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『可憐なる刀少女 』
芳乃・綺花8870

 夜の闇に、一筋の閃光が舞った。
 月の光を受けた、刀身であった。すらりと滑らかに動くそれは月光を雫のように流し、目的を屠る。
「……この程度なんですか? 張り合いにもなりませんね」
 唇から漏れる可憐な声音のそれに、答える影はすでに塵と化していた。
 芳乃・綺花(8870)は、女子高生ながら、優秀な退魔士という立場での存在だ。ヒトに仇なす魔を許さず、彼女は愛刀を片手に日々華麗に戦っている。
「さて、次に行きましょう」
 綺花は囁くようにそう言って、ゆらりと体を傾けた。直後、獣のような素早い行動で夜の空間を移動する。

 ――東に一体。向かえそうか。

 そんな声が聞こえた。通信機を使っているのか、所属している会社からのものであった。
「ええ、行けます。位置も把握しました」
 持ち合わせる身体能力で、彼女はビルの屋上を軽々と飛び越えていた。コンクリートを一蹴りするだけで跳躍する体。身軽なそれを利用して滞空時間もそれなりに長い。
 くるり、と宙で一回転してみた後、綺花は短いプリーツスカートが翻るのも構わず、どんどん移動をする。
 ビルからビルへと、宙を舞うその姿は蝶のようだ。
 黒のセーラー服に、ランガード入りの黒ストッキング、そして右手には刀。いかにもといった姿の彼女は、常に完璧を求めて行動をしていた。
「見つけました」
 眼下には、異形のモノが一体。獲物を探してうろついている。
 一般人には見えないが、退魔士である綺花の視界には、ハッキリとその姿が浮かび上がっていた。
「……っ……アァ……っ!」
 形容しがたい声音を発して、異形が吠える。
 二足歩行であったが、全身が黒い煙に包まれたような姿をしており、大きさもヒトの二倍ほどであった。
「人の世に仇をなす穢れし者よ。私の剣に酔いなさい!」
 その言葉は、まるで呪文のような響きであった。
 異形もそれに反応して、彼女へと足を向ける。
「ア、ァ……っ!」
「いいでしょう。かかってきなさい」
 綺花はそう言いながら、刀を構えた。流派があるのか、少々独特な形でもあった。
 異形と少女が、対峙する。
 一拍後に動いたのは、異形の影だった。地まであるような長い腕を振り上げて、綺花に目がけて振り下ろされる。
「――遅いっ!」
 彼女の艶やかな唇からそんな言葉が漏れたときには、その姿はその場には無かった。
 綺花は肢体をくねらせ、宙を舞っていたのだ。
 そして、数秒を待たずに異形の腕の上に降り立つ。
「見掛け倒し、ですか? もう少々、楽しめるかとも思ったのですが」
 そう言いながら、彼女はまた跳ねる。そして、地に降り立つ瞬間に切っ先がキラリと光った。
「ガアアアァァ!!!」
 異形が叫びのような声を上げる。
 痛みを感じているのだろうか。
 綺花に向けていたはずの腕は、体から離れて地に沈んでいる。斬られたのだ。
「……グァァ……っ、ギギ……!」
 異形はその場で一旦、体を折り曲げた。苦しそうだが、それでも何か余裕にも似た空気を感じた綺花は、僅かに距離を取って相手の動向を伺う。
「アアァ……、ク、アァぁぁ……っ!」
「!」
 地に落ちたはずの異形の腕が、塵のようにして消えた。
 そして次の瞬間、異形は変容を始めた。大きな体は縮んでいき、その周りを覆っていた黒い煙は空気へと溶けていく。
「――あぁ、これには体力を無駄に使ってしまって、嫌だな」
「あなた……」
 異形だったものが、ヒトの言葉を発した。
 そればかりか、姿を目の前の綺花と同じに変化させたのだ。本来は、こうしてヒトに化けて周囲に溶け込んでいるのかもしれない。そんな事を綺花はうっすらと考えていた。
「驚いた? まぁこちらも、さっきの腕は痛かったけどね」
 異形は醜く笑いながら、斬られたはずの右腕を振って見せた。塵となって消えたのは、修復時の行動であったのかもしれない。
「ワタシはヒトをコピーする。君の能力も、コピー出来たよ。さぁ、仕切り直しと行こうじゃないか」
「なるほど……いいでしょう。受けて立ちます」
 綺花の姿をした異形は、その右手から刀を『生やして』柄を握り、彼女と同じように構えて見せる。
 本人である綺花は、眼前に広がるその光景に小さな驚きを見せるものの、それでも慌てる様子もなくそう言った。むしろこの状況を、楽しんでいるようにも見える。
「……こうでなくては、私の相手としては釣り合いが取れませんから!」
「随分と余裕だね!」
 異形は、綺花の口調まではコピーしてはこなかった。意図的なものであるのか、そこまでの読み取りが出来なかったのかは判断は出来ない。だが、そんなことは、綺花にとってはどうでもよい事だ。
「見せてください、あなたの本気を! そして私の剣技をその体で受け止めて見せてください!」
「あはは……っ! これだから人間というモノは面白いっ!」
 二人は同時に地を蹴った。
 そしてそんな会話の元、刀と刀がぶつかり合う。ガキンッと音が重なり、火花を散らせた後、綺花の力が僅かに勝り、彼女は思い切り刀の持つ手を振り切った。美しい黒髪がさらりと舞い、セーラーの襟を滑り落ちながら、再び整頓された位置に戻る。
「……まだ倒れてもらっては困ります」
「ふふ……一撃でここまで食らわせておきながら、よく言う……」
 ぽたり、と血が地面に雫を作った。
 綺花のその腕の力が勝った一撃は、確実に相手の体へと入り込んでいたのだ。
 それでも、異形はまだ立っていた。だから綺花も、姿勢は崩さない。
 豊かな胸の上、スカーフの端がひらりと揺れた直後に、彼女はまた地を蹴った。数秒遅れてだが、異形も同じように地を蹴る。
「小賢しい退魔士めぇぇ……っ!」
 そう言い放つ異形の表情は、酷く崩れていた。
 用いる力をすべて込めたかのような、行動であった。
 異形が持つ刀の切っ先が綺花に届く前に、その手首は斬り落とされていた。今度こそそれは再生することもなく、地に落ちた瞬間に黒い煙となっていく。
「……言い残すことはありますか?」
「言ったところで、何に、ナル……」
「確かにそうですけど。私の高揚感を高める材料くらいにはなります」
「……クク、恐ろシイ、女ダ……」
 異形はそう言いながら、その場で崩れ落ちた。
 綺花の斬撃は、確かにかの者の体を引き裂いたのだ。
「お眠りなさい、永遠に……」
 静かにそう告げた頃には、異形は全身を黒い煙に包まれた後、消えていった。
 そうして風が吹き込み、悪しき空気も流されていく。
「――任務、完了」
 耳に髪をかけつつ、綺花はそう言った。清々しい表情をした彼女は、その瞬間からまだ見ぬ次の任務へと心を躍らせる。
「……この胸の高鳴りを、次は誰がもっと昂らせてくれるのでしょう。考えるだけで楽しみですね……」
 小さな独り言であった。
 薄く笑みを浮かべつつ、彼女はその場から離れる為に再び地を蹴る。
 
 ――美しき退魔士、綺花の活躍はこの先もとどまるところを知らない。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 ライターの涼月です。この度はご依頼いただきましてありがとうございました。
 少しでも気に入って頂けましたら幸いです。

 またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月02日

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