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『ひめごと 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 絨毯には急がず焦らずじっくりと、表も裏も掃除機をかける。
 フローリング部分には乾いたモップをかけてから掃除機。仕上げに先ほどのモップを水で濡らしてきて拭き上げる。
 書棚に納められた書物の数々は魔法で守られているので、いじる必要はない、棚の端々に付着した埃をダスターで払ってやればいい。
 机や椅子はクリーナーを含ませた布巾で綺麗にして、乾拭きで仕上げ。
 諸々済ませた後、棚を掃除したものとは別のダスターで埃を拭き取った魔法具をプレジデントデスクの上に並べれば――
「終わりぃ〜」
 ファルス・ティレイラ(3733)はうんと腰を反らしてストレッチ、大きな息をついた。
 この書斎の主シリューナ・リュクテイア(3785)は、ティレイラが務める魔法薬屋のオーナー兼店長であり、魔法の師匠であり、誰より大切な姉的存在である。だからこそ掃除にも気合が入るのだが。
 役得もあるんだよね、こういうめずらしいもの見られるし!
 そう。デスクの上にたった今ティレイラが置いた魔法具――魔法業界名うての鑑定士であるシリューナの元へ持ち込まれた、鑑定依頼品が。

 実際のところ、魔法具というものは、酷く繊細なくせに意味がわからないほど強力な力を備えていたりする、しかもその危険度は見た目からまったく伝わらないというクレイジーなブツなのだ。
 そんな代物をあえて蒐集する輩も当然クレイジーなわけだが、だからといって命は失いたくない。死んでしまったら魔法具を蒐集できなくなるから。
 そこで彼らは、相当な知識を有するだけでなく、いざ暴走してしまった際に対処できる魔法使いで、そんなものをなお愛で、やさしく取り扱える異常もとい深い心を備えたシリューナ(同類)へ鑑定を託すのだ。

 そんなわけで。
 この書斎には、世界中からめずらしい魔法具が集まってくる。
 シリューナからはなるべく触らないよう言い渡されているが、ティレイラも未熟とはいえ魔法使いの端くれだ。叡智の端に、少しくらいは触ってみたいじゃないか。
「固い!」
 机の上ではなく、脇(端)にあるからということでつついてみた姿見の縁は、木製に見えるのに金属めいた触り心地がして、やけに冷たかった。
「うーん、魔法の深淵のぞいてますって感じ?」
 ティレイラは指に残る感触を抱きつつうんうんとうなずく。勇気を出して触ってみてよかった。……掃除のときがっつり触っているのは置いておいて。
「でも、ほんとになにでできてるんだろ?」
 恐れ気は丸っと忘れ、姿見の裏や縁に指をさわさわ探ってみたティレイラだったが。
「あれ?」
 どこかに貼りつけてあったらしい紙がはらりと落ちて。
 ティレイラはそれを急いで拾い上げる。もし封印符だったりしたらシャレにならない。
「――メモ?」
 それは付箋タイプのメモ用紙だった。依頼主が現状わかっているだけのデータをシリューナに伝えるため、添えてきたらしい。
【魔力を注いで3分待ったら石化ビームが出ちゃう鏡】
「使えなくない!?」
 石化ビームはいいとして、3分後に出ちゃうならトラップとして置いておけないことになる。しかも3分後に石化したい相手がちょうど到着するなんてありえないし。
「でも」
 ぴんと来たティレイラは姿見をデスクから下ろし、鏡面を扉へ向けて慎重に設置した。
 私なら使える! だってお姉様のルーティン、すっごく知ってるし! いつどこでなにしてこの書斎に来るか。3分後を予想するのなんて簡単だもん。
 これでいつもの仕返し――じゃなくって。魔法具の中をどういうふうに魔力が通って効果を発揮するのか観察できるよね。そう、これは魔法のお勉強!

 果たして。
 いつもどおりのペースであれこれを済ませ、いつもどおりの時間にシリューナが書斎へ足を踏み入れると。
 デスクの脇に置いていたはずの石化姿見がこちらに向けられていて、光った。
 あら、石化ビームってやつね。それにこの魔力、ティレの――
 息つく間もなく心身へ食い込んだ石化魔法に侵されたシリューナの思考がぶつ斬られ。
 後には立ち尽くすメテオライト像が残された。


 なんかやばい予感するんだけど。
 SHIZUKU(NPCA004)は重いため息をこぼす。
 ティレイラから『私、お姉様に勝ちましたよー!!』とかいう連絡が来たのは15分前で、「ぜひ取材に来てください! だって今日は記念日ですし!」とか、わざわざ言いに来られた(言い終わったらすぐ帰った)のが9分前のことだ。
 そもそもSHIZUKUはオカルト系アイドル。局や制作会社の依頼でマイクを持ち、カメラの前に立つのが仕事なわけで。本人だけを呼ばれたって意味がない。
 が、そう言い聞かせる前にティレイラは「準備しときますねー!」と帰ってしまった。だからSHIZUKUはしかたなく魔法薬屋へ向かっているのだった。
 あの子の「お姉様」ってすっごい魔法使いなんでしょ? それにあの子が勝つって、どういうことなんだろ?
 結局のところ、確かめてみなければわからない。不幸にも好奇心は旺盛な質だから、無視もできなくて……結局SHIZUKUは途中で回れ右することもなく目的地まで辿り着き。
 うっきうきのティレイラに奥の書斎まで引っぱられて。
 メテオライトの女性像と対峙することとなったのだ。


「すごいやばい」
 息を飲むSHIZUKUに、ティレイラはふんと胸を張ってみせる。
「お姉様ですからね!」
 メテオライトは鉄を多く含む隕石だ。隕鉄の内に明褐色のカンラン石――ファイアライトが散りばめられている様は、それを産み出した宇宙そのものを見ているようで、すばらしいとしか言い様がない。
 しかもそれが、完璧な女性体を描き出しているのだ。すべらかでなめらかな、宇宙の曲線美。
「ほんと、綺麗ですよねぇ」
 ティレイラは石像の首筋に指をはわせ、うっとりと息をついた。
 最初はただの思いつきだったが、シリューナの行動の3分を完璧にシミュレートし、石化させたときは「初めてお姉様に勝ったーっ!!」と両手を突き上げたし、「たっぷりしかえししちゃいますよー」とあれこれしてもみたが……結局はどうでもよくなった。
 ちょっとだけ、お姉様の気持ちがわかったから。誰よりも大切な人を自分のものにしてる感。あ、でも、お姉様は私のこと、そこまで想ってくれてないだろうけど。
 愛しさを込めて、冷たい石をなで続ける。
 私にはいちばん大切な人ですから。もしお姉様がこのまま元に戻れなくなっても私、ずーっとお姉様のこと守って、毎日綺麗に磨きます。
「これ、マジでメディアに売り込めちゃうよ」
 ティレイラを押し退けてスマホのカメラを向け、SHIZUKUはシャッターを切る。ああ、こんなことならプロ仕様のデジカメ持ってくるんだった!
「あ、取材してくださいねって言っといてなんですけど……すみません。ちょっと浮かれちゃっただけなので、テレビとかは」
 おずおずと言うティレイラをSHIZUKUはくわっと返り見て。
「ここまで引っぱってきといてそれダメでしょ! ファルちゃん知らないかもだけど、メテオライトって隕石だから超お高いんだよ!? それがこんな像になってるとか、絶対話題になるしあたしは有名になるし!」
「欲全開じゃないですか! 美は愛でるもので利用するものじゃないと思います!!」
「いろんな人に愛でられてこその美でしょ! あたしはちょっとだけおこぼれいただくだけだから!」
 わーわーきーきー、ティレイラとSHIZUKUが騒いでいるところへ。

「本人としては、騒ぎにならないほうがありがたいわね。店主としては少し話題になってほしい気持ちもなくはないのだけれど」
 え?
 振り向いたふたりが見たものは。
 溶け出すかのように石から生身へと戻りゆくシリューナの薄笑みだった。
「おおおお姉様なんで普通にそそそそんなこととと」
「いいい石! 石がニンゲンにぃ! あー、なんであたし撮ってないかなぁ!」
 うろたえるティレイラへ、シリューナはかすかに深めた笑みを投げ。
「つい見てみたくなったの。私をやりこめたと思い込んだティレがどんなふうに喜ぶのか。だから遅効性の呪詛返しを編んで、石になってみたのよ」
 次いでばたばた地団駄を踏むSHIZUKUへ傾げた笑みを向け。
「情報はちゃんとあなたの知り合い筋へ送ってあげるわ。話題になるでしょうから、あなたの希望も叶えられる」
 それを聞いたふたりは顔を見合わせ、シリューナへ向きなおった。
「あの、お姉様? 呪詛破りじゃなくて呪詛返しって、それ――」
「えっと、お師匠様? 送ってくれる情報って、お師匠様のじゃ、ないんだよね? だとしたらそれって――」
 シリューナはたった今生身へと戻ったつま先の様子を確かめ、「あら、終わったみたい。これで発動するわね」とつぶやき、顔を上げる。
「あなたたちの質問の答、すぐにわかるわ」
 言い終えると同時、ティレイラとSHIZUKUのつま先にびきり。重い痺れがはしった。
「あ、これやっぱり」
「動かない! なんか動かないんだけどぉ!?」
 あらためて説明されるまでもなかった。
 返された石化の呪詛がふたりの脚を這い上る。多分、シリューナの再生を逆回しするようにだ。
「しばらくしたら戻してあげるから、ふたりともそれまで店のマスコット役お願いね」
「不特定多数にタダで見られちゃう!? せめてギャラ交渉させて! 事務所に連絡ぅー!!」
 絶叫を残し、魔法耐性の低いSHIZUKUが速やかに石と化し。
「ほんとにほんとにほんとにほんとにっ!」
 なんとか抵抗しつつ、ティレイラは思いっきり息を吸い込んで。
「お姉様は邪竜オブ邪竜ですうううぅぅぅ――」
 結局石になった。

 静寂のただ中、シリューナは笑みを解いてふたつの石像に視線をはしらせた。
「SHIZUKUさんはオパールかしら」
 淡い青の内、雲のような灰褐色の遊色が沸き立つ様、まるで青空か星雲を封じ込めたかのごとくに美しい。有名なものにアメリカン・コントラ・ラズ・オパールがあるが、それを遙かに凌ぐ完成度である。
「そしてティレは――ジオードね」
 ジオードとは岩石の空洞に水晶や瑪瑙の結晶が晶出したものだ。石としての価値はそれほどのものではないが、大きさや色味、模様によって値段も激しく上下する。
 SHIZUKUさんはともかく、ティレには値段がつけられないわね。
 澄みきった水晶の肢体、その心臓部にローズクォーツを晶出させたティレイラの姿。好事家ならずとも、その芸術性を前にして魅入られずにはいられまい。
 高価なだけの石はある。でも、これだけの“意味”を持つ石は無二だわ。
 水晶という純真に包まれた、淡い赤に色づく命。それはまさにティレイラという存在をこれ以上なく表現していて、シリューナの心を強く突き上げる。
 あなたは知らないのよね。私をこんなにも感動させる、あなたの真価を。
 それでいい。それを知っているのは、私だけでいい。誰にも分け与えてあげるつもりはないから。
 シリューナは陶然とティレイラを抱きしめ、すべらかに冷たい肩へ頭を預けて。
「しばらく楽しませてもらうわね。大丈夫よ、どんなに汚れても、毎日ちゃんと磨いてあげるから」


 解放ではなく問題を解く解法でもない、魔法から解かれる意味での“解法”をされたティレイラとSHIZUKUが真っ先にしたのはSNSのチェックだった。
「ああああああ! あたしがあたしの実力関係ねーとこで有名になってるうううう! ――でもすごい綺麗だねあたし。でも表情っていうか姿勢おかしくない? こうなるんだってわかってたらなぁー! ちゃんとポーズ決めたのにぃー!」
 妙なところでプロ根性を出すSHIZUKUを横目に、ティレイラも自分の写真を探しまくったが。
「私の写真、ぜんぜん見つかんないんですけど……まさか話題にもならないくらいどうしようもない感じでした!?」
「ま、超かわいい現役アイドルで超お高いオパールなあたしと並んじゃったらねー」
「ちょっと言い返しづらい!」
 店内で大騒ぎするティレイラに、奥から顔を出したシリューナがかぶりを振ってみせ。
「すごく綺麗だったわよ。ええ、私はそう思ったわ。お客様にお見せできなかったのは事実だけれど、私はね」
「お気づかいありがとうございます!? 思わせぶりすぎて泣きそうですけど!」
 そんなティレイラを見やりつつ、シリューナは肩をすくめて微笑を隠す。
 あなたも誰も、知らなくていいのよ。
 あなたの美しさも私の邪(よこしま)も、すべては私だけのもの。
東京怪談ノベル(パーティ) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月29日

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