▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『雨には注意 』
松本・太一8504

●天気雨
 松本・太一(8504)は仕事の都合で、午後に外出をした。
 空には太陽を遮る雲は一つもない。太陽はやや西に落ちても、熱を地上に送る。
 じりじりと肌は痛い。
 男も日傘と言われて久しいが、必要性を感じる。荷物になるという点では欠点だろうか。
「暑い……」
 日陰を選んで歩いても、太陽の光と熱は地面への反射となり、容赦なく襲ってくる。
 不意に水滴が降ってきた。
 空を見上げた。

 サアアアアアアア……。

 霧雨が降り出し、徐々にしっかりとした雨となる。
 本降りではない、あくまで優しく熱を覆うような小雨である。
「珍しい……天気雨だ……狐の嫁入り?」
 太一はほっと息をつく。
 局地的な豪雨ではなければ、この程度の雨は良い。暑さは和らぐし、雨宿りはいらない程度だった。
 しかし、手荷物は注意が必要だ。紙袋が湿り、壊れるのはむなしい。胸の前で抱き、少しでもダメージを減らそうとする。
「ん?」

 ビョーン。

 金属のような音がした。細く、澄んだ音でおり、水琴窟のような感じで心地よかった。
 どこからした音なのかと周囲を見渡す。ここを通ったことはあるが、その音を聞いた記憶はない。
 見渡したことで、気づく。周囲に誰も歩いていないということに。
 暑いからと言って人が歩いていないのはおかしかった。先ほどまでどうだったか、記憶を探るが曖昧である。
 太一は警戒を始める。何がいるのか、何がおかしいのか探ろうとした。

 サアアアアアア。

 雨は静かに降る。雨粒に太陽の光が当たる。キラキラと輝くさまは宝石でも降ってくるようである。
 一瞬見とれるが、ごまかされている気がしてきた。
「行こう」
 場所から離れることも必要だと考え、注意して進む。

 ビョーン。

 先ほどの音が響く。
 すでに百メートルは進んでいるため、もし、水琴窟があるとしても別のモノだろう。もし、同じものならば、音が遠のくもしくは近づくだろう。
 おかしい。
 音が変わらないということは同じ距離で移動しているのか、また同じような位置にあるという偶然か。
 そこまである偶然なら面白いと考えるほど楽観的な性格はしていない。
 立ち止まり、何と対峙するべきなのか、と考える。魔女の能力で情報を探り、どうするかと考えるような悠長なことはできない気がする。

 雨により、体の表面温度は下がっていく。しかし、体温がじわじわと上がるのを感じる。急に熱が出た感じだ。
 全身に痛みが走る。
「うっ、あ……これは……インフルエンザ」
 これは思考の現実逃避だ。そんな状況ではない。
「い、痛い……く、うわあああ」
 顔の筋肉が動く、尻の当たりがむずむずするなど、様々な身体への異変が起こっていた。
 身を抱くように腕に手を触れる。
 袖がするりとした感触になっていた。綿や化繊のそれとは異なる、なめらかさ。
 白いそれは、着物だ。
「なんだって!?」
 それ以上に驚いたのは、自分の手が獣の前足になっているということだった。
「あ、まさか、え?」
 二足歩行できる体勢であるため変化しているとは思いもしなかったのだ。慌てて、顔や尻などに手を触れる。
 顔は前に飛び出す、獣顔。尻にはふさふさの尾がある。袖の下は手と同様、獣のモノになっている。
 手触りで判断することになるが、顔も確実に獣だ。
 試しに耳を探す。顔の横ではなく、上に向かって耳があった。
「……何の動物だろう……」
 それは、推測できた。
 前に現れたのは花嫁行列。それも、顔にはお面をはめたかのような狐の顔。
 前には、正装の女性がいる。雰囲気的には年齢が高いだろうか。キツネの姿からは判断が難しい。その女性は、手を差し出す。そこに太一が手を乗せることを想定しているように。
 太一は拒否し、質問を繰り出したかった。
 手は勝手に女性の手の上に載せたし、喉を通る息は言葉に変わらなかった。
(これは……まずい……狐の嫁入りに取り込まれている)
 静々と、籠に乗る。
 乗ると外は沈黙する。
 籠がゆっくりと動き始めた。
 この後どうなるのかという心配だけが胸を占める。

●予定通りが重要
 到着したらしく、女性が降りるように手を差し出した。ただ、その動作は妙にゆっくりだ。
 屋敷側の迎えが、口上を述べている。
「おや、人間の匂いがする?」
 その瞬間、太一だけでなく、花嫁側のキツネたちがビクッとなる。匂いがして当たり前だ、太一がいるのだから。
(おかしい……何だろう?)
 太一は動けないため、やりとりを見るしかない。
「姫様は人界を旅行するのがお好きな方でして……良き日を探し延長になっていたために……」
 苦しい言い訳だ。
 それに対して相手方の嫌味が聞こえたが、それ以上の言及はなかった。
 太一は嫁入りで本来いるはずの姫という存在の代わりにいるだけ。文句を言いたいが、何もできない。それに、動けたとしてもここで騒ぎを起こすのは得策ではない。
 屋敷前でのやりとり後、太一は屋内に案内される。
 このままだと、太一は見知らぬ狐の嫁になるらしい。式の間はいいが、ごまかしきれないはずだ。
(すごいお屋敷……)
 思わず感嘆の声が出る。古い造りや材木の色つやが歴史を感じさせる。
 太一は見物しながら進む。
 あてがわれた部屋のふすま絵は、有名な画家が描いたのかと思われる物だった。
 太一と手を引いてくれていた女性だけが残る。
 女性は正座すると頭を下げた。そして、今回の経緯を小声だがしっかりと届く声で語る。
 要約すると、良き日を探すうちにずれて今日になった。花嫁は空いた時間を利用して旅行に行った。天候の影響で帰るのに難儀しているとのことだった。
 太一は返答できない、行動が制限されているから。
 考えることはできる。
 問答無用で巻き込んだ割には、根はいいヒトのように見えた。
 天候に関係なく、キツネなら戻ることができるのではないかという疑問が浮かぶ。
 それに対して、女性は「人間のふりして旅をするなら、道中もそうする」というのが姫の流儀だと答えた。
 心を読まれたような返答だったが、人間がどういう反応するか理解している可能性はあると太一は考える。
 説明も終わってしまえば、後は待つだけだ。式が始まる前に戻ってきてくれることを願う。
 刻限が迫るころ、廊下が騒がしくなる。姫と思われる人物が入ってきた。
 彼女は太一の両手をとって、握手をしながら激しく上下に振る。その際、丁寧な謝罪の言葉が乗る。
(元気よさそうな子だなぁ……)
 行動自体はそれを表している。旅行をしたのもそれだ。
 なお、激しい握手の後、太一の姿はも戻っていた。痛みも何もなく、拍子抜けするほど一瞬の出来事だった。
「無事でよかったです」
 太一はその一言を絞り出した。
 結婚式まで進んでいたらどうなるのかと怖い想像がよぎる。無事に戻れるならそれでよかった。
 土産を持たされ、頭を下げる一行に見送られ、太一は戻るのだった。

 ふと気づくと、キツネの嫁入りに出会ったあたりにいた。
 手にはどこかの旅行土産が入った袋がある。あの花嫁の旅行先だろうか?
「……あれ? 会社で頼まれたものはっ!?」
 太一は一番の問題に気づき、真っ青になった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 金属の音は別のモノでしたが、「水だし、水琴窟で」となりました。
 町中で聞こえるかというと謎については、マンションの入り口に置いてあるところがあるため、ありだと判断しました。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.