▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『今じゃ形無しの飾り枝 』
ファルス・ティレイラ3733

 とある店の前で立ち止まったファルス・ティレイラ(3733)は、どこか緊張した面持ちでその建物を見上げる。一見何の変哲もない、普通の店のように見えるが……。
「でも、このお店には、不思議なグッズがいっぱい売ってるんだよね?」
 確認するようにティレイラは隣にいる少女、瀬名・雫(NPCA003)へと問いかける。
 オカルト好きな彼女から怪奇的な噂のある場所を一緒に調査しようと誘われたのは、何も今日が初めての事ではなかった。好奇心に溢れる者同士気が合うのか、彼女達はこうしてよく奇妙な噂のある場所を二人で訪れている。
 未知に出会う緊張、そして未知に出会える期待を胸に、少女達は店内へと足を踏み入れた。

 まずティレイラを出迎えたのは、木の良い香りだった。心を落ち着かせるその香りが鼻孔をくすぐり、ティレイラは思わず肩の力を抜く。
 リラックスしながら店内を見回した少女は、次いでパッと顔を輝かせた。店に並ぶ商品の数々が、一つ一つ手作りされているらしき木製の工芸品が、彼女の好奇心を刺激する。
 壁に飾られているストラップも、棚の上に行儀よく鎮座している置物も、どれも木という素材そのものを活かして作られているようだ。
 しかも、これはただの工芸品ではない。確かに感じる魔力の流れに、ティレイラはこの店に関する噂がただの噂ではない事を悟る。
「もしかして、ここにある商品は全て魔道具……?」
 とある商品の前で足を止めたティレイラは、無意識の内にそれに向かって手を伸ばしていた。少女の指先が商品に触れた瞬間、ぞわりと彼女は背筋を冷たいものが走るのを感じる。
 それは冷や汗であり、悪寒であり、それでいて確かな魔力だった。木にこもっている魔力が、まるで侵食するかのように瞬時にティレイラの体へと流れ込んできたのだ。
「やばっ!」
 ティレイラは慌てて意識を集中する。不用意に触れてしまった事を後悔している暇すらなかった。魔力が流れ込んでこないように、自らの魔力を高め彼女は必死で抵抗してみせる。
 だが、想定以上の魔力がすでにティレイラの体には流れ込んでしまっていた。目に見えぬ部分を走る魔力を振り払う事は、難しい。集中しなくては、と焦れば焦る程、皮肉な事に集中力は乱れてしまう。
 不意に、乾いた音が聞こえた。抵抗している内に、商品にぶつかり倒してしまったのだろうか。反射的にティレイラは、音のした方を見る。
 乾いた音の正体は、木で出来た人形から発せられていた。まるで本当の少女をそのまま木でコーティングしてしまったかのように、あまりにも精巧な人形の手が彼女の目の前にはあった。
 ……否、違う。事実、これは本当に少女の手なのだ。
「や、やだ……! 嘘でしょ!?」
 その木製の人形の手が、自分自身の手だという事に気付いたティレイラはその愛らしい赤い瞳を絶望の色へと染める。
(これが、この魔道具の力!? このままじゃ、私の体がお人形に変えられちゃう!)
 咄嗟に、ティレイラは背から翼をはやす。竜族の誇りである角と尻尾も同時に展開し、彼女は全力でその呪いのような魔力から逃れようと足掻き始めた。
「とにかく、ここから一度離れなきゃ……!」
 翼を羽ばたかせ、一度店の外へと出ようと決めたティレイラに、再び絶望は襲いかかる。
 また、乾いた音が店内に響いた。今度こそ、それは商品が倒れる音であった。
 でも、それはおかしいのだ。少女は、商品にぶつからないように注意しながら尻尾を動かしたはずなのに。
 思うように動かない尻尾を確認すると、そこには木目調の塊になった尻尾のような何かが存在していた。尻尾もすでに、呪いに取り込まれてしまっていたのだ。
 尻尾だけではない。翼も、腕も、足も……彼女の体は徐々に人形と化していってしまっている。
「やだ、どうしよう!? どうすればいいの〜!?」
 あたふたしながら、魔力での抵抗を試み続けるが状況は変わらない。また乾いた音が聞こえた。今度はいったいどこが人形になってしまったのか。いや、逆にあとどのくらい人形じゃない部分が自分に残っているのかすらも、ティレイラには分からない。
 確認する術も、もうない。混乱と絶望を携えたティレイラの瞳も、今しがた木製のお人形のものに変わってしまったのだから。

 ◆

「あれ……? ティレイラちゃん?」
 何かが倒れるような音を聞いた雫は、別の場所で商品を見ているはずの友人の姿を慌てて探す。しかし、見慣れたあの長い黒髪の姿は何故か店内にはなかった。
「音はここらへんからしたはずだけど……え!? な、何これ?」
 しかし、代わりにとあるものを見つけ、雫は思わず声をあげてしまう。そこにあったのは、等身大の木像だった。
 それも、ただの木像ではない。助けを求めるように虚空へと手を伸ばし、驚愕の表情を浮かべているその像は、雫の友人……ティレイラにそっくりだったのだ。
「ティレイラちゃん!? なんでこんな事に……! と、とにかく早く逃げないとだよね!」
 やはり、この店の怪奇的な噂は本当だったのだ。友人の身に何かが起こった事は間違いない。
 雫は慌てて、ティレイラを連れて逃げ出そうと彼女の体を掴む。運びやすいからと手に持ったところが、竜族にとって大事な角である事という事を気にしている余裕など今の雫にはない。
 適当なところを掴まれて、ずりずりと床を引きずられていくティレイラの姿に、竜族としての尊厳などもはや何もなかった。
 今のティレイラは、ただの木で出来たお人形。木で出来た口では文句一つ言う事すら出来ず、その立派な角も今となっては人形を飾り立てる飾り枝に過ぎないのだった。

 ◆

 ようやく、落ち着いた場所まで辿り着いた雫は、ティレイラを転がしたまま助けを求めるために彼女の師匠へと連絡を入れる。
 ティレイラは未だ、木製のお人形のままだ。好奇心に満ちたキラキラとした笑顔を浮かべる事も、元気で明るいあの声を発する事もない。
「本当に、ティレイラちゃんなんだよね?」
 思わず、雫は彼女の体に触れる。伝わってくるのは、体温を持たない木の感触しかない。
 芳しい木の香りに包まれながら、雫は変わり果てたティレイラの事をじっと見つめた。
「でも、こうして見ていると……なんだか……」
 ――可愛いかも。
 小さく呟き、少女はティレイラへと再び手を伸ばした。今度はその角へと触れる。
 先程掴んでいた時は必死だったせいで分からなかったが、こうしてじっくり触ってみると滑らかで触り心地が良い。
「わぁ、本当に木の人形って感じだね。興味深いなぁ。翼もそうなのかな? こっちはどう?」
 その身体へと刻まれている木目は美しく、雫はついつい夢中になってティレイラに触り始めてしまう。先程までは友人を心配し不安げに揺れていたはずの彼女の瞳は、今は好奇心と歓喜で満ちていた。

 先程の工芸品店の噂は真実であった。もっと調査をする必要があるだろう。
 でも、今はそんな事はどうでもいい。今の雫にとっては、この人形と化してしまった少女の方が、オカルトな噂よりもずっとずっと興味をひかれる存在なのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
お人形と化してしまったティレイラさんのお話、このような感じとなりましたがいかがでしたでしょうか。お気に召すものになっていましたら、幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご発注誠にありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.