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『「まだ」の先へ 』
リィェン・ユーaa0208)&aa0208hero002)&イン・シェンaa0208hero001

 ギアナ宇宙センターの管制塔――H.O.P.E.広報部と技術部、そしてグロリア社の開発部の面々が見守る中、打ち上げられたロケットが次々と使い終えたパーツを切り離し、最後に“石頭3”を上へと放り上げた。
『宇宙センター、聞こえてるか? こちら“石頭”。外気圏突破した』
 リィェン・ユー(aa0208)からの通信に対し、代表してH.O.P.E.広報部員のひとりが応える。こちらギアナ宇宙センター。システムオールグリーン、“石頭”の外気圏突破を確認しました。
『次の通信は目標ポイント到達後に。太陽風の影響が思いのほか強いからな。一度通信を遮断するが、心配はしないでくれ』
 リィェンのざらついた通信音声を人々の後ろから聞いていたイン・シェン(aa0208hero001)へ、ふと酒杯が差し出された。
「墜ちずに飛んだをまずは祝おうかよ」
 零(aa0208hero002)の促しに薄笑みを向け、インは杯を手に取り。
「リィェンは今日、月まで飛んで行くつもりじゃったようじゃが、ま、そこまで甘くはないわえな」
 満たされた老酒をすすって息をつく。
 共鳴したライヴスリンカーはほぼほぼ無敵だ。それこそブースターを我が身へくくりつけて飛ぶだけで、月までまっすぐに届く。それをあえて無共鳴状態で行こうというのだ。簡単に事が運ぶはずもない。
 それでも、難きを越えて、この星の向こうにまで昇った。それは讃えられるべきことじゃよ。たとえ我欲がためとしてもの。
 ひとりうなずくインへ零は横目を流しやり、口の端を吊り上げる。
「根回しとやらはどうなった?」
「声はかけたがの。会長やヴィルヘルムは沈黙。古龍幇とのあれこれがあるからの、積極的に歓迎はせぬが邪魔もせぬという立場を表わしたということでよかろ。マイリンはおっつけこちらへ来るじゃろうが、なにせ10万キロも向こうの話じゃからのぅ。賑やかしてもらったところで届くものやら」
 会長とはH.O.P.E.会長ジャスティン・バートレット(az0005)その人であり、ヴィルヘルムは契約者とはちがってノリのいい第二英雄である。そしてマイリンは言わずもがな、ジャスティンの愛娘にしてH.O.P.E.の誇るジーニアスヒロイン、テレサ・バートレット(az0030)の契約英雄マイリン・アイゼラ(az0030hero001)。
 零は空になった自分の杯へ酒を注ぎながら言葉を挟んだ。
「賑やかすつもりか?」
「なにを差し挟むつもりもない。睦言に障るは無粋の極みじゃからな」
「睦言、とまではゆかぬだろうよ。小僧が息巻くばかりではとてもとても」
 かぶりを振りつつ、くつくつ喉を鳴らす零。
 その人が悪い表情にインは眉根を引き下ろし。
「なんぞ企んでおるのか?」
「おう。常在戦場の悟り開けぬ小僧ゆえな、先達として節介を焼いてやった。あとは我が仕込んだ種芽吹くや否や、高みの見物と洒落込もうか」
 地にある我らだ。低みの見物というほうが正しいやもしれぬがな。零は言い添えて、今は接続を切られているモニタへすがめた目を向けた。


「で。ここからどうするの?」
 初期型から大きく改良され、3倍の居住スペースを備えるに至った“石頭3”の内、リィェンの後部座席につくヘルメットを脱いだテレサが肩をすくめてみせる。
「高度15万キロまで行って、そこから自力帰還できるか試す。ランチもディナーもこの中で済ませることになるから、なんだったら家に今日は帰れないって連絡入れてくれよ。っと、目標ポイントまでは音声通信ができないんだった」
 神経接続した“石頭3”のコンピュータに航路を指示しつつ、テレサと同じくヘルメットを脱いだリィェンはため息をついた。
「……月までたかだか38万キロ。50年も昔に人類は到達できたってのに。俺たちはまだ、半分の距離にも昇れちゃいないわけか」
 そんなリィェンのつぶやきに、テレサは苦笑を向ける。
「耐Gジェルを不使用にできたのは大きな進歩でしょ」

 初代“石頭”に使われていた耐Gジェルは、リィェンをあらゆる衝撃から守るばかりでなく、神経接続された回路へのあらゆる干渉を抑えるためのものだった。
 素材としては、今、内壁裏に貼られた吸収材よりも相当に効果は高い。それでも換装せざるをえなかったのは、その重さに加えて熱の蓄積利力の高さという難点があったからだ。
 宇宙空間は極冷だが、真空であるがゆえに熱が奪われない。ようするにリィェン自身や機械群から発せられた熱はジェルに溜まり続け、程なくリィェンを煮殺すこととなる。
 ゆえに莫大な燃料と大がかりな冷却装置の搭載が不可欠だったのだが……新開発された各種耐G設備により、燃料系と冷却装置をかなり軽量化できた。それこそ居住スペースを3倍にまで拡げ、テレサを搭乗させられるほどにだ。

「まあ、地球の外には出られたから、あとは月まで行ける燃料を積むか、外付けのブースターを途中で拾うか。それだけのことじゃあるんだが」
「映画の公開には間に合いそうにないわね」
 もう一度肩をすくめたテレサへ振り向いて、リィェンは口の端を吊り上げる。
「間に合わせてもらうさ。それこそ幇とH.O.P.E.、グロリア社の面子がかかってるんだ。俺だって無理を押し通して人体実験に付き合い続けてるわけだし」
 テレサは「はいはい」、手を振って。
「モニタで外は見れる? せっかくリィェン君の根回しで特別モニターとやらに選ばれたんだもの。空気の邪魔がない星空くらいは見ておかないとね」
「ああ。次は船外へ出て生で見られるようにしとくよ……なんで俺が根回ししたって思うんだ?」
 モニタに外の光景を映してやりながら、務めて平静を保ちつつ、訊く。
「モニターって言いつつこれは試験飛行でしょ。そこになんの知識も技術もないあたしが選ばれるのはおかしいし、もしあたしが厳正な抽選で選ばれたんだとしても、万一を考えたら共鳴して参加にならないとおかしいでしょ」
 ぐうの音も出なかった。
 実際、この飛行は“石頭3”の性能を確認するための重要な試験であり、本来であればH.O.P.E.技術部のエージェントが選ばれるはずだった。なのに立場を利用してごり押し、テレサを選ばせたのはリィェンだ。
 まず各方面を説得するため、設備を換装した“石頭”へテレサより2倍重いデコイを乗せてテスト飛行を行った。安全性を証明するまでにそれなりの失敗を重ね、時間を費やした。ナンバリングが2を飛ばして3になっているのはそのせいである。
「言い訳があるなら聞くけど、リィェン・ユー?」
 宇宙活動用の全身スーツに包まれた指先をリィェンの肩へ突きつけるテレサ。怒っているわけではないようだが、こんなときどう返せばいいものか……
 いや、考えるようなことじゃないか。
「言い訳はないが、説明はちゃんとするよ」
 思わず小首を傾げるテレサ。
 リィェンは真剣な表情をうつむけ、詰めていた息を吹き抜き、続ける。
「君を連れていきたかった。まだ月までは届かなくても、地上の騒がしさから少しでも離れた場所に。公にはジーニアスヒロインだって、私ではテレサ・バートレットだ。公を離れて息くらいついたっていいだろう」
 ふと。彼の声音伝わる肩から、テレサの指が跳ねるように引かれた。
 しかしその気配はより匂い立ち、そこにいるのだということをリィェンへ告げているから振り返らず、リィェンは言葉を継いだ。
「あのときは熱圏をうろついただけだったが、今はもう外気圏の外だ。空気がないから地球からの音は伝わらない。君を追い回す音は届かない――すまない。結局のところ俺は、俺の言葉だけを君に届けたかっただけなのかもしれない」
 と。ここで通信をオフにした宇宙センターから文字データが届いた。
『ヘルメットの縁を探れ』
 多分、インか零だろう。通信を通さなかったのは気づかいのつもりか。そしてふたりのどちらが仕込んだにせよ、それはリィェンをテレサへ向かわせる力となるもののはず。
 さりげなく座席の横ヘ置いたルメットの縁を探り、貼り付けられていたものを手の内へ握り込む。余計なことしやがって……とは間違っても言えないな。胸中で苦笑してすぐに心を引き締め、「あらためて言わせてくれ」、座席ごと自分の体を後ろへ振り向けた。
 そしてゆっくりとポジショニングを定め、狭い座席間へ左膝をつく。
 リィェンの立てられた右膝が、テレサの膝に触れるが――テレサはなお動かず、ただ彼の表情を形作る真摯を見下ろして、待つ。
 そうか。世の中の男ってのはみんな、この恐怖にひるまず立ち向かってきたのか。一端の武辺を気取る俺が、全力でごまかして逃げ出したくなるくらい怖い戦いに、
 でも、そうだよな。逃げられるはずがない。
 その先にあるのは、自分の全部を賭けていいだけの「これから」なんだから。
 知らぬうちにうつむいていた顔を上げ、リィェンはテレサの碧眼をまっすぐに見て。
「テレサ、君には本当に感謝してる。まだジーニアスヒロインじゃなかった君が、あの香港で俺の手を引き上げてくれたことを」
 あの誇り高き正義の有り様と我が身を尽くす優しさが“光”を見せ、導いてくれたからこそ、リィェンはあのどん底から這い出すことができた。
「今に至るまでずっとまぶしい正義の光であってくれたことを」
 その光を追いかけてきたからこそ、リィェンはここまで至ることができた。
「君っていう光が照らしてくれたから俺は俺になれた。俺を俺にしてくれたのは、他の誰でも、神ですらないテレサ・バートレットなんだ」
 テレサはなにも言わず、ただリィェンを見つめていた。
 彼女は肚を据えてくれている。だからこそ自分を据えて、生涯唯一の言の葉を紡ぐ。
「とはいえどんなに急いでるつもりでも君には追いつけやしなくて、それがたまらなくもどかしいんだが――困った話、俺にはまるであきらめる気がないんだ。だから」
 果たしてリィェンがそっと差し出したものは、剥き身の指輪。
 捧げ持ったプラチナありったけの想いを込めて、告げる。
「これからの人生を駆ける君を、俺だけに追いかけさせてくれないか」
 君の人生の半分をくれないか。俺に君の背中を支えさせてくれないか。これからの人生を俺といっしょに歩いてくれないか。
 思いつく言葉は多々あったが、ずっとテレサを追いかけてきた自分にはこれがもっともふさわしい。そう思うから。
「なにが立ち塞がろうと俺はかならず乗り越えて、君に追いつく。並び立って、その先へ行くために」
 だから。
 どうか。
 俺を。
「いきなりすぎて目が回ってるけど、指輪は受け取らないわよ」
 大きくかぶりを振りながらぐいとリィェンの指輪を押し返したテレサは、そのまま彼の手を包み込み。
「勘違いしないでね。受け取れないんじゃなくて、まだ受け取らないって話だから」
 待ってくれ。「まだ」ってことは、つまり――
 口を開きかけたリィェンを制し、テレサは言葉を継いだ。
 今度はリィェンが聞く番。そう悟り、彼はテレサに取られた手をその場に据え、待つ。
「前にも言ったと思うけど、あたし恋愛経験ないから。その場の勢いだけでプロポーズに返事できないし、したくないのよ」
 プロポーズ? 脳裏に疑問を閃かせ、リィェンはようようと気づいた。
 しまった。俺はテレサにちゃんと告白したいだけだったのに……これ、指輪の魔力か。
 ひとりうろたえるリィェンにテレサは苦笑を向けて。
「でも、あたしを追いかけるってかなり難しいわよ? 幇の都合とH.O.P.E.の軋轢、それからダッドの反対だって待ってるんだから」
「……イギリスと中国の関係、家ってやつの重さ、ついでに世間の目もだな」
 まったくもって難問ぞろいだ。
 しかし。
「だからどうしたって話さ。まずは君の“まだ”を乗り越える。それ以外のことはぶっとばしていくだけだ」
「そう」
 かがみ込んでリィェンの額に口づけ、テレサは笑んだ。
「限りなく一途な武辺に、思いきりの悪いジーニアスヒロインから祝福を」
 そして、未だ指輪を捧げ持っているリィェンの手指にも口づけ、静かに放して。
「あなたへの返事は月で、ね」


 試験飛行の予定プログラムを順調にこなした“石頭3”は、宇宙ステーションより放出されたシャトルとドッキング。以前のようにただ落ちるのではなく、減速と滑空による宇宙センターへのピンポイント着陸を成功させ、ふたりの乗員を待ち受ける人々の前へと送り届けた。
「へたれた小僧にしては深く踏み込んだものよな」
「とはいえ押し切れなんだはいかにもへたれ小僧じゃったが」
「テレサもへたれアルからねー」
 零、イン、マイリンがしたり顔をうなずかせ合う様を見せられて、リィェンは思いきり眉をしかめる。
「……なんでおまえらが知ってるんだ?」
 対してインはこともなげに。
「音が切れておっても船内モニタとやらは生きておったゆえな」
 零がにやにやと後を継ぎ。
「唇を読めば母音は知れる。読み取るは難くあるまいよ。汝らが腹話術でも使っておれば別だがな」
 はいっ。マイリンが手を挙げて。
「読唇はあたしが担当したアル。的中率多分100パーアルよ」
 リィェンはため息をついて3人の英雄どもを見やる。
 なるほど。あのタイミングで指示が届いたのも、遠巻きにしてる技術者陣の目がなんとなく生暖かいのも、すべてはそのせいか。
「今さら隠す気はないが、だからって見せびらかしたいわけでもないからな。……まさか妙なところにまで中継してないだろうな?」
「古龍幇の長より祝電が届いておるぞ。H.O.P.E.本部からはまあ、反応なしじゃがな」
 スポンサー筋には、少なくとも俺が片膝ついたところは見られたわけだ。
 そして大兄は俺のプロポーズを利用する気だし、会長はもちろん好意的沈黙ってことじゃないんだろうな。
 ったく。しがらみってやつはほんとに面倒なもんだ。
 技術者陣へ歩み寄って話をしているテレサへ視線を向け、次いで“石頭3”へ目を向けたリィェンは強くうなずいた。
「熱圏でシャトルとのドッキングはできた。フィードバックがあるから、次はもっと簡単にいくはずだ。次は外気圏外にブースターを置いて、そいつとドッキングして月まで行く」
 もうテストに時間を費やしたくない。その間にテレサとの距離が開いてしまっては本末転倒だ。
 それだけに急ぐ必要があった。加えて。
「映画会社にもすぐ連絡を入れないと。決戦場の月から、主人公とヒロインが生中継をお届けするんだからな」
 映画に先駆けて、俺とテレサの物語に決着をつけよう。
 あの決戦場――月で。
 と、その前に。
「指輪を用意してくれたのはインか? 零か? いや、どっちでもいい。こいつは今日って日を忘れないためのよすがにさせてもらう」
 リィェンが握り込んだ指輪を見て、零が問うた。
「なんだ、贈らんのか?」
 リィェンは口の端を吊り上げ。
「一生一度の誓いをするんだ。俺の手で用意したい」

 かくて物語は終章へ向かう。
 リィェン・ユーとテレサ・バートレットの、険しくも光に満ちた先を目ざして。
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2019年08月30日

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