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『じゃっくくんのじょせいへんれき 』
ジャック・J・グリーヴka1305

「じょうずにできたから、おかあ様にみせるんだ」
 書き取り練習で使い切ったノートを片手に屋敷の廊下を駆ける幼いジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、ただ無邪気に手習いの成果を褒めてもらいたかった。
 傍仕えが止める声にも耳を貸さず、母が居るはずの部屋に向かって突き進んでいく。
「おっ!」
 後ろからの声は聞こえないというのに、意識が向いている正面に近い場所からの声は聞き取れるのが幼児という生き物である。いつも自分の世話をしてくれるメイド達の軽やかな笑い声に気が付いたジャックは、彼女達にも褒めてもらおうとその足を緩めた。
「なあっおまえたち、このぼくのうつくしい字をみせてやるから……」
 言いながらドアを開けようとしたところで、ぴたりとジャックの動きが止まった。離れていても笑い声が聞こえてくる程度だったのだ、ドアに近づいたことでその会話内容も聞こえてきたのである。
「……なん、だよ」
 しょせんは成り上がりの金だけ貴族。給料がいいから務めるが、心の底から仕えるなんてできたもんじゃない、いい相手が居たらさっさと去るに限る、なんてくだらないおしゃべりばかり。
 伸ばしかけていた手をどうすることも出来ずに立ち尽くすジャックの後ろに、やっと傍仕えが追い付いてきた。不思議そうに呼びかけてくるその声が聞こえてやっと、ジャックは自分の腕を引き戻すことが出来た。
「ふんっ、おまえがおそいから、よけいに時間をくったじゃないか」
 仕方ないから歩いていってやる。そう言いながらそれまでより慎重に廊下を歩いていく。
 今度は全方向に耳を澄ませて、貴族らしい歩き方で、ゆっくりと。

「……可愛いな……」
 生まれたばかりの妹を前にして、どう触れて良いのかも分からなくて戸惑うしかない。上の弟は年が近いし、下の弟の時だってまだ抱き上げられるほどの力はなかった。
 迷っているうちに兄の腕の中に納まった妹に、恐る恐る手を伸ばす。自分達を同じように抱き上げたという兄は手慣れていて、自分だって十分大きくなったというのに悔しくなってきた。
「俺だって抱っこくらいできるぜ!」
 威勢よく声をあげたはいいが、周囲の皆に思いきり窘められる結果になった。あと少しで妹が起きてしまうところだった、危ない。
「ごめん……静かに、だった」
 下の弟の時はどうしていただろうか、なんて思いだしながら慎重に声を出す。不慣れはこれからきっと慣れていくはずだと決意を新たに妹を眺める。ぷにぷにしてそうなほっぺにだって、そのうち自然に触れることが……できるはずだ。
「やっぱりもう一回手を洗ってくる」
 スタスタと負け惜しみを言って子供部屋を出たジャックの背には、家族の朗らかな笑い声が降っていた。

「だってよぉ、弟と違って、なんかこう……ちっさい、っていうかさぁ」
 気合入れていった割に逃げ帰って来たんだな、とからかってくる幼馴染に口を尖らせるしかない。ずっと男兄弟だったところに生まれた末の妹はなんだか特別で神聖な感じがしたのだ。気恥ずかしいので口にはしないけれど、きっとこの親友とも呼べる幼馴染はそれさえも気が付いているに違いなかった。なにせ小さい頃のメイドの話だって相談した仲なのだ、察せられてしまうくらい、どうということもない。
「まあ、確かに女なんだけど」
 母親は既に大人で完成された存在だから、今更嫌悪感を感じるようなこともない。やや物理に頼りがちな所なんかはどうかと思うが、それが自分にも引き継がれている自覚もあって身内だと安心できるのだ。
 しかし妹は生まれたばかりで、どんなふうに育つか分からない。あの時感じた嫌な気持ちをいつか抱いてしまう可能性もあるのだと、考えたくもないが分かっていた。
「でもよぉ、家族なんだ。今まで俺が見た女はみな家族じゃなかっただけだ」
 そうだ、生まれた時から知っている女、なんて他に居る筈がないのだ。
「俺がさ、変な女にならないようにする」
 それって小舅じゃないのか、という幼馴染の言葉はもうジャックには聞こえていない。
「俺達の大事な大事な妹なんだ、変な話だって、変な奴だって、近づけさせる訳ねぇだろ!」

 強い酒の香りでは掻き消せない程、化粧や香水の甘ったるい香りが鼻につく。
 取引先の商会長に招待されたと思えばこれだ、ある程度予想はしていたが、ここまで露骨だと嫌悪感を隠すのも面倒になってくる。
「ち、ちょちょちょ……っと、近すぎやしないかあぁぁあ?」
 それ以前に赤面を抑えるのも無理なのだが! なんだこれ聞いてないそういう店だとか言われてもおかしくないレベルでやばいだろこれぁぁああああ!?
 随分なやり手だと聞いていたのに初心なんて可愛らしいわぁ、なんて盛り上がる女性陣の声が鼓膜を震わせるが、ジャックはギリギリのところで気を失わずに己を保っていた。
(耐えろ俺やれる俺頑張れ俺最強だろ俺!)
 祖父から聞き齧ったことがあるような気がする念仏なんてものは全く記憶に残っていないので、なんとなく延々と繰り返していけそうな呪文のような文句を延々と脳内で繰り返すことにする。何より自分を鼓舞しないと不味い。倒れたら色んな意味で終わりな気がする。金銭的にも肉体的にも失うものが大きすぎる!
(こんな時でもリスク計算できる俺、流石凄腕商人と評判なだけあるよな俺!)
 口では乾いた笑いを発して誤魔化しているつもりだが、実際は全く別なことを口走ってしまっているのでジャックは今非常に大変な状況になっていた。
「な、ななななな何の事かなぁぁあ俺様ジャック様が可愛いなんてあるわけないだるぅおぉぉお?」
 巻き舌がいい感じに響く程度に面白人形状態である。嘲りを含んではいるが笑いをとれているおかげで、この場で一番に避けなければいけない色っぽい展開にならないのはジャックにとってとても幸運な事だった。
(あんのクソ商会長何を考えてやがる、イイ奴だと思ったがやっぱり駄目だな!?)
 腹の下で何考えているかわかりゃしない。変に回る舌は真っ赤な身体とあわせて放っておいて、どうにか回る頭で今後の計画を練っていく。
(今回の契約が終わったら覚えてやがれ、目にもの見せて……いや、腹に溜め込んだ贅肉すっかり剥いで視界をひろーくしてやるからなぁ!)
 内輪のパーティに招かれた場合の最低滞在時間まであと少し、まずはこの場を乗り切り、頃合いを見て体調不良だと全ての女性達を振り切って帰宅しなければならない。
(にしたって、なんだこれ甘すぎて気持ち悪くなるんだがどうしてこの中で笑ってられるんだ意味分かんねぇ……ナチュラル最高! うちの妹が一番だな!)

「ただいまサオリたん!!!」
 自室に戻ってすぐに服を脱ぐのは外界の煩わしい匂いやら何やらを愛しのサオリたんに嗅がせない為である!
『おかえりなさい、ジャックさん』
 そんな声が聞こえてきそうな笑顔のサオリたんが、今日も仕事帰りのジャックを迎え入れてくれるのだ。
『疲れたでしょ、お布団、温めておいたよ♪』
 そんな声が聞こえた気がして、ジャックはふらふらとサオリたんの横たわるベッドへと向かっていく。
「ああ……いつでも俺のことだけを考えてくれるサオリたん、俺の癒し、俺の天使、俺の……ん……」
 下履き一枚で眠りこけるジャックは、夢の中で思いきりペンライトを振っているのだ。
『サオリたんが最高ぉぉぉぉおおおお!!!』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ka1305/ジャック・J・グリーヴ/男/23歳/護闘商人/女難の相って言われた方が納得できる】

このノベルはおまかせ発注にて執筆させていただいたものになります。
拗らせまくったものは下手に触ると更に拗れるものだと思うのです。
もう手遅れだなんて、そんなこと……きっと、ほら、いつか、おそらく?(抱き枕のサオリたんから視線を逸らしながら)
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2019年08月26日

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