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『吹き荒れる正義の嵐』
白鳥・瑞科8402


 俺の好きなヒーローは皆、悪い奴らに対して容赦がなかった。
 パンチやキックで戦闘員の群れを虐殺し、必殺技で怪人を爆殺し、光線で怪獣を灼き殺し、地球の平和を守ってくれた。
 だから俺も、力を求めた。
 小学生の時から空手を始め、中学生の時には底辺高校生4人5人を半殺しに出来るようになった。
 高校生の時、警察に捕まった。
 ファミレスで、ウェイトレスのお姉ちゃん相手にセクハラまがいのクレームをつけてた馬鹿がいたので、正拳を叩き込んでやったのだ。顔面に1発。倒れ込んだところへ、側頭部へのローキック1発。
 それだけで、その馬鹿は死んでしまった。
 俺は、少年院へ送られる事になった。
 送られた先は、しかし少年院ではなかった。
 何とかいう組織の、研究所である。俺は、そこで人間をやめる事になった。
 そう、ヒーローに成れたのだ。
「おうらぁ!」
 俺は、正拳を叩き込んだ。
 防弾装備に身を固めた機動隊員が、砕け散る。
 俺は、立ち塞がる無数の盾を拳でぶち貫き、その向こうにある顔面を防弾ヘルメットもろとも粉砕し続けた。
「てめえらよォ、警察のクセによおお、悪い奴守ってたら駄目だろーがぁあああ!?」
 俺のそんな叫びに、銃声が応えた。
 全身で、ぱちぱちと衝撃が弾けている。
 元々マッチョ自慢であった俺の身体は、さらに隆々と筋肉を隆起させながらも獣毛に覆われている。
 機動隊の連中が、そんな俺に向かって小銃をぶっ放している。もしかしたら、機動隊ではなく自衛隊かも知れない。
 全身で銃撃を弾きながら、俺は跳躍した。ハンマーのような蹄で、アスファルトを蹴り砕いた。
 俺の両足は蹄で、頭からは角が生えている。
 山羊の遺伝子を組み込んでみた。俺を改造した連中は、そう言っていた。崖を登り飛び越える山羊の身体能力で、さあ大いに暴れてみたまえ、とも。
 ひたすら銃撃を続ける男たちが、蹄の飛び蹴りを喰らってグシャッグシャアッ! と原形を失い、潰れ散る。
 ずしりと着地しながら、俺は見据えた。
 先程、俺が横転させた護送車から、1人の若い男が路面に転げ落ちて座り込み、怯え、失禁している。
 殺人犯である。小学生の女の子を3人、殺している。
 死刑判決を受けたところであるが、この国で死刑がつつがなく執行されるわけはなかった。
「正義のヒーローの出番ッッてぇーワケだ! 死ねやコラ」
 俺は右の蹄を跳ね上げた。
 座り込んでいた男の上半身が、破裂し飛び散った。小便を垂れ流す下半身だけが残った。
「お見事……ですわね」
 誰かが、俺を褒めてくれた。
 若い女の声だった。聞いただけで美人とわかる、そんな声。
 ロングブーツの足音が、規則正しく近付いて来る。間違いなく美脚だ、と俺は思った。
「一匹狼の、正義の味方を気取っていらっしゃる? 貴方のような方々が今ね、虚無の境界によって大量に放流されておりますのよ」
 綺麗な唇が、微笑みの形に歪みながら、そんな言葉を紡いでいる。
 俺の心臓は高鳴った。
 この綺麗な声で、罵り嘲笑ってもらえたら。それは天国ではないのか。
 そこにいたのは、まさしく天使だった。
 何やら教会っぽい模様の入った服が、ぴったりと身体に貼り付いて女体の凹凸を強調している。すらりと引き締まった胴体に、神聖な模様を歪め膨らませる豊満な胸。
 短めのプリーツスカートは、白桃を思わせる魅惑のヒップラインをいささかも隠していない。むっちりと伸び現れた太股は、ガーターベルトを引きちぎってしまいそうなほど活力に満ちている。
 ニーソックスとロングブーツに包まれた両脚は、美しく強靭に鍛え込まれて、この上なく攻撃的な色香を漂わせていた。思った以上の、美脚である。
 艶やかな茶色の髪と、肩当てで止められたマントを、一緒に揺らめかせながら彼女は微笑んだ。
「存分に正義を実行なさって、もう思い残す事もありませんわね。幸せな方」
 天使あるいは女神の美貌が、にっこりと和らいでいる。優しい笑顔、ではある。
 年齢は、俺より少し上か。恐らくは20歳前後。
 大型の得物を、彼女は一見たおやかな片手でくるりと回し構えた。
 全体に天使たちの姿がびっしりと彫り込まれた、杖である。長さは、彼女の背丈を上回る。
「その幸せに浸りながら、さあ煉獄へお行きなさい」
「あんた、アレだな……正義のヒロインってやつだな」
 俺が言うと、彼女は名乗った。
「武装審問官……白鳥瑞科(8402)。神罰の代行者ですわ」
「俺は、悪の怪人として処分されるわけか。結構結構、俺ぁ怪人系のヒーローだからよ!」
 見ればわかる。この白鳥瑞科、かなりの手練れだ。女だからと手加減出来る相手ではない。
 アスファルトに蹄の跡を刻印しながら、俺は本気で踏み込み、殴りかかった。
 必殺の正拳突きが、武装審問官の微笑む美貌をすり抜けた。残像だった。
「ほらほら、こちら。手の鳴る方に、ですわよ」
 残像ではない白鳥瑞科が、俺のすぐ傍らにいた。
 凹凸のくっきりとした魅惑の肢体が、天使の杖に絡み付いている。
 そう見えた瞬間。むっちりと活力漲る太股が、超高速で跳ね上がっていた。
 魅惑の膝蹴りが、俺の脇腹にめり込んでいた。
 快感にも等しい衝撃と激痛が、体内に叩き込まれて来る。俺は、でかい図体をへし曲げて弱々しく揺らぎよろめきながら、痺れていた。
「あら……? 貴方、何やら前屈みになっておられる御様子。一体どうなさったのかしら」
 涼やかな声が、俺の耳をくすぐる。
「たくましい太股で貴方、一体何を挟み込んでいらっしゃるの?」
 笑われている。
 白鳥瑞科が、その美しい声で、俺を馬鹿にしている。凛として澄んだ瞳が、俺の無様な姿を観察している。
 それだけで俺は、情けない前屈みの姿勢を解く事が出来なくなっていた。
「ふふ、いけない子……少し、お仕置きが必要ですわね」
 天使の杖の周囲で、魅惑の肢体がぬるりと躍動する。大蛇を思わせるポールダンス。
 この牝蛇になら呑み込まれても良い、と思えるようなボディラインのうねり。格好良い胸の膨らみが上向きに揺れる様。プリーツスカート跳ね除けて、瑞々しく暴れる太股。
 その全てから目を離せぬまま、俺は歪んだ。ねじ曲がり、へし曲がり、珍妙なダンスを披露していた。
 凶器そのものの美脚が、俺の全身を打ち据えていた。ポールダンスから繰り出される、蹴りの嵐。
 衝撃が、激痛が、快感が、俺から全ての抵抗力を奪ってゆく。
 曲がりよろめく俺の身体が次の瞬間、硬直した。
 眉間に、深々とナイフが突き刺さっている。
 凶猛かつ魅惑的な太股に巻かれたベルト。そこに収納されていたナイフを引き抜いて投擲する一連の動きを、白鳥瑞科は優雅に完了させたところであった。
 倒れゆく俺に、彼女は背を向けた。
「私……これから、狩りに出なければなりません」
 放流された奴が、俺以外にも大勢いる。
 全員、俺のように狩り殺されるのか。この天使によって。
 死にゆく俺の中で、嫉妬が燃えた。
「私を、もっと追い詰めて下さる方……いらっしゃると良いですわね」
(無理だぜ、お姉さん……俺ら程度の奴らじゃあ……あんたの、胸とか尻とかフトモモに触る事だって出来やしねえ……)
 それが俺の、最後の思考だった。
(けどなぁ、気ぃ付けなよ……あんたみたいな人、負ける時ゃあ本当シャレになんねえ負け方するもんだ……今の俺よか、ひでえ様ぁ晒す事にもなりかねねえ。マジで……気ぃ付けなよ……)
 
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月29日

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