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『推して参る 』
不知火 仙火la2785)&氷向 八雲la3202

「不知火 仙火ぁ、推して参るっ!!」
 なにを特筆することもないナイトメアとの戦い。
 不知火 仙火(la2785)は声音を無理矢理に吐き出し、マンティスへと突撃した。
 その背を見送った氷向 八雲(la3202)が最初に思ったことは、「気合が滑っちまってんなぁ」だった。
 そして仙火がマンティスへと肉迫し、振り込まれた鎌を危うくかわして「てやあああああ!!」、腰の据わらない剣を薙ぐ様を見て、「気合が空回っちまってんなぁ」とも思うのだ。
 適当にナイトメアをあしらいつつ考えてみる。
 技の面から言えば、単純に踏み込み過ぎだ。刀の間合は人が思うより遙かに狭いが、それにしても額を打ちつけるまで突っ込んでは近すぎる。
 ただ、それも結局は、心の問題なのだろう。動きを見ていれば、仙火という少年が連動している他の仲間へマンティスの鎌が届かぬよう立ち回っていることは知れる。単純にその動きが未熟で、さらには過ぎる気合で体が強ばっているから、ああして無様を晒しているのだ。
 ようは手が足りてねぇってことなんだろうがな。そりゃそうだ。ひとりで三人分四人分動こうったって、ムリな話だぜ。
 皮肉を込めて口の端を吊り上げる八雲だったが。
 叩きつけられては泥にまみれ、刻まれた傷から噴く血で自らを汚し、しかし幾度となく立ち上がってはまた突っ込んでいく仙火……その唇が唱える音なき言葉に、笑みを凍らせてしまう。

 守る――守るんだ――俺が――

 本気かよ? 真っ先に跳び出した疑問はすぐに塗り潰された。嘘なら聞こえるように言うだろうし、そもそもあそこまで我が身を尽くす必要はない。
 つまりは本当に本気。あの未熟な“坊ちゃん”は、己ひとりの力でこの場にあるライセンサー全員を、本気で守ろうとしているのだ。
 なんだかなぁ。なんだかなんだか。
 八雲はあらためて浮かべた苦笑を振り振り胸中でつぶやいた。
 無理を押し通すには力が要るが、仙火にはその力がない。まだあきらめていないらしいが、その気力も程なく血と共に流れ落ちて失せるだろう。
「おもしろくねぇな」
 あんな莫迦が死ぬのは、おもしろくない。
 死ぬべきときに死ねなかった莫迦からすれば、同じ程の莫迦が先に死に場所を得るなど赦せるはずがない。だから。
「おうおう坊ちゃん! 右っかわだけ見てな! 左っかわは俺が引き受けるぜ!」
 威勢よく割り込んで、マンティスの鎌を受け止めた。
「誰、だよ、おまえっ……!?」
 そして荒い息の隙間から問う仙火の左へ並び。
「ま、今は坊ちゃんの左腕ってことにしとこうか」
 苦笑でも嘲笑でもない、綺麗な薄笑みを投げかけたのだ。


 不知火邸。
 素振りや打ち込みに使えるよう土を剥き出した庭の一角で、仙火は重い木刀を振り上げては振り下ろし、踏み込んだ足を退かせてはまた踏み込む。
 木刀の重さを腕力だけでなく、体全体で綺麗に捌いているし、振り下ろす際の腰の据わりも見事なものだ。
「……戦場でそれができねぇもんかねぇ」
 花の落ちた紫陽花の脇に立ち、仙火の素振りを見ていた八雲がぽつり。
 振り向いた仙火は眉根を顰め、言葉なくうなだれた。
 そんなことは、自分がいちばんよくわかっている。
 いくら素振りがうまくできようと、戦場で生かせなければ無意味。そう、わかっているのだ。

 これじゃ、誰も守れない。

 自らの剣を無手勝流などと称する父は、まさに天衣無縫の剣を振るう化物だったし、母は母でニンジャレディだと(レデイはともあれ)言い張るにふさわしい腕の持ち主で。そんなふたりの背を見てきた仙火は、自然と弁えざるをえなかった。高みとは、それはもう遙かなる高みなのだと。
 正直、届かない高みを目ざすつもりなど失せていた。それでも家の内へ身を置くにはポーズだけでも修行するよりなくて……
 そんなある日。幼なじみの少女が自分を守るため、その身を投げ出した。
 彼女は無事に戻ってきたが、思い知ったのだ。あたりまえに“在る”つもりのものは、容易く消えて失せるのだと。
 その日から、がむしゃらに修練を積んだ。少女への贖いもあったが、なにも失いたくないという我欲に突き上げられるまま突っ走った。
 しかし。母がさらわれたことをきっかけに渡り来たこの世界で、自分がどれほどのものかを思い知らされた。
 俺は弱い。ただの役立たずでしかない。
 それからだ。闇雲に前へ出るようになったのは。自分が盾になれば仲間の無事は保たれる。どうせ役に立たない身だ。尽くす以外に使い道もないだろう。そのはずなのに。
「わかってんだろ? 坊ちゃんはちぐはぐなんだってよ」
 八雲が前へ進み出る。
「推して参るってなぁ便利なセリフだよな。相手の都合も味方の都合も関係ねぇ。てめぇの都合で押しかけるってんだからよ」
 仙火の眉根が跳ね上がった。
 先の戦場では危ういところを助けてもらった。それ以来、たまに顔を合わせるようになり、稽古が見たいと言うので邸へ招いた。果たして、この有様なのだが。
 仙火の肩がすとんと落ちる。
 言われてもしかたがない。自分は誰のためにもなれていないのだから。その焦りが戦場で大きく空回り、さらに誰のためにもなれない推参を呼ぶ。
 推して参る。
 推して参る。
 推して参る。
 俺は本当に、身勝手を押し通して、押しかけてるだけだ。
 暗い自己嫌悪の海へ落ちていこうとする仙火を、強い手が引き止めて、引き上げた。
「勝手にあきらめてんじゃねぇよ」
 被せるように顔を近づけてきた八雲が、仙火の額に自らの額を打ちつけ、揺るがせる。
「なにすんだよ!?」
「目ぇつぶっちまう前によく見とけ」
 残された左眼で仙火の目を射貫き。
「こいつがほんとに守らなきゃなんねぇもんを守れなかったヤツの顔だ」


 とある国にとある姫がいた。
 獣人の身体能力に目をつけられ、その影として取り立てられた少年は、まさに姫を守るためだけに学び、鍛え、行ってきたのだが。
 国は隣国との戦にあっさり敗れ、姫もまたあっさりと自害して果てた。
 なにもできぬまま影であることを捨てさせられた少年に、すがれるものはなにひとつなく。得体の知れない暗いものに追いつかれぬよう、ひたすらに逃げ続けるよりなくなった。
 山を渡り、海を渡り、国を渡り、ついには世界すらも渡り。その中で思い知ったのだ。どこへ行こうと、暗いものから逃れることなどできはしないのだと。
 それからはもう、死に場所を探すばかりとなった。生きている価値のない自分が、せめて誰かのために死ねる場所を。それだけを求めて流れ、流れ、流れてSALFにまで辿り着いて――自分には誰も守れないとうなだれるばかりの“坊ちゃん”と出会った。

「だからよ、俺だってでかいこた言えねぇ。でも、それでもだ。まだ間に合うヤツがあきらめちまうなぁおもしろくねぇのさ」
 噛み締めるように八雲は口を閉ざす。
 実際、噛み締めている。なにを為すこともできぬまま、流されることしかできなかった自分の有様を。
 そして今さらながら気づいた。
 そうか。俺の暗いものってのは、嘆きだったんだなぁ。無念なんてしっかりしたもんじゃねぇ。そいつを噛み締める資格なんざ、俺にゃねぇんだから。
 目の前の“坊ちゃん”は今まさに嘆いている。自分にはなにもできはしないのだとうなだれて。
 なんで気になっちまったもんかと思ってたが、そういうことか。
 ――自嘲する八雲を前に、仙火はやはりなにを言うこともできずにいた。
 彼を癒す言葉など思いつけるはずもないし、たとえ思いつけたとて、口にしていい資格が自分にあるとも思えない。
 しかし、どうしてもなにか言いたかった。己の嘆きを晒してまであきらめるなと言ってくれた男の気概にふさわしいものをもって、応えたい。
「俺は弱い」
 しっかりと向き合ってみれば、そう言うよりなかった。技も心も、たまらないほどに弱い。
「でも、守りたいんだ」
 たまらないほど弱いくせに、それでもなお守りたいのだ。手を伸べて、握り込んだ刃をなお伸べて。
 その先にある誰かを、守りたい。
 力なく我が身の無力を嘆きながらも、同じように嘆くばかりの誰かを放っておくことのできない男も。
「なあ。おまえ、間に合わなかったんだよな」
 八雲はうなずかず、左眼をすがめる。
 そうだろうさ。おまえは間に合わなかったかもしれないけどな、あきらめてないんだよ。
 俺もだ。俺も、あきらめてないんだ。
 どうしようもなく弱いから突っ込むしかないくせに、それでも俺はあきらめたくないんだよ。
「俺がまだ間に合うんなら、おまえは今度こそ間に合う」
 八雲は仙火の声音を振り切るように強くかぶりを振った。
 ったく、藪から棒になに言ってくれやがんだい。俺ぁとうの昔に間に合わなかった。まだ間に合う坊ちゃんたぁワケがちがうんだよ。
 思ってみて、ふとまた思う。
 なんで俺ぁイラついてんだ?
 余計なこと言うなって、それだけのことじゃねぇか。笑って「今度なんざねぇさ」って、言い返してやるだけでいいじゃねぇか。
 まさか……こいつぁまさかのハナシだぜ。
 俺ぁ、悔しいんじゃねぇのか。
 嘆くしかできねぇ自分が、悔しくてたまんねぇんじゃねぇのか。だから坊ちゃん焚きつけて、まだあきらめんなって?
 はっ。だとすりゃお笑い種だぁな。坊ちゃんのこと、俺の代わりにしてぇとか。
 なあ。
 ほんとにそれでいいのかよ? 全部坊ちゃんにおっかぶせてがんばんなって、そんなことしに俺ぁこの家までついてきたのか?
 そんなことしに、俺ぁこの世界まで流れてきたのか?
 俺ぁ――
「今度こそ間に合うなんて、言うだけなら簡単だぁな」
 まっすぐ仙火の目を見下ろして、八雲は言う。
「それは俺がいちばんわかってる」
 まっすぐ八雲の目を見上げて、仙火は応える。
「弱いからか」
「弱いからだ」
「だが、そのままでいる気もねぇか」
「ああ、そのままでいる気はないさ」
 互いに視線を外し、前へ歩き出す。八雲は外へ、仙火は内へ。互いの肩をすれちがわせて。
「背中をお守りしますなんてなぁ性に合わねぇ。左だ。左は俺に預けな――不知火の」
 今度こそ間に合うために、自分の右は仙火へ預ける。誰かを守るために自らを尽くし、斬り込んでいける未熟者に。
 俺が坊ちゃんを間に合わせてやるさ。この俺を間に合わせてくれるあんたをな。
「俺は未熟だからな。守りたい誰かをいっしょに守ってくれるのはありがたいぜ――八雲」
 剣を佩く左は剣士にとって死角。それを預けられるのは、誰よりも強く間に合うことを願い、同じ先へ駆けてくれる男より他にあるまい。
 俺がおまえを間に合わせてやる。俺を間に合わせてくれるおまえをな。
 それだけの言の葉と思いとを交わし、ふたりは別れた。
 次に会うのは、誰かを守るために立つ戦場だ。


「不知火 仙火、推して参るぜ!」
「同じく氷向 八雲、尋常に勝負――って、なんか締まらねぇな」
 仙火の左についた八雲が得物を振るいつつぼやいた。
 その右で刃を閃かせながら、仙火もまた決まりの悪い表情を返し。
「まあな。いや、これはこれでいいだろ」
 余分な力が抜けた分、仙火の挙動は先の戦いよりも数段鋭さを増している。そこへ八雲との連動が重なり、言葉を交わせるほどの余裕をもたらしていたのだが……このときの仙火は気づけない。考え込むのにいそがしくて、だ。
 ナイトメアの肩口を叩き潰した八雲が思いついたように顔を上げて。
「なぁ。俺に提案があるんだけどな」
「なんだよ?」
 そのナイトメアの頭を断ち割った仙火が目線を向ける。
「作ってみねぇか、小隊」
「ふたりぼっちでかよ」
「器がありゃあ注がれてみようかってぇ物好きも出てくるもんよ。なんのためにこさえた器かってのがしっかりしてりゃあな」
 そう言われれば、考えるまでもない。俺たちが作る器は思いを納める鞘だ。その鞘に納められる思いは当然……
「誰かを守る刃。それを納める鞘が器だろ」
 すらりと応えた仙火に、八雲は左眼をすがめてみせて。
「じゃ、それっぽい名前つけてくんな。隊長の初仕事ってことでよ」
「な――言い出したの八雲だろ!? 隊長はおまえが」
「不知火の、あんたが俺を引っぱったんだぜ? 責任取ってもらわねぇとなぁ」


 渋々とうなずいた仙火は、戦いを終えたそのときに八雲へ告げる。
「守護刀。それが隊の名前だ」
 それは父母が携えるひと振りの名であり、仙火が目ざしたい有り様であった。
 この名を掲げる以上、俺はもう迷わない。覚悟を据えて、推して参る。
 彼の決意を見て取った八雲は「おう」、うなずいた。

 かくて【守護刀】は成り、その鞘なる器に14人を納めることとなるのだが、それはまた別の話である。
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2019年08月20日

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