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『満喫の為の第一歩! 』
V・V・Vla0555)&88la0088)&紅迅 斬華la2548

 ライセンサーとて、休日とは不可欠なものだ。単に疲労が蓄積すれば能率が落ちて最悪の場合は死に至るというのもあるし、かなりの少数派だろうが88(la0088)のようにあくまで第三者的な立ち位置であり、人類がナイトメアに滅ぼされる可能性を恐れない――そんな思考の持ち主であれば当然危機感もない。酒や煙草などの余暇を楽しむ術も人並みには知っている。しかしと胸中で呟き88は頭上を仰いだ。まだ太陽が高い時間帯、初夏の陽気は目深に被るフードを僅かに透かし、皮膚の温度をじわじわ上げていく。長袖の者はまだ稀有ではなかった。
(さて、何をしたものか)
 休日に当てもなくプラプラと街中を彷徨っている状況。人が集まれば何か騒動が起きる可能性はそこそこあるが幸か不幸か、現在は特にそのような気配もない。曲がりなりにもライセンサーである以上交友関係はそれなりにある。しかし用事もないのに訪ねるほどの関心はなかった。元より88は自らが誰かと関わるより他者の人生を傍観するのを重要視する性質である。
 何とは無しに街路沿いの店を眺めながら歩いていると、夏本番に向けて何とかかんとかという宣言文句で服やら水着やらダイエット食品に筋トレ道具などなど、脅威はあれどそれが日常と切り離されたものなのだと如実に示す光景が広がっている。とはいえ興味を引くことなく、視線を正面へ戻す――と、不意に見慣れた顔が向こうから歩いてくるのが判った。何やら予感が閃いて88が踵を返しかけた矢先に、赤と黒二対の瞳がこちらをはっきり捉えたのを感じる。咄嗟に舌打ちが出た。
「ちっ。このままでは第6種接近遭遇になってしまう」
 意味がないと理解しつつも、フードをより深く引き下げて方向転換をし逃亡を試みる。人通りが多い場所に出向けば知り合いと偶然に鉢合わせる確率も高まる。といってもグロリアスベースには人が生活を営めるだけの人口があるわけで、それを踏まえれば運命の悪戯という他ない。などと88が現実逃避したくなるのは便宜上名乗っている登録番号を大声で連呼されているからで――その声は徐々に近付いて、小型ナイトメアにぶん殴られたような衝撃に一瞬、呼吸が止まる感覚を味わった。

 ◆◇◆

 唐突だが、V・V・V(la0555)――ファオドライは困っていた。友人である紅迅 斬華(la2548)と合流したのは十分ほど前のこと。互いに忙しい日々を送る身ながら、話していて偶然に休日が一致している事実に気付くと共に出掛けることにした。年頃の女子が街をぶらつく訳は一つ、即ち買い物である。夏に向けて色々と入り用な時期だからとそれはもう気合が入っていた。なにせ時間を有効活用するべく、目玉商品から店を回るルートまで入念に調べあげたくらいだ。しかし誤算があった。
「浮かれるにはまだ早いですよー」
 言って隣にいる斬華がぷっと頬を膨らませる。彼女の黒瞳が見つめるのは先ほどまで執拗に絡んできていた男の背中だ。人を見た目で判断するのは宜しくない考えと承知しているが、件の男は外見から受ける印象そのままに、非常に軟派な性格をしていた。
「感謝するぞ斬華殿」
「ふふ〜ん♪ 思う存分お姉さんを頼ってね♪」
 礼を述べれば斬華はこちらを見返し、パッと気持ちを切り替えるといつもみたいにちょっと得意げな笑みを浮かべてみせた。まあ上手く往なしたというより話が致命的に噛み合わず、相手が根負けして引き下がったといった方が正しい気もするが。有り難かったのも事実である。
「しかし、こうも衆人の目が向くとは困ったものだ」
 普段はこうも酷くないのに、今日は頓に視線を感じる。思いつつポニーテールにした髪の結び目に触れた。既に暑くなってきた現状、活発さをイメージしてこの髪型にしたら斬華と姉妹のように見えるようだ。このままでは埒が明かないと歩きつつもファオドライの唇から息が零れる。買い物は始まったばかりだ、なのに先が思いやられる。
「うーん……ファオちゃんと一緒なのに楽しめないのは残念だし、男の人避け出来ると嬉しいね。後は荷物持ちになってくれる人がいたら助かるかな?」
「ふむ。そこまで考えが及ばなかったな。何かと物騒なご時勢だ、ボディーガードも必要だろう」
「うん。今から誰かに連絡してみよっか」
 言い、斬華が肩に掛けた鞄からスマホを取り出そうとする。と、
「あっ」
 思わず漏れた声に彼女の手と足が止まって、自分と同様に正面へと向き直る。逆方向からこちら側に近付いてきていた男性が足を引いた――のだが、その格好は見上げても不思議と容貌が窺い知れない友人のものだ。まるで忘れ物を思い出したような自然な動作で引き返そうとする88の背ではなく、ファオドライは斬華を見返す。
『いた』
 と声がハモり、そして斬華が動くまでは早かった。
「はちーさんっ! みんなの斬華お姉さんとファオちゃんですよー! あれっ、はちさん、気付いてないですか!?」
 元気一杯、聞こえなかったの言い訳は通じない声で彼を名指ししながら、彼女はぶんぶか大きく手を振ってみせる。が、止まるどころか88の足取りは早足を通り越して疾走の域に突入していた。それを見た斬華がまるで追いかけっこの鬼のように気合を入れ始める。それで自ずとその思惑が知れた。
「88殿を捕獲し連行するのが今回の作戦ということだな、斬華殿」
「手加減は無しですよ、はちさん♪」
 言うが早いか、駆け出して追い掛ける。全員ライセンサーとして慣らした身ではあるが斬華の動きは一際凄まじかった。それは敵の首という首を刈る戦闘力のみならず、88に対しての親愛故の無遠慮さも影響していただろう。華麗に人混みを躱してひと息に距離を詰めると、勢いよく飛び掛かった。ぐえっと蛙が潰れたような声がしたのはきっと気のせいではない。
「はちさん、捕まえました♪ 私たちのお買い物に付き合って下さいっ!」
「わかった、もう逃げんから掴むな離せ首を狙うな」
 息継ぎなしに制止の声をあげる88の真剣味に気付いているのか否か、斬華は気の置けない友人にじゃれついた格好のままにとても楽しげだ。ガッツリ捕獲する彼女の動きに引き摺られ、こちらを向いた88の鼻先へファオドライは指を突き付ける。
「では88殿は荷物持ちの刑に処す☆」
 問答無用の宣告に彼は深く息を吐き出すと、心底疲れ果てた声でわかったと繰り返した。

 ◆◇◆

「ふふ〜ん♪ 二人とも今日はよろしくね♪ お姉さん張り切っちゃう!」
「おい、力加減を考えないか」
「あれ? そんな強くしたつもりないのにな」
「斬華殿は流石の強さだ。我も見習わねばな」
「そこを真似するのか……?」
 バシバシと88の背中を叩けば苦言を呈され、ファオドライからは感嘆が返ってくる。そうしてショッピング御一行(二名)に88を加えて仕切り直す。彼は乗り気ではないがそれは内容を思えば当然だし、前言を撤回する気はないらしく一緒に行動してくれる。ただ少し距離を取ろうとするので、斬華が右腕へと手を回し、ファオドライが左腕の上着の所を掴んで、三人並び通りを歩く。ファオドライが「次はあの店だ」ともう片手で行き先を指し示す。左右から88を引き摺るように突き進む道のりはまだまだ長い。

「はちーさん! 次はこれ持って下さいな♪」
 と既に三軒分の荷物を持っている88に紙袋を押し付けて、
「ファオちゃーん! あっち! あっち見に行きましょ♪」
 と予定外に見つけた店が気になり、ファオドライを手招きする。普段使いのアクセサリーまで探し出すと、つい時が経つのを忘れてしまう。
「随分と浮かれているみたいだな?」
「えへへ〜、そうかもしれませんね」
 ファオドライが衣服を二着手に取って悩んでいるところ、88の言葉に小首を傾げながらそう返すが、実際年甲斐もなくキャッキャとはしゃいでいる自覚はあった。代々優秀な人材を輩出してきた武家の娘である斬華は所謂箱入りである。その上、文武両道には程遠い壊滅的な能力不足だったのも手伝って、友人と遊ぶ時間があるのならとにかく基礎練習に励む毎日だった。なので年頃の女の子が経験しているだろう友人と買い物をする行為自体不慣れで、けれどそれが嬉しくてしょうがない。斬華殿、と呼び留められてそちらへと向かうと、一軒目で水着を、二軒目で浴衣を買った時とは違うセンスの服装を数着抱えていて首を傾げる。
「あくまでも良ければだが、一度試着して貰えぬだろうか。我が思うに斬華殿が自分の好みが判らないのはいつも和装だからでは?」
「あ、そっか。それはありそう」
 ハッとして斬華が言うとファオドライも頷いた。
「色々と着てみて、気に入った物を選べば傾向が分かるのではと思う。どうだろうか?」
「ナイスアイデア、ファオちゃん♪ 時間掛かっちゃいそうだけど試着してみちゃうね」
「うむ。お役に立てて何よりだ」
 彼女の健気さに思わず胸が熱くなるのを感じた。ぎゅっとしたい衝動を堪え、差し出された何着かを受け取って一緒に試着室の方へ向かう。勝手ながらも妹のように思っているので、自分が甘やかしたいのだが何故だか逆になっている気もする。
「はちさんも何か買いますー?」
「……いや、私は遠慮しておく」
 まだ隠れるほどの量ではないが88の顔は全く以て見えない。距離を置いていても荷物のせいで同行者なのはバレバレだろう彼の方に振り返っていたのを向き直って、隣のファオドライを見る。と、彼女の視線は店内の男物のコーナーに注がれる。それを追いかけて斬華が抱いたのは同じ感想かもしれない。
 ファオドライが用意してくれたのは洋装を中心にカジュアルからシックなものまで色も幅広い。意見を求めたところ、ファオドライは本人が甘過ぎず、しかし女の子らしさは意識した大人可愛いスタイルを好んでチョイスしているからだろうか、淡色のきっちりめの服を挙げて、88は深く言及しなかった代わりに赤がいいと口にする。がその理由は、
「紅迅こそ赤だろう。普段よく着ている着物もそうだが、名は体を表すというしな。――何より、相手は所詮ナイトメアだが、首を刈れば鮮血が吹き出るものだ」
 言って、88の唇の端が釣り上がる。その言葉に斬華は目を見開くと、彼に向かって親指を立てウインクもつけた。
「流石はちさん♪ お姉さんのカッコいいところをよく見てますね♪」
「お前はそう捉えるか。……だがそれも――」
 呆れたような声音が再び面白そうに少し弾んだが、続きはアナウンスに上書きされて、よくは聞き取れなかった。聞き返しても反応を面白がられてはぐらかされる。頬を膨らませつつ気になる物、それとファオドライと88がいいと言ってくれたタイプの服を抱え持ってレジに向かう。小走りに駆け寄ってきたファオドライが持ちかける内緒話に斬華は目を輝かせた。
「それなら私も何が一緒にいいか考えるね。その間、はちさんには休んで貰えばいいかな?」
 任せてねと腕を上げる。何だかんだ急な誘いにも付き合ってくれる88だ、喜んでくれるに違いない。
「何か企んでいないか?」
「別に、何でもありませんよ♪」
「斬華殿の言う通りだぞ88殿♪」
 ファオドライとくっついたまま答えれば、彼は黙って肩を竦めてみせた。

 ◆◇◆

 途中、荷物の多さにさしもの二人も気が咎めたらしく、休憩してもいいと何軒目かの店内にあるベンチに腰を下ろしたりしている内に時は流れた。いくら88がそれなりに筋肉質な肉体を持とうと人間である以上は手に持てる嵩には物理的な限界があり、それに到達しかねない量になった。女子の買い物はおそろしく長く常軌を逸している。肝は如何に崩れない状態を維持するかだ。この無遠慮さは正に鬼畜の所業である。これで綺麗どころ二人に挟まれやがってと通行人の怨嗟の視線が突き刺さるのだからたまったものではない。どうしてこうなったと何度胸中で零したことか。
 それもようやく終わりのようでカフェへ入る。席に余裕があるのをいいことにテーブル席に陣取り、足元を埋め尽くす勢いで荷物を置くと88の口から深く息が漏れ出した。ともあれそれぞれ注文を済ませ、喋りつつののんびりしたひと時が訪れる。祭りやら真冬の砂浜での野球盤など、時と場合によっては一切遠慮せず遊び倒す88なので、共通の話題があれば二人の話にもすんなり加わる。
「また海にも行きたいし、お祭りも楽しみだね!」
「うむ。折角衣装も用意したのだ、時間の許す限り遊び倒そうぞ」
「海ならスイカ割りだな」
 まあこの二人と一緒で上手く事が運ぶとは思えないが、と盛り上がる様子を眺めつつ思う。それも彼女ららしいといえばそうなのだろう。と、不意に斬華が隣のファオドライの肩へと手を乗せる。彼女は頷き返して、膝の上の袋を差し出してきた。確か88が休憩している時に買ってきて二人で交代しつつ持っていた物だ。
「これは88殿に。今日我々に付き合ってもらった御礼だ」
「はちさんに似合いそうな物を二人で探したんですよ♪ 気に入ってもらえると嬉しいけど……」
 自信満々のファオドライに対し、斬華は期待と不安が綯い交ぜの表情を浮かべている。
「では有難く頂こう」
 と礼を返して受け取ると、88は席を立つ。
「88殿、何処へ行くのだ?」
「中だけ確認するのもあれだろう。何、男の着替えなど何処ででも出来る」
 これで水着か浴衣だったら色々酷いことになるが、それは考えずにおく。行ってらっしゃいと斬華に手を振って見送られて、僅か数分で着替え戻ってくる。
「これからの時期には丁度いいな」
 そう感想を述べた通り、二人の贈り物は吸汗素材で肌触りもいいサマーパーカーとサングラスの二点だ。顔を晒さない88の性質を踏んだ上での選択には、彼女らの配慮だけでなく自分たちが時折遊ぶぐらいの付き合いも前提となっているのが分かる。
 ファオドライはリボン風の肩紐付きオフショルダーのチュニックで素材はレース、ボトムスはジーンズのパンツでヘソ出し。斬華はライトグレーのキャミソールワンピースに腰の所を同色のベルトで締めていて、全体的に露出度こそ低いものの涼しげな印象だ。二人に比べれば浮いている気もするが、決して悪くはない。見えないところで自然と88の目元が和らぐ。
「よし。後は帰るだけか」
 それが尤も骨の折れる作業な訳だが。足元のえげつない量の荷物を見下ろし呟く。ところが頷くと思っていた両名はきょとんと目を瞬かせた。
「はちーさん、何言ってるんですか?」
「そうだぞ。私たちのお買い物はこれからだ☆」
 周囲の賑やかさとかけ離れた静寂が訪れ。
「……は?」
 と88が呟いたのはたっぷりと十秒の沈黙を挟んだ後だった。楽しげに次はどこに行くかを話す二人を頬杖をついて眺め、本日何度目かの息をつく。死なば諸共という言葉が88の脳裏を過ぎるがしかし悪い気はしないのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
八月下旬と思いっきり時期外れになってしまい申し訳ないです。
ノリノリではない88さんと女性二人の距離感をどう表現するか
悩んだんですがキャラを崩さずそれらしい空気になっていれば
いいなと思います。コメディ的要素もお買い物の詳細も入れる
余裕が全然なくて無念ですが微笑ましく思いながら、
楽しく書かせていただけて幸せでした!
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年08月23日

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