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『人の紡ぐ歴史 』
榊 守aa0045hero001

●これまでのあらすじ
 世に言う貴族の子息は、家の持つ権力を帯びるに相応しいものになるべく、諸国を遍歴したという。世界を見つめ、また同じく遍歴の途上にある子息と交わり、見識を積み重ねたという。世界が一つとなった時代において、それは貴族だけの使命ではなく、全ての人間がこなすべき一つの目標となっていた。
 少なくともそう信じたイザベラ・クレイ(az0138)は、自ら率いた対イントルージョナー組織を離れ、世界の各地を飛び回る旅に出た。愚神侵略の爪痕深きアフリカから、新世界を先導する諸大国まで。己が如何に有るべきか、不惑を迎えて今一度確かめるために。

 そして、その傍らには常に榊 守(aa0045hero001)がいた。良心さえも捨て去り、国を守るという使命感のみを拠り所として生きてきた彼女に人としての人生を与えた彼は、遍歴の旅においても無二の者として共にあったのである。

●着飾る女の苦悩
 日本、京都。どれだけ技術が進歩しても、この街の風景は変わらない。むしろ、異世界や古今東西から結集した技術を集め、古き良き日本の風景を全力で維持しようとしていた。観光客も、そんな日本の文化をたっぷりと味わうために、和装を着込んで古都を歩くという者が少なくなかった。守とイザベラもそんな観光客の1組。きっちり正装を着込んで共に歩いていた。
 鳶色の髪を後ろ髪に纏め、化粧も日本式のモノを丁寧に施した彼女は、元々顔立ちが整っていることもあって一回りは若く見える。黒地に金糸で鶴の刺繍が施された召し物もよく似合う。しかめっ面のお陰で政府の女かその筋の女か、という凄みがあったが。彼女の晴れ姿を見つめて、守は思わず口元を緩める。
「似合ってるぜ、イザベラ」
「それはいいんだが……こいつは随分重たくないか?」
「まあな。レンタル品の中でも上等なやつを選んだし……小物も合わせれば2kgくらいあるんじゃないか。だがブラックコートの兵装フル装備に比べたらどうってことないだろ。ありゃ十二単以上に重いぜ」
 イザベラのひたすら難しい顔を見遣り、守は肩を竦めた。
「あれは最大限身体に負担が掛からないようになっているだろう。最先端の人間工学に基づいてな。だがこれは……こう、そうだな。きついぞ。これは歩きにくい……」
 ぼそぼそ呟き、イザベラは右近下駄の踵を鳴らす。
「足までぴったり付くから踏み出せる一歩が小さい。よくこんなものを着て暮らしていたものだ」
 俯いて足元を見つめる彼女の仕草は、どこか少女のようにも見える。国を導く者としての使命を負って長年戦ってきた彼女だが、そのせいか普段着では垢抜けないところを見せる。最初は恥じらっていた彼女も、守の前ではその素顔を隠そうとしなくなった。守も、そんな彼女の一面を好ましく思っていた。
「第一、この帯はどうしてこんなにもきつく巻かれなければならんのだ。息がつまって、お前の事を恨もうかと思ったぞ」
 口を尖らせる彼女に、思わず守は苦笑する。パートナーの少女が親元を離れてからというもの、彼女の着付けはずっと守が面倒を見てきた。着物が当たり前だった彼女は一切合切文句を言わなかったから、改めて文句を言われると新鮮な気分になる。
「イザベラは全体的にすっとしてるからまだ楽な方だと思うぞ。あの子はああ見えて胸かさがあったから、補正下着でガチガチに押さえつけていたもんだ」
「あの娘は辛抱強いからな……だが私には厳しいぞ」
 ぼそぼそ呟きながら、彼女は守に振り返る。彼も着物姿だ。しかしイザベラほどの重装備ではない。着ているのはタダの羽織袴、ついでに下駄。服装としては緩い。
「何故昔から女は服に締め付けられるのだろうな。中国では纏足で足を撓めたというし、ヨーロッパではコルセットがきつすぎて、ちょっとしたことで女は失神したというぞ」
「俺にそれを言われてもな……」
「私には、とても耐えられそうにない。それを思えば、この自由な時代に居られてよかったと改めて思う」
 彼女がしみじみ呟く。守はそっと目を細めた。
「いつでもお前はそう言うんだな」
「当たり前だろう。それを確かめるための旅だ。今まで私が生きたこの世界……その意味と歓びを再発見するための旅なのだ。これは」

●京都の思い出
 そんなわけで、2人は連れ立って京都観光に臨んでいた。バスに乗りながら寺社仏閣をいくつも巡り、やがて彼らは清水の舞台へと足を運んだのであった。
「ここが清水の舞台か。……なるほど、ここから飛び降りるというのは確かに捨て身の覚悟だな」
「桜の季節に来ると綺麗だぞ。ここ一面が全て桜色に染まるんだ」
 目を見張るイザベラの隣で、守は周囲をぐるりと指差す。
「ほう……やはり日本は春に来るべきだったか。いや、また来ればいいな。……時間は山ほどあるのだし」
 守は頷く。清水の舞台に立つと、思い出すことはいくつもある。特に忘れがたいのは、獅子公との一件だった。遠い目をしていると、イザベラがそんな彼の顔を覗き込んだ。
「どうした」
「いや。ここに……いや、京都に来ると、どうしてもヤツの顔が思い浮かぶもんでな」
「奴か。奴はいつでも忙しそうだな」
「異世界間ワープ技術も確立されつつあるしな……」
 獅子と初めて出会った時、彼は敵であった。二度目に出会った時、彼は味方となった。一度酒を酌み交わすこともあったが、それでもわからない事はある。愚神としての記憶を、彼は持っていないのだ。
「昔……リオ・ベルデが鎖国していた頃、リオ・ベルデとアイツは結局繋がっていたのか?」
「ああ。前にも話したが……最初は愚神でも何でも踏み台にして、リオ・ベルデを真の意味で独立させたいと願っていたからな。その流れで、私は奴とも接触した。そして、奴からもたらされた話があまりに途方が無くて、リオ・ベルデの独立など、愚神という暴威の前では無意味と悟った。世界の先に立つ国など無いわけだからな。そこで、結局奴と私は袂を分かったのだ」
「なるほどな。あいつと会っていたからこそ……終極までの行動があったというわけか」
 歴史のある場所に立つと、ふとすれば己の歩んできた歴史にも思いを馳せたくなる。守は思わず嘆息した。
「因果なもんだな。俺達の人生ってのは。王って奴に散々苦しめられたもんだが、それが無かったら、今こうしてお前と二人旅してるって事は有り得なかっただろ」
「全くな。我々が避けては通れぬ試練だったのではないかと、時折思う事があるよ」
「違いない」
 2人は頷き合うと、しばし欄干から望む景色をともに眺めていた。



 つづく


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 榊 守(aa0045hero001)
 イザベラ・クレイ(az0138)

●ライター通信
お世話になっております。影絵です。
日本で着物と言えば京都! 京都と言えば……という事で、ある人物との思い出を絡めながら書かせて頂きました。満足いただける出来上がりになっているでしょうか。

ご縁がありましたら、また。
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2019年08月26日

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