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『my sleeping…… 』
ティアンシェ=ロゼアマネルka3394)&イブリス・アリアka3359

 いつだって、貴方の隣にいたいから。
 共に居られる時間は、楽しくて、嬉しくて……私自身が、より素敵な女性として映っていたい。
(だけ、ど……)
 瞼が重いわけではない。身体が怠いわけではない。顔色もごまかしが効く程度だと今朝も十全にチェックをしてきたし、いつもの自分の筈だった。
 気付けば枕を手に取って、抱きしめていたことを除けば。
「……あまり、寝れてないんです」
 気付けば隣で荷物持ちをしてくれているイブリス・アリア(ka3359)を見上げて、ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)はその言葉を口にしていた。
 売り物の枕は悪くない。ただ店頭のワゴンにあったのを見つけてしまっただけ。
 店の展示は悪くない。むしろティアンシェが好む可愛らしい小物ばかり並んでいた。
 突然でも悪くない。今までだって似たようなことは繰り返しているから。
 気付けば付き合いは長くなっていて、目の前のこの人は、見慣れた仕草で肩を竦めるだけの筈。
「だから」
 ほら、やっぱり呆れた目をしてる。それでも貴方の視線が嬉しくて心が浮足立つのだけれど。
 貴方の緑が私を映している。それだけで、私は言葉を紡ぐ勇気が持てる。
「だから、添い寝してください。お昼寝……一緒にしませんか」

 眠れないから枕を変えてみる、なんて理由が唇にのせられたのは店へと歩みを進めた後だった筈だ。
 それまでは買い出しのメモの通りに進んでいた。店の場所や、買うものの重さ、持ちやすさなども考慮されたメモはティアンシェの用意したもので、同行するイブリスの負担が軽減できるようになっている。
 だから予定外の店に寄る時、ティアンシェはまずイブリスに確認を取ってくる筈で、それがなかった時点で違和感はあった。
 こちらの都合を伺うことに思い至るまでもなく飛びつくように店に向かう時だってあるから、確かに絶対ではないのだけれど。
(それとは違う、か)
 そうして入った店ではあるが、ティアンシェの手元は枕を前に彷徨っていた。やはり先の違和感は自分の勘違いではないのだろう。
 一歩違えば色事への誘いに聞こえるその言葉も、ただ口から出てしまったかのような零れ方……に、思えなくもない。
 計算してのことではないのだろう。駄目で元々、冗談半分。そんな程度なのだろうと把握は容易かった。
「構わんが」
 だからそう答えたわけなのだが。どうやら諦めに入っていたようで、ティアンシェが枕を元の場所に戻そうとしていた。
「……え」
 そのまま見上げてくる瞳は、不意を狙ったわけではないが無防備で。だからこそ僅かな本気が垣間見えた。
 同時に、上手く隠したつもりだろう、薄い隈も見て取れた。
「一緒に寝てやると言ったんだが」
 聞き間違いではないと分かるように、ゆっくりと頷きも返しておく。
 言いだしたのはお嬢ちゃんの方だからな?

「買い忘れは?」
「……えっ、と……」
 溜息と共にティアンシェの持っていたメモが移動する。
「あとはこの店か、ほら、さっさと行くぞ」
「……はい……?」
 メモに書かれたままを口にするイブリスにとって、値切りも何もなく購入を終える。
「リストの全部は終わった。帰るんだろう」
「……そう、ですね」
 荷は全てイブリスが持っているから、ティアンシェはふらふらとついていくだけ。
「足元に……全く、裾でも腕でも、なんでもいいから掴んでおけ」
「失礼しま、す?」
 軽く振り返ったイブリスの呆れた声に促されるまま、腕につかまるティアンシェ。
「両手が塞がっているから開けられないんだがね」
「! ……今、ドア、開けますね……っ」
 慌てて玄関を開けるティアンシェには、面白そうに笑うイブリスの表情が見えていない。
「残りはここでいいのか?」
「あの、生鮮品は……」
「冷蔵庫に放りこんだが」
「なら、テーブルの上で大丈夫です」
 淡々と進めていくイブリスと、お茶を出すという思考に至らないティアンシェ。
「先に部屋に行くが、そのままでいいのか」
「……?」
「寝るんだろう、服はそれでいいのか」
「ぁ……着替え、ますね」
 寝室に去っていくイブリスを見送って、ティアンシェもワンピースのパジャマを取りに離れる。
「支度は終わりか?」
「後は、いつものアロマ、を……」
「?」
「イブリスさん、使っても、大丈夫ですか?」
「ティアの部屋だろうが」
「ありがとうございます……ね!」
 ベッド横のテーブルから、レモンとラベンダーの香りが少しずつ、部屋に広がっていく。
「……どうした?」
「イブリスさん、パジャマ、は……?」
 振り向いたティアンシェの視界に映るのは、イブリスの肌色面積の、その広さ。
「着れるものがあるのか?」
「いっ、いえ、いえっ!」
「大体、いつも着ていないが」
「……っ」
 真っ赤になるティアンシェの耳にイブリスの短い笑い声が低く響く。
「寝るんだろう」
「そうでし、た……」
 ティアンシェは熱に浮かされたように、イブリスの待つ、自分のシングルベッドへ……

「……!?」
 我に返った時には、既に横になっていた。
 何か会話をしたような気もするが、すっかり覚えていないのはどうしてだろう?
 確かにいつも通りの自分の部屋で、一人なら十分に広い筈のベッドで、最近気に入りのアロマもいつもと同じように香っていて……
 なのに。
 隣に大好きな貴方が居るというだけで、こんなにも違う場所に思えてしまう。
(確かに、頷いてもらえた……から、で)
 何度記憶をたどっても、思い出せるのはその瞬間までだ。
 それよりも。
(……眠れない……)
 願ったのは確かに自分の筈だけれど。ティアンシェの意識は妙なくらい研ぎ澄まされていた。

(狭さは前と同じだな)
 そんな当たり前のようなことを考えるくらいは余裕で、イブリスは隣で一人百面相をしているだろうティアンシェの気配に意識を向けた。
(手のかかるお嬢ちゃんだ)
 誘いをかけたのは自分の方だろうに。そう思うが声に出すことはしない。
 慣れているのだと、慣れたのだと示そうとしながらも、毎度失敗している。こちらに筒抜けだとは気付いていないのだろう。イブリスにそれを指摘するつもりは少しもないのだが。
 まあ、いつも通りに整えた筈だから、そのうち勝手に寝るだろう。
 今日は眠りに来たのだから。
 視線を合わせることはせずに、視界を閉ざした。

 レモンの香りで、心に道を。
 示す光が先を照らす。
 ラベンダーの香りが、穏やかな眠りを。
 閉ざされた扉も開く筈。

(……寝ちゃって、る……よね?)
 規則正しい寝息が聞こえてくる。じっと息を潜めてしっかりと確認を終えてから、ゆっくりと、起こさないように細心の注意を払ったティアンシェは身を起こす。
 髪が触れてしまわないよう纏めるように持ってから、そっと、イブリスの寝顔を見つめる。
(……好き)
 無防備な姿を見せてくれるこの人が。
 想うだけで、口元に笑みが浮かぶ。幸せだと、感情だけでなく身体もそう自覚しているから。
(ありがとう、ございます)
 唇の動きだけで言葉にする。届かなかった声が当たり前に届くようになってからは、声にしない、なんてこと、あまり考えていなかったような気がする。
 最近は、特に……私の我儘は増えているから。
 行きたい場所に連れ回して、したいことを迷いもせずに告げて、もっともっと、一緒の時間を過ごしたいと繰り返して。
 この人に向ける想いを我慢なんてしたことはなかったけれど、箍が外れているように感じてはいた。
(私と、あの子が、全部混ざりきってから……記憶を、殆ど、思い出してから……?)
 推測は、そう考えることで確信に変わっていく。
 そのタイミングと同じ、だっただろうか。我儘が増えたことは、こうして振り返ってはじめて明確になったくらいで、それまでの自分はそれが自然だと思っていた。
 それなのに、私の好きなこの人は、その殆どの我儘を聞いてくれていた。勿論、ダメな事はダメって言ってくれる大人なのだけれど。
(……………前より、私に甘くなってくれたのでしょうか……?)
 寝顔を見つめながら、そうであればいいと思考を広げて。
 すぐに小さく首を振った。起こすつもりは無いのだから、細心の注意を払って。
(私が、我儘を出すようになったから。甘さを……応えてくれる回数が増えたから、かも)
 もう一度、真直ぐに顔を見つめる。
(……大好き)
 素っ気ないようでいて、私に甘いこの人が。
 いつだって、ショートケーキみたいに甘いのだ。
 今までだってずっと、食べやすい大きさに……受け止めやすいように、私にあわせてくれていた。
 今ならきっと、多分元から。私が望めば、ホール一台分になるくらいまで、甘さを見せてくれるのではないだろうか?
「……これからも、一緒に……居てね。イブリスさん」
 おでこへのキスは、いつかのお返し。
 それでも起きない様子についくすりと笑みが零れる。
 なら、もう少しだけ、我儘を出してもいいだろうか……胸元に、頬を寄せて、大好きな人の温もりに、安堵の吐息をはいて。
 変わらずに規則正しい寝息と、穏やかな鼓動に誘われて。
 ティアンシェの瞼がゆっくりとおりていった。

「……………」
 見慣れている、というほどではないが。見覚えのある天井が視界に映り込む。
 昼寝に来たのだったか。そう思い出せばイブリスの口元に薄く笑みが浮かんだ。異性の部屋で、ただ横になるだけ。それが妙に可笑しいと思えた。
 物足りないだとか、不快だとかそんなことはなく、それが当たり前にできる自分を笑う。それが面白いとも思うからこそだろう。
 眠るティアンシェの顔が近くなっていた。
(なんだ、眠れているじゃないか)
 嘘ではないと分かったからこそ応えたわけではあるけれど。
 イブリスが寝入る前は随分とまた興奮状態にあったようだから、自分が居ても眠らない可能性も考えてはいたのだ。
(安心していいわけでもないと思うがね)
 無防備が過ぎると、思わないわけではない。様子の変化を知らなければ、自分がそれこそ何をするかわからないというのに。
 今日は寝かしつけるために来たのだから構わないが……まあ、眠れたのなら何よりだ。
 表情を伺いやすいよう、軽く身を起こす。
 随分と見慣れた顔になったものだと思う。気付けば付き合いは随分と長くなっていた。隠された隈に気付くくらいわけもない程、その表情の変化に敏感になったようだ。
 声が出ないうちは特に、表情の変化が目まぐるしい少女だと思っていたが……
(一体どんな夢をみているやら)
 眠れないのは夢見が悪かったのだろうかと、そんな予想を立てていた。
 微笑んでいるならそれでいい、悲しむような気配があれば、多少の助けは出せるだろう。
 夢は記憶の整理を行う場所だと聞いたことがある。しかし身体の状態だとか、心の安寧だとか、眠る当人ではなくても出来る事があるはずなのだ。
「……」
 特別に不都合のありそうな変化は見られない。幸いなことだ。
 桃と白の、美しいグラデーションの一房に触れる。指通りのよい髪に自身の手を差し入れて、その境を解くように梳いていく。手入れの行き届いたティアンシェの髪はイブリスの指を絡め取ることなく、ただその手触りと艶やかさでイブリスを愉しませてくれる。
 そう大きな衝撃は与えていないはずだけれど、ティアンシェの口元に笑みが浮かんでいた。
 良い夢を見れているのだろうか?
 眠れなくなるほどの夢から、或いは記憶から、離れられているだろうか?
 ……今、ティアは、幸せになろうとしているのだろうか?
 例えそれが、どんな犠牲を払う幸せだとしても。無理を強いなければ得られないものだとしても。
 ティア自身が一番だと思う幸せを手に入れようとしているのだろうか?
 ただ気に入ったから傍に居てもいい、そんな気紛れのもたらした関係ではなくなっている。
 奇特な少女だと思っていた相手は、幸せを手に入れてほしいと思う女性になっている。
「せいぜい、悪夢は見るなよ」
 もう一度だけ。これを最後と決めて、撫でるように一房を手に取った。
 桃と白の境に触れるだけの口づけを落としてから、はらりと手の中から溢していく。
 確かな手触りが、少しずつ淡く、霞んでいって。
 イブリスの視界が再び狭まっていく。
(……現に、長居を……しすぎた、な……)
 此処ならば、今日ならば、悪夢もきっと、顔を出さない筈だ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ka3394/ティアンシェ=ロゼアマネル/女/22歳/聖唄導士/見守ってくれる、貴方に】
【ka3359/イブリス・アリア/男/21歳/猟影士/腕の中に、幸せあれ】

必要なのは枕そのものではなく、枕と呼べる存在なのかもしれません。
お互いに、よい夢が、未来の記憶となる日々が見られますように。
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2019年08月26日

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