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『気付けば絶望の中(4)』
白鳥・瑞科8402

 白鳥・瑞科(8402)の振るった剣が、人魚のフリをした悪魔を切り裂いた。取り繕った外見が崩れ醜悪な本性を覗かせていたその悪魔は、悲鳴をあげながら海の中へと溶けていく。
 波にのまれたその身体が、完全に聖女の視界から姿を消した。まるで最初からそこには何もなかったかのように、欠片一つ残さずに悪魔は消えてしまったのだ。
 海は平穏を取り戻し、聞こえる音といえば穏やかな波の音だけだった。
「……まだですわね」
 しかし、それはまやかし。仮初の姿でしか配下を従える事の出来ぬ悪魔が得意な、悪あがきの茶番劇だ。
 瑞科は、海に向かって言い放つ。凛とした声で紡がれる言葉は、穏やかな波の中に身を隠した何者かに向けられていた。
「かくれんぼは、もう飽き飽きですわ。それしか芸がありませんの?」
 聖女は、呆れ混じりの嘲笑を一つ海へと投げこんだ。その次の瞬間、大きな音が響く。海が揺れる音だ。
 瑞科の自信に満ちた声音にまんまと挑発された悪魔が、再び波の中から姿を現す。恐らく、わざと倒されたフリをして瑞科が油断したところを狙うつもりだったのだろう。
 だが、その作戦は失敗に終わった。悪魔にとっての誤算は、瑞科がそんな子供じみた罠に引っかかるわけがなかった事だろう。悪魔の消失の仕方に違和感を覚えた彼女は、冷静に周囲を観察しすぐに悪魔がまだ生きている事を看過してみせた。
 美しい人魚の姿を再び模した悪魔は、その外見に似合う声で歌い始める。その歌に誘われるように、海からはまだ残っていたらしい悪魔の配下と化した哀れな魂達が列をなして現れた。悪魔にとっての敵は瑞科ただ一人だというのに、その配下の数はゆうに数十に及んでいる。悪魔は海辺の街の者を美貌と歌声で誘い出して配下にし、怪しまれそうになったらまた別の海へと移動して今度はその海の近くの街を狙うという事を繰り返していたようだ。
 瑞科の前へと立ちふさがる、膨大な数の悪霊。数え切れぬ程の穢れた魂。
 しかし、聖女は怯む事なく、いつものように背筋を伸ばして彼らと対峙する。悪魔は、そんな瑞科を無謀な女だと馬鹿にするように笑声をあげた。
 悪魔は、先程の戦いで自分では瑞科には勝てないという事を悟った。だからこそ、自分だけで戦う事を避け、こうして全ての配下を呼び出したのだ。膨大な数の自らの配下……彼らがいれば、このような細腰の少女に負ける事はないだろうと悪魔はたかをくくっていた。
 そして悪魔は、口を開く。配下達を一斉に瑞科へと襲いかからせようと、人魚はその魔性の歌声を辺りへと響かせ始めた。
 ……くすり、と笑う声が、不意にその歌声に混ざる。それはむろん、悪魔の声ではない。人を惑わせる人魚の声よりも、ずっとずっと美しい女の声だった。
 悪魔の配下達は、何故か動こうとしない。悪魔の指示を聞いても、固まったようにじっとその場に立ち続けている。
「どうやら彼らは、あなた様にはもう興味がないようですわね」
 困惑する悪魔に 聖女は告げる。楽しげな声音で、残酷な程に可憐な笑みを浮かべながら。
 悪魔は、その美貌で人々を惑わして配下にしていたのだ。そこには絆も忠誠心も何もない。ただ騙して狂わせて、いいように使っていただけだ。
 その程度の繋がりしかなかった配下が、悪魔以上に美しい存在を前にしてもなお悪魔に従う道理など、存在しないのであった。
「あなた様は外見や声の美しさにこだわっていたようですけれど、本当の美しさに必要なものが欠けていましてよ」
 人々をさらう人魚の噂は、今宵潰える。悪魔が長い時をかけて集めた配下は、すっかり置物と化してしまった。この場に残っている瑞科のターゲットは、醜い身体を仮初めの美しさで覆い悦に浸っていた悪魔だけだ。
「――あなたには、強さが足りないんですのよ」
 一閃。聖女の振るった剣は、的確に悪魔の急所をつく。
 もはや悲鳴をあげる事すら許されず、悪魔は完璧な美しさと強さに敗北するのだった。

 ◆

「まったく……つまらない戦いでしたわ。醜い上に弱い悪魔ごときに、わたくしの相手をさせるのはもったいないですわね」
 退屈そうに吐き捨てた瑞科に、上司である神父から通信が入った。瑞科を案じ、任務の結果を聞いてくる相手に、聖女はこともなげに任務成功の報告をして余裕のある笑みを浮かべる。
「神父様もいいかげん学習してくださいませ。わたくしを案じる言葉なんて、必要ありませんわ。どのような相手であろうと、このわたくしが負ける事なんてありえませんもの」
 今後どのような敵と戦う事になっても、この美しく艷やかな身体に指一本触れる事は叶わないだろう、と聖女は思う。
 なにせ、彼女は、白鳥・瑞科。人魚よりも美しく、悪魔よりも強い戦闘シスターなのだから。

 ――そう、自身の歩む道には光が溢れ、勝利しか存在しない……と、この時の瑞科は信じて疑っていなかった。
 しかし、未来はまだ、確定していない。
 瑞科の知らない敵が、世界にはまだ存在する。彼女は純粋に、そんな相手と戦って勝利する未来へと思いを馳せて胸を高鳴らせているが……けれど、それは慢心であった。
 自信に満ちた彼女がいつか辿り着く末路は、今までの彼女の優美な活躍からは想像も出来ない程に、無様でひどいものかもしれない。もしかしたら、今宵戦ったあの人魚の最期よりも、ずっと。
 もちろん、瑞科はそんな末路を考えた事すらなかった。彼女はいつものように自信に満ち溢れた様子で、任務を成功させた高揚感を胸に帰路へとつくのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
今回も敵を完璧に倒した瑞科さん、しかし光溢れる彼女に這い寄るどこか不穏な気配。このようなお話となりましたが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
最近はこちらのスケジュールの都合で以前よりもお時間を頂いてしまい申し訳御座いません。いつもご依頼誠にありがとうございます……!
私でよろしければ、またお声掛けいただければ幸いです。機会がありましたら、その時も是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月09日

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