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『星の下で誓う 』
神代 誠一ka2086)&クィーロ・ヴェリルka4122

 はらはらと桜舞う風が渡る緑の丘――……。
 突如吹き抜ける嵐にも似た強風。
 次の瞬間そこに緑の丘は無く赤茶けた荒れた更地が広がっていた。

「とても人に見せれた顔じゃねぇな……」
 朝、鏡に映る自分の顔に神代 誠一(ka2086)はわざと声に出して悪態を吐く。
 あの日の夢を見た翌朝は決まって酷い顔だ。
 疲労が滲んだというわけでもなく、一切の感情が抜けた空っぽの顔。
 神代は鏡に向かって無理やりを口角を挙げて笑顔を作り、一人ずつ仲間の名前を呼ぶ。
 皆の笑顔とやりとりとを思い出しながら、自分の表情、仕草を頭の中でなぞっていく。
 そして頬のこわばりも解けてきたなと思う頃には、鏡の中にいるのはいつもの神代誠一だ。
 ただ……
「クィーロ……」
 最後に呼んだ相棒クィーロ・ヴェリル(ka4122)の苦い響きががらんどうの胸中に転がった。
 上手い事やっているつもりだが、相棒たる彼は自分の様子にも気付いているだろう。
 いっそのこと全部ぶちまけて縋れるものなら……とも思う。でもできないのだ。
 それは男の矜持とかそういった問題ではなく、もっと単純な話。
 出てこないのだ。動かないのだ。
 心が――。まるで喉の奥に蓋でもしてしまったかのように、泥が詰まってしまったかのように、無くなってしまったかのように。
 丘が消えたあの日から、向き合う事すら無意味だと思うほどに自分の内側は空っぽだった。
 その穴を世界の命運を決める戦いが眼前に迫っている、一秒だって無駄にできるものかと無理やり仕事を抱え込み忙しさで誤魔化している……それが今の神代だった。


 決戦前の作戦会議――だというのにいつもの離れに集った仲間たちは相変わらずにぎやかで……。

 パリーーン!!!
「うっそだろ!!」

 硝子の割れる音と同時に響く神代の叫び。
 スイカを割ろうとして窓を割る――今更驚くまでもない。犯人が神代ならば猶更だ。
 仲間たちも慣れたもので片づけたり「仇を取る」とフォローを入れたり。
「……本当にいつも通りだなぁ」
「そんな冷たい目で俺を見ない」
 溜息を吐くクィーロに神代が、どうして部屋の中でやろうと思ったのかなどあれこれ言い募る。
 神代が音頭をとって仲間を巻き込み、失敗に突撃し大人げなく言い訳を探す――そういつもの光景だが……。
 誤魔化せていると思っているのかな……。
 クィーロは縮こまっている神代の背に思う。
 相棒の様子がおかしいことには大分前から気付いていた。
 ただ空元気だとしても本人が意地を張っているうちはそれを尊重し見守っておくつもりだった。
 何せ自分も神代も大人だ。
 自身で踏みとどまりたい一線だってあるだろう。
 だが今の神代はどうか。
 仲間と談笑している様子は常とかわらなくみえる。
 でもほんの一瞬浮かぶ表情を、本人は気づいているのだろうか。
 いやあれを表情と言っていいのかもわからないが。
「ほぃっと、こいつはクィーロの分な」
「ありがとう」
 塩いるか?などと神代がなんやかんやあって漸く割れたスイカを切り分け渡してくれる。
 明朝には出発だ。
 このまま戦いに挑んで、自分はそれでいいのか――クィーロは自身に問いかける。
 あんな顔――……。
 何かの拍子にあっけなく自分の命を手放してしまいそうな。
 何かあれば言ってくれるだろうとも思っていたけど……。
「甘かった、かな……?」
「ん?」
「スイカ、甘いね」
 首を傾げた神代にそう言って頬張ったスイカは少しだけ温くて甘い。
 話がまとまり皆準備のために解散となった。
「そうだ」
 書類を纏めていた神代が振り返る。
 しかし流石に仲間のいる場所で切り出す話でもないかと話題を変えた。
「出発前にぐまの餌忘れないようにね」
「    。忘れるかって」
 また、後で。妙な間には突っ込まずにクィーロも離れを後にする。

 夜も更け、日付が変わる頃、クィーロは神代宅のドアをノックしていた。
 結局神代からは何もなかった。
 だから自分から動くことにした。
 考えたくもないがもしも何か起きた時、ここで動かなかったことを絶対後悔するだろうと思ったのだ。
「誠一、星を見に行こう」
 灯り一つつけない部屋でソファに寝そべり地図を広げていた神代を外へと連れだした。


 相棒に連れ出されたはいいが、決戦前のどこか熱に浮かされたような空気の漂う街は夜中だというのに人が多い。
「うーん……ゆっくり星がみれそうにないな」
 クィーロが困ったような笑みを浮かべて頭を掻く。
「どこか良い場所は……」
 静かで空の開けた場所、相棒の呟きに思い浮かんだのは――……緑の丘――だった場所。
「……」
 逡巡。
 あそこは……。
 いくつもの思い出が過る。
 だが今自分にとって大切なのは、目の前にいる相棒と過ごす時間だ。
 折角連れ出してくれたのだから二人で星をみたい。
「クィーロ、一つ心当たりがあるんだが」
 かつての丘へ初めて相棒を連れていく。

 神代に連れてこられたのは雑木林を抜けた先にある荒地だった。
「綺麗だね」
 クィーロは空を仰ぐ。
 頭上に広がった空に瞬く沢山の星。周囲の雑木林が街の光を遮ってくれるから良く見えた。
 同じように空を見上げている神代の反応はない。
 ここが神代にとって大きな意味のある場所なのだろうということはわかる。
 クィーロは肩にかけた袋からバーナーとケトルを取り出した。
 シュンシュンと湯の沸く音が響き、ゆっくりと流れる時間。
 相棒は自分の事をあまり語らない。特に辛さや苦さは見せようとせず飲み込んでしまう。
 ココアを淹れると無言で神代に差し出した。
 多分この丘に関することは……。
 話したくとも言葉にできないのであろう。
 心の中で整理できず飽和状態になっているのかもしれない。
 こういう時どうすればいいのかクィーロは知っている……とはいえ中々実行しにくいのもわかっているのだが。
 たっぷり時間をかけてクィーロはココアを飲み干しカップを置く。
「誠一……」
 神代がわずかに反応した。
「泣いてもいいんだよ」
 向けられた顔は迷子のようだ。どうしていいのかわからないというような。
「君の泣き顔は何度もみてるしね……」
 ふふ、と軽く冗談めかす。
 それでも途方に暮れた顔をしているから、クィーロは問答無用に神代の頭をぐっと引き寄せ腕の中に抱え込んだ。

 覚悟は決めていた、というのに。
 改めてそこに立てば足が竦んだ。
 いっそのこと全て変わってくれればよかったのに。
 見上げた満天の星空だけは変わらないままだから……。
 目を閉じればなだらかな斜面に風になびく緑が嫌でも浮かんでしまう。
 並ぶ二つの影。
 幸せな日々。
 何時の日か影は一つ消えて。
 それでもこの丘で自分は待ち続けた。
 孤独に喘いだ日々。
 喜びも苦しさもこの丘であった全ては間違いなく自分の一部だった。

 それが……

 再び目を開けば飛び込んでくる赤茶けた更地。
 無くなってしまった。
 その日から、心が上手く動かない。まるで丘に持っていかれてしまったかのように。
 このまま此処に立ち続けたら自分はどうなってしまうのだろう。
 逃げてしまおうか――そう傾きかける心。
 甘い香りが鼻を擽った。
 クィーロが淹れてくれたココアの香。
 受け取ったカップから漂う温もりが、夏だというのに冷えた指先を溶かしていく。
 相棒もきっと色々聞きたいだろうに、何も言わず隣にいてくれている。
 震えるほどの力で拳を握り、更地となったかつての丘を見据えた。

 そうだ。丘はもうない……

 それは紛れもない事実。それを受け入れて……。自分は……。

「……っ」
 大丈夫だ、この場所は――この場所は――。踏み出すために、何か言葉にしようと思っても出てこない。
 なんでも良いから言葉に……。
 でもわからない。この期に及んで自分はどうしたいのか、何を思っているのか、感じているのか……。
 カップを両手で握り込んで俯く。
 誠一、名を呼ばれ視線だけちらりと向ける。
 クィーロの言葉は、ジジ……どこかで羽化した蝉の声に混じるせいで聞こえているのに頭の中で意味をなさない。
 泣く? どうして。自分は悲しいのか。
 泣く? どうやって。理由もないのに。
「なに――を……っ」
 耳鳴りのように蝉の声が聞こえるから、よくわからないふりで笑って返そうとした試みはぐいっと引き寄せられ失敗に終わった。
 相棒の肩を借りる恰好。
 ポンと手が背を叩く。
 小さな動きだった。
 ――だというのに。
 喉の奥の方つっかえていた蓋が転がったような気がした。
 途端心の奥底から何かが溢れてくる。
 滲んだ視界に映った手から転がり落ちた飲みかけのカップ。
 後で謝らないとな――と妙に鮮明に思う。
「……っ」
 カップを失い行き場を失った手がクィーロの服を鷲掴む。
 目の周りが酷く熱い。息が苦しい。顔をクィーロの肩に押し付ける。
「ご、 め……」
 堰を切ったように泣き始める蝉の大音声。紛れて神代は声なく嗚咽を漏らす。
 それはまるでしかと樹にしがみつく唖蝉のように。
「この場所は   。 俺、の……。俺の……」
 それでも全部言葉にすることはできなかった。同じことを繰り返すだけ。
「大丈夫……」
 背中を繰り返し手が叩いた。
「相棒だからって何でも話さないといけない――訳じゃないだろ?」
 穏やかな声が降ってくる。心地の良い雨のように。しみ込んでくる。
 無理に言わずともわかっている――相棒の声が聞こえた気がした。

 あぁ、そうだ……。そうだ。こうして隣にいてくれるのは……。

 丘が更地になって四か月、胸の内どろりと溜まった澱みが全て涙となって流れ出す。
 一頻り泣いて落ち着いた神代にクィーロはもう一度ココアを淹れてくれた。
「俺の前では我慢しなくていいんだよ」
 と全てお見通しと言わんばかりのタイミングで差し出されたカップ。
「ほんと、お前には勝てねぇなぁ……」
 礼と共に温かいカップを受け取った。
 どれほどぶりだろうか。心の底からの笑顔に使っていない筋肉が軋んだ。きっと人に見せられたもんじゃない酷い顔だったと思う。

 クィーロは久しぶりにくしゃりと顔を全部使った神代の笑顔をみた。
 これで思い残すことなく決戦に――いやそれは多分「フラグ」というやつだと小さく笑う。
 自分たちにはまだまだやることがあるのだ。
 例えば離れの大掃除とか修繕とか……そんな先にある日常へと思いを馳せる。
 あの木漏れ日が注ぐ場所で仲間と相棒とその隣に――……

 俺は、いる …… ?

 唐突に浮かんだ不安。その小さなシミは瞬く間に胸の内側で大きくなっていく。

 いつか……それは遠い未来か、近い未来かわからないが。
 失われた記憶を取り戻す日が来るだろう。
 その時自分は相棒の隣にいれるだろうか。

「ん? どうした?」
「いつか……」
「いつか?」
「もし俺がこの手を離したら君は追いかけてきてくれるかな?」
 冗談のように笑って言ったはずなのに、うっすら鼻の奥のほうが痛いような気がするのは気のせいだろう。
「当たり前だろ」
 間髪入れず力強い返事。
「何処へでも、何度でも探しに行くさ」
 ニっと悪戯っ子ままの笑みで神代が言うとクィーロの頭に手を伸ばしてくる。
「わ、ちょっと待って。髪が……!」
「悪ぃな、明日は決戦だ。今日は見逃してやれねぇわ」
 逃げようとしても手が追ってきて最終的に思いっきり頭を掻き回された。
 右に左に視界が揺れる。
 がっと頭を掴まれたまま顔を合わせられた。
「何があろうと掴みに行くから」
 覚悟してろ、とまっすぐにこちらを見据えてくる。
「……クィーロ」
 返事の代わりにクィーロも視線を返す。
「俺はお前以外を相棒と呼ぶことはない。必ず、生きて帰るぞ」
「勿論」
 今更言われるまでもないと言わんばかりに頷く。
 しばし睨み合うように視線を合わせていたが、どちらともなく拳を合わせ笑みを交わす。
「また、一緒にここに来て星空を見よう。今度は二人ちゃんと笑ってさ」
「その時はとっておきの一本開けるか」
 つまみは頼んだ、という相棒に「仕方ないな」と肩を竦めてみせた。

 そして――夜が明ける。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka2086 / 神代 誠一】
【ka4122 / クィーロ・ヴェリル】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

お二人のやり取りに言葉はいらないんだ!などとあとがきでも言い出しそうになりました。
決戦前に交わされたお二人のお話ノベル納品いたします。
大規模お疲れさまでした。
皆さまご無事にご帰還されたようで良かったです。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2019年08月21日

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