▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『煌めく泡の弾ける日は 』
桜壱la0205)&la0346)&化野 鳥太郎la0108


「走ったら危ないよ──暗いから、足元気を付けてね」

 受付でチケットの半券をもぎって貰うその間ももどかしく、たっと小走りに駆けだした桜壱(la0205)と創(la0346)の背中を見ながら、化野 鳥太郎(la0108)は微笑ましくも苦笑した。

「ここに来るのも何年振りだねえ」

 そんなことを、ふと思った。前の時と同じように、視線の先にははしゃぐ子供の姿。休日の朝、家族連れやカップルでにぎわう水族館で、今日は一日ゆっくりと楽しもうと彼は想った。

「先生! おさかなが! たくさんいるのですっ」
「早く来ないと、おいていきます……」

「はいはい。二人とも逸れないようにね」

 パンフレットを手に取って、引率の先生は二人の後を追った。その足取りは軽く、少しばかり、楽し気な響きを靴音に乗せて。



「──水族館?」
「そうなのです! 先生も、一緒にいきませんかっ」

 ぱやぱやと華を咲かせながら、桜壱が鳥太郎に薄っぺらいペラ紙を渡す。そこには『夏休み特設展示 開催中!』の文字が躍っていた。

「商店街のおじさんが、チケットをくれたのです」

 買い物から帰るなり、桜壱がエコバッグから取り出したチラシとチケットを見て、鳥太郎はひひ、と笑みを零した。

「いいね。次の休みに一緒に行こうか」

 チケットは三枚あるけど、もう一人誰か一緒に行く──? と問いかけた声に、桜壱はすかさず返す。

「先生が連れて行ってくれるなら、もう一人は決まっているのですよ──」



「……それで、わたし」
「はいっ、Iはそーちゃんと一緒に水族館に行きたいと思いました」

 翌日。いつもの図書館で陽ざしを避けながら創と桜壱はページを繰っていた。向かい合わせのテーブルには、先生が作ってくれた『なつやすみのとも』が広げられている。とはいえ、手製の冊子なので本来の宿題よりはずっと分量も内容もシンプルで、要するにダイジェスト版の絵日記のようなものだ。

(ライセンサーなんて物騒なことやってるからね。想い出は見返せるときに残しといた方がいいでしょ)

 とは、ここには居ない誰かの言。

「いいですよ。一緒に、行きましょう」

 ぐりぐりと伸びやかに日記に筆を走らせるはるいちさんの姿を見つめて、創は小さく頷く。

(……一緒に)

 お揃いで貰った『なつやすみのとも』。そのカレンダーの片隅に、彼女は青い色鉛筆で魚のマークを描き入れた。



「ショーはっ、イルカさんは何時に見られるのでしょうか!?」
「11時と……15時。あとは18時にもナイトショーがあるみたいです」
「手早いね、創さん」
「当然です。朝いちばんは比較的空いています。お昼の回はペンギン大行進からの流れなのでペンギンも一緒です。ナイトショーはライトアップがキレイと……書いてありました」

 どれ一つ、見逃せませんとどこか得意げな様子な創に連れられる形で、桜壱と鳥太郎は順路を並んで歩いていた。薄暗い照明に彩られた回廊は、海の底を思わせる淡い青に沈んでいた。

「すごいね。これは。何匹いるんだろう」
「……おいくらでしょうか」
「はるいちさん? 食べちゃだめです」
「──っは!? Iは、少し自分を失っていたようです」

 回廊はぐるりとエレベーターを取り囲むようにドーナツ状を描いていた。その大きな水槽の中を、マグロが、サンマが、ブリが……きらきらと鱗を照返しながら群れを成して泳いでいる。まるで大きな一つの魚の様に自在に回遊する魚群を見て、桜壱はおもわずぺたんとガラスに手を突いてその動きを眼で追っていた。目まぐるしく変わる魚の動きに、瞳の桜がくるくる回る。

「──創さん、楽しんでる?」
「楽しんでますよ。化野さん、今日はありがとうございます」

 本命はショーなので……と語気強く話す創の横顔に、鳥太郎はふぅと息を漏らした。

「こっちこそ。桜壱さんと仲良くしてくれて、ありがとね」

 何事かを言いかけた創に、桜壱が声を掛ける。

「そーちゃんも、先生もこっちですよ!」

「行こうか──」
「ええ、行きましょう」

 いつもよりはしゃいだ様子の桜壱の姿を見て、どちらともなく二人は頬が緩むのを感じたのだった。



 バシャーン!

 イルカの巨体が勢いよく跳ね上がり、宙に吊られたオレンジ色のボールにタッチする。胸びれが水を叩いて、水が観客席へと飛沫を返す。

「ひゃあぁ!」
「冷たいです……」
「あとで、タオル買おうね……」

 最前列を陣取った三人は、イルカが編隊を組んですいすいと泳ぐ様を眺めている。

「あれはハンドウイルカ。奥にいるのはオキゴンドウでしょうか」

 パンフレットと水槽を何度も行ったり来たりしながら、創が忙しく解説の合いの手を入れていく。

『はい、それでは次はオキゴンドウのアクアくんがボールを運びますよ〜!』

 マリンスーツに身を包んだお姉さんがマイクでアナウンスをする。

「正解なのです! そーちゃん、イルカ博士だったのですか?」

 桜壱がきらきらと尊敬の眼差しで見上げると、ふふんと創は得意げに胸を反らせた。

「はー、なかなかやるもんだなー!! ……っと!」

 立ち泳ぎをしながらカラフルなボールを鼻先で運んでいたアクアくんが、ぽんとボールを三人の方へ放って寄越す。とっさにボールを受け止めて、鳥太郎は眼を白黒させた。

『すみませ〜ん! そこのお兄さんたち、ボールを持ってきてもらえませんか?』

 恐らくは台本なのだろう。自然な調子で係員がステージへと彼らを誘う。

「行ってきなよ」
「先生は行かないのです?」
「俺は……こっちの方が写真がキレイに撮れるかなって」
「ふふ、それじゃあはるいちさん。いきましょうか」

 桜壱と創が滑る足元に気を付けながらおずおずと、手を取りながらプールの脇へ登る。

『はい、それじゃあ頑張ってるイルカたちに、これからご褒美をあげてもらいます』

 係員の女性からバケツに入った小さなアジを手渡されて、二人はゆっくりとプールサイドに立つ。水際から見るイルカは大きく、それでいて淀みなく泳ぐ姿は確かにみなが魅了されるのも当然だと思わせた。

「凄く……すごく速く泳いで、高く跳ぶのですね!」
「かっこいいです……」

 特等席の二人に魅せ付けるようにイルカはプールを何周も、何周も回る。入れ替わり立ち代わりジャンプして、逆立ちして……。時間にして数分も無いだろう。だが、宝石箱の中でひと際光り輝くようなひと時。

「来てよかったなあ。二人とも楽しそうだ」

 スマートフォンで写真をいくつも撮りながら、鳥太郎も思う。プールサイドよりも低い位置にある観客席からは、楽し気な二人の表情が良く見えた。

 パシャリ!

 最後にすい──と寄ったイルカと握手して、ご褒美のアジを口元に投げ入れる。そんな桜壱と創のワンカットを、鳥太郎はファインダーに切り取った。



 一回目のイルカのショーを見終えた三人は、少し疲れた脚を休めつつレストランで一休み。エビを模したチキンライスに色鮮やかな卵焼きを乗せて、彩りにデミグラスとホワイトソースを合わせてかけたオムライスに創は満足顔だ。

「次は……どこに行きましょう?」

 そんな創の様子をにこにこと見ながら、桜壱が問いかける。

「そう言えば、ペンギンの行進ってそろそろじゃなかったかな」

 可愛らしく盛りつけられた料理に少し気恥ずかしさを覚えながら、鳥太郎もお揃いのオムライスを口へ運ぶ。

「──むぐ。それなら」

 ごっくんと、卵焼きを飲み込んで創が言葉を継ぐ。

「ここが特等席」

 見れば、ぺたぺた、よちよちと左右に揺れながら黒白の羽根をふりふり。ペンギンたちがオープンテラスの間を縫って歩いてくる。

「ペンギンさんが近いのです!」
「──いや、これは俺も驚いた」

 いつの間にか手際よく張られたネットの順路に沿って、お尻をぷりぷりと振りながらペンギンが行進する。座りながら間近でその様子を見られるとあって、レストランの中は黄色い歓声に包まれた。

「もこもこぽっこりなのです……」

 真っ白のお腹を見せながらよたよた歩くペンギンの姿に、創もスプーンを操る手が止まる。掬いかけた匙から、ぽとりとソースがお皿へ垂れた。



 二回目のイルカショーは、ペンギンとの共演だった。先ほどの危なっかしい歩きっぷりとは打って変わって、魚雷のように鋭く水を切るペンギンの芸を堪能した三人は、特設展示コーナーへと足を運ぶ。

「なるほど、触って体験できるんだな」

 壁に掲げられた案内を鳥太郎が読み上げる。夏休みとあって子供らで賑わうコーナーには、浅くタイドプールが磯を模して造られていた。その中には貝やエビ、大人しめの魚などが放されている。

「きれいですねぇ! これは何ていうエビさんでしょうか」

 指の間を流れる水の冷たさを感じながら、桜壱は色とりどりのエビに目を奪われる。南国産のエビは赤やオレンジだけではなく、青みが掛かったものや黄色に近い色合いのものなど……普段は余り見慣れぬ姿をしている。

「それは……なn、うわっ! 冷たっ!?」

 桜壱の手元を覗き込んだ拍子に、腕にぐんにゃりとぬるついた冷たい感触を覚えて鳥太郎は背筋をぞわりとさせる。振り返ると、創がくすくすと笑いながら、手にはヒトデを持っていた。

「油断大敵、です」

 貸し出し用のタオルを鳥太郎に手渡しながら、創は桜壱に話しかける。

「あっちにも、いろいろ展示がありました。クラゲも綺麗です」

 桜壱の手を引いて立ち上がる創。「やられちゃったな」と苦笑しながら鳥太郎もタオルで濡れた腕を拭きふき、後を追った。



 出口へ向かう順路はこれまでよりもやや細く、照明も暗く抑えられていた。その中を、いくつもの水の柱が立っている。水槽の間を縫うように立ち並ぶ柱の中には、無数のクラゲがふよふよと漂っていた。時間に伴って千変万化に色彩を変えるライトに照らされて、小さなミズクラゲが上へ下へ。その周囲を、南国の魚がのんびりと泳いでいた。

「あれは……ナポレオンフィッシュだね。こっちのは──エンゼルフッシュ、かな」
「ふぁ、キラキラしてて凄いです……」
「はるいちさん、綺麗ですね」

 幻想的な光景に固唾をのんで食い入るように見入る桜壱。その両手を、左右からきゅっと軽く握るものがあった。

 一つは固く、節くれだった指。常の日課を怠らず、技術を骨に沁みこませた、大きな掌。

 もう一つは柔らかく、機械の身体で握り返せば折れてしまいそうな指。ぷくぷくとした弾力の下に、人知れず苦労を刻んできた、小さな掌。

「今日はとっても楽しかったのです! Iは二人と遊びに来れて、嬉しいですよ!」

 二つの温かさをぎゅっと受け止めて、桜壱は今日一番の桜を咲かせた。



「桜壱さんも創さんも、欲しいの言ってね。一緒に買うから」
「お、お、大きいのでも……構わないのでしょうか──!」
「いいからいいから。遠慮しないで」

 自分の胴ほどもある大きなイルカのぬいぐるみを前に、桜壱の瞳に渦が巻く。ぐるぐると困惑顔の桜壱に、鳥太郎は笑って特大のイルカを押し付けた。

「ほら、包んでもらってきな」

 レジの店員にアレもこっちの払いで、と伝えつつもちゃっかり自分はイルカのサブレを何箱かご購入。

『水族館に行ってきました』とイルカから吹き出しが描かれているサブレの絵柄を見ながら、ちょっと可愛すぎたかなと首を捻る鳥太郎。これをお茶菓子で出したら、彼はどんな顔をするだろうか?

 ちょいちょいと、そんな鳥太郎の服の裾を創が引く。見やれば、ちゃっかりと手早くサメのパーカーを買っては着込んだ彼女の顔が、サメの口から覗いている。サメの腹びれには、パーカーとお揃いのサメ柄がプリントされたハンドタオルが握られていた。

「これ……今日はありがとうございました」
「先生、ありがとうございました!」

 並んだ二匹のサメからそんな事を言われて、鳥太郎は照れたような顔でハンドタオルを受け取った。

「ああ、こっちこそ楽しかったよ。また、来ようね」



 バン! と勢いよく『なつやすみのとも』にスタンプを押して、プリントしてもらった写真を貼って。イラストも描いて最後にチケットの半券をペタリ。そんな作業を進めながら桜壱と創はいつしか夢の中。そっと重ねられたタオルケットに包まって二人並んで寝息を立てた。

「また、行こうね」

 ガラス越しに寝こける二人を眺め、鳥太郎は長い息と共に煙を夜空へと吐く。一筋の白いものが、夏風に棚引いて消えた。

                                                                        煌めく泡の弾ける日は 了

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

こんにちは、かもめです。この度はご発注いただき、どうもありがとうございました。
皆さんの一日が、掛け替えのないものとなりますように。
イベントノベル(パーティ) -
かもめ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年09月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.