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『女神夢魔 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 出来心……というと怪しくなってしまうけれど。
 豚の角煮を作ったついでに漬けてしまった煮卵をいただいたら、これはまあ焼酎でしょうとうなずいて。
 焼酎をぐいっといってしまった途端、それはもう角煮も行っておくところでしょうと勢いがつき。
 口の中がこってりしてしまったので、塩昆布と大根の酢漬けでさっぱりしたいですねぇとなり。
 盛り上がったあげく『英雄幻想戦記』のシリーズでしばらく触れていない、光と闇を巡る戦いを描いた“3”を引っぱり出してプレイを始めて。
 そのまま寝落ちてはっと目覚めたスノーフィア・スターフィルド(8909)は気づいたわけだ。
「夢魔にジョブチェンジしています!」
 身につけているのは魔法銀の羽衣のみである。これは「体の動きを阻害しない極薄の装備をつけると強くなる」というジョブルールのせいだ。制作スタッフの中に、コンピューターRPGの草分けであるタイトルの“ニンジャ”をリスペクトする誰かが混じっていたんだろう。
「だから夢魔なのに、直接攻撃は素手なんですよねぇ」
 魔法は使えるが、敵の精神に訴えるものばかりなので、ボス戦なんかだとまあ効かない。ザコ相手なら魔法を使うより殴ったほうが早い。なにせ極薄防具のみの夢魔は、すさまじく強いから。
 まちがえたんでしょうね。ジョブの能力バランス。
 ちなみに攻略本のおすすめジョブ構成は、男である勇者以外、パーティに加わっているヒロイン全員夢魔にすることだったりする。
 なのでまあ、昨夜のスノーフィアはその構成でプレイしていたし、当然ゲームキャラのスノーフィアも夢魔だったりしたわけで。
「だからって本体まで夢魔にならなくてもいいでしょうに……」
 この家には彼女しかいないから、誰に見られる心配もない。かといって羽衣一枚で生活するのはなかなかに面倒が多い。とにかく元に戻っておこう――
「――戻れませんね?」
 わけがわからず辺りを闇雲に見渡して、「あ」、気づいた。
 点けっぱなしのモニタの中で、ゲームが見事にバグっていることに。
 もしかして、これのせいでしょうか?
 一度リセットしてみたが、やはり戻れない。やはりこのスノーフィアの体はゲームと深い関係があるようだ。
 だとすれば、セーブポイントからやりなおして、止まってしまった箇所まで戻ればこの障害も解消できるかもしれない、そう思ってみたわけだが。
「その前にシャワーですね。夏の寝落ちはいろいろ問題がありました……」

 というわけで、バスルームへやってきたスノーフィア。
 バグっているせいか羽衣を外すことができないので、そのまま湯を浴びる。ただ、もとがふわっとした装備なので楽々と体も洗えるし、魔法銀は水に濡れてもすぐ乾く。
「便利ですねぇ」
 思い出せば、夢魔専用のイベントである温泉でも、ヒロインたちは羽衣をつけたままだった。全年齢向けの限界ってことなんだろう。
 しかし、それにしてもだ。
 基本的にはモデル体型であるスノーフィア。そのはずなのに……育っている。主に胸とくびれと尻が。
 光陣営に属するヒロインを、本来は敵専用であるはずの闇属性ジョブへチェンジさせるには“二律背反”と銘打たれた分岐イベントを複数クリアする必要がある。このルートに入ると攻略難度が唐突に跳ね上がることになるのだが。
「……苦労するだけの価値がありますよね、主人公にとっては」
 イベント絵ではさっぱり感じられなかったすばらしい充実っぷりに、思わずしみじみしてしまうスノーフィアだった。そう、彼女が“私”のまま、主人公としてこのスノーフィアを前にしたなら、しみじみでは済まなかっただろう。こういうときだけは我が身を呪いたくなる。
 バスルームを後にしてみて、さらに気づいた。
 あれこれボリューミーになったことから、挙動にも変化が出ていると。男は肩から動くものだが、女は腰から動く感じ。
 自然としゃなしゃなする歩を見下ろして、ちょっと反省した。
 思考が“私”だからって、意識してなさすぎでした。
 常がモデル体型で、だからこそあまりかまわずに来たとはいえ、スノーフィアは女性なのだ。
 いや、最初の頃はもう少し意識できていた気がする。それが薄れたのは多分、酒を飲み始めてからだ。
 しかも最近の私、加速してますよね……焼酎とか立ち飲みとか、どんどんと!
 元がおじさんだから、おじさんに寄るほど落ち着くのは必然。でも、スノーフィアはただ女子なだけでなく、大層美しい女子で。
「女子力! 女子力を高めないと!」
 くわっと握りかけた拳をあわてて開いて頬に当て、スノーフィアは決意を込めて小首を傾げてみせた。

 ネットで調べてみたところ、女子力の高さはいくつかの要素に別れているらしいが、まず料理のうまさ。
「角煮、よくできてましたよね。それ以上に手の込んだもの……イカの塩辛なんてどうでしょう?」
 って、どちらも自分が好きな酒の肴だし、日常的にそんな手の込んだ料理ばかり作りたがるのは生活ってものを考えないおじさんならではだろう。

 次はバッグの中にそろえた女子らしい気づかいが光るアイテム。
「回復アイテムは各種そろってますし、装備の簡易修理道具もありますし、気づかいは完璧ですね!」
 いや、備えはともかく女子らしい気づかいとはちがうような。

 女子らしい身だしなみ。
「防御力を考えなければいくらでも――」
 防御力とか言っている時点でもう、身だしなみうんぬんじゃない。

 女子らしい体型維持努力。
「かなり食べても飲んでも変わりませんから、維持はされてますよね」
 まるで努力していないので、これもアウト。

 女子らしい心配り。
「独りぼっちで引きこもりですよ!? いったい誰になにを配ればいいんですか!?」
 それがすべてという感じもするが、一応同居しているエレメントたちがストを起こすくらいだから、心配れていないものとする。

「全滅……全滅、ですか……」
 がっくり膝をつくスノーフィア。まさか、ここまでなにもできていないなんて。
 いや、あきらめるのはまだ早い。
 今のスノーフィアは夢魔。見た目だけかもしれないが、女子力は爆発的に上がっている。つまり、誰の前に立ったとしても自然に魅力的な女子として認められることになるはず――
「ですから引きこもりなんですってば」
 最近は特に、飲み友だちから誘いがなければ引きこもりっきりである。どれだけ女子の魅力が突き抜けたって、それを認識してくれる誰かがいなければ意味がない。
「……私って、実はどうしようもない存在なのでは?」
 今さらなことを今さら言ってしまったわけだが、とにかく。
 できることを精いっぱいやるしかない。たとえ自己満足なのだとしても、正しいスノーフィア像を取り戻す。


 というわけで、作ってみましたカルパッチョ。それをシトロンのフレーバードウォッカのソーダ割りで上品にいただく。
「思い出しますね、あのころのこと」
 スノーフィアであろうとがんばっていたあのころは、たとえ引きこもりでも輝いていた。やはり女子を女子たらしめるのは、女子らしい生活なのだ。
 かくてスノーフィアはソーダ割りをぐいーっと飲み干し、ぷはーっと息をつく。
「疲れた脳にお酒が染みます!」
 どう聞いてもおじさん臭いことを言いながら、夢魔から戻るという当初の目的も忘れ去り、しこたま飲んで盛り上がってシリーズの“5”をプレイし始めて……目覚めたときにはもっと大変なことになっていたのだが、夢魔は未来予知能力がないので知る術もないスノーフィアだった。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月21日

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