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『女神有儘 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 自室で目を醒ましたスノーフィア・スターフィルド(8909)は、慎重に頭を振って、痛みの有無を確かめる――ない。
 昨夜は酒量が突き抜けてしまったので、ほとんど意識を失いながらベッドへ潜り込んだ彼女。当然二日酔いになっているものと思ったのだが。
「あ、MPが減ってます?」
 スキルセットに入れていた状態異常解除が、主であるスノーフィアのコンディションを自動回復してしまったらしい。発動条件は「戦闘続行が不可能となった場合」だから、昨夜の酷さはそのレベルだったということだ。そして。
 MPが回復してないのは、まだ戦闘(酒盛り)継続中だって判断されてるから、ですよね。
 スノーフィアにわからないところで彼女や環境をコントロールしているシステムは今も、勇ましいBGMを奏でているのだろう。敵がモンスターじゃなく自分だってあたりはシュールの極みだけれども。
 ともあれこれは、酒盛り途中で倒れ伏した彼女の心身の問題なので、スノーフィアは異様なまでにかろやかな体をベッドから滑り出させてバスルームへ向かう。とにかくリラックスして、戦闘モードを通常モードへ切り替えてやらなければ。

 果たして。ゆっくりと湯船に身を浸して息をつくスノーフィア。
 元々のアメリカ式バスタブ――これがクィーン・アン様式なのかは、知識のないスノーフィアにはわからなかったが――は、どうしても湯に洗浄剤を混ぜるのに馴染めなくて日本式の風呂桶へ換えている。結果的には大正解だったのだが、ともあれ。
 息はもちろん、体のどこからも酒精のにおいは染み出してこなかった。理由は簡単、魔法で完全に消滅させられているからだ。便利といえば便利だけれども、せっかく飲み倒したブレンデッドウイスキーが無駄になった気がして、少しつまらない気持ちになる。
 こんなことを考えてしまうのがだめなんですよねぇ。
 噛み締めつつ、リベンジの一杯はアイラモルトにしましょうか。などと決めてしまう女神だった。

 風呂上がり、通販で仕込んだお高めの化粧水を顔へはたき込み、体には同じメーカーのボディローションを薄く伸ばす。
 最初はボディクリームも併用していたのだが、べたつく感じが気になるし、スノーフィアはどうやら歳を取らないようなので、そこまでがっちり保湿する必要もないだろうということでやめてしまったのだ。
 と、ここであらためて思う。
 私、女神なんですよね。
 でもそれだけじゃ正確じゃないなと、付け加えた。
 私、『英雄幻想戦記』で“女神”のジョブを選択した、スノーフィア・スターフィルドなんですよね。
 そのおかげで毒状態――アルコールも人体には猛毒――は解除されるし、それは病や呪い、魔法であれ変わることはない。それどころか、たとえ死んだとしても、数ターン以内に蘇生薬を使えば復活するし、安全を考えて蘇生ポイントまで戻るということもできるのだ。
 そう、女神だからって不死じゃない。
 不死じゃないけれども、死んでしまうこともない。
 つくづくゲームのキャラクターなんだなと実感せざるをえないわけだが……あらためてみないと実感すらしないものなんだな、とも実感する。なにせほぼほぼ実感する機会がないから。
 できるかぎり大切にはしてますものね、スノーフィアのこと。
 スノーフィアの前世の存在である“私”はゲームプレイヤーとして、ナンバリング通して隠しキャラであるスノーフィアをパートナーにしてきた。普通に言い表せばファンということになるだろうが、自分の心情を考えるならマニアなんだろう。
 だから、“私”自身がスノーフィアになって以来、よほどのことがなければ我が身を危険に晒すようなことはしていないのだ。そう、日々の痛飲をさておけば。
 それに、こうしてお風呂に入るときやトイレでだってなるべく我が身を見ないようにしているし、ずいぶんと紳士的に振る舞っているものだと思う。
 だって、スノーフィアをはずかしい目に合わせたくないですし、“私”だってはずかしいですし。
“私”はそこそこ以上のおじさんだったので、今さらあれこれ「はずかしい」というのもおかしい気はするが。マニアになるほど入れ込んだ女性を穢したくない、もしくは穢れてほしくない身勝手な気持ち、銀幕ヒロインに憧れた人生の先輩たちやらドルオタをやっている後輩たちならわかってくれるはず。
 いやいや、そもそも“私”の常識が不死じゃない女性体にどれほど非常識なものかが判断できないわけなので、慎重にならざるをえないというのが正直なところだ。
 ――画面の向こうの存在だからこそ、“私”は安心してスノーフィアにあれこれ文句が言えましたし、無理もさせられたんです。そのスノーフィアがあちらからこちらへ抜け出してきて私になったからこそ、全力で大切にしなければならなくなったんですよね。
 なんて思いつつ、今も無限城へ単独アタックしたりしているわけなので大切にしきれてはいないか。
 でも、スノーフィアという存在を構成するものは、彼女の美しさに見合うもの(支給品)であってほしいじゃないか。……部屋の壁沿いに並べられた甲類焼酎の5リットルペットボトルはさておいて。これは大事なことなのでもう一度繰り返す。部屋の壁沿いに並べられた甲類焼酎の5リットルペットボトルはさておいて、だ。

 結局のところ“私”は、スノーフィアにどうあってほしくて、どうしたいんでしょう?
 ひと言で表わせば女神でいてほしい。
 ただ、それだけでは正確な表現でもなかった。本当の女神になってほしいわけじゃないし、ジョブとしての女神であってほしいわけでもない。
 じゃあ、“私”の理想どおりの女性になるべき? まあ、それは無理な話だ。すでに修正が困難なほど、“私”が染み入ってしまっている。半引きこもりのお酒好きなんていう、“私”が思い描いていたスノーフィアからはかけ離れた「私」に成り果ててしまっているのだから。そして。
 困ったことに、“私”はそういう私をそんなに嫌いじゃないんですよね。
 ある意味、スノーフィアは自ら狭い自室に囚われた虜囚なのかもしれない。しかしながら、この牢獄たる部屋はインターネットという見えない絆によって広い世界と、そして冒険のスリルが待ち受けるゲーム世界と繋がっている。踏み出すことなく踏み出していける先があるのだ。
 システム、ルール、ドアの鍵――心身を幾重にも守られながら危ない橋を渡ることのできるスノーフィアは、それだからこそ、この不自由という名の自由を満喫している。
 そうですね。困ったことに“私”も私も、この生活を結構楽しんでいるんです。
 納得すればそこはかとない不安は消えて、抑え込まれていた空腹感が顔を出した。

 手早くトマトスープをこしらえ、その合間にチーズとローストポークのホットサンドを焼き上げて、ライムで風味づけした炭酸水といっしょにいただく。
 胃から体全体へ熱が溢れだし、活力へと変じていくのを感じながら、スノーフィアは考えるのだ。
 さあ、今日はなにをしましょうか? 素材集めの冒険に出かけるのもいいですし、このまま夜まで二度寝を決め込むのもいいですね。
 どこにいても、なにをしても、スノーフィア・スターフィルドは私で“私”。
 だから迷うことなく“私”と私を尽くして、不自由な自由を、自由な不自由を、今日もいっぱいに楽しんで過ごそう。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月03日

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