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『八重と染井吉野が寄り添うように 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 椅子の下に置いてあった鞄を拾いあげて、二つの足音が忙しなく食堂を出ようとする。新聞を読んでいた日暮仙寿(aa4519)が頭を上げるのと子供たちが振り返るのはほぼ同時だった。毎日顔を合わせているだけに普段は少しも気付かない、しかしこうしてまじまじと見ると日毎成長していっているのが実感出来る――はにかんだ笑顔を浮かべ、昔よりかは小さな声で行ってきますと言う。
「ああ、行ってこい」
 言うや否や駆け出す二つの背中を見送り、仙寿は新聞を畳むと立ち上がった。歳を取るとこういう動作の時に掛け声が出てしまうのは何故だろう。とうに前線を退いた身とはいえど、同世代と比べても充分鍛えているつもりだが。しかし肉体的に多少衰えた反面で、得るものも大きかったと思う。長男と次女を追うように廊下を通り、開けっ放しの玄関扉を抜ける。と、丁度和館の方から下宿している門下生たちが出てくるところだった。
「ほらほら、早くしないと先生にどやされちゃうよ」
 と彼らをせっつくのは妻の不知火あけび(aa4519hero001)――今はその姓を名乗る機会はほぼ無くなったが――である。世代が入れ替わって建物に補強工事が入り、少し趣が変わろうが、剣術道場としての向きも持つ日暮家の朝の風景は相変わらずだ。
(……俺も昔はあんな感じだったんだよな)
 子供たちと同じくらいの歳の頃には家のこと、自分のことで手一杯でああして門下生と仲良くする余裕なんて欠片もなかったが。日々健全に切磋琢磨し合う環境になったのはいいことだ。
 あけびが子供たちに同じ言葉をかけるように、仙寿もまた門下生を見送っていく。彼らには彼らの家族がいるのは解っているが、身元を預かる以上は第二の家族と思ってくれれば嬉しい。二人並んで見届けたその背中が見えなくなる。
「――さて、と。今日は休みだね。どうする? 二度寝してもいいよ」
「まあ、遠出は無理だろうが、寝て潰すのはさすがにな。とりあえず、何か手伝えることはあるか?」
「掃除と洗濯とー……後はお買い物に付き合ってくれると嬉しいかな」
 任せろと答えてみせれば頼もしいねと笑いつつの言葉が返ってくる。出会った頃と比べれば明らかに年齢を重ねたとはいえ、夫としての欲目を抜きにしてもあけびは綺麗だ。むしろ溌溂さは失われず円熟味が増したので、より魅力的になったといって過言ではない。だから変な野郎に言い寄られるんだと、少し前のことを思い出した。昔は相手も学生なのでナンパのような軽いノリが多かったが、今は不倫でも等と言い寄ってくる阿呆がいる。不安はなくとも悪い虫に触られるのも気に食わないのが正直なところ。その点職場が同じなので助かる。だから外でも一緒に行動する機会が多いだけで万年新婚バカップルではない――筈。まあ仕事仲間から言われるそれを否定出来ないのも事実だが。
 思い出しムカつきは家事で発散させるとして、一日だけ申請した平日の休みも上手く使わないとあっという間に過ぎてしまいそうである。仙寿がH.O.P.E.の法務部に就職し早二十年近く。法務部長に就任したからこそ部下の規範になるように休暇を勧められたのは結構前の話だ。トップに立てばまた、違う苦労と責任が伴う。それに慣れるまではと思い後回しになってしまっていた。それに予想外の出来事が起こったのも大きい。
 背中を叩く手に応えて家の中に戻ろうとする。と、不意に視界を薄紅色の何かが掠めていった――ような気がした。振り返れどそれらしきものは何もない。幻ならば心当たりは唯一。何一つ前触れもなく、想定より早く、長女が異世界へ転移したからに他ならなかった。

 ◆◇◆

 やはり男手があるとないとではまるで勝手が違う。とはいえ仙寿が家事に非協力的なのではなくて、法務部長然り何世代も縁のある名家への剣術指南然り、そして剣術道場の師範と責任ある立場で日々奮闘している為、あけびが自らサポート役に徹することと、家庭を支えることに注力するのだと決めたのだ。昔はむしろ、あけびが突っ走って仙寿が呆れながら追いかけるのがお約束だったのに。時間が経てば関係性も変わる。けれどそれも長く連れ合う醍醐味だろう。
 元の世界で起こった戦争後期の記憶が曖昧ではあるが、不知火あけびとして生まれ育った記憶は確かに魂へと刻まれている。しかし誓約を交わし英雄になって、鍛錬の為に相対しては愚神や従魔に立ち向かおうと共鳴した日々が日暮あけびとしての自分を形作った。門下生への指導を終えた後の静かな道場内で真剣を手に向き合って、刀身が僅かに甲高い音を響かせる。筋力も体格も思考も違うから全て同じとはいえないが、時に思惑が被って鏡写しになると笑ってしまう。近頃喋る内容も似てきた。
「お疲れ様」
「サンキュ」
 夜の帳が落ちた中、ベランダでぼうっと空を見上げていた仙寿がこちらに気付き、顔を向ける。持ってきた盆からお茶の入ったグラスをテーブルに置くと、彼も歩み寄ってきて定位置に腰を下ろした。向かい合って顔を眺めると、月明かりと部屋から漏れる照明の光の双方に照らされた仙寿は実年齢より若く見えるのもあり、師匠と瓜二つだ。共鳴した時の自分たちを見る機会は然程なかったが、それに近い。仙寿も絶対に知らない筈がないから、意識して避けそうなものだが。しかし――。
「ん? 俺の顔に何かついてるのか?」
「ううん、そうじゃなくって」
「――あいつに似てるって?」
 ズバリ言い当てられて鼓動が早まる。ついでについていた頬杖から頬というか頭が滑り落ちた。若い頃を思わせる皮肉に釣り上がった笑みに気が動転する。
「違……わないけど、でも、違うんだよ!」
「バーカ。んなこと分かってるよ」
 悪戯が成功したといわんばかりに仙寿は相好を崩した。仕事では勿論きっちりかっちりしているし、剣術師範としての彼は飴と鞭を巧みに使い分けるタイプだ。門下生や寄宿生を含む子供たちと接する時は素の彼に近いが、若干ブレーキが掛かっている部分もある。今でも昔の面影が色濃い彼を見られるのは付き合いの長い人間だけだ。その中でもとりわけ機会が多い、妻である自分にだけ見せる側面もある。だから嫉妬心も湧かないけど。
「私と元の世界にいる私が違うのと同じで、仙寿は仙寿だなって」
「分かってるって言ってるだろ?」
「うん。それでも言いたかったの」
 心が通い合っているからと慢心はしない。想いを少しずつ零し伝えていく。愛おしい気持ちを抱いて笑めば仙寿はふいと視線を逸らしてから、わざとらしくもグラスを手に取った。
「……あいつも元気でやってるんだろうな。あんなの、殺そうとしたって絶対死なないぜ?」
 ぞんざいな扱いは信頼の証拠。それともずっと嫉妬してる? なんて自惚れてみる。
 六人がかりで挑んだ勝負が彼――師匠との最後。今の段階ではの但し書きがつくが。現に会おうと思えばいつでも会えるのだ。ワープゲートを使った異世界との行き来は友人の努力の甲斐あって無事確立され、まだ一般人には手の届かない代物ではあるが、戦う手段と一定の実績を持った者には解放されている。
「ねえ仙寿。あの子も会いに行ったのかな……?」
 あけびの脳裏に蘇るのは淡い色彩を帯びた長女の姿。彼女は守護刀『小烏丸』を継承する約束を違えて姿を消した。幼い頃から師匠に会いに行き、そして親の代わりにリベンジを果たすのだとひたむきに目標を掲げていた彼女だ。生真面目な性格からしても前以って報告するのは間違いないし、不測の事態だっただろうと想像がつく。心配はしてもあまり不安がないのは、スマホに焦りと必死さが窺えるメッセージが残されていたことと、ワープゲートの利用記録と担当職員の証言があったからだった。強行には何かの理由があるに違いない。
「どうだろうな。ただこれも何かの縁なんだろう」
「……私がこの世界に来たみたいに?」
「状況的には……似たような感じか?」
 独り言のように小さく呟き、仙寿が首を傾げる。寄り添った切っ掛け、最初の最初。あけびが英雄で仙寿が能力者だから結ばれた絆。
 アメイジングスと呼ばれる新世代はあけびと仙寿の子供たちのように、能力者と英雄の間に生まれる場合が殆どだ。彼らの特徴は一人で共鳴時と同じ力を発揮出来ることだが、裏を返せば力を掛け合わせられないということでもある。その為個人差はあるが、単純に火力だけでいえば能力者と英雄のコンビに劣るし、戦闘の経験も未熟だ。
「あけびはどうだった? 色々と戸惑ったんじゃないか? 俺も何かまあ……アレだったし」
「それを言ったらそもそもの原因は私だよ。仙寿様仙寿様ってくっついて回ってたんだしね」
「うわ、久しぶりに聞いたなそれ……」
 ぞわぞわと悪寒がするような仕草をして仙寿が笑う。今となってはあれもこれも笑い話だ。長女を出産して結婚する頃には大体もうそんな感じだったけども。
「そりゃあ元の世界の知り合いと似た奴がいたら、意識すんなっていう方が無理だ。けどあの頃の俺は少しも余裕なんてなかったから、お前にきつく当たってばっかだった」
 悪かったなと彼が頭を下げたのは二人の息が合ってきた頃で。しかしあけびも似て非なる別人と重ねられる辛さが解らなかったのだ。互いに自分の居場所を求めて足掻き、相手のことが見えていなかったのだと今にして思う。あけびも謝って相手を許し合い、その時になってちゃんと顔を見れた気がする。
「後悔したって、口に出せなきゃ意味ないんだよなあ……」
「仙寿、ぶっきらぼうだったからね。私は気にしないようにしてたけど、でも友達に泣きついたりはしてたなあ」
「……知らなかったぞ、それ」
「だって言ってなかったもん」
 てへ、と舌を出してみせれば仙寿は呆れを絵に描くように半眼になる。
「でも、あの時期があったから今の私たちがいるんだと思うな」
「違いないな」
 仙寿は頷いて唇で弧を描く。お茶を二口ほど飲めばいつもの味がした。
 能力者と英雄。強さを目指し続けるという同じ志を持つ仲間。違う流派の刀使い。それから恋人同士になって、夫婦へと変わり父母としての役割も担うようになった。そして、いつかは祖父母になるのかもしれない。分かりやすいのは同じ姓を名乗る夫婦という関係だが、実際には自分たちの仲を一言で言い表すのは難しい。
「あの子も、私にとっての仙寿みたいな人と出会えるといいな」
 別に生涯の伴侶となるような関係でなくたっていい。自分が生きる意味を何倍にも高めてくれる人、分かり合えずとも分かり合おうとしてくれる人であれば。それは自分が英雄で、仙寿と出会えてよかったのだと心の底から思えるが故の老婆心なのかもしれない。けれどアメイジングスは一人だから。実際には戦場に出れば勿論、仲間と力を合わせて戦う必要がある。あけびと仙寿がそうして得た絆もまた子供たちに引き継がれるくらい大きな意味を持っている。でも生きるのに必要なものは、究極的にいえば誰か一人の唯一無二だ。自分が知り得る限り、長女には今のところそんな人はいない筈。だから巡り合ってほしいと願っている。己の過去を鑑みるに、あと数年は先でもいいかもしれない。
「俺はそう簡単には嫁にはやらないからな」
「……へ?」
 予想外の台詞に思わず、素っ頓狂な声が漏れる。いつかどこかで聞いたような。つくづく、お茶を飲んでいるところじゃなくてよかった。実際より若く見える美形も形無しの剣呑な顔つきをして、仙寿は手を組むと両肘をテーブルについて考え込む。ぶつぶつと熟練の剣術を使い戦うのを企図する様はちょっと怖い。
「でも、孫の顔も見たいじゃない」
「純粋さに付け込まれて、だまくらかされてたらどうすんだ!」
「その時は……うんまあ、みっちりお灸を据えちゃっていいんじゃないかな」
「言われなくても俺はそうするぞ」
 真面目くさって――当人的には本当に深刻な問題なのだろうが――語る仙寿がおかしくて、思わず吹き出しそうになる。しまいには彼は盛大に溜め息をついてみせた。そしてこう言う。
「とりあえず無事に帰ってきてくれればそれで充分だ」
「そうだね。きっと沢山成長してるだろうし、楽しみ」
 我が子を信じて待つのも親の務め。帰ってきたら思い出話を聞かせてもらおう。今ある日々を守り続ければ再会は叶う。笑い合っている内に今日もまた一日が終わる。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
前回色々と欲張って詰め込んだのと教えて下さった情報から
こういう話が書きたいなと、すんなりと決まった感じでした。
これまでに書かせていただいたお話があったからこその
内容というか……年齢を重ねても根っこは変わらないだろう、
というのがあったのでお二人の空気は昔のままにしています。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年08月21日

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