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『煮浸しと素揚げ 』
いせ ひゅうがla3229

 某ジャングルに流れる茶色い大河。
 そのただ中をひとり乗りの船がはしっていて、ただ今絶賛水上戦闘中である。
「IDP船ってなんですかーっ!」
 いせ ひゅうが(la3229)はST-1エクスプローラーの銃口を船の左右に振り込みつつ、撃つ。威力と射撃精度は高いが連射性のない狙撃銃だけに、弾幕による防壁が形成できないのは辛いところだが。
 それよりなにより、この船である。動力は一応イマジナリードライブエンジンなのだが、それは熱を発して銅製のパイプが吸い上げた水を沸かすだけの代物なのだ。
 と、説明していると長くなるので割愛し、ひと言で言ってしまおう。
 IDP船とはすなわち、イマジナリードライブぽんぽん船。
「素人でも絶対動かせる!」ということで貸与された装備であった。

 ギャギョギョエ! 土砂混じりの水を押し分け、ナイトメアが跳び出してくる。硬い外殻を備え、無数の棘を生やした触腕を頭部から生え出させた水棲の個体が。
 現地では“魔魚”と呼ばれ、漁業で営む村々に甚大な被害を与えている攻撃型だが、幸いにしてまだ人が喰われたという情報は入っていない。だからこそここで倒しておきたい気持ちはある。
 問題は、誰でも動かせるはずのチームメンバーのぽんぽん船がうまく起動せず、ひゅうが独りになってしまっていることと、操船と戦闘の並行作業がかなり深刻に難しいことだ。
 しかし。
 しかしだ。
 魚は肴! そのお肉はうちのお店に珍味をもたらしてくれるのです! 毎度ありなのです!
 まったくもって皮算としか言い様のない我欲に突き動かされるまま、ひゅうがは作戦の立てなおしとか協働とか連携とかを全部投げ棄てて独り河へと乗り出し――誰も見ていないところでなら、食材(ナイトメア肉)の調達を見とがめられることもないし――現在に至る。

「はわわー!!」
 ガヂン! 危ういところで触腕の殺到を逃れる船。
 銅パイプもまた一種のEXISであり、イマジナリードライブエンジンの熱を最大効率で伝えてくれる。さらには幾重にも巻いたコイル状になっているので、推進力も最高だ。
 120ノット(時速222・24キロ)というぽんぽん船業界の常識をぶっちぎる神速でターンを決めるひゅうがだが――船体が大きく流れて失速し、魔魚を追いかけることができない。
 その隙に水中へと潜った魔魚に、ひゅうがはぐぬぬぅ、奥歯を噛み締めた。
 魔魚の姿を視認するには、少なくとも水面近くまで上がってきてもらう必要がある。移動速度はこちらが上らしく、真下から突き上げられる心配が薄いのは幸いだが、後手に回らされる状況は覆せない。
 ずっとぴりぴりしてなくちゃいけないひゅうがのほうが、早く疲れてしまうのです。集中力が切れてしまったら、いきなりぱくーっといかれてしまうかも。
 いけません。お肉をいただくのはお魚さんではなく、ひゅうがなのです!!

 再びターンしたぽんぽん船。それによって落ちる船速。
 魔魚はそれを見逃さなかった。
 自らが跳び出すより先に、触腕だけを突き上げてきたのだ。
「はわっ!」
 左手で舵を切りながら右手でブラッドアサシンを振り、触腕を払う。引き斬っている暇などないから、叩くばかりだ。
 叩かれた触腕は傷つきこそすれ損なわれることなく、だからこそ続けて降り落ちてきた。
「まだまだなのです!」
 剣をそのへんに置いておいたフォートレスシールドに換装し、はっしと触腕を受け止めて「あっついのですー!!」。エンジンに触れていたらしい持ち手がじゅっ。自爆ダメージをもたらした。
 なんて騒いでいる内に船が加速を取り戻し、魔魚を置き去りにして前へ。
 だが、このまま逃げたとしても結局元の木阿弥というやつだ。
 やるしかないのです!
 今度は慎重に盾の置き場を調整して、ブラッドアサシンを口にくわえたひゅうがは、舵を手に腰を浮かせ、上体を前へ傾ける。
 まだ魔魚はあそこにいる。逃がしてしまう前に、あそこへ辿り着かなければ。
「行くのですよー!!」
 果たして船がターンする。旋回する船体の外側をひゅうがの足裏に蹴りつけられることで浮きを抑えられ――結果、速度を損なうことなく鋭い軌道を描いて回りきる。競艇界の一世を風靡したモンキーターン、その変形版である。
「たあああああ!!」
 船の速度に乗せ、蠢く触腕を目印に河面へと刃を突き入れるが。
 寸手のところで魔魚の頭部が沈み、刃は触腕の1本を引っかけて斬り飛ばすに留まった。
 ……結局のところ、間合なのだ。
 止まることのできない船は、魔魚との最適な間合を定めることがかなわない。
 動いている限り、このジレンマは続く。かといって止まってしまえば魔魚の餌食になるだけだ。
 うう、どうしたらいいんでしょう? ひゅうがは後手に回るしかなくて、でも先手を取られてもひっくり返せる装備もなくて。
 悩んで、悩んで、悩んで。
 ひゅうがは肚を据えた。

 河縁近くに船を止めたひゅうがは、素早く準備を整えて、船体を縦に起こす。計算どおり、下は浅瀬だ。船先を泥に突き立てれば船尾は少しだけ水上に出る。
 そこへよいしょと乗って仁王立ち、息を吸い込んで。
「いざ尋常に勝負ですよー!!」
 聞こえたものかは知れないが、魔魚はすでにひゅうがをターゲティングしているはず。手ならぬ触腕の届く場に立たれて見逃すはずはない。そう信じる。
 ひゅうがは待った。自我を五感の内に溶かして研ぎ澄まし、そのときを――
 ひょうふ。音ならぬ気配が左方より迫る。
 ひゅうがの手が、白衣の袖に収められていたそれを気配の先へ投じ。
 跳び出してきた魔魚の顎へ引っかけた。
「フィーッシュなのですっ!!」
 それは、船の推進器である銅パイプだった。先端部を潰して折り曲げ、鉤とした、針つきの釣り糸。
 自分が文字どおりに釣られたことを悟った魔魚は、あわてて噛みちぎろうとしたが。イマジナリードライブに適応するようEXIS化されたパイプは、ひゅうがのイメージ力によって超硬度を成しており、かえって深く口中へと突き刺さる。
 ひゅうがは捨てたのだ。慣れない水上での勝負を。しかし魔魚が水棲である以上、地上戦へは引き込めない。そして自分が受け身であることを覆すこともできない。
 だからこそ、待つことにした。必要のなくなった船を、真下からの強襲を防ぐ形で足場とし、同じく必要のなくなった、充分な長さを持つ銅パイプを釣り用に細工して。
 投擲攻撃はスナイパーの領分。そして見事に一本釣りを決めた後はもう、気合の領分。
「ぶっとぶのですー!!」
 力の限りに跳び、自分もろとも魔魚を岸まで投げ飛ばす!

 魔魚は土の上をびぢびぢ跳ね、なんとか水中へ戻ろうとあがく。
「逃がさないのです!」
 ひゅうがはパイプを引き絞りながら魔魚へ近づき、暴れる触腕を1本ずつ、ブラッドアサシンで斬り落としていった。
「大事な食材、これ以上ムダにできないのです」
 つくづく河に流してしまった触腕が惜しい。
 そんなひゅうがの哀愁を見上げて、魔魚は多分思っただろう。
 自分、やっぱ喰われるっすか?
「骨までおいしくいただきますからねー」
 血抜きは速やかに行われ、SALFには「ナイトメアは爆発して死にました!」との報告だけが届けられたのだった。


 翌日。
 グロリアベースの片隅に建つ【夢見亭】では「黒身魚の煮浸し〜刺抜き触腕の素揚げを添えて〜」が供されて、好事家に見かけはアレだが普通にうまいとコメントされることになるのだが……それはまあ、ただの余談ってやつなんである。
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2019年08月29日

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