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『男達は何を目指す? 』
ケヴィンla0192)&化野 鳥太郎la0108


 ギラギラ太陽は元気いっぱい。その下で、人間は少々お疲れ気味。
 そんなある日のお昼過ぎ、ケヴィン(la0192)は自分の部屋で、ぼんやりと青い空を眺めていた。
(今日もかなり暑いな……)
 不意にスマホが鳴る。見れば、発信者は化野 鳥太郎(la0108)だ。
『ああケヴィンさん。今は部屋かい?」
「化野君か。うん、そうだ」
 ケヴィンは触覚を失った義手で、握りつぶさないように気をつけてスマホを操る。
 金属でできた手のひらに収まったプラスチック外装のスマホは、まるで玩具のように見えた。
『雨も降らないし、暑くて参るね』
「全くだ。特に俺の場合は、昼間に外出するのは一苦労だからな」
『それはまたなんでだ? 実は日焼けが気になるお嬢様だったのかい?』
 くっくっと、鳥太郎の笑い声。この軽口も、気心の知れた相手だからこそ。
「まあ似たようなもんだよ」
 ケヴィンはしれっとそう言ってから、彼の事情を吐露する。
「義手がね。夏の日差しの下では暑くなりすぎて、誰かに当たったら火傷させてしまう」
 だから夏の昼間の外出は、耐熱布ガントレットで腕全体を覆い隠さなければならない。
 いざ外出となると、中々に面倒なのだ。
 そこで鳥太郎が沈黙していることに気づいた。
「化野君? どうした?」
『――ああ悪いね、少し考え事をしていた』
 一呼吸置いた後で、鳥太郎がまたいつもの調子で話し始めた。
『とはいえ、家でひきこもっているのももったいないと思わないか? いいことを思いついたよ。今度海水浴に行こう、海の家でラーメン奢るから』
「ラーメン……」
 今度はケヴィンが黙り込む。
『ケヴィンさん? どうかしたかい?』
「ああ、ごめんごめん。いいよ、いつにする?」
 こうしていい歳をした男ふたり、海水浴場へ繰り出すことになったのだ。


 約束の日。
 ケヴィンは義手をしっかりガントレットで覆い、待ち合わせ場所に向かった。
「ごめんよ、待ったかい?」
 慌てた様子の鳥太郎が駆けてくる。
「いや、まだ時間には充分余裕が……なんでそんな大荷物なんだ?」
 鳥太郎はかなり大きなクーラーボックスを肩にかけ、斜めになりながら走ってきたのだ。
「いやまあ、ほら、海だし。色々とね」
 心の底の読めない笑顔の鳥太郎。
 ケヴィンは何か引っかかるものを感じながら、とりあえず一緒に歩き出す。
(まあラーメンを奢ってくれるっていうんだから、何でもいいか)
 話に聞くところによると、海の家で食べるラーメンは格別に旨いらしい。
 ただし、かなりお高いとも聞いている。
 それを奢りでチャレンジできるなら、多少のことは目をつぶろうと思うケヴィンだった。

 推定年齢40代も半ばのケヴィンが、海の家のラーメンを楽しみにしているのには理由があった。
 それなりに重ねたはずの彼の歳月。その記憶はところどころ抜け落ちているのだ。
 記憶の欠落を、ほとんどの人間がそのまま受け入れることはできない。
 ケヴィンに自覚はないが、それを埋めるように、何かに興味を持ち体験を積み重ねることを欲している面もあるだろう。
 もちろん、純粋にラーメンは好きなわけだが。

 鳥太郎は楽しそうに先を歩いている。
 サーフパンツにアロハシャツ、サングラス姿でクーラーボックスを肩にかけた鳥太郎は、妙にこの場に馴染んでいた。
 まるで何十年もここで生活しているようだ。
 鳥太郎は手早くビーチパラソルを借りる交渉を済ませ、ケヴィンを砂浜に誘う。
「早く出てきて正解だよ。パラソルもなくなるところだった」
 などと言いつつ、敷物を広げ、荷物を据え付けた。
 だが服は着たまま。海に入る様子はない。ついでに言うと、海の家とやらに行く様子もない。
 ただ海を見ながら座り込んでいる。ケヴィンも隣に腰を下ろした。
 ふたりともアルコールは嗜まないので、冷えたお茶を飲みながら暫くどうでもいい会話を続ける。
 今日も暑いとか、砂浜が眩しいとか。
 鳥太郎は内輪で顔を仰ぎながら笑っている。
「夏場の日差しはやっぱり強いよね。知ってるかい? 車のボンネットは高温になるから、卵を割ると目玉焼きになるんだって」
「本当か?」
 ケヴィンが疑わしそうに苦笑いを浮かべた。
 だいたい、ボンネットなんぞ埃とワックスだらけで、食べ物を乗せるなんてありえないではないか。
「と、思うよねえ」
 鳥太郎が声をあげて笑ってから、突然「あのさ」と真顔になる。
「試してみたくない?」
「は?」
 鳥太郎の視線は、ガントレットで覆われたケヴィンの腕に注がれていた。
「あんたの腕は、車のそれにも負けないと思うんだよね」
「…………は?」
 気が付くと、鳥太郎はクーラーボックスから取り出した10個入りパックの卵(殻が茶色いちょっと高級なもの:258円)を膝に抱えていた。


 それは、純粋な好奇心。
 だが方向を見失っているだけ。
 鳥太郎はケヴィンの義手を丁寧に拭き上げ、サラダ油を塗りつけた。
 ケヴィンは信じられないという顔で、立てた膝に乗せた自分の両手を見つめる。
 ガントレットを外した義手の腕から先は、ビーチパラソルの陰から日向に飛び出していた。
 燦燦と降り注ぐ太陽を受け、空に向かって開いた掌の表面温度がじりじりと上がっていくのが分かる。
「だってほら、火傷するってことはタンパク質が変性するってことだよね。卵だってタンパク質だろう?」
 火傷する温度と、卵が焼ける温度は同じなのか。
 ケヴィンは疑問を持ったが、こうなったら実験してみようという気にもなっていた。
「どうかな? まだかな?」
「まだだな。俺が膝に乗せていられるぐらいだ」
 鳥太郎は待ちきれない様子で、卵パックを持ったり置いたりしている。
「それよりも調味料は何かあるのかい?」
「なんでも!!」
 鳥太郎が満面の笑みを浮かべ、クーラーボックスを開いた。
 塩、醤油、ケチャップ、ソースと、戦争になりそうなぐらいいろんなものが出てくる。
「よくそれだけ持ち込んだな……」
 正直、ケヴィンは鳥太郎の斜め上の熱量に呆れていた。
 だがこういう情熱が嫌いなわけではない。
 むしろ遊びに全力を尽くす、その姿勢を羨ましくすら思う。それは、ケヴィンの記憶から失われているものだったから。

 やがてサラダ油の温度が上がって来た。
 両掌の上に陽炎が立ち、見える景色が揺らぐ。
「そろそろかな?」
「待ってました!!」
 鳥太郎がパックを開けて卵を取り出す。
 今にも割ろうとするのをケヴィンが押しとどめる。
「まだだ。ところで目玉焼きって、蓋をしなくて大丈夫なのか?」
「あ、どうだろうね? 蒸し焼きにした方がうまくできるのかな。でも蓋……両手で包んだら1回に1個しか焼けないし……あ、そうだ!!」
 鳥太郎が猛ダッシュで走り出す。
 と思うと、ペットボトルの水と、アルミホイルの箱を掴んで戻って来た。
「売店のを分けてもらってきたよ!! これで覆えば、蓋になると思う。あと水!」
 必死である。
 だがそこで気づいた。
「でも蓋をしちゃったら……焼けるところが見えないね?」
「焦げてもいいなら、そのままで行こうか」
 なんだかんだでケヴィンも乗って来た。というか、乗ってなかったら自分の掌で目玉焼きとか、やってられないだろう。

 その間に、どんどん義手の表面温度が上がってくる。
 ふたりは息を詰めて見つめる。
「……もう少し……よし、今だ!」
「ケヴィンさん、手の先、もう少し持ち上げて! 卵が流れるから!!」
 興奮した鳥太郎が危うく卵を握りつぶしそうになりながら、どうにかひとつ、ケヴィンの掌に割り入れる。
 じゅっ。音と同時に煙が上がった。
「うわ。本当に焼けてるよ……」
 ケヴィンは呆然と自分の手を見つめる。
「すごいすごい! 本当に焼けてる!! あっ。殻がはいっちゃってるよ……食べるときに気をつけないと」
 鳥太郎がぶつぶつ言いながら、もうひとつ。
 こちらはうまく割れた。
「何分ぐらいかかるのかな」
 鳥太郎が傍らに座り込んで、卵を見つめる。
「結構かかるんじゃないかな? 卵を入れたお陰で表面温度はかなり下がっただろうし」
 じゅうじゅう音を立てる卵。裏側はとりあえず、それなりに焼けているような気がする。
「あんた、半生の卵は平気なほう?」
「卵は新しいんだろう? だったら大丈夫じゃないか?」
「ならよかった。ほら、両面しっかり焼かないと嫌って人もいるからさ」
「あっそうか。ひっくり返せば蓋は要らないんじゃないか?」
「そ れ だ!!」
 冷静に考えれば、いい歳をした男ふたりが何をやってるんだという話だ。
 だが今、ふたりは真剣だった。
 そしてバカバカしい遊びほど、真剣にならなければ面白くないのだ。


 ケヴィンが紙皿の上で、手を捻った。
 ぽとり。
 見事に焦げ目の付いた目玉焼きが、どこか誇らしげにお皿に乗っていた。
「わーーすげーーー!!!!」
 鳥太郎が目を輝かせて、持ち上げた皿を食い入るように見つめる。
「本当に焼けたんだね。すごいすごい!!」
「そりゃ火傷もするわけだな」
 そういうケヴィンの鼻が少しひくついている。なんだかんだで面白かったようだ。
「早速食べよう! 何かける? 俺はケチャップ派なんだよね」
 鳥太郎は小さなテーブルに乗せた調味料セットからケチャップのボトルを取り上げた。
「俺はまずは塩、それと醤油かな」
 目玉焼きに同時にかぶりつく。
「美味いね! こんなしっかり火が通るんだ」
 鳥太郎が満面の笑みを浮かべた。
「ちょっと鉄の味がするけどな」
「フライパンが新しいとどうしても……あ、違う、フライパンじゃない」
 じろりとケヴィンに睨まれ、鳥太郎が慌てて手を振る。
「そ、そうだ、チーズなんかもあるんだけど、義手が汚れるからね。最後だね」
 汚れるとわかってて、結局やるのかよ。ケヴィンは内心で突っ込んだ。

 そこでようやく今回の顛末を思い出した。
「それはそうと。化野君、一発殴っていいか」
「え?」
 鳥太郎の笑顔が固まる。
「こういうことをするならするで、先に提案しておいてくれたらよかったんじゃないか? 何? 俺が嫌がってもやるつもりだったか?」
「え? いや、その……ほら、ケヴィンさんなら絶対乗ってくれるって確信がね?」
「だったらラーメンで釣らなくても良かっただろう?」
「そこはそれで……! やってみたら楽しくなることってあるからさ……ぎゃっ!!」
 ごつっ。
 かなり手加減した義手の拳が、鳥太郎の脳天に当たる。
 痛みよりも、サラダ油が流れるほうが問題だ。
「まあ騙したことはこれでチャラとして。ラーメンは奢ってもらうぞ」
「それはもちろん! でもケヴィンさんの目玉焼きもすごく美味いから、もう一回! ほら、卵もまだたくさんあるからね」
「しょうがないな……」
 卵を飲み込み、手を拭いて、ケヴィンはまた掌を太陽に向ける。

 いろんなものが掌から零れ落ちていって、最後には自分の生身の腕すら失った。
 それでもまた、新しい何かを新しい掌で受け止められる。
 ――生きていればこそ。
「そういうことかな」
 呟く言葉は、じゅうじゅうと卵が焼ける音にまぎれて行った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

お待たせいたしました。いい年して夏の自由研究な男達のエピソードをお届けします。
某有名な猫小説では、トタン屋根の上で目玉焼きをやろうとして、卵を全部流した人が出てきましたが。
掌で受ければ大丈夫なはず! と思い、義手の甲ではなく掌でやってみました。
夏のささやかな思い出が、楽しいものとなっておりましたら幸いです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました。

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2019年08月30日

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