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『女王と奴隷』
白鳥・瑞科8402

 この私も含めて、実績ある武装審問官は全員、例外なく女だった。
 だから、武装審問官は戦闘シスターなどと呼ばれる。
 男の武装審問官など、雑魚でしかない。
 雑魚どもが、何事か喚きながら、剣で斬りかかって来る。電磁警棒で殴りかかって来る。
 嘲笑いながら、私は十字架を振るった。
 4方向に伸びた突起。うち1つは、まっすぐな両刃の刀身である。十字架の形をした、剣であった。
 襲い来る剣を、電磁警棒を、かわしながら、私は斬撃の基本を見せてやった。
 男たちが、縦に、横に、斜めに両断され、汚らしい人体の内容物を大量にぶちまける。
 それらを蹴散らしながら、私は廃工場の中を駆けた。
 武装審問官の男たちが、あちこちから小銃をぶっ放してくる。
「遅い!」
 私は、十字架の引き金を引いた。4方向に伸びた突起、その1つは銃身である。
 フルオートで迸った銃撃が、武装審問官たちを薙ぎ払う。修道服を着た男たちが、鮮血や脳漿を噴く。
「ふん。教会の男どもってのは、相変わらずゴミばっかり……」
 生き残っている敵が1人もいない事を確認しつつ、私は言った。
「……だから、お前が来たんだろう? なあ、おい」
「私はただ、お仕事に来ただけ……ですわ」
 生き残りが1人いた。
 いや。生き残ったのではなく、新たに現れたのだ。
「教会をお辞めになった方が、事もあろうに虚無の境界の飼い犬となって、人を噛んだり粗相をなさったりしておられると」
 相変わらず、殺意が湧くほど綺麗な声だ。
「……つまりは、害獣の殺処分が今回のお仕事ですのよ」
 優美な人影が1つ、静かに足音を鳴らしながら廃工場に歩み入って来たところである。
 スリットの入った修道服の裾が、左右の美脚にまとわりつく様が、まずは見えた。
 ニーソックスとロングブーツが、攻撃的な脚線をさらに獰猛に引き立てている。
 豊麗な丸みが正面からでも見て取れる尻と、むっちり膨らみ締まった両の太股は、身体能力の土台として充分な強靭さを感じさせる。
 修道服の下には、特殊素材のインナーを着用しているようだ。
 そんな厳重装備でも、圧倒的な胸を抑え込んでおく事は出来ない。育ち過ぎの果実を思わせる膨らみは、インナーも修道服もまとめて内側から押し破ってしまいそうである。
 胸と尻のボリュームを強調する感じにくびれた胴には、強化金属製のコルセットが巻きついているようだが必要あるまいと私は思った。このボディラインには、外から矯正を加える必要がない。
「……いい身体だ。私がいなくなった後も、充分に鍛えているようじゃないか?」
 私は言った。獣のような息遣いが、止められない。
「感心感心……その鍛え具合と成長を、確かめてやろう」
「……相変わらず、ですのね貴女」
 白鳥瑞科(8402)が、溜め息をついた。艶やかな茶色の髪が、修道女のヴェールと一緒に揺れた。
 嘲りの念を浮かべた美貌が、私の心のどす黒い部分を大いに刺激する。
 この女。この女さえいなければ、私が女王でいられたのだ。
「武装審問官の訓練施設は、女の園……殿方が今ひとつ頼りにならない環境の中で貴女、万能の女王様として振る舞っておられましたわね」
 瑞科が、すらりと剣を抜く。修道服とは不釣り合い、とも思える日本刀である。
 一見たおやかな五指で柄を握り、重い刀身を軽々と揺らめかせる。その構える姿に、私は不覚にも見入っていた。
 この小娘は、昔からそうだった。一挙手一投足が、人の目を引き付けずにはおかない。それが殺人のための動作であったとしても。
 私が女王として築き上げてきたもの、全てが奪われてしまう。新人の戦闘シスターただ1人によって。
 だから私は徹底的に、白鳥瑞科を潰しにかかった。
 潰れなかった。
 最終的には、私の方が教会を去る事になったのだ。
「……私、貴女には感謝しておりますのよ? 色々と不必要な苦労をさせて下さったのは事実、ですがそのおかげで私が余分に強くなれたのもまた事実」
 瑞科は言った。
「投降なさいな。その後の扱いに関しては、私が取り計らって差し上げますわ」
「そいつは……親切心じゃあなくて、私を! 徹底的にバカにするために! だろうがッ!」
 私は引き金を引いた。
 十字架の一端が、マズルフラッシュを迸らせる。嵐のような銃撃が、瑞科の全身を激しくかすめる。
 全て、かわされていた。
 純白のケープが、天使の翼の如く舞う。
 銃弾など当たっても弾き返してしまうのではないか、と思えるほど豊かな胸が、横殴りに揺れる。形良くくびれた胴が柔らかく捻転し、瑞々しく力強い太股が修道服の裾を押しのけて躍動する。
 回避の躍動。
 私が見入っている一瞬の間、それが攻撃の動きに転じていた。踏み込みと同時の斬撃が、私に向かって一閃する。
 間合いを、詰められていた。
 十字架の刃で、私はその斬撃を受け流した。
 流された刀身を、瑞科は即座に別方向から叩き込んで来る。
 私はそれを十字架で弾き返し、反撃の刃を突き込んだ。同じように弾き返された。
 日本刀と、十字架の剣。2つの刃が、ぶつかり続ける。
 焦げ臭い火花が、私たちの周囲で絶え間なく飛び散った。
「まるで迷える殿方のように……今、私を見つめておられましたわね?」
 至近距離で、瑞科が微笑む。
「訓練生の頃からね、貴女の視線ずっと感じておりましたわよ」
「白鳥瑞科……お前だけが、私のものにならなかった……!」
 私は女王だった。この生意気な新人の小娘に対しても、女王でなければならなかったのだ。
「私とお前は、女王と奴隷でなければならなかったんだ! なのにお前は私を拒絶した! 可愛い奴隷として、ずっと愛してやろうと言うのにぃいいいいいッ!」
 渾身の斬撃を、私は叩き付けていった。
 瑞科は、後方へ跳んでかわした。
 銃撃の距離が開いた、と言うのに私は何も出来なかった。
 瑞科の、むっちりと活力漲る太股。私は目が離せなかった。
 魅惑の太股に巻かれたベルトから、ナイフが引き抜かれる。優美な五指からそのナイフへと、電撃が流し込まれる。
 電光を帯びたナイフが投射され、私に突き刺さる。
 見えていながら、私は動けなかった。
 体内から電光に灼き縛られ、無様な感電のダンスを披露する私に、瑞科が左手を向ける。美しい五指で、私を握り潰そうとするかのように。
 いや。本当に、私は握り潰されていた。
 教会の秘術、重力制御。
 マイクロブラックホールで私を圧殺しながら、瑞科は呟く。
「偉大なる姉弟子……貴女でも、私を打ち負かしては下さいませんのね。ふふっ、貴女で無理ならば……私よりお強い方など、もはやこの世には」
(調子に……乗るなよ、小娘……)
 潰れ、砕け、原形を失いながら、私は叫んだが声は出ない。
(お前だって、いつかは負ける……負けて、あんな目に遭ったりこんな目に遭ったり……畜生、私以外の奴がそんな事! 許せない、けど見たいぃいいいいいいい)
 それが私の、最後の妄想だった。


東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月05日

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