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『当たり前に季節は巡る』
ミアka7035)&白藤ka3768)&ロベリア・李ka4206

 過日、邪神が討伐されたことにより最悪の未来は回避された。失ったものは多くとも歪虚の脅威はぐんと薄れ、世界の先行きは明るい。しかし変わらないものもある。例えば茹だるような暑さや、それから逃れる術。というわけで面子は違えども去年と同様、シュヴァルツ(kz0266)が財力に物を言わせて貸し切りにしたアンティークホテルにミア(ka7035)たち六人が滞在する運びとなったのだった。

「……で、料理かぁ」
 荷物も自室に置いて、ひと息ついた昼日中。若干気後れしたような溜め息をついて目の前にある調理道具を見やるのはロベリア・李(ka4206)だ。どういう流れだったかよくは憶えていないが、ミアと白藤(ka3768)の二人と一緒に各々食べて欲しい人のために料理を作るという話になったのだ。ロベリアとしては調べたレシピ通りに作っているつもりだが、何故だか思っていたものと違う、壊滅的な出来栄えになることが多いのでどうにも苦手意識が拭えない。予め必要な材料だけを用意して、自前のタイマーで計測すれば味“は”何とか普通レベルに出来るのだが。事故を防ぐにはなるべく親しんだ料理がいいだろうと鼻歌交じりにおむすびを作るミアを見つつ考える。ミアが作る相手は黒亜(kz0238)だ。
「クロちゃんにもミアとっておきの梅を食べさせてあげるニャス!」
 と自分で漬けた梅を持ち込み、大粒の物を選んで真ん中に入れた。自身の好物と自慢の食材の組み合わせで更に相性も抜群だ。余った梅は三人でつまもうか、白亜(kz0237)とシュヴァルツにもお裾分けをするか悩みどころである。流石におむすびだけではシンプルが過ぎるので黒亜が大好きな苺を使ったババロアも作るつもりだ。こちらは自身と彼にちなみ猫を模した型を用意している。
「折角やし、全員分作るのもありやなぁ」
 用意してもらったご飯は人数分よりも多く、二人が使う分を抜きにしてもそれなりに残る。黒亜とシュヴァルツの分は保証されているし少なめでいいだろう。――但し後者の味については例外とする。
 一人だけ時間を掛けるのもどうかというのもあって、白藤が本日作るのは簡単なオムライスだ。ムラなくケチャップを混ぜ合わせたチキンライスに卵を巻く。フライパンの上のバターがほぼ溶けたタイミングを見計らって、手早く次の卵液を流し込んだ。
「そういえば、あんたたちはこれからどうするの? サーカスの団員か、手伝いとかするのかしら」
 肉の焼き色を見ながらロベリアがふとそんな話題を口に上らせる。キリのいいところなのもあり、話を振られたミアはさして間を置かずに、
「ミアはこのまま、サーカス団の世話になるつもりニャス。団の一員ではあるニャスけど、いつか“家族”の一員としても認めてもらえればいいなぁ……ニャんて」
 と普段の天真爛漫な笑顔から困ったような微笑に変化させながら言う。これまでに三兄妹と過ごした日々が信頼として表れ、然れども本能的な不安は拭えない。そんな表情。しかしそれも白藤とロベリアが言葉を掛けるより早く消えると、姉猫の側にススッと寄る。ニシシと大体何か企んでいるときの笑みを添えて。
「しーちゃんはお嫁さんニャス? それとも奥さんニャス?」
「それ、どっちも変わらんやん! というかそんなん、全然想像出来へんわ」
 ついツッコミを入れたはいいが唐突な話題に跳ねた心臓は簡単には落ち着いてくれない。火を使っているので暑いのだと主張するように自らの顔面を手で扇ぎながら白藤は考えなかったわけではないが、真正面からは向き合えなかった問題に目を向ける。
「邪神に滅茶苦茶にされる未来は無くなった、ちゅーても歪虚が全部消えたわけちゃうし……暫くはそう変わらんと思うわ」
「白藤、落ち着く気はないの?」
 白藤の回答にロベリアは思わず真顔になって彼女を見る。ロベリアが長い付き合いである白藤を一番気にかけているのは少なくとも小隊内では周知の事実であり、それは当の本人も理解していて嬉しくも思う。しかし。
「白亜も色々あるやろうし――」
 言いかけた言葉は宙に消えた。扉が開いて、今口にした彼が姿を現したからだ。白亜は邪魔を詫びつつ先に借りていたのだとオーブンを指し示した。動作はしていないようだが何を作っていたのだろう。取り出す彼の視線が一瞬向けられた気がして、白藤はかぶりを振るとオムライスに熱い眼差しを注ぐミアを通り越し、奥にいるロベリアを見返す。彼女はハッと我に返って、すぐ鍋を引き上げた。
「そういうロベリアはどうするん?」
「私? 私はそうねー。修理屋とか魔導機械関係の便利屋を考えてるわ。何なら出張サービスだってしてあげるわよ」
 機械オタクやもんな、そうボソリと呟いた白藤の言葉は聞こえたのかもしれないが、純然たる事実なので特に反論はなかった。
「ロベリアちゃん、出張サービスついでにショーへの参加もよろしくニャス」
「いやいや、売りになるような芸当出来ないから。それに、白亜が困るわよ」
 時に厳しくも真摯に団員を束ねるサーカス団団長は苦笑いで曖昧に言葉を濁す。無論ミアも本気で勧誘していないが、保護者二人の反応にむむむと唇を尖らせてみせる。冷めない内に残りも作らなければと思い直した矢先に白藤は白亜に呼びかけられた。差し出されたのは彼の好物でもあるアイシングクッキー。味見とは言われたがまだ分けていない物を食べさせてくれるのだ、嬉しくないはずがない。白亜がこうして稀に浮かべる意地の悪い笑みを見ていると上手く転がされている気がする。とはいえ“特別”の甘い響きに抗いきれず、星型の物を掬った。――まさかあのとき交わした会話になぞらえている? なんて、月の形のクッキーもあるのを見て思う。舌の上で二つの食感がほろり溶けて混ざった。
「相変わらず器用やね、白亜も」
 美味しいと感想を述べれば心なし得意げに唇の端を上げる。今回男性陣は先乗りだったのだがまさかずっとこの準備をしていたのか。好きなときに食べられるようにラッピングされたクッキーを渡すと、彼は料理を楽しみにしていると告げてキッチンを出ていった。サプライズに白藤はより気分が上がるのを自覚しながら調理を再開する。ミアはババロア作りに取り掛かり、ロベリアはベーコンと玉葱を炒め始めた。
(上には……狼でも描こうかいな)
 狼というか犬というか。オムライスといえば絵を描くのが定番だ。ミアと黒亜の分は白抜きと中も塗り潰した猫を描き、ロベリアにはナットとボルトで迷って両方並べる。ちなみに白藤が苦手としているもう一人については、
(シュヴァルツ? 注射器描いたろか?)
 他も大概にストレートだが、ぞんざいに決めて実行した。狼は難しいので悩んでいると横から伸びてきた手にソースが掻っ攫われて、止める間もなく残り二つにハートが描かれる。ミアはしたり顔だ。
「しーちゃんとダディにぴったりニャスネ!」
「やめてや、年甲斐もない……」
 新婚夫婦でもあるまいにと、取り返すなり白藤は真ん中に垂れるようにかけて誤魔化す。白藤と白亜の分だけ絵ではないという不自然さは残るが。ミアはもう大丈夫だろうがロベリアが謎の思いつきでぶちまけて血のようになる惨状が脳裏によぎって、白藤は容器を早々に戻しておくことに決めた。

 悪くはなかったと婉曲的な感想を貰ったあと、ミアは黒亜にもう一つの贈り物を渡した。
「これもあげるニャスよ。お砂糖の代わりに愛情たっぷり煮詰めたニャス♪」
 と差し出したのは瓶に詰めた苺ジャムだ。半眼になって三毛はこれだからと表情でも語りながら、しかしそれでも彼は受け取ってくれた。好物でも嫌ならきっぱり断るだろうから、彼なりの信頼の証なのだろう。
 食事の後片付けをして館内を見て回ろうと考えていると、黒亜に呼ばれて共に薔薇園へと向かう。頭の上にはてなマークを浮かべるミアを尻目に、彼は少し考えるように周囲を見回したあと待っているよう告げて一旦奥に姿を消した。棘があるので触りまではしないものの眺めている内に黒亜は戻ってきて、そして背に隠していた薔薇を一輪、ミアの眼前に差し出す。素っ気なくも渡す意思を伝えて。
「コレ……あのときと同じ薔薇ニャスよネ」
 目を丸くして、しかし黒亜が痺れを切らす前にと考えて受け取る。それは前回ここに来た際、ミアに似合う薔薇を選んでみろニャスと唐突に振った話に彼が答えたものだ。アプリコット・キャンディ。名前通り杏色の薔薇で、鼻を近付ければほっと気の安らぐ匂いが香る。こちらの方がミアに似合うと、有無を言わさない強めの語調。それは去年のあの日、同じ場所にいた黒亜の天敵のような彼に向けられた言葉か。相変わらず素直な言葉はあまり出てこないけれど、この一輪の茎には棘が無かった。一年越しの主張と憶えていてくれたこと、そしてさり気のない気遣い。それらを胸の内へと飲み込んで、ミアの尻尾がゆらゆらと揺れる。そして、
「クロちゃーん!」
 と感動に身を任せて抱き付こうとしたが、無遠慮にすっと避けられた。唇がへの字になって、ぼそっと返ってくるのは呆れた声。しかしそれも嬉しさを増長させるだけだった。
 日が暮れるまでの間を黒亜と薔薇園で過ごして、夜はどうしようか悩んだものの、書斎で黒髪の少女を見たという今回来ていない友人の証言を思い出し、一人肝試しに興じることにした。白藤が怖がるから言わないがバスルームのワインのような仕掛けしかないとも限らない。そんな期待感につい猫の本能が駆り立てられるのだった。

 ミアたちがいた時間帯から更に過ぎて夜。白藤は白亜を薔薇園に誘い、時折足元に目を向けながら散歩をしていた。故郷と比べればずっと控えめながらも鑑賞に足るだけの明かりが灯され、昼間と違った景色を描き出す。既視感にデートなんて軽口を叩き同じように歩いた去年を思い起こした。
 あのとき白藤が故郷にある言い回しを使って告げた想い。その言葉の真意を知っていた白亜は意地悪だが、元を正せば自分自身が狡い言葉を意図して選んだのが発端といえる。ただ自分の中に息づくこの感情の、名前という名の答えを簡単に口にするには戦場に身を置く者として少し無責任な気がした。死んでしまっても構わないなんてもう思わない。けれど時に無慈悲に呆気なく命が奪われるのが戦いだ。もし白亜が自分のことを大事に想ってくれているのなら、死んでしまったときにそれは大きな傷へとすり変わる。彼だって彼の弟と妹だって大変な目にも遭った。だから言い訳なのかもしれないけど、そう思ったことに偽りはない。
(生きて帰れたら、うちは向き合おう……彼と、自身と)
 そんな誓いを秘めて決戦に挑み、無事生還したはいいが、ロベリアとミアが話題に出すまで、戦いから退く道を碌に考えていなかったのが正直なところ。考え事をしながらフラフラと歩いていると、不意に白亜が白藤の前を行き、そして引き止めるように立ち止まる。彼が口にするのは昼間調理中に三人で話していた内容だ。ロベリアに回した分、何の話をしていたかすぐ予想がつくだろう。問われて、あのとき二人に言ったのと全く同じ言葉を返す。嘘はついていない、けれど目の前の彼との今後を先送りにしているのも事実。人前ではポジティブに振る舞いながらも、根っこは鬱屈として腰が引ける己に嫌気が差す。それから逃れるように白藤は緩く首を振り、向き合おうと自らに言い聞かせる。帰ってこいと有無を言わせない力強い声音が脳裏に蘇った。言葉は喉の奥に引っかかる。
「その内戦場から身を引いて……商売を始めるんもええかもしれへんなぁ」
 瑠璃色の瞳が、寂しげに細められる。彼が求めている言葉ではないと白藤もよく解っている。けれど、風流な台詞も全部識っている気がして。解っているならそれは直球も同じ。だから躊躇してしまう。
 白亜は今後どうするのか聞く勇気さえなかった。サーカス団があるから目の前からいなくなることはないはずだが。再び二人で歩き出せば沈黙が訪れる。混じり合っても不思議と調和する薔薇の香りがした。
「――白亜、えぇ夜やね」
 狡い言葉しか言えない、そんな自分を今だけは許して欲しいと思いながら呟いた。未来が約束された世界、隣に掴める手がある。それでもまだ、答えは出せないまま。不器用な笑顔は闇の帳に覆い隠された。

 ふと窓の方に目を向ければ、柔い明かりに浮かび上がる二つのシルエットがある。今は少しだけズレているが、じきに重なりそうだ。何を話しているのか想像を巡らせながらロベリアはグラスを手にカウンター席に戻る。隣に座るシュヴァルツももうそれなりに呑んでいるはずだが、一向に酔った気配は見受けられなかった。
「……ねえ、呑んでる?」
 と若干の疑いを持って問う。彼は笑ってグラスを煽った。飲み物はセルフサービスなので何か作ろうかと訊いてみるも平気だと返される。まあ酒は命の水だと公言して憚らない白藤ほどではないが、カクテルの出来はそれなりのつもりだ。と、懸念するロベリアの心中を見透かすように美味しいから酒が進むのだとシュヴァルツは空のグラスを揺らした。終いには軍医として薬膳料理の意味がないと苦言を呈される。
「ヤケ酒ってわけじゃないけどね。なんて言えばいいのかしら……色々と肩の荷が下りた、って感じ?」
 郷土料理のカルボナードフラマンドやフライドポテトを作ったお返しにと、ロベリアはシュヴァルツから薬膳料理を振舞われた。とにかく味だけは損なわないようにと気を張った結果、どっと疲れが来ていたので有難く味わって、その後二人でここに赴いたというわけだ。料理のお返しのお礼。そう考えるとキリがない。
 その言葉を聞いてすぐ理解したようだ。シュヴァルツも白亜の昔馴染みなので似たような心境になっているのかもしれない。
 転移してからはそれまで以上に、白藤のことを最優先にずっと考えてきた。彼女をよく知る者として見て白亜は白藤を任せられる相手だ。――過去を知っているからこそ、踏み入れないこともある。この先は放任するのがベストと今は気楽に構えている。それはミアも同様だ。年下の女の子は特別に可愛い。
 そんな中、男性陣の中で一番気を許している相手であるシュヴァルツと共に過ごす穏やかな時間。それがロベリアの呑むペースをあげて、普段なら掛かるブレーキも効かなくなる。彼が聞き上手で、低く柔らかい声音なのが睡魔を助長させて――日付が変わる頃にはロベリアはカウンターに突っ伏して熟睡していた。軽く肩を揺さぶるも一向に起きる気配はなく、シュヴァルツが人知れず溜め息をつく。そんな現状を露ほども知らないロベリアの唇から寝言が零れた。
「白藤……ミア……幸せになるのよ……」
 そんな彼女の頭を撫でるシュヴァルツの優しい手つきはロベリアの幸せをも願っていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回は前半は女性陣の絡み、後半はそれぞれに縁のある
NPCさんたちとの一対一の会話と深掘りしたくても
出来ないもどかしさを感じつつもそれぞれ雰囲気に
合った描写がきちんと出来ていたなら幸いです。
前半の話題に皆さんが生存して、物語的にも良い結果を
迎えたのは嬉しい反面終わりが近付く寂しさを感じたり。
ですが、それぞれの未来の様子が窺えて嬉しかったです!
今回も本当にありがとうございました!
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2019年09月20日

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