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『揺らがぬ自信と見えない未来』
芳乃・綺花8870

 一陣の風が、黒く美しい髪をなびかせた。
 それを左手で抑えつつ、芳乃・綺花(8870)は曇りのない瞳で前を見据える。
 夜のとばりが落ちた街並みは、人工的な光に紛れて現れるモノたちがいる。退魔士である綺花は、それらを屠る役目を担っており、若手のエースでもあった。
 学業の傍ら、退魔業もこなすという日々は忙しくもあるが、綺花はそれを苦に感じることもなく逆に喜びすら感じているところもある。
「――さて、本日の討伐を開始しましょう」
 風に溶けるような声音でそんな独り言を漏らした彼女は、軽い靴音を立てて駆けだした。
 目的地は手にしているスマートフォンで確認が出来た。個人のものではなく、属している会社から支給されているものだ。
 今回の敵は、すでに何人かを襲っている魔物であった。
 その姿は野犬のごとくとの情報が、共有された手掛かりである。
「あれですね……」
 高い位置から地上へと視線を向けて、綺花は小さくそう言った。
 人気のない森林公園。
 切れかけた外灯の下に、野犬――否、それは狼といったほうが形容的には近い、魔物がいた。
 赤黒い毛並みに、狂ったような目。常に牙はむき出しで、唸り続けている。
「……人を喰らって味を占め……欲に勝てずに狂いましたか」
 綺花はそう言いながら、地上へと降り立つ。黒セーラーの短いスカートがひらりと舞い、ランガード入りの黒ストッキングが艶めかしく体のラインを強調する。真後ろに人が立っていれば危ういシーンであったが、それでも彼女自身はさほど気に留めないのかもしれない。
 タン、と靴音が響いた。
 当然、魔物もそれに気が付き、顔を上げる。
『グルルル……』
「異なる世界の響き……なるほど、一般の方には聞こえないわけですね」
 姿の報告は聞いていても、それ以外の事は得る事が出来ていなかった。唸り声も綺花の言う通りで、能力者でなければ聞こえない声音であった。だからこそ厄介、とも取れるのだが、彼女はそうは思っていないらしい。
「さて……お手並み拝見させて頂けます?」
 綺花はそう言いながら、自慢の愛刀を眼前に差し出した。大きな狼にも微塵も狼狽えず、余裕の表情で鞘を抜いて見せる。
『ガァァァッ!!』
 彼女の行動を挑発と感じたのか、魔物は咆哮を上げながら駆けだした。一歩で距離を詰めるほど、その魔物は大きかった。
 だがそれでも、綺花には牙や前足の爪などは届かなかった。
「――わかりやすい動きで助かります」
 そう言いながら、一閃。
 チッと何かを削る音がして、魔物も一歩を引いた。知能はそこそこに高いようだ。足元にあるのは、毛のような一部であった。
 風が綺花の美しい黒髪を再び巻き上げる。強い風であった。
『――――っ!』
「……なるほど」
 また、魔物が距離を詰めてきた。風での混乱を期待したのだろうが、綺花は少しも動じてはいなかった。彼女の唇には薄い笑みが浮かび、その場でひらりと宙に飛ぶ。
 高い身体能力を身に着けている綺花にとっては、造作もない事であった。
 豊満な胸が悩ましく揺れたかと思えば、即座にそれは見えなくなり、美しい脚線美が空に舞う。
 弧を描くようにして体を回転させた彼女は、わずか数秒の間に公園の木の枝に飛び移っていたのだ。
『グガァァッ!!』
 綺花の行動に、魔物は苛立ちを見せたようであった。
 そして一度綺花から視線をそらしたあと、何かを見つけてそちらへと意識を向ける。
 ――偶然通りかかった、一般人であった。
 魔物がニタリと笑ったように思えた、直後。
「いけない……結界で入れないはずなのに」
 綺花の言葉に、若干の焦りが見えた。そして彼女は枝から移動し、その一般人の前へと降り立つ。
「え、……えっ、なに、誰!?」
「突然すみません。現在こちらのエリアは立ち入り禁止となっております……少々、目をつぶっていて頂けますか?」
「はぁ? ……って、なに? え、大きい犬が……ッ!」
『ガアアァァ……ッ!!』
 一般人の女性の目の前に立つ綺花は、寸でのところで魔物の牙を刀身で受け止めていた。
 巻き込まれた側の女性にしてみれば、到底理解が追い付かない状況だろう。ただ、その女性にはやはり、魔物の見た目は『大きな犬』と断言出来てしまうほど、補正がされているようであった。この場合、真実を目の当たりにしなくて良かったと、綺花は遠くで思う。
「本当に、申し訳ありません。これでもあなたを守っているのです。……このままですと押さえきれませんので、少々後ろへ……出来ればそのまま逃げてくだされば幸いです」
「……あ、……その、わ……わかったわ……」
 少女の眼前には、犬が牙を向けている。
 女性には、そう映っているのだろう。だがそれでも、狂犬は普通に危険だ。どう見ても異常な光景に、女性はそれでもたどたどしく頷くしかなかった。
 そして後ずさりに一歩、二歩と下がっていき、女性はその場から走り去っていった。
「――アフターケア、よろしくお願いしますね」
 静かな口調で綺花はそう言った。耳につけている通信機へと向けた言葉だった。
『ギギギギ……ッ!』
「ええ、そうですね。……終わりにしましょう」
 魔物が刃物越しにそう唸り、綺花は冷静な表情のまま、その手にしていた刀を薙ぎ払った。
 当然、魔物の体はそこで斬られて、悲鳴を上げる。
 ドシャ、と鈍い音が地面へと落ちた。
「少しイレギュラーな事がありましたけど、あなたは最初からこうなる運命だったのですよ? 私に会ってしまったのですから」
 ほぼ半身を切り裂かれた状態でなお、魔物はこちらを睨んでいた。
 だがもう、虫の息だ。
「手にかけた人数分、死への恐怖を味わって頂きたかったのですけど……仕方ないですね。お眠りなさい」
 魔物は二度と立ち上がることが出来ないまま、事切れた。
 そして数秒経った後に、塵となって消えていく。
「任務完了……今日の報告書は、少々厄介になりそうですね」
 いつもの余裕な姿であったが、言葉尻が少しだけ憂鬱であった。現場の不備のことを悔いているようだ。
 それでも、自身の腕に対する自信が揺らぐことは一切なく、彼女は常に前を向く。どんな事態になろうとも、自分は全て切り抜けていけると信じて。

 内からあふれ続ける綺花の自信は、常に輝いていた。
 まだ見ぬ敵には、それを簡単に打ち破り、彼女を地に沈める者もいるかもしれない。せせら笑い、見下す者もいるかもしれない。
 未来は、誰にも分らない。綺花自身、不安などは抱いてはいないが、そうならないという確かなものはどこにも無いのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ライターの涼月です。再びのご依頼ありがとうございました。
 少しでも気に入って頂けましたら幸いです。

 またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月11日

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