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『道のりは長く険しい 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

「そうね……今日は趣向を変えてみようかしら」
 シリューナ・リュクテイア(3785)がそう口にしたのを聞いて、ファルス・ティレイラ(3733)は目を輝かせた。これがティータイムだったら彼女もこちらの反応を予想していて、世話の焼ける妹に接するような微笑みを刻むのだろう。しかし魔法に関しては拘りが強く、時に厳しく叱責することもある師匠としての顔を見せている現在は、あくまでも如何にティレイラの能力を伸ばすか、その一点だけを考慮して真剣な面持ちを浮かべている。
 純粋な魔法のみならず、呪術を始めとする様々な系統の術を自在に扱えるシリューナに対し、ティレイラは発展途上の身である。火に関する魔法は一人前といってもいいレベルだが、それ以外は未熟の一言に尽きた。しかしそれでも、シリューナの熱心な指導の甲斐あって少しずつ上達はしてきている。ただ原理から理解し冷静に的確な判断が取れる彼女と違って、ティレイラは直感に頼る面が大きいのだ。だから切欠があれば案外楽に壁を乗り越えられるし、逆もまた然りである。このところ行き詰まっていた感があったので、気分転換になるのと同時にシリューナが自分を気遣ってくれることが嬉しかった。理不尽に怒られはしないものの姉のように慕っている彼女を困らせるのは嫌だ。
「これを使って、今から私が用意する魔法生物を倒してみなさい」
 とシリューナがこちらに差し出してきたのは杖だった。受け取れば彼女の腕で隠れていた先端の宝石がキラリと輝いて、ルビーに似たそれの表面に歪んだ自分の顔が映ると、まるで中に閉じ込められたかのような錯覚を抱く。ハッとなると髪を振り乱す勢いで大きく頭を振った。知らず知らずその魅力に引き込まれていたらしい。
「貴女ならやれると信じているわ、ティレ」
「はい! お姉さまの期待に必ず応えてみせます!」
「いい返事だわ」
 杖を持っていない方の拳を力強く握ってみせると、シリューナの唇が緩やかに弧を描く。普段とは違う魔法修行というだけでも興味津々なうえに信頼を言葉にしてはっきりと伝えられたことで、ティレイラは気合充分になる。碌に使ったことのない魔法の杖をそれらしく構えて、艶やかな黒髪を翻し奥へと歩いていく師匠の背を見つめる。少し距離を取ったところで彼女は振り返り、そして竜族として持つ強大な魔力を奔流と化すと、すぐさま束ね上げて己が欲する効力を為し得るよう、緻密で繊細な制御を行なう。それは決められた図柄を砂で描くようなものだ。無駄の無さについ感嘆の息が零れる――と浸る間もなくシリューナの籠めた魔力が実体を伴って現れる。
 それは人智を超えた世界と接触を持たない人間でも一目で解る、翼を持ち自ら動く石像――ガーゴイルだった。身体を縮こませていたのが眼を見開き頭を上向けるのと同時、翼を羽ばたかせて吼えるが、音はせずに禍々しい波動がティレイラの身体の表面を撫でた、ような気がしただけだった。只の魔力に肉体に干渉する作用はない。
「そのガーゴイルは特定の条件を満たせばすぐ倒せるわ。……とだけ言っておくわね」
 助言めいた言葉のすぐ後にシリューナはパンと両手を叩き、修行開始の合図とする。それに合わせるようにガーゴイルが飛び上がった。こうして用意された敵を撃破するお題が出ることは時々あるので、そこそこ動き回れる程度の広さと高さがあるが、翼を生やして動き回るのは流石に難しい。ティレイラは一つ深呼吸して、そして杖に魔力を籠め始めた。
「えいっ!」
 狙いを定めて先端の宝石から増幅した魔力を魔法に変換し、発射する――が直線的に伸びた炎はガーゴイルの硬い翼を掠めるに留まる。それでも動きが乱れたことに手応えを感じ、ティレイラは行動を読もうと目でしっかりと追いかけつつ、再度充填を試みた。
 シリューナの言葉が頭の中で引っ掛かるようになったのは暫く経った頃だ。
「えい、こらっ! 動かないで!!」
 最初のカス当たりから明らかに捉えるのが上手くなったし、実際急所と思しき箇所にヒットして、思わず歓声をあげた時もあった。しかし魔力こそ帯びているが所詮石と同じ硬度しか持たないだろうに、ティレイラの術を弾いてしまう。現に今、声を発しながら運良く当たることを期待して乱れ撃ちしたが、それも動きを止める効果すらもなく、焦りは加速しだす。次はこうしようと纏まらない頭で考えては実行へと移した。
(何で、どうして出来ないの?)
 最初の数分の方がヒット時の効果は高かった気がする。しかし、今とその時とでどんな違いがあったのか、あくまでも倒すお題であり、向こうからの攻撃はないのを利用して考えてみても、皆目見当もつかない。いつからか浮かび上がっていた汗は、玉のようになってティレイラの髪を湿らせ、頬や喉を伝い落ちる。厳密には定かではないが優に二時間は超えているだろう。下手すれば三時間も過ぎているかもしれない。期待にワクワクと膨らんでいた気持ちはとうに萎え、肩で息をしている有り様だ。それは肉体的な疲労ではなく魔力の消耗によるものだった。
「――ティレ、もう終わりなのかしら?」
「だ、だって、お姉さま……私もう、魔力が……!」
 習うより慣れろの精神が災いして、思いついたらとりあえず試していたその結果として、ティレイラの魔力は最早尽きているも同然である。太腿に手をついて、何とか座り込むのを踏み留まる。頑張ったから許してくれる筈と甘えた想像が頭を擡げるのと同じくし、ふと現実とは違う像がよぎった。途端にひくと頬が引き攣る。
「お姉さま、待って……!」
「……そう、視えたのね? それなら抵抗が無駄なのも解るでしょう?」
 問答の間もティレイラは足を後ろに引いて、シリューナは逆に踏み出してくる。しかし、それ以上に動いているのはガーゴイルの方だった。ずっと魔物らしく自立して動いていたのが、やけに人間くさい仕草でにじり寄ってくる――それはある程度シリューナと同期しているように見えた。
 幻覚かあるいは夢として、時折未来に起こる情景を視ることがあった。先程のもそうだろう。所詮は視えるだけだ。避けられない。自分に出来るのはせいぜい腹を括ることくらい――。ティレイラの視界に暗い影が落ち、肩に走った痛みに悲鳴が溢れた。

 ◆◇◆

 魔法の杖を使った修行を提案した時はまだ、弟子の成長を促す気持ちの方が大きかった。けれどもしそこに疚しさはなかったかと問われれば返答に窮するのもまた事実である。
 魔力を使い果たして碌な抵抗も出来ないティレイラの肩にシリューナではなく、自らが操るガーゴイルが掴みかかった。実年齢よりも幼く見える元気一杯な性格は鳴りを潜め、きゃっとか細い声が漏れ聞こえる。こちらからではガーゴイルが邪魔でその顔を窺い知ることは出来ず、離して嫌と喚く彼女を覗き込むように見つめた。上半身を傾けたことでシリューナの長い髪が肩を滑り、髪飾りとチョーカーについた宝玉が揺れる。ティレイラの瞳は口にせずとも助けてと訴えかけるようだ。未来が視えたのならばそれが故意によるものだと理解している筈なのに。いじらしさに唇が弧を描いた。
「種明かしをすると、このガーゴイルは高品位な魔力を当てれば倒せる仕組みになっていたわ。だから最初に当てた時が一番、効果が高かったのよね。――けれどティレ、貴女は焦ってしまったわね。攻撃されることはないのだから落ち着いて使い方を学べばよかったのに……もう時間切れだけれど」
 そう修行の意図を明かして溜め息をついた。ティレイラはヘトヘトの状態ながらも、違うんです、ごめんなさいと要領を得ないが必死さは伝わってくる謝罪を繰り返す。ガーゴイルに掴まれていなければ崩れ落ちそうな彼女をシリューナはじっと見下ろした。隠し切れない喜びが自らの笑みを深くするのを自覚する。逆にティレイラは段々と涙目になっていった。
「暫くの間、石になってどうすれば自力で倒せたのか考えてみなさい」
「またいつものお仕置きなの〜!? あ〜ん、お姉さまの意地悪!!」
 そんな嘆きの声も気持ちを昂ぶらせる要素にしかならないのに、可愛い弟子は一体いつ気付くのだろうか。ガーゴイルの眼から石化の魔力がティレイラへと注ぎ込まれ、彼女も何とかそれに魔力で抵抗しようとしているようだが、あらゆる意味で力が入らずに全く以って押し返せていない。ガーゴイルの腕を掴む手にも殆ど力が篭っていないようだ。努力の甲斐も虚しく爪先から上へ少しずつ硬化し始める様子を眺めながらシリューナは更に付け足した。
「私の忠告に対して深く考えなかった自分を呪うのね」
「うう〜……石は……嫌……」
 呻くように零れた泣き言を最後にティレイラは完全に石化する。それを確認し、ガーゴイルを構築していた自らの魔力を解放すればそれはまるで砂の城のようにあっさりと崩れ去った。師匠として出来ると信じていたのは本当で、だから失敗したのは非常に残念でならない。彼女が成長していく姿を見られることは至上の喜びである。しかし、結構な時間が経っても撃破に成功する気配がなく、落胆の気持ちが湧くと同時に毎度のお楽しみであるお仕置きの絶好の機会ではないかと、悪魔の囁く声を聞いた。
「ふぅ。相変わらず綺麗だわ」
 完成したばかりの可愛らしいティレイラの石像に感嘆の声をあげる。既に消耗しきっていたところに徐々に石化するというお仕置きを受けて、心身ともに疲弊した様子がありありと刻まれている。それは嫌々と幼子のように振り乱した髪の毛であったり、頬を伝う涙にも似た汗であったりした。瞳の部分が一際光沢を放っているのは、そこに涙が滲んでいた為かもしれない。するりと落ちた腕は中途半端な格好で静止していて肩が下がり、膝は少し曲がっている。石化が解けた瞬間倒れ込みそうな様は、まるで映像作品のワンシーンを切り取ったかのようだ。眉をハの字に下げ、疲労に伏せた目はよくよく見れば睫毛が濡れて幾つもの束になっているのが分かる。
 シリューナは美術品や装飾品を見るのが好きだ。特に自らの所有物となった品に手を伸ばし、滑らかな感触を楽しむ時など至福のひと時である。元いた世界は長きに渡り戦争状態が続いていたので、当然のように芸術は蔑ろにされ歴史あるものなど無きに等しい惨状だった。だから故郷より遥かに平和なこの世界に来て生きるのに必須ではない、けれど、心に彩りを齎す美しい物に固執するようになったのかもしれない。そうして数多の物を見て触れてきた。
「歴史的人物の傑作よりも、掘り出し物の隠れた名作よりも――オブジェになった貴女が一番美しいわ」
 お仕置きを名目に繰り返し像に変えて、その度に違った表情と格好でシリューナの視覚と触覚を楽しませてくれる。決して飽きる日は来ないだろう。そんな風に思いながら、満足げに微笑んだ。ティレイラの正面に立ち、転びそうになっているのを支えるように彼女の手のひらに自らのそれを重ね、もう片方の手で浮いているが濡れて纏まっているので重たげにも見える髪をなぞる。耳の穴の形を確かめるように触れて、汗で所々僅かな凹凸が出来た肌に触れた。それでも地肌のきめ細やかさが分かるとその滑らかさを堪能する為に繰り返し指を往復させる。生身では触れられない瞳なんて、この病み付きになる魅力を超える作品が果たして存在するのだろうか。頬から顎にかけての曲線も、指と爪の境目の僅かな溝も、元が生きている者だからこその素晴らしさだ。然りとて世界に数多いる綺麗な者をオブジェにした時に、ティレイラを愛でるのと同じだけの昂奮を抱くかどうかは疑問の残るところだ。気の高ぶりにだらしなく自らの顔が緩むのを自覚する。ガーゴイルによる石化を受けている間、意識はどうなっているのだろう。はっきりしていたら真正面から見返して何を思うのか。あるいはこうなったことを悔やみ、同じ修行をする場合を想像しているのかも。成長は師匠として喜ばしい。しかしながら、根本から間違った失敗を理由にお仕置きが出来なくなるのは残念でもある。そんな複雑な感情は石像のティレイラに酔い痴れているうちに頭から消えて無くなった。顔や身体のパーツを一つ一つ入念に眺め触れている間にも時間は過ぎ去っていく。
 シリューナの至高の楽しみは石化効果が切れるその瞬間まで続くのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回は魔法修行の一環からのお仕置きということで、
シリューナさんの師匠としての目線も取り入れつつ
美術品や装飾品が好きな理由も勝手に想像しながら
楽しく書かせていただきました。
師匠としてティレイラさんに厳しく接するところも、
石像にしたティレイラさんを愛でたい気持ちも全部
シリューナさんの本心だからこその交錯する感情が
上手く表現出来ていれば良いのですが。
今回も本当にありがとうございました!
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東京怪談
2019年08月30日

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