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『枯死の季節(1)』
芳乃・綺花8870

 異形に襲われている市民の前に、まるで守るように影が立ち塞がる。
 それは、少女の姿をしていた。まるで物語の中から飛び出てきたかのように、ひどく美しい少女であった。
 彼女は手に持っていた武器を構える。振るわれた刀の切っ先には、何もいない。
 正確には何もいない――ように見える。
 しかし、目に見えないだけで、確かにそこに悪しき存在がいる事に少女は気付いていた。むしろ、この刀が斬るのはそういった目に見えない類のものが多い。人の目を欺き、姿を隠す……悪霊。
 敵を切り裂いたはずの刀に、手応えらしい手応えはなかった。だが、それは少女の攻撃が外れたわけでは決してない。
 悪霊と彼女の実力差があまりにもありすぎて、悪しき魂は手応えも感じない程刹那の間に消滅してしまったのだ。
「弱すぎて、斬った気すらしませんでしたが……どうやら、問題なく消え失せてくださったようですね」
 少女の唇から零れ落ちる言葉に、容赦の類は一切存在しなかった。人を魅了する黒色の瞳が、呆れたように細められる。悪霊は見下されて当然の存在だ、と少女は思う。
 世界を脅かす魑魅魍魎の脅威は、人々にとって無視出来ないものとなっていた。公安組織に加え、民間でも退魔を担う組織が活況を見せている程だ。
 その組織の内の一つに身を置いている彼女は、悪霊の醜さをよく知っている。少女からしてみたら大した実力を持っている奴らではないが、世界を脅かす魑魅魍魎の存在は日々増え続けていた。
「罪なき人々が、この程度の悪魔に怯えて暮らさなくてはならないとは……。まったく、嘆かわしいですね」
 肩をすくめた彼女は、先程自分が助けた罪なき市民を安全な場所まで送るために、振り返る。近くにはもう悪の気配はないが、怯えきった市民を置いて帰るわけにはいかなかった。
「もう安心ですよ。先程の悪霊は、私が完全に消滅させました。塵一つ、残っていません」
 ふわり、とまるで花が咲いたように、少女は微笑む。怯えていたはずの市民が思わず呆けてしまう程に、可憐な笑みだ。
 退魔社「弥代」に所属する女子高生退魔師。彼女はその実力の高さから……そして、誰もが見惚れる程の美しく艷やかな外見から名の知れた存在であった。
 彼女こそ、女子高生退魔師、芳乃・綺花(8870)、その人なのだ。

 ◆

 ひと仕事終えた後、上司に討伐が完了した事を報告をし終えた綺花は、着替えを終え帰路につこうとしていた。
 その前に、少しトレーニングをして行こうか。と拠点内にある訓練施設を目指そうとしたのだが、不意に彼女の耳を聞き覚えのある声がくすぐる。その声は、自身の名を呼んでいるようだった。
 足を止めて振り返った先で、慌てた様子の上司が頭を下げている。今までの経験から、すぐに彼女は相手が何を話そうとしているのかを察した。
「緊急の依頼ですね?」
 先程任務を終えたばかりなのに申し訳ないと言う相手に、綺花は首をゆっくりと横へと振る。
「いえ、むしろ感謝しています。少し物足りないと思っていたところでした。そろそろ、肩慣らしになるくらいの相手と戦いたいものです」
 人々にあだなす魑魅魍魎を徹底的に叩きのめし、こらしめる事が出来るのなら、願ってもない事だ。もっとも、弱い悪魔を相手にするよりも綺花が一人でトレーニングを行った方がよっぽどためになる事も多いのだが。
「それで、依頼内容は何ですか?」
 尋ねる少女の顔には、先程まで戦場に立っていたのが嘘のように疲れの色はない。快諾した少女に感謝の言葉を述べながら、上司は今回の任務について説明をし始めた。

 ◆

 この街に存在するとある公園。遊具の類はないが、自然豊かで広々としていて、街の者から親しまれている場所だ。ペットの散歩をしている人やジョギングをしている者も多く、人だけではなく野生の鳥にとっても快適な空間なのか楽しげに鳴く声が響く。
 そんな人々にとって憩いの場であるはずの公園で、最近不穏な事件が相次いでいるらしい。その公園を訪れた者が、こつ然と姿を消してしまうのだという。
(間違いなく、人ではない存在の仕業ですね)
 それも、そこそこの実力を持っている存在に違いない。そう綺花は、貰った資料から予測していた。彼女の予測は、多くの戦闘経験と知識からくる計算に近い。そのため、非常に正確であり、今まで外れた事は一度としてなかった。
(私が必ず、この依頼を成功させてみせます)
 再び着替えをしながら、綺花は強く思う。黒い光沢のあるストッキングが、彼女のすらりと長く伸びた足を包み込んだ。まるで寄り添うように彼女の肌を覆ったストッキングは、少女の綺麗な足のラインを崩すという愚行は決してしない。
 綺花の健康的なヒップを覆う黒のミニスカートが、彼女の動きに合わせて揺れた。少女が身にまとうのは、セーラー服だ。
 女子高生である彼女にとって実に馴染みのある衣服。しかし、これは普通のセーラー服ではない。綺花の力を最大限に引き出してくれる、戦闘服だった。
 この戦闘服を身にまとい、綺花は今まで数多くの戦闘を完璧に勝利してきている。しかし、このセーラー服はまるで新品のように、汚れどころかシワ一つついていなかった。綺花は未だかつて、敵に指一本触れさせた事すらないのだ。
 穢れなきセーラー服を身にまとった、退魔師の少女。彼女は今宵、世界にはびこる醜い悪を浄化する。
「さて、参りましょうか」
 魅惑的な唇からそんな言葉が零れ落ちた時にはもう、少女の姿は部屋には存在していなかった。
 すでに戦場に向かい駆けて行った綺花に、追いつける者はいない。今宵もまた、戦場という名の彼女の舞台は幕を開けるのであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月11日

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