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『そして一つ、階段をのぼる 』
ユリアン・クレティエka1664

 ユリアン・クレティエ(ka1664)の駆るグリフォンの前に座る少女の息を飲む気配がした。
 遠くに瞬く光。
 彼方で空と交わる水平線。
 海だ。

 連れて来てよかったな。

 紅潮する頬に、キラキラと光を映す瞳にユリアンは目を細めた。
 本当は少女がもう少し大人になって自分の足で来た方が良かったのかもしれない、とも思う。
 自身で動くというのはかけがえのない経験になるから。
 ただ何かを決めるときに多くを知っていることも大切だから――なんてね、と大仰な建前に笑う。
 単に見せてあげたかったのだ。
 海を見たことがないという少女に。
 ユリアンはグリフォンを大きく旋回させた。
 間もなく潮の香りが風に乗ってやってくる。

 帝国内にある小さな海辺の町。夏の盛りもすぎ、観光客の姿もまばら。
 それでも海へと続く大通りに並ぶ土産物屋は時季外れの客を歓迎してくれる。
 早く、早く――と今にも石畳を走りだしそうな少女をユリアンは呼び止めた。
 雪深い地方で生まれ育った少女は真夏の日差しには慣れていないだろうから帽子を探そうと、と急く少女の背を押して店へと入った。
「つばは大きいほうがいいね」
 ユリアンは手にした一つを少女の頭に被せる。リボンのついたスタンダードな麦わら帽子。
「もっと夏らしいのもいいかな?」
 赤い花のついた麦わらに取り換える。
 やっぱり海に来たのだからこっちも、と今度は貝殻をあしらったものへ。
 次はこっち、あれはどう、とっかえひっかえ始まると止まらない。少女にお洒落させたがる妹の気持ちがちょっとわかるなとまた新しい帽子を選ぶ。
 繊細なレースのリボンの麦わら帽子の影から少女が上目遣いでユリアンの反応を伺う。
 少し大人っぽいデザインに背伸びしている感じが可愛らしい。
「うん、似合っている。それにしようか」
 少し緊張した面持ちだった少女が嬉しそうに破顔する。
 今日の思い出になればとユリアンからプレゼントした帽子を少女は大切にすると胸に抱きしめた。

 絶え間なく聞こえてくる波の音。
 すごい、すごい、とはしゃいで飛び出していった少女が
「あつっ!」
「だからやめときなって言ったのに」
 サラサラした砂が気持ちよさそうだ、と砂浜を裸足で歩こうとしてあまりの熱さに文字通り飛び跳ねユリアンに抱き着く。
 そのまま転がったサンダルを器用に足指で引っ張ると、そろそろと足を乗せた。器用なものだ。
 波打ち際、再び裸足になった少女の手をユリアンが握る。
「……っ」
 慌てて少女が麦わら帽子のつばで顔を隠した。
「転ぶといけないからね」
「その時は力いっぱい引っ張ってやるんだから」
 少女が頬を膨らませる。
 時折みせる怒ったようなはにかんだような表情が見慣れたふくれっ面になると少し安心する。
 そんなことを考えていたら波と追いかけっこよ、と駆けだす少女に引っ張られ本当にもろとも転びそうになった。
 男の矜持としてそこは堪えたのだが。

 波がくすっぐったいとか、水が辛いとか散々はしゃいでいると二人のお腹が盛大に空腹を訴えた。
「昼食にしようか」
 少女を連れて行ったのは海辺のレストラン。仲間に教えて貰った店だ。
 海に面したデッキのテーブルへと案内してもらう。
「辛いものは大丈夫? 揚げるのと蒸すのどちらが好き?」
 魚料理はよくわからないという少女の代わりに、好みを確認しながらユリアンが注文をすませる。
 まず運ばれてきたのは花や果物に飾られた青いソーダ。
 色とりどりのゼリーが浮かぶソーダを光に翳し、宝石みたいだと少女の嬉しそうな声。
 続いて白身魚のカルパッチョ。生で食べるの、とおっかなびっくりの様子にユリアンが一口食べてみせた。
 真似した少女は少し複雑な表情。
 その後も海老や蟹で大騒ぎしたりしながら昼食を平らげた。

 風通しの良い日陰、ハンモックに揺られて少女は午睡中。
 樹に背を預けユリアンは海を眺めていると、何年か前に妹たちと海辺で楽器の練習合宿をしたことを思い出す。
「――先生か……」
 懐かしさと幾許かの――頭上で影が動いた。
 少女が目を擦りながら体を起こす。
 どうしたの、と問われ合宿の思い出を語る。
「俺はハーモニカだったけど。 んー、あれから、あまり上達はしてないかな」
「私はユリアンのハーモニカ聞きたいな」
「じゃあ、時間ができたらまた少し練習しようかな」
「楽しみにしてる」
「君は最近どうかな? 興味のある事とかは?」
 ハンモックから飛び降りて隣に座った少女は各国の歴史を学んでいると教えてくれた。
 移動図書館が来るようになったの、と楽しそうだ。
 旅をするための準備ということらしい。

 夕暮れの浜辺を前後に並んで歩いていく。
「これ花嫁さんの爪みたいね」
 拾った桜貝を少女が掌に乗せる。貝殻は村へのお土産だ。
 潮風が少女の麦わら帽子をさらう。
 ユリアンが咄嗟に手を伸ばしてそれを捕まえた。
「はい、どう……」
 まっすぐな眼差しに帽子をその頭に乗せようとしたユリアンの手が止まる。
 横から照らす夕陽で陰影が深く落ちるせいか、常より少女の顔が大人びて見えた。
 その眼差しの意味をわからない――とは流石に誤魔化せない。

「私はユリアンが好き」

 あぁ――もしかしてと思わなかったこともないけど……

 好きか嫌いかで言えば好きだ。
 でもそれは少女の好きと同じではない。
「俺は、君の事を――……」
 大人ぶって「それは憧れでいずれ君にも本当に好きな人ができるよ」などと言うこともできるだろう。
 だがそれは自分の心をぶつけてくれた少女に対して誠実ではない……ように思える。
 では心の内をそのままいえば誠実なのかと問われれば胸を張ってそうだ、とも言えないのだが。
「今は ただ ただ……大事にしたい、と思っているよ」
 妹、というのともまた違う。多分少女はユリアンが守りたい日常の象徴のようなもの。
 しかし言ってから、これは妹あたりにとても怒られそうな返答だな、と頭を掻く。
「狡い、の」
 ぽつり少女の声が落ちる。笑顔が少しぎこちない。
 ユリアンが何か言う前に少女はその手から麦わら帽子を奪い深くかぶり直すと背を向ける。
 あのね。楽師の名を少女が口にする。
 ユリアンに思いを告げてくれた――。少女がそのことを知っているわけではないだろうが。
「そう……だね。そう遠くないうちに答えは出そうと思っているよ」
「……その時はもっとしゃんとしないとね」
 振り向いた少女が人差し指をつきつける。
「わかった、努力するよ。……あのさ、これからも俺は、会いに行っていいかな?」
 アメノハナも村の決断も見届けたいし、その先も――。
「君がどんな未来を描いて、どんな女性になるのかも見守っていたいんだ」
「狡い……」
 また言われた。唇を尖らせて。
「生き延びたし、ね」
 少しは図々しくなるさ、と笑えばむにっと頬を摘ままれる。
 痛がるユリアンにちょっとすっきりしたのか少女は
「私の事、大事?」
「大事だよ」
「お姫様みたいに?」
「とても大事だよ」
「なら沢山お土産持ってきてね。お姫様に謁見するみたいに」
 してやったりという笑顔。逆らえるはずもない。
 ではお姫様、お手をどうぞと差し出した手に重なる小さな手。
「今日はデートに付き合ってくれてありがとう」
「そういうところよ、ユリアン」
 呆れた少女は少しお姉さんっぽい表情がさまになっていた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃
━┛━┛━┛━┛
【ka1664 / ユリアン・クレティエ 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

ユリアンさんに苗字が!!という驚きと共に始まりました。
今回、少し突っ込んだ内容となってしまいましたが大丈夫でしょうか?
とても感無量です。
向き合っていただきありがとうございました。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2019年08月29日

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