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『人呼んで、流しの仕事人 』
會田 一寸木la0331


 埃っぽい道がうねうねと続いている。
 道の両側は、見渡す限りの草原だ。
「この先に町があるんだねー地図があっていればの話だけどー」
 くたびれた地図から顔を上げ、會田 一寸木(la0331)はまた歩き出す。
 袖口に油汚れのついたSALFの制服に、奇妙なマスク姿。大きなカバンを斜めがけにした姿は、この場所ではかなり不思議な感じだ。
 街道を走る乗り合いバスを降り、車が一台通るのがやっとという未舗装の道をてくてくと歩いてきた。
 目的地はこの先にある小さな町だ。
 別にSALFの依頼でもなければ、自身の知り合いがいるわけでもない。
 一寸木はときどき、思いついたようにこういう田舎町をふらりと訪れる。

 ふと思いついたように一寸木が足を止め、道の真ん中でしゃがみ込んだ。
「うん、いい感じに古びた車はありそうだねー」
 くぼんだぬかるみに、車のタイヤの跡がくっきりと残っていた。
 その特徴から、一寸木は相当な年代物の車だと予測する。
「気軽に触らせてくれるといいなー悪いようにはしないんだけどなー」
 楽しそうに呟きながら、また歩き出した。

 果たして、道の先には雑木林に囲まれた小さな町があった。
 こんな場所だが、村というには少し規模が大きい。
 だから突然の来訪者も、ひどく拒絶されたりはしなかった。
 とはいえ、不審がる視線は仕方がない。一寸木はお構いなしに町を見て回る。
 まず目に入ったのは、すぐ近くに停まった古いトラックだった。
 走っている間、ガタガタと音を立てていたやつだ。
 一寸木は運転手に声をかけた。
「ちょっと車を見せてもらっていいかなーすぐすむからねー」
「は?」
 運転手が不審がるのも無理はない。
 誰だっていきなり現れた奇妙なマスクの男に、車を見せろと言われたら警戒するだろう。
 だからこういうとき、一寸木は身分証を一応示す。SALFの身分証は威力絶大だ。
「でも今日はSALFの仕事じゃないんだよねー。ボク、機械いじりが好きなんだーこの車がなんだか気になっちゃってねー」
 これが一寸木の目的だった。
 文明の最先端からは少し乗り遅れた感じの郊外を訪れ、古い機械を修理して回る。
 一寸木の趣味に合う、シンプルな構造の割に奥深い古い機械がこういう街には結構残っているのだ。
 本音を言うと修理よりも解体が楽しいのだが、必要であればちゃんと直して組み立てることもできる。
 お代は気持ち程度いただくが、これはむしろ不審がられないための方便だった。


 結局、車の助手席に乗せてもらい、家に連れていかれた。
「ここがガレージだよ。どうせもうすぐ廃車の予定だったんだ、適当にやってくれ」
 運転手の男は苦笑いでそう言った。
 聞けば、別の中古車に乗り換えるつもりらしい。だからいじりたければ好きにしていい、と言ってくれた。
「ありがとうねー」
 一寸木は早速作業に取り掛かった。
 道具を突っ込んだカバンから愛用の工具を取り出し、懐中電灯を持って車の下に潜り込む。
「あの音はねー荷台と車体を繋ぐ部分に問題があると思うんだー」
 埃と油にまみれた車体を細かく点検し、傷んだ部品をリストアップ。
 部品が必要な場合はどうしようもないが(できればそれも自分の工場で作りたいぐらいだが)、分解清掃と調整でかなり良くなるはずだ。

 どれぐらい作業を続けていたのだろう。
「あんた、まだやってたのか。大丈夫か?」
 運転手の男が様子を見に来た。
 だがその頃には、一寸木の作業も終わっていた。
「大丈夫だよーまだまだ乗れるからねー」
 たぶん、男と一寸木との間の『大丈夫』の意味は少しずれている。だがそんなことはどうでもよかった。
 半信半疑の男が車に乗り込み、エンジンをかける。
「おっ!?」
 毎日乗っている車だ。音の違いはすぐに気づく。
 それから道を走っていき、ややあってまた戻って来た。
「すごいなあんた! どんな魔法を使ったんだ!?」
 どうやら気に入ったらしい。快調になった車のことを、興奮して並べたてる。
「うんうん。少し緩んでるところとかー埃やなんかがたまってるところとか―そういうのを弄っただけなんだー」

 男は大喜びで一寸木に礼を言うと、今度は家に引っ張っていく。
 中から出てきた男のおかみさんは、またまた一寸木に不審そうな目を向けた。
 だが男の熱い語りに負けて、部屋に案内すると、据え付けのオーディオセットを示す。
「あたしの死んだ父さんが気に入ってたんだけどね。スピーカーが壊れちゃっててもう使えないのよ」
「見せてもらってもいいかなー」
 マスクで隠れた表情は他人からわからないが、一寸木は大変喜んでいる。
 今どきちゃんとしたレコードプレーヤーがついたオーディオセットなんかを、持っている人がいたなんて。
 しかも本体は木でできている。ちょっとしたアンティークと言っていいぐらいだ。
「あー、すごく大事にしてるんだねー」
 おかみさんがその言葉に、困ったような笑みを浮かべた。
 一寸木は大きなスピーカーの表面をそっと撫でる。
 表に張られた布は破れてもいない。木の部分は丁寧に拭いているのがわかる。
 これだけ大事にされている古家電が見つかるのも、こういう町なのだ。

 オーディオセットは、幸いにも一寸木が持ち込んだケーブルなどで修理できるものだった。
 古いレコードの音が流れ出すと、おかみさんは涙ぐんだ。
「昔の家電は良いよねーシンプルだから部品の交換でまた使えたりするからねー」
 感謝の気持ちはもちろん嬉しい。
 だが一寸木は、骨董品のオーディオセットの内部が見られて幸せだった。
 この町は古家電の宝庫らしい。
「というわけでねー。他にも困ってる人がいないかなー。ボクでよければ見せてもらいんだけどねー」
 今やこの家の人間の一寸木を見る目は、完全に以前と違っていた。


 結局、一寸木は男のガレージに泊めてもらい、ご近所の家電を片っ端から修理していった。
 余談だが、家に招こうとする夫妻に、一寸木にはガレージのほうが落ち着くと納得させるのにはかなり苦労した。
 ラジオ、テレビ、子供のおもちゃ、それから出張で洗濯機に冷蔵庫。
 一寸木にとっては夢のような時間だった。
 ときどき、ちゃんと使用説明書を保管している人もいたのがまた素晴らしい。
 一寸木にとっては多少の修理代金よりも、この使用説明書の山が何よりの宝だった。
「この町でーコピーができるところって、あるかなー」
 ワクワクしながらコピーを取りに行き、そこでまたコピー機を修理する機会に恵まれたという幸せの循環。

 町の人は、彼を流しの修理人と呼んで大いに感謝したという。
 だが一寸木は、この場所を与えてくれたことが何よりうれしかった。
「またこんな町があるといいなーどこかにあるかなー」
 帰りの乗り合いバスでも、一寸木は使用説明書のコピーの束を大事に抱えていたのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

またのご依頼、誠にありがとうございます。
今度は出張修理ということで、お好みの家電のありそうな町の様子を色々考えてみました。
もしお気に召しましたら幸いです。
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グロリアスドライヴ
2019年08月30日

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