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『定例会 』
藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001

 気軽な雰囲気でありながら一般人は存在すら知らされていない、高層ビルの最上階にあるイタリアンレストラン。
「私に報告があるとのことですが」
 エージェントにとって馴染みの深いH.O.P.E.提携企業である万来不動産、その社長であるアラン・ブロイズ(az0016hero001)が、口の端を薄く上げて問う。
 椅子の上で傾ぎ、食前酒のスパークリングワインを呷る彼の様に、常の人当たりのよさはまるで感じられなかったが、しかし。
 向かいに背筋を伸ばして座す藤咲 仁菜(aa3237)は、彼の斜な構えがポーズであることに気づいていた。
 アランさんは“イヤな大人”を演じてる。だからって、ほんとは優しい人だなんて勘違いしないけど……
 ふと、となりの席についているリオン クロフォード(aa3237hero001)が、右手の小指の端を仁菜の左手に触れさせた。
 俺たちは決めたとおりに俺たちを貫くだけだ。
 彼の指から伝わる思いとぬくもりが、仁菜の心に火を点す。勇気、決意、なによりもリオンと同じ先を見ているのだという心強さ。
 レモンジュースで乾いた口を潤わせ、仁菜は一音ずつしっかりと言葉を発していく。
「今月の依頼受注のお話を」
 アランはすがめた目線を仁菜へ投げ。
「ああ。それは窓口担当者へお知らせを。今日はただの定例会です。あなたがたが心身の健康を損なうことなく、十全な状態で生きているか。それを私が確認するための」
 ストゥッツィキーノ(食前酒用の突き出し)のブルスケッタを口へ運び、つまらない顔をうなずかせてみせた。

 眠り続ける仁菜の妹の治療と生命維持を担う万来不動産。その代償として仁菜はエージェントとして活動し、トップリンカーとなることを約束させられているわけだが。
 シベリアでの大戦後、まさに覚醒と言えるほどの成長を遂げ、めざましい活躍を見せるようになった彼女へ、アランはなにを要求してくることもなかった。
 ちなみに妹の入院費は、毎月1日に振り込んでいる。明確な金額を告げられたことはないから、そのとき払えるだけの額を。今となっては数百万Gにまで達しているのだが……それが1Gだけでも、きっとアランにとってはどうでもいいことなのだ。そもそも足りているはずもないから。
 ただ、不思議なことではあるのだ。妹の身柄を万来不動産が引き受けるのは、イメージアップ戦略の一環だとアランは言った。そして今やH.O.P.E.東京支部の内でも名うてのエージェントとなった仁菜やリオンには、一定以上の商品価値がある。なぜそれを積極的に利用しようとしない?

 運ばれてきたアンティパスト・ミスト(前菜の盛り合わせ)から生ハムをつまみあげて、アランは酒を干す。
「あなたがたも馴染めそうなメニューをそろえさせましたので、どうぞ」
「いただきます」
 仁菜の即答に、アランは眉根を跳ね上げた。
「見た目はともあれ、少しは大人びましたか」
 最初の会食では口をつけることすらしなかった仁菜が、怖じ気なく料理へフォークを伸ばし、口へと運ぶ。
 大人の都合とか面目とかを子どもの癇癪で潰したりしない。だってもうわかってるから。これは剣と盾じゃなくて、言葉と振る舞いをぶつけあう戦いなんだって。
 仁菜が胸中で唱えた片脇では、リオンが同じように料理へと向かっている。さすが元王子と言うべきか、お手本を実演しているかのごとくに優美さである。
 ニーナはアランさんと戦おうとしてる。それなら俺もいっしょに戦うよ。
 だからこそ、料理をきちんと味わう。敵がいちばん嫌がることをていねいに重ねて、すかした仮面を引き剥がしてやるために。
「生ハム、しっかり熟成させてるね。1年2年じゃなくて、多分4年以上?」
 リオンの言葉に、アランは笑みを深めてうなずいた。
「5年ものです。実にすばらしい舌をお持ちでなによりですよ」
 最高の援護をもらった仁菜は小さくうなずき、しかし心の奥で思ってしまう。どうしてそんなに味がわかる人なのに、自分で作るとダークマターになっちゃうわけ?
 ため息を、薄く削った塩辛いチーズを巻いたルッコラといっしょに飲み込んで、仁菜はあらためてアランへ向きなおった。
「私たちの仕事、見ていただいていますか?」
「ああ、報告書は斜め読みですが、拝見しています。前線で盾役を担うことが多くなったようですね」
 若者の食の進みに合わせ、早めに運ばれてきたプリモ・ピアット(最初のメイン料理)は、タリアテッレ(平打ち麺)のボロネーゼ。
 あえて塊になるよう焼きしめられた挽肉の食感と、そこに絡みつくチーズの旨みを噛み締めて、仁菜は相手の言葉を待つ。
 戦いにおいてもっとも愚かしい行為は、気の逸りに突き上げられるまま斬り込んでしまうことだ。敵が雑魚ならそれもまた先の先となるだろうが、集団戦では連携を乱すことになるし、強敵相手なら後の先を取られて無駄な傷を負うことになる。
 食事の場っていうのを最大限に生かさなくちゃ。食べたり飲んだりして間を取って、アランさんにしかけさせる。先に攻めて揚げ足取られるのはだめだから。
 そんな仁菜の駆け引きを察しているのかいないのか、アランは小首を傾げたまま口を開いた。
「まあ、このようなことは言わずもがなですが。生命適性を持つバトルメディックのタンク戦術、常道とはいえ死傷率も高い。あえてその道を選んだ理由は聞かせていただきましょうか」
 あなたがいらっしゃらなくなればどのように遇されるかも知れない妹御を放り出し、逝くおつもりですか? 言外に含められた問いに、仁菜はきっぱりとかぶりを振った。
「守りたいんです。妹だけじゃなくて、いっしょに戦ってくれる仲間たちを、大切な友だちを、そんな私たちがいる世界でいっしょに生きてる人たちを」
 アランはかるく肩をすくめて赤ワインを口にする。そうして充分な間をとって、言葉を継いだ。
「万人を救うヒロインを目ざされているわけですか。うちとしてはありがたいお話ですが、個人的にはずいぶん強欲なものだと言うよりない」
 そして悠々とボロネーゼを味わい、ワインで舌を洗う。
 仁菜が空白に耐えきれず、言葉を発するもよし。このままじりじりと待ち続けるもよし。どちらにせよ、この対戦の相手である彼女を追い立てられればいい。
 それがわかっているからこそ、仁菜は息を整えてジュースを飲む。アランが自分を落とす穴を掘ってくるなら埋めてやろう。どんなに不格好でも、落ちさえしなければこちらの――
 テーブルの影から伸びてきたリオンの掌が滑り込んできて、仁菜の掌へと重なった。
 思いを手渡すように、力を込めて握り締める。
 ニーナ、俺たちはここへ戦いに来た。でも勝ち負け決めに来たんじゃないだろ。アランさんの喉元に“俺たち”を突きつけてやりにきたんだ。
 うん。仁菜はリオンの手を握り返して、自分を据える。
 これは戦いだけど戦いじゃない。アランさんは、私たちの敵なんかじゃないんだから。
「はい、強欲です。きりがないくらい」
 仁菜が言い切ったところで、セコンド・ピアット(メイン料理)の子羊のソテーが到着した。

「肉続きなのはどうかとも思いましたが、十代のあなたがたに魚料理は受けないかと。胃がもたれるような歳頃でもないでしょうしね」
 自分の皿は省略させたらしいアランは、フォルマッジィ(メイン料理の後のチーズ)を肴にワインを飲み続けていた。
 このタイミングでメイン料理が運ばれてきたのは、仁菜の発言を断ち切ろうというアランの意図によるものだろう。
「さて、なんのお話でしたか。歳を取るごとに短期記憶が怪しくなるのは困ったものですね」
 こうして間を潰されてまだ、同じ熱量で紡げますか? 我に返れば恥ずかしいばかりの、いかにも子どもじみた甘い夢語りを。
 アランの冷めた碧眼は、こうしている間にも仁菜を計っている。あえて彼女とリオンの若さを指摘してきたことからも、現状はマイナス判定を出しているはずだ。
 意識せざるをえない。ここで誤れば、すべてを失う危険すらあるのだということを。しかし。
「私の欲がすごく深いってお話です」
 あえてきっぱりと晒してみせた。いつか思い出したら悶絶してしまうかもしれない、子どもじみた甘さを。
 さすがにアランの面へ怪訝が浮かぶ。まさかこれだけの圧をかけられておいて、真っ向から叩きつけてくるとは。
 アランさんが揺れた! ニーナ、今だ!
 リオンの心が仁菜の心を押し出し、支える。だから仁菜はアランへまっすぐ言の葉の剣を突き出した。
「最初は妹だけ助けられればいいって、そう思ってました。でも、戦う内にわかったんです。どれだけたくさんの手に、私が支えられてたのかって」
 小隊のみんながいてくれたから、死線を踏み越えて還ってくることができた。
 友だちがいてくれたから、孤独に押し潰されずに笑ってこれたし――この場へ挑むための心を据えられた。
 そして。
「今度は私が支えたいんです。孤独も苦痛も後悔もたくさん知ってるから、同じ気持ちでうずくまってる人を放っておきたくない」
 アランはなにも言わず、仁菜の次の言葉を待っている。自分を納得させられるだけの論を見せろと促して。
 そうだよね。アランさんは大人で、商売人なんだから。でも、それに付き合う必要なんてないでしょ? 私は私なんだから。できることは、ためらわずに“藤咲 仁菜”の全部を込めて突き立てるだけ。
「だから。私は右手を伸ばすことをためらいません」
 ふん。アランは息をつき。
「誰も放っておきたくないから右手を伸ばす。なかなかの美談ですね。しかし左手が空いているようですが」
 仁菜はアランの言葉を遮って、持ち上げた。
「リオンが私の左手です」
 リオンの右手としっかり繋がれた左手を示し、言い切る。
「いつもリオンが引いてくれた手です。私は守る守るって言いながら、全部リオンに押しつけてきました。でも、これからはちがう。引っぱるんでも引っぱられるんでもなくて、ふたりで並んで先へ進むって決めたから」
 言葉を引き継いだリオンが、最高に明るくて不敵な笑みをアランへ向けた。
 ニーナ、ほんとに強くなったな。だからって俺の手、引っぱってもらうつもりなんてないから。
「俺とニーナはいっしょに走る。何回転がっても跳ね起きて走って、右手も左手も、助けを待ってる誰かに伸ばすんだ。どんな状況だって守ることをあきらめない。それで二度となにも失わない」
 そして胸を張って。
「結果はちゃんと出てるんだ。アランさんだって文句ないだろ? まあ、なにを言われたって、俺もニーナもそう簡単には揺れたりしないけどね」
 弱い心に蓋をして、内に詰まったものから目を逸らしたまま突っ走ったこともある。しかし、今はそうじゃない。
 俺たちは弱さ全部と向き合って、ふたりでいっしょに踏み越えていけるだけ強くなろうって決めたんだ。その覚悟だけは絶対穢させないよ。
 アランは目を細めて息をつき、店員を呼んで。
「こちらのおふたりにドルチェを。大層熱弁を振るってくださいましたからね。早急に補充が必要です」
 それが大人の気づかいというものですよ。口の端に薄笑みを閃かせ、ワインを干した。

 伝えるべきを伝えた仁菜は、両手をテーブルの上へ出してドルチェのティラミスに向かう。
 アランはディジェスティーヴォ(食後酒)のグラッパ――葡萄の絞りかすから作られる甘いブランデー――を飲むばかり。
 リオンはといえば、カプチーノをすすりながらさりげなくアランの様子を窺っていたのだが。
 とりあえず、悪い結果にはならなかったかな。
 アランから漂い出す気配に怒りや蔑みは感じられなかった。かといって驚きや賞賛もないわけなのだが……少なくとも、悪い雰囲気ではないように思う。
 それと同時に疑問が沸いた。
 じゃあ、アランさんは俺たちになにがさせたいんだ?
 皮肉は絶やさないにせよ、搾取するでなく、決死行へ蹴り出すでもなく、干渉することさえほとんどないまま、こうして定期的に呼び出すばかり。
 と、これ以上は考えてもしかたないので、置いておく。次いで彼は仁菜へと視線を移して。
 俺の手に引っぱられないって、ちょっとだけ寂しいけどさ。でもそれよりわくわくする。俺たちはいっしょに並んで、これから先へ行くんだから。
 リオンの視線に気づいた仁菜がこちらを向いて笑んだ。
 笑みを返して、リオンはリンゴのトルテを囓る。うまいな。帰ったらニーナにも作ってやろう。
 待ち受ける暗黒の気配に気づくことなく、仁菜はアランへ一礼し。
「ごちそうさまでした」
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2019年08月19日

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