、瞳をキラキラ輝かせている。

 普段は静けさばかりが耳につくこの場所も、今日ばかりは一体どこから湧いて出たのかと首を傾げんばかりの人、人、人で埋め尽くされていた。
 本殿の奥からは笛や太鼓の音が厳かに響き、広い境内には所狭しと屋台が並び、その賑やかな人並みは神社の敷地を超えて商店街の向こうまで広く長く続いている。

 本日晴天、吉日の良き日。
 フェーヤ・ニクス(la3240)と紅迅 斬華(la2548)の二人の少女は、もしかしたら今生で初めて、「お友達と浴衣でお祭り」に来ていた。



 そのポスターを発見したのは、フェーヤの方だった。

(夏祭り……)

 帰り道、ふと視界に入った華やかなポスター。大輪の光の花――花火を前面に押し出した鮮やかなそれは、この近くにある海近くの神社で行われる夏のお祭りについて告知するものだった。

 夏祭り。
 フェーヤにそれについての知識はあまりない。
 ただ、屋台、という場所で、わたあめ、というものや、りんご飴、というもの、べっこう飴、なんてものが売られているらしい、という情報は得ていた。ひどく偏った知識だったが、なんだか楽しそうな場所だということだけは知っていた。

(食べ歩き……)

 脳裏に、きらきら光るりんご飴の姿が浮かんでくる。フェーヤの知識では、皆、それを歩きながら食べていた。だから、それが食べたいのなら、食べ歩きをするしかない、と、フェーヤは思ったのだ。

(なつ、まつり……)

 行ってみたい。食べてみたい。
 けれど、一人で行くのは心細い。

 往来で一人悩んでいたフェーヤが、一人の少女を思い浮かべるまであと2分。



「なつまつり?」

 結局、フェーヤは人を頼ることにした。友人である紅迅を。

「フェーヤちゃん、行きたいのですか?」
『はい。りんご飴、というものが、食べたくて』

 心なしフェーヤの機械音が弾んで聞こえる。紅迅はこてりと首を傾げて、ついでその姿勢のままにっこり笑った。

「んー、じゃあ、私のお願い、聞いてくれませんか?」
「?」

 ぽんっ、と両手を打ち鳴らした紅迅に、フェーヤはただ小首を傾げる。

 斯くして、二人の少女は「お友達と浴衣でお祭り」に行くことになったのだ。



(すごい)

 フェーヤは祭りの熱気に気圧されていた。
 紅迅が手を引いてくれているのをいいことに、あちらこちらへと視線を彷徨わせる。話に聞いていたわたあめやりんご飴以外にも、たくさんの屋台が立ち並んでおり、想像していたよりもずっと、楽しい。

「フェーヤちゃんは何が食べたいですか?」
「……」

 紅迅がニコニコ笑顔で問うてくるが、フェーヤは即答できずに瞳を瞬かせる。りんご飴、というものを食べにきたのだが、どうやら祭りにはそれ以外にもたくさんの食べ物があるらしい。
 そのりんご飴一つとってみても、片手の指に余るほどの屋台がある。どこで何をどう買えばいいのか、フェーヤにはまるでわからないのだ。

『……りんご飴』

 なので、とりあえず当初の目的を果たすため、りんご飴を所望してみた。

「りんご飴ですね。大きいのと、小さいのと、赤いのと青いの、黄色いのもありますけど、どうしますか?」
「……」

 にこにこと楽しげに微笑む紅迅には悪いが、フェーヤは途方に暮れた。フェーヤは赤いりんご飴しか知らない。なんだ、青いりんご飴って。見遣れば、なるほど、確かに青い飴がある。食べ物がしていい色ではない気がする。初心者のフェーヤには荷が重い。
 ほとほと困って、フェーヤが出した答えは。

『……任せる』

 丸投げだった。

「お任せですね!! 任されました!!」

 が、フェーヤの予想に反して紅迅はなぜか嬉しそう。頼られて嬉しかったらしい。

 戸惑うフェーヤもなんのその。フェーヤの手を遠慮なく引っ張って、見当をつけていたらしい屋台の前へと連れて行くと、りんご飴をセロファンで包んでいた屋台の親父にピースサインを突き出す紅迅。

「おじさん、美味しいやつふたつください!!」

 こちらも丸投げであった。

 元気に丸投げしてきた紅迅に対して、屋台の親父は一瞬きょとと目を瞬かせたが、そこは長年テキ屋を営んできたプロ。瞬時に愛想のいい笑顔となる。

「おう、嬢ちゃん元気だなぁ! ほれ、出来立てホヤホヤ、持ってけ!!」

 そうして、今しがた包んだばかりの大きくて真っ赤なりんご飴をふたつ、紅迅へと手渡す。
 できたてのりんご飴は、べっこう飴の表面が透き通っていて、電灯の光を照り返して宝石のようにつやつやと光っている。飴に濁りはなく、大きなりんご全体をたっぷりしっかり包み込んでいて、屋台の親父の腕の良さと気前の良さを如実に表していた。
 いわゆる、アタリの店である。

「ありがとうございます!!」
「……!」

 笑顔満面で頭を下げる紅迅と、おずおずと、しかし嬉しげに会釈するフェーヤ。
 紅迅から代金を受け取る親父は、かわいいお嬢ちゃんの屈託ない様子に目尻を下げていた。

「うむ、お嬢ちゃんたちべっぴんさんだから、これもおまけに付けよう。他のお客さんには内緒だぞ?」

 そう言って親父が台下から取り出したのは、りんご飴に使ったのだろう赤いべっこう飴を小分けに固め、棒をつけたキャンディーだった。どうやら余った飴で作ったらしい。

「いいんですか?!」
「!!」

 きちんと二つ、おまけの飴をつけてくれた親父に、紅迅とフェーヤは瞳をキラキラさせて礼を述べる。綺麗にラッピングされたそれは初めからおまけ用にする予定だったのだろうが、少女二人にそんな些事はどうでも良い。

「良いお店でした」

 ホクホク笑顔でそう言った紅迅に、コクコクと頷いて同意するフェーヤ。片手にはりんご飴を持って、もう片方の手は二人で繋いで、帯にはべっこう飴を挟んで、すっかり祭りを楽しむスタイルだ。

「あそこの段差に座って食べましょうか」

 人混みから外れて神社の奥、屋台のない場所はどうやら休憩スペースになっているらしい。ちらほらと休んでいる人々の姿が見えた。
 手頃な段差に腰掛け、りんご飴のセロファンを外し、そうしてフェーヤはまじまじとりんご飴を見つめた。

「……食べないのですか?」
『……なんだか、もったいなくて』

 宝石みたい、とまでは、さすがに言えないけれど。
 おずおずと端末から聞こえる音声に、紅迅はふと柔らかに破顔する。

「食べないほうが勿体無いですよ。まだまだ、たーくさん、食べるものがありますからね!」

 わたあめとー、たこ焼きとー、唐揚げとー、クレープとー、イカ焼きとー、かき氷とー、なんて、指折り数える紅迅。

「ね? いっぱい食べたいから、半分こもしましょうね」

 ニコニコ、キラキラ。
 お祭りの熱気と、人の声と、街灯の明かりと。
 たくさんのものに照らされた紅迅の笑顔は、とても眩しかった。

「……」

 眩しさに目を細め、フェーヤは手元のりんご飴に視線を落とす。
 そうしておずおずと、輝く飴を口に入れ。

 カリッ、しゃくっ。

「……!」

 硬い飴の下の、爽やかな味のりんご。舌の上に広がるもったりとした甘さと、ほんのりとした酸味。砕けた飴の硬さと、かじり取ったりんごの軽さが、口の中で混ざり合ってなんとも言えない豊かな風味をもたらす。

「おいしい?」
「!」

 コクコク、頷く。
 夢中でりんご飴を頬張るフェーヤを、紅迅は優しい眼差しで見つめていた。



 皮もっちり、しっぽまで餡ぎっしりのたい焼き。
 中が絶妙にとろとろ、青海苔の風味がしっかり香るたこ焼き。
 クリームたっぷり、フルーツたっぷりなクレープ。
 てらてらと滴る油と香ばしい醤油の香りが食欲をそそる串焼き。
 目につく美味しそうなものを買い込んで、二人で分けっこしながら屋台を巡る。

「こらこら。美人さんが台無しですよ♪」

 クレープのクリームを口の端に付けたフェーヤの頬をハンカチで拭う紅迅。自分の口の側にたこ焼きのソースが付いているのはご愛嬌だ。

「あっ、あそこに焼きとうもろこしが!」

 両手いっぱいに食べ物を持って、まだ食べる気らしい。お腹がはちきれないだろうか。
 と、その時。

 ヒュルルルルル――ドーン!! パラパラパラ……

「わっ、花火!!」

 今日のメーンイベントが始まった。

 神社の人混みが一斉に空を見上げ、夜空を彩る光の花を眺め始める。
 あるものは空を見上げたまま楽しそうにはしゃぎ、あるものは色気より食い気だと人の空いた屋台へと向かい、またあるものはただうっとりと夜空を眺める。

 ヒュールルルルル……――ドォーン!! パチパチパチ……

 花火を見上げ、瞳をきらめかせ、頬を光に染め、フェーヤと紅迅は空を見上げていた。
 花火を見上げたまま、フェーヤは器用に手元の端末を操る。もう片方の手は、紅迅と繋いだまま。

『食べ歩き、付き合ってくれて、ありがとう』

 耳に届いたその声に、紅迅はふと花火から目をそらしてフェーヤを見る。
 彼女はただただ花火を見上げ、端末を操っていた。

『とても、美味しいし、楽しい』

 焼き付けるように、刻み付けるように、フェーヤは夜空を見上げている。つられるように、紅迅も花火を見上げた。
 そういえば、友達とこんな風に過ごすのは、初めてかもしれない。そう思うと、紅迅もなんだか花火から目を反らせなくなる。

『また、来ようね』
「ええ。また、来ましょうね」

 繋がれた手が、どちらからともなく、ギュッと握られた。

 夜空を彩る大きな光の花は、人々を等しく照らしている。
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グロリアスドライヴ
2019年08月19日

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