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『最高の最悪 』
常陸 祭莉la0023)&六波羅 愛未la3562

 日曜日の昼下がり。
 日ざしを避けるように街の陰へ滑り込んだ六波羅 愛未(la3562)は小さな瞳を一点に据え、細い息を漏らす。
 仕事の内とはいえ、尾行が得意なわけじゃない。しかしながら苦手かと問われれば「別に?」と澄ました顔で応えるだろう。
 苦手であることを……いや、言いつけられたことをただ行い、万全の結果を示すこと以外のすべてを、彼は赦されなかったのだから。
 だからこその万能で万全だったわけだが、しかし。はっきりと苦手なことがひとつだけ存在する。それは、周囲に溶け込むことだ。
“燃え落ちた灰”の色を宿す長い髪に、187センチという長身。そこに完璧であることを強いられてきたがゆえの流麗なる挙動が合わされば、ゆるみを含んだ人の世では相当に浮いて見える。反動なのか、刃を振るう様は粗雑そのものなわけだが……とまれ、どれほど目立たぬよう努めたとて、匂い立つ有り様を消しきることなどできはしない。
 そんな前提あって、愛未は少し困っている。
 ターゲットが映画館へ入っていったのだ。しかも親子連れひしめく特撮ヒーローものが上映されている館へ。
 街中ならまだしも、館内は狭すぎる。入っていくなり彼は速やかに親子連れの注目を集め、ターゲットの目をも引き寄せてしまうだろう。
 今さら地味になどなれるはずもないが、仕事は正しく完遂しなければならない。仕込まれた完璧への拘りならぬ、自らの美意識によって。
 とはいえ、そのへんの子どもにご協力を。ってわけにもいかないか。
 物騒な昨今、繁華街を子どもがひとりでふらついているはずはなかったし、万一見つけられたとて、子ども嫌い特有の圧は消せないだろうから、声をかけた途端に防犯ベルを鳴らされるのがオチだ。
 が、こうしている間に、もしかすればターゲットに裏口から逃げられてしまうかもしれない。バックアッパーが到着し、尾行を交代できるまでにはあと数十分ある。さて、どうするべきか――

 常陸 祭莉(la0023)は目ざす映画館を前にして、ふと息をついた。
 未成年とはいえ、ひとりで突入するにはなかなかになかなかな場である。そう、特撮ヒーロー映画の上映館という場所は。
 しかし、ここで回れ右をすることなど赦されない。彼の保護者である“化物”は、ちゃんとそれを見た証である半券の提示を要求してくるだろうから。
 今日、彼に課せられた義務は「正義の味方」のテンプレートを学ぶことであり、それを元にライセンサーとしていかに振る舞うべきかを論ずることなのだ。
 ……自分だって、正義の味方、なんかじゃ……ないくせに、な。
 思ってはみても、養われている以上はどれほど気怠かろうと面倒臭かろうと頭が痛かろうと、「やいとすえられたぁなかったらお勉強でもしにいきぃ」と蹴り出されたとしても、諾々とこなさなければならない義務がある。
 それに。今日に限ってはまあ、義理やら義務やらとは別に、彼自身思うところもあるわけで。
 ともあれ、引き上げておく気力がないから半ば閉ざしたままの目をしょぼつかせ、祭莉はふらふら、映画館へ踏み入ろうとして。

「ああ、チケットは僕が買っておいたよ常陸君。ポップコーンは何味が好きだい? ジュースはオレンジでいい?」
 は? 眉根をかすかに跳ね上げて振り向けば、そこにはいかにも悪そうな笑みを口の端に刻んだ愛未がいて――チケットを差し出していた。
「年甲斐もなく特撮映画を見なくちゃいけなくなったんだけどね。こうして偶然息子に出遭えるなんて、実に幸運だよ。これも日頃の行いのおかげかな」
“化物”が正義の味方じゃないのと同じくらい、日頃の行いを語れる善人じゃないはずの愛未の言葉に、思わず。
「似てない、し……親子は、通らない、でしょ……」
 言ってしまってから後悔した。こんなことに費やしていいカロリーなんて、1ミリグラムだってないのに。
 そんなげんなり感を正しく読み取っているはずの愛未はしかし、笑みを崩すことなく祭莉の手を取って。
「親子がだめなら恋人かな? 僕はそれでも構わないぜ」
 ウインクをひとつ添え、言い切った。
 ボクらは親子でも恋人でもないどころか、むしろ敵に近い関係なはずだけど。
 心の中で言い返しておいて、それを読まれるのも業腹だから実際に口を開き。
「……愛して、ないし」
「奇遇だね、僕も同じこと思ってたんだ。いやいや、気が合うのはいいことだよ」
 気が合う? 頭、おかしいんじゃないの? 気分はどんどん盛り下がっていくわけだが。
 買われてしまったチケットを突き返したところで無駄にしてしまうだけだし、どうせこの男は別の目的のために祭莉を利用している――訊いたところで愛未が答えるはずもないが――だけなのだろう。つまりこれはギブアンドテイクなのだ。
 果たして渋々とチケットを受け取った祭莉は映画館へと引っぱり込まれ。6番シアターの最後尾、カップル席の左側へ座らされたのだった。
 ちなみに、壮年と青年の組み合わせで突入した映画館、それなり以上には目立ったのだが……皆からそっと目を逸らされたことで、かろうじて騒ぎにはならなかったことは特に記しておこう。

 映画は大受けだった。毎週日曜日の朝、テレビの前で応援している年頃の男子たちには。
 付き添ってきたお父さん方と同じく、愛未もまた少し退屈していて。だからつい、大真面目な顔で銀幕に見入る祭莉の横顔へ目をやってしまう。
 好き嫌いとは縁がなさそうなのに、意外なものだね。
 微笑ましさを含んだ目線を頬に当てられながらも、祭莉はそれに気づかない。時折外へ忍び出て、いつの間にか戻ってきている長身の行動にも。
 映しだされるヒーローは、誰かを守る……それだけのために何度倒れても立ち上がる。それはいつも祭莉がしていることと変わらない。そのはずなのに、ちがう。
 ボクにはなにが足りてないんだろう。それがわからない内は、“化物”になにを伝えることもできない。
 昔の記憶は霞の向こうにあって、どんなものなのか認識するのは不可能だ。
 少しだけもどかしくもあるが、幸いなことなんだろうと思う。記憶が形を得てしまえば、きっと尽きない悪夢や絶えない頭痛くらいでは済まなくなる、そう感じられてならないから。
 それを踏み越えて、もしくは置き去って、人を助けるヒーローになる。“化物”に言われたからじゃなく、祭莉自身が目ざしている先の姿。
 銀幕のヒーローは怪人の攻撃に打ち据えられ、地に転がった。しかし子どもたちの悲鳴が響く中で立ち上がり、拳を握り締めて跳ぶ。打たれて、撃たれて、耐えて耐えて耐えて、最後はキックで敵を討ち、何事もなかったかのように自分が守り抜いた日常へと帰っていくのだ。
 小さな子どもにもわかるようディフォルメされた「正義」は、祭莉にもこれ以上ないくらいのシンプルさで染み入ってくるのだが――
 だからってボクは、あんなふうにできるのかな。
「……難しい、な」
 思わずつぶやいたひと言を、幾度めかの中座から戻ってきた愛未は聞かなかった振り、小さく息をついた。微笑ましさの端に、色濃い皮肉をたゆたわせて。


 エンドロールが終わって灯が点く直前、愛未に外へと引っぱり出された祭莉はそのまま、映画館近くの喫茶店へと連れ込まれていた。
「映画は大盛り上がりだったね。君も楽しそうでなによりだったよ」
 にやにやと口の端を歪ませつつ、愛未はウェイトレスを手招き、「僕にはマンデリンをお願いするよ」。言い終えてから祭莉を横目で見やって。
「好きなの頼んでいいよ。ホールケーキでもステーキでも。今日付き合わせちゃったお礼」
 映画代で充分、そう言いかけて、祭莉は思いとどまる。自分がなにかしらの目的のダシにされたのはこれで確定した。だからって机を蹴りつけて立ち去るのもおもしろくない。せめて嫌がらせの爪痕くらいは残してやらなければ。
「……スペシャル、フルーツ、パフェ。ひとつで……いい」

 注文したものが運ばれてきたタイミングで、祭莉はかるく牽制を入れた。
「用事、済んだの……?」
「ああ。おかげさまで滞りなく」
 しれっと答えておいて、愛未もまたかるく打ち返す。
「それにしても知らなかったな。君が特撮ヒーロー好きなんて」
 やりなおしたいの? 今さら子ども時代をさ。そんな揶揄を隠しもせず乗せて。
「好き、というか……参考」
 それとなく愛未を監視していたから、パフェに毒が盛られていないことは確信できる。祭莉はさっそくフルーツ盛り盛りのパフェへスプーンを差し込んだ。
 掬われたアイスとフルーツが祭莉の口へ運ばれるのを見届けて、愛未は大仰にうなずいてみせる。
「参考? なに、君、みんなを守る変身ヒーローになりたいんだ?」
「ロクハラに、関係……ない」
 ああ、簡単に食いついた。本当に君は素直だね。
「関係ない? 僕だって君に守られるみんなのひとりだろう? それとも僕はみんなの内に入らないのかな?」
「……」
 言葉を詰める祭莉。
 からかわれたのだとはすぐに知れたが、打ち返せるような皮肉が思いつけなくて。このあたりはもう、役者がちがうというよりなかった。

 ――正直なところ、祭莉はこの男に悪意を抱いている。
 愛未は、とある息子と絶縁状態にある父親。その息子のことをよく知る祭莉からすれば、原因はすべて愛未にあるものと思うのだ。血の繋がった親との縁を絶つ。子にそうさせるほどのことを、愛未はしでかしたのだと。
 だからこそ、赦せない。
“化物”がくれるものはけしてあたたかなものばかりではなかったが、それでも祭莉は生涯、彼女という存在をよすがとして生きていくだろう。親子の縁とはそれほどに重く、太いものなのだから。

 そんな祭莉の思いの波動を心地よさげに受け流し、愛未は三白眼を細めてみせる。
「若いってのはいいね。いや、常陸君の場合は幼いっていうほうが正しいのかな。悪意も敵意もまるで隠せてなくて剥き出しで。これじゃ悪い大人に付け込まれるばっかりだよ?」
 あえて言葉にしたのは親切心からのことじゃなく、より激しい悪意やり敵意なりを引き出すためだ。
 笑みを隠したカップの縁から滑り込むマンデリン。その酸味のない苦みがやけに甘く感じるのは、愛未が悪い大人だからなのだろう。
 それもこれも、君がそんなにかわいらしいのがいけないんだよ。悪い大人はついつい、つついてしまわずにはいられない。
 愛未の薄暗い笑みから視線を引き剥がし、祭莉はパフェを食べ進めた。フルーツの甘みよりもアイスの冷たさばかりが舌を刺す。
 心が、たまらなく冷えていた。
 言葉とは弾丸だ。実なき虚でありながら、ねじり込まれたそれは人の心をかき回して引きちぎり、大穴を残して突き抜けていく。
 いや、抜けていくならまだいい。悪意という火薬で撃ち出された愛未の言葉はゆっくりと祭莉の心の内へ突き立ち、そこへ留まりながら、いつまでもダメージを与え続けるのだ。
「なれるといいね、ヒーロー」
 研ぎ澄ました悪意でもって愛未が撃ち出した、毒々しい皮肉の十字を刻んだ言弾(ことだま)。
 眠そうな目を大きく開いて、怠そうな足を前へ踏み出して、ヒーローになろうとあがいてよ。そうして1秒でも早く思い知るといい。君がヒーローどころか何者にもなれないんだってことを。僕はそのときの君が見たいんだ。どうしようもない絶望の底で崩れ落ちるかわいらしい君の末路をさ。
 なぜこれほどまでに“期待”してしまうのか、愛未自身にもわからなかったが。しかたないね、僕の性は悪い大人なんだろうからさ。
 と。
 パフェを食べ終えた祭莉が、まっすぐと愛未を見据えた。
 あいかわらず眠そうな目で、しかし確かな意志を込めた視線を向けて。
「……がんばる、よ。みんなと、ロクハラを……守れる、ように……」
 ごちそう、さま。言い残して、ゆるやかに踵を返す。
 愛未の悪意に巻き取られて、思うとおりに踊ってやることだけはしない。最高に最悪な形で裏切ってやる。そう決めた途端、口から滑り出したのがあの言葉だった。
 ボクはロクハラを守るよ。ヒーローらしく、命賭けで。そのときロクハラはどんな顔をするのかな。
 想像もつかなかったが、もしかして笑えてしまうんじゃないかと思うから――笑う? ボクが?
「でも……それも、悪くない……かな」
 少なくとも、愛未にとって最悪の、祭莉にとって最高の意趣返しにはなるだろう。

 一方。残された愛未は祭莉の背を見送ることもなく、くつくつ喉を鳴らして目を閉ざす。
 ああ、待ってるよ、かわいらしい君がどうにもならない僕を救ってくれるそのときを!
イベントノベル(パーティ) -
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グロリアスドライヴ
2019年08月19日

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