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『いずれ世を変える男 』
ジャック・J・グリーヴka1305

 この日、倉庫内は普段より慌ただしかった。元からいる面子では人手が足りず、臨時の働き手を雇い入れたくらいだ。慌てず騒がず集められたのは予めこうなることが解っていたのと、前にも同じような状況に陥ったとき、真面目で目端が利く弟に助言を貰ったお陰に他ならない。
「てめぇらもうひと踏ん張りだ! けど疲れてんならすぐ俺様に言えよ。黙ってぶっ倒れたら承知しねぇぞ!」
 貴族の出で、更にハンターと貿易商としての顔も持つジャック・J・グリーヴ(ka1305)が張りあげた声に野太い返事が来る。開け放たれた入口と倉庫の奥を荷物を抱え往復するのは、いずれも体を鍛え抜いた屈強な男たちである。まあ肉体美選手権なるコンテストで入賞した経験もあるジャックには遠く及ばないレベルだが。――三位という非常に微妙な順位だったのは秘密だ。それはさておき、身分や雇用関係を超えた信頼に足る仲間といえる。
 ジャック自身も先程まで彼らに混じって肉体労働をこなしていたので、顔を伝い落ちる汗を首に掛けたタオルで拭う。吐き出した息は心地の良い疲労感によるものだ。動き易さを重視しているので今はラフな格好だが、それでも生まれついてのイケメンっぷりは損なわれていない、筈。
 休憩がてら、中にいる人々の様子を眺める。商人の仕事も軌道に乗っているし彼らに慕われているという自負もある。とはいえジャックは人の顔色を窺って駆け引きをするよりも、自らがその選択をした訳を嘘偽りなく伝えることで信用を得るタイプだ。その性質上、言動に表れない感情を察するのはどちらかといえば不得手なので黙って苦労を背負い込んでいやしないかと考えてしまう。教えてくれれば絶対に助力は惜しまないのだが――と一人唸っていると声を掛けられ、書類に目を通して何も問題がないことを確認する。初めての取引で凡ミスがあったら笑えないのでよし、と内心ガッツポーズを取った。
 ジャックが異変に気付いて顔を向けるのに少し遅れ、入口近くにいた付き合いの長い従業員を押し退けて五人の男が入ってくるのが見えた。我が物顔で何の断りもない様子に眉間に皺が寄るのが分かる。責任者として、というよりも単純に不快な気持ちが先行し、俺様に任せなと告げるなり大股に連中の方へと歩み寄った。前に一人出た男が憎悪すら感じられる声音でやってくれたなとこちらを睨みつけてくる。ろくに話したこともないが、男はジャックの商売敵だった。
「これのこと言ってんなら、そいつぁいちゃもんってヤツだぜ」
 言って、立てた親指で背後を指し示す。今日の仕事が忙しい理由、それは新たな取引先が急遽加わり、それまで滞っていた分も含めて一気に輸入することになったからだ。そして元々この商品の流通を担っていたのが今乗り込んできたこの男の所で。取引先も何処に鞍替えするかまでは言っていないのだろうが、これだけ派手にやっていれば嗅ぎつけるのが早くてもおかしくない。ふざけんな、そう胸倉を掴まれようがジャックは動じない。何故ならば、後ろめたく思う理由など一つもないからだ。
「多少強引だったのは認めるけどな。衛兵に突き出されるようなことは何もしてねぇ。……むしろ、疾しいことがあんのはそっちだろ? 弱い犬ほどよく吠えるってな」
 金に目が眩んで、この国で流通する際の価格が不当に釣り上げられている、その事実に向こうが気付いていなかったのをいいことに私腹を肥やしていた。腹立たしいがそんな考えの元で動く商売人は貿易商を除いてもごまんといる。それは歪虚による被害で、物価が容易く変動するのを悪用した手口だ。
 ジャックの言葉を聞いた男の顔がみるみる朱に染まると、乱暴に腕を解いて三歩足を引いた。そして振り返ると背後の連中を叩きどやしつける。唾が吐き捨てられるのを見ると更に頭に血が上るが、脳内で愛しの女の子が自分を引き留めてくるシーンを思い描いて何とかやり過ごした。そうこうしている間にジャックとほぼ変わらない体格の男が近付き、脅しすらなく膝が腹に入れられる。身を捩って痛みと恐怖に悪かったと自ら屈服する――そんな画でも思い描いていたのだろうか。ニヤニヤと品のない笑みを浮かべていた商売敵の顔つきが見る間に強張った。
「んな見せかけの筋肉でやれるほど俺様は柔じゃねぇ。ハンターをなめてんじゃねぇぞ!」
 守護者として大精霊の力を行使出来るようになってから顕著だが、戦いでは幾度となく死線を彷徨った身だ。自分より弱い者、もしかすれば反抗すらままならない相手を甚振るしか能のない下劣な輩に苦戦するなど有り得ない話だ。叫ぶとまるで同じ動きでやり返してみせる。途端に絶叫があがり、もんどり打って倒れた男を見て気を昂らせていた他の奴らの顔がさっと青褪めた。銃の代わりに人差し指を商売敵の鼻面へと突きつける。
「このジャック様がてめぇらみてぇな腐った連中を全員叩き潰してやるぜ! んで、努力する奴が報われる世の中を作る!」
 そう宣言してトリガーを引く仕草をしてみせた。人間は皆我が身が可愛い、しかし他人を思いやれない者ばかりではない。貴族が貧困層にただ施しても、持てる者に依存し自ら未来を腐らせてしまうだけだ。であれば貿易商として目指すべきは市場の是正である。そしてゆくゆくは己が望む生き方を可能にする。道のりは決して平坦ではないが、可能と信じ突き進む。祖父や父の努力が成り上がりと揶揄されようが貴族という身分に結実したように。それこそが、真のノブレス・オブリージュといえるのではないかと思うのだ。
 ――金の亡者が。負け犬の遠吠えというにも弱々しい声音で商売敵が呟く。それをジャックは一笑に付した。
「そいつぁそっくりそのまま返すわ」
 痛くもない腹を探られるのには慣れっこだ。何も感じないとはいわないが、他人の悪意に挫かれるほど弱くない。事態が収束すると思われた矢先もんどりうっていた男が治療費を払えと喚き散らす。ジャックは自らの腰に手を当てて息をついた。
「詰所でも病院でも俺様は出るとこに出ても構わねぇがな。そんときゃあ洗いざらい事情を話させてもらうぜ。相手とどんな契約をしてたか、実際に卸した価格がいくらかも全部だ」
 証拠はある、と最後通告する。肩を竦めるジャックの周囲に沈黙が訪れた。同業者に嫌われているのは前からで騒動も枚挙にいとまがない。最初は信頼してくれているが故に、義憤に駆られて従業員が喧嘩を売ってしまうこともあった。しかし、堂々とした振る舞いを見てそれも無くなっていった。家族とも友人とも違うが大事な存在に変わりない。手を広げれば今日初対面の者ともそうなるだろうか。
 やめろ、と呻くように商売敵が言って、無事な連中に負傷した男を無理矢理起こさせるとそれ以上は何も言わず、引き下がっていった。恨みがましく去り際に寄越された視線が今後の波乱を予感させる。
「ったく、手間をかけさせやがって……」
 首を回してぼやくと、ジャックは置かれた箱に見やった。入っているのはとある病気の特効薬に必要な原材料だ。苦い記憶が過ぎり目を伏せる。それでも感傷に浸るのは性に合わないと気を取り直した。振り返って声を張りあげる。
「一旦休憩だ! それが終わったらまた頼むぜ!」
 その言葉にやはり頼もしい応えが返る。それに満足して、ジャックはにっと笑ってみせると彼らの元へ歩み戻っていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
一本丸々、ギャルゲーをプレイ中のジャックさんを
描きたいなぁ、という衝動も物凄いあったんですが、
ギャルゲー絡みや筋肉と会話するコミカルなところ、
兄貴分的な性格だけどお兄さんがいるので弟気質な
イメージもありますし、過去の経験にそこからくる
お金に対する価値観と、様々な側面を描きたい気持ちが
とても強かったので大体をまるっと詰め込んでみました。
そもそも荷物運び的なことに直接関わっていなかったり、
根本的に解釈が間違っていたら申し訳ないです。
さっぱりとした性格が書いていてとても楽しかったです!
今回は本当にありがとうございました!
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2019年08月26日

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