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『心の悪魔 』
化野 鳥太郎la0108)&赤羽 恭弥la0774

●アイスを賭けて
 グロリアスベースにも蝉がいる。何時の事だか、日本に停泊した時に飛び移って来たらしい。夏になると何処からともなく現れジリジリと鳴き出し、低緯度の海域を行き過ぎるような時にはもううんざりするような気分にさせられる。赤羽 恭弥(la0774)もそんなうんざりしてる人間の1人だった。
「どの世界に行っても、蝉のうるささは変わんねぇな……」
 じりじりと日差しの照り付けるベンチにもたれ掛かり、恭弥は溜め息をつく。目の前には木陰があるが、そこには蝉が何匹も張り付いて大合唱していた。うるさくて何も気が休まらない。海の上にいるお陰で、流れる風も湿っているし潮臭い。巨大海上都市なんてものはロマンの塊だが、実際住んでみると不快指数が高くて何かにつけやる気が削がれてしまう事もしばしばだ。自主訓練をするつもりだった恭弥も、ベンチに縛られたように動けなくなっていた。
「こんな所にいたのか。暑くない?」
 そこへ現れたのが化野 鳥太郎(la0108)。汗の滴る恭弥の顔を覗き込んで、彼は心配そうに尋ねる。
「暑いのは分かってるけどさ……何というか、動く気がしなくてさ。こうも暑いと、自主トレしようと思っても、何だか張り合いが無いっていうか……」
「それなら、ちょっと俺と模擬戦でもしないか。それなら少しはやる気が出るんじゃないの?」
 鳥太郎はいつものようにへらりと笑って尋ねる。眉根を僅かに持ち上げ、恭弥は小さく首を傾げた。
「ああ、良いけど……あんたがわざわざ声掛けしてくるなんて珍しいな。それも模擬戦なんて」
 技量の向上を図るだけなら、プログラムに則った訓練の方がいい。模擬戦の真価は自他の視野の差を確かめる事にある。自分の手札を強くするのではなく、増やすためにするものだ。恭弥が探るような視線で恭弥が鳥太郎の顔色を窺うと、鳥太郎はサングラスの向こうで僅かに目を背けながら頷いた。
「そうさ。戦闘経験が欲しいんだ。強くなるために――サシで対人戦の経験が」
 かくかくしかじかの理由があって、と鳥太郎は言えずに口ごもる。沈黙に陥りかけ、鳥太郎は慌ててその場をとりなした。
「いやいや、何でもいいんだ。付き合ってくれたら後でアイス奢るぜ、な?」
「……そうか?」
 恭弥は表情を窺う。笑みを浮かべてはいるが、左頬の傷が僅かに強張っている。のっぴきならない事なのだろうと悟り、恭弥はただ微笑んだ。
「わかった。まあただ奢られるんじゃ張り合いも無いし、買った方がアイスを奢る……って事でここはどうだ?」
「恭弥さんがそれでいいんなら、それで」
 こくりと頷きつつ、彼は内心ほっとする。それなりに見透かしているのだろうに、恭弥は何も聞いて来ない。ぶっきらぼうな優しさに、彼は心の奥で礼を言う。そしていつか必ず、確かに相談しようと心に決めるのだった。

●踏み込みの差
 そんなわけで、2人は場所を訓練場へと移した。そこは映画のセットのように、数パターンのシミュレーションルームが用意されている。二人が選んだのは市街地のパターン。2階建て、3階建てビルのイミテーションが無造作に配置され、見通しが利きにくい。VRゴーグルを掛け、ついでにエアコン機能で蒸した外気を取り入れれば、あっという間に真夏の廃墟の完成だ。
「結局ここでも暑いのか……」
「快適な戦場なんて存在しないもんさ。なるべくリアルに近づけた環境で戦う方が、より身になる」
 首筋に浮かぶ汗を拭って鳥太郎が溜め息をつくと、恭弥はからりと笑った。
『これより模擬戦闘訓練を開始します。開始まで10秒、8、7、6……』
「ルールは分かってるな? どちらかのシールドが消耗しきった時点でゲームセット。その時点で勝負ありだ。後は特に無しだ」
「ああ。お手柔らかに頼むよ」
 恭弥はライフルを担ぎ、鳥太郎はホルダーから魔導書を取り外す。
『3、2、1、開始』
 ブザーが鳴り響いた瞬間、2人は一斉に飛び出した。小さな廃墟の中、互いに身を隠したまま走り抜ける。鳥太郎は真っ先に目の前のビルへ飛び込んだ。セメント剥き出しの階段を駆け登り、2階の窓から外の様子をちらりと窺う。
「石のぶつけ合いなら高所を取った方が有利……だったよな?」
 遮蔽と高所を活かした王道の戦法を取る鳥太郎に対して、恭弥は中央のロータリーに向かって一直線に走っていた。乗り捨てられたセダンを2つほど乗り越えて、ロータリーの真ん中に立った彼はぐるりと辺りを見渡す。
「さーて化野。どこから来るんだ?」
 彼はいきなりロータリーの真ん中に座り込み、ライフルを構える。並々ならぬ余裕の態度だ。そしてそれは、数多の世界で培って来た観察眼に基づいた戦略なのである。
「どこから来たっていいけどな」
 非常階段から非常階段へと飛び移り、ビルの狭間を伝って鳥太郎は高所を進む。ビルの陰に身を預けてそっと窓を覗き込むと、ロータリーの真ん中で堂々と座り込んでいる恭弥の姿が目に留まった。
「また、こう……そんな怪しさ満点な構え方をするんだもの」
 鳥太郎は魔導書を開く。見え透いた罠に乗るつもりはない。心の中で呟いて、彼は魔導書の文字を指でなぞった。星空を削り出してきたような槍が一本繰り出され、恭弥の頭上に浮かび上がる。
「まずは、一撃」
 指を鋭く振り下ろす。槍は真っ直ぐ恭弥の頭上を目指した。恭弥は僅かに首をもたげると、不意にその場を飛び退いた。まるで背中に目でもついているかのように。
「そんな手は食わないぜ?」
 ライフルに取り付けられていたのはスコープではなくバックミラー。鳥太郎の攻撃など最初からお見通しである。振り返った恭弥は、素早く引き金を引いた。銃弾が放たれ、鳥太郎は咄嗟に物陰へ身を潜めてやり過ごす。慎重に身を起こすが、恭弥は構わず銃弾を撃ち込んで来る。反撃したくとも、鳥太郎の持ち札には切り返せるカードが無い。
「くそっ……あと5メートルが遠くて仕方ねえ……」
 再びビルからビルへ飛び移り、無理矢理距離を詰めてレールガンを放った。しかし恭弥はロータリーを駆け回って距離を取り直してしまう。悠々とライフルにエネルギーを充填し、鳥太郎に撃ちかける。余裕綽々だ。
「どうした? そんなところにいたって、俺を討ち取る事なんか出来ないぜ? アイスは貰いだな!」
「元々アイスは奢るつもりだったけども」
 鳥太郎は苦笑するが、このままでは埒が明かないのも事実だ。遠火でじっくり焼き鳥にされておしまいである。
「いや流石、隙がねぇなー……」
 切り返そうとした僅かな隙を突かれ、シールドに弾丸を一発貰ってしまう。弾けた火花に顔を顰めながら、彼は魔導書をぱたんと閉じる。
「だったら、無理矢理ぶち込むしかない、か!」
 不意に窓の柵を乗り越え、鳥太郎はビルを飛び降りた。シールドを張った三点投地でどうにか落下の衝撃をやり過ごし、そのままロータリーの恭弥へ押し寄せていく。
「ああ、ああ。やっぱり化野ならそうやって突っ込んで来ると思ったぜ」
 全力移動で風のように突っ込んで来る鳥太郎。恭弥は同じように全力移動で逃れようとするが、足の速さは鳥太郎が勝っていた。一気に間合いを詰め切り、魔導書の本の角で恭弥をぶん殴る。シールドで防いだ恭弥は、ライフルを腰だめで構えて引き金を引く。放たれた銃弾は鳥太郎の胸元に直撃した。シールドに深々と罅が入る。
「火力じゃ負けてねえ、このまま押し切ってやるよ……!」
 魔導書を開き、咄嗟に星色の矢を放つ。闇の中で弾けた一射は、恭弥のシールドにも深々と傷をつける。
「流石の思い切りだな。中々出来るもんじゃねえよ。けど……」
 恭弥はライフルを足下に手放すと、腰の拳銃を素早く抜き放った。
「タイマンでやるにはまずい手かもな」
 乾いた銃声が響く。甲高い音と共に、鳥太郎のシールドが砕け散った。
『シールドの破壊を確認しました。模擬戦を終了します』
 無機質な声が耳に響き、その瞬間ゴーグルの電源が切れた。汗を拭いながらゴーグルを外すと、辺りは打ちっぱなしのセットが広がっている。車もただの模型だ。鳥太郎は溜め息をつくと、ロータリーにぺったりと腰を落とし、へらりと笑みを浮かべた。
「いやあ、流石は恭弥さん。中々敵わねえなあ」
「そんなわけじゃねぇさ。実際、最後は割と危なかった」
 拳銃をホルスターに収め、恭弥は愛銃を拾い上げる。ついた砂埃をウェスで拭い、ちらりと彼の顔を見遣った。
「ただちょっと、立ち回りの差はあったかもな」

●悪魔の囁き
 訓練所に併設された食堂は、流石に空調が利いてそれなりに涼しい。隅っこの席に陣取った男2人はほっと溜息をついた。テーブルにはカップアイスが乗っている。
「まあ、何だ。その突撃戦法は、確かに持ち前の殲滅力を生かすにはとてもよく向いてるんだよ」
 恭弥はアイスを掬いながら鳥太郎に講釈する。一回り以上も老けた男に説法する青年という、どうにも不思議な構図だ。
「ただバックアップがあって初めて成り立つ戦いでもある。背後から俺みたいなのが露払いをしないと、防御面ではすっかり無防備を晒す事になるわけだからな」
「確かにな……ナイトメアとやり合う時はいつでもチームを組んで戦ってたしな。その時にはこのやり方がうまく噛み合ってたんだが」
 結局1人で戦ってみると、恭弥にいいようにやり込められてしまった。難しい顔をする鳥太郎に、恭弥は肩を竦めた。
「一対一ならそれにふさわしい立ち回りをするべきなんだ。一発が重いなら、わざわざ焦って敵の間合いで戦う必要はない。一発さえ当てれば仕留められるんだから、最上の瞬間だけを逃さなければそれでいい。後は逃げの一手でもいいくらいだ」
「なるほどな。勉強になる」
 鳥太郎は頷くが、その返事は何処か空々しい。恭弥は眉根を寄せた。
「化野は、無意識のうちに手段を選んでないか? 化野なりの矜持かもしれないが」
「選んでいる?」
 サングラスを掛け直し、鳥太郎はふむと唸る。心に尋ねかけると、恭弥の言う通り、どこかに拘りのようなものが、まるで門番のように心のどこかで立ちはだかっているのだ。
「まあそうかもな。……俗にいう“セコい手”を考える時、悪魔が囁きかけてるような気分にはなるかもしれない」
「それはそれでいいんだ。……ただ、相手は手段を選ばないだろうから、それを織り込んだうえで手段を選んだ方がいい。化野は状況を見切れるんだ。ただ身を捨てるんじゃなくて、故に勝てるってタイミングをしっかり見切った方がいい。……ま、俺は逆に慎重に過ぎるわけだが……」

「忠義に溢れた騎士は荒くれ傭兵の銃で滅んだんだ。そこは考えないとな」
「荒くれ傭兵……」

 やはり全て見透かされているのではないか。鳥太郎はもう苦笑いするしかなかった。



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 化野 鳥太郎(la0108)
 赤羽 恭弥(la0774)

●ライター通信
影絵企我です。この度はご発注いただき誠にありがとうございました。
遠距離同士のサシ対決という事で、色々と頭を捻らせて頂きました。如何でしょうか。
話せない理由の部分はあのことかな……と思いつつ書かせて頂いていますが、問題があればリテイクなどお願いします。

ではまた、ご縁がありましたら……
イベントノベル(パーティ) -
影絵 企我 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年08月26日

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