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『微睡の庭』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 
 シリューナ(PC3785)は熱い吐息をその艶やかな曲面の上に吐き出した。薄曇りがすぐに晴れるのは熱伝導率の高さを物語っている。このオブジェがガラスではなく宝石で出来ているという事だ。この世界ではまずありえないだろうそれは人ほどもある巨大な魔法宝石だった。
 その透明度は天然氷のように高くその場に溶け込んでいた為、危うく見落とすところだった。少し動くと屈折率のせいか新たな側面を見せてくれる。彫像と呼んでもいいものか。竜の翼に尾を持つ少女の像。
 そこに刻まれた表情は、世の匠の彫刻家であってもこれほど精緻で豊かには造れないだろうもので、シリューナはただただうっとりと心を奪われそうになった。
 それは悲痛な嘆きか、予想外の出来事に対する困惑か、はたまた不用意にここまで来てしまった事への後悔か、それとも単なる諦念か。
 全てが綯い交ぜになった表情の中にそれでも希望を失わない、声が聞こえるようだった。そう、自分に助けを求める声が。
 目を閉じればその時の経緯が瞼に浮かぶようだった。


 ▼


 週末の駅前、ごった返す待ち合わせ場所で待ち人を捜していると「やっほー!」という明るく元気な声に肩を叩かれティレイラ(PC3733)はそちらを振り返った。
「今日もよろしくなのだよ」
 天下無敵の女子中学生、雫(NPCA003)がいつもの調子で宣う。ティレイラが反射的に頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします!」
 2人がそうして向かう本日の怪奇スポットは東京郊外にある、とある廃屋だ。ここ数日雫が運営するホームページに情報が寄せられていた件の場所である。
「投稿されていた内容をまとめると、神隠しのようだよ。但し、動物限定の」
 電車に揺られながら雫はスマホを開いて言った。
「動物限定?」
 ティレイラは首を傾げる。もちろん雫のこの言には多分に希望的憶測が含まれた。確認されているのは猫である。しかも2匹がその近くでの目撃情報を最後に、姿を消したらしいというまゆつばものだ。ただ、それが雫の不思議レーダーに引っかかった。個体の識別が出来る猫だから、なだけという可能性はある。ねずみやカラスが神隠しにあっていたとしても気づく者はいまい。それを裏付けるように、近隣の鳩やカラスも減っているような気がするという噂がある。例えば4羽いたカラスが3羽しか見かけなくなったとして、個体の識別が出来ないため、特定の1羽がいなくなったのか、たまたま見かける度に1羽が餌を穫りに行って毎回入れ替わっているだけなのか判別が出来ない。
 猫限定なのか、小動物限定なのか、はたまた……。
 とにもかくにもだ。
「調査に向かった人たちは今のところ何事もなく全員帰ってきているのだよ」
「それで動物限定の神隠しなんですね」
 得心がいったようにティレイラが頷いた。
「今のところ何の成果も得られていないようだし、これはあたし自ら行くしかないよね!」
 雫は握り拳を作って勢い込んだ。雫には根拠のない確信があったのだ。勘というやつだ。そこには神隠し的何かがある。
「はい! 頑張ります」
 行方不明になっているのは人ではないが迷子になっている子猫がいるのであれば助けてあげなくては、何でも屋として雫の調査を手伝いにきたティレイラだったが、使命感のようなものを感じて彼女も拳を握った。
「エイエイオー!」
 2人は小さく呟いて目的地に思いを馳せる。車窓は雑多な街並みからやがてのどかな山間の町へと姿を変えていった。
 最寄り駅で電車を降り、バスで現地へ向かう。
 そこには古民家のような古びた廃屋が佇んでいた。大きかったが平屋であるから部屋数はそう多くはなさそうだ。垣根の向こうの庭は雑草が生え放題で井戸でもあるのか釣瓶が見えた。
 2人は早速草をかき分け玄関から中へ。広さのある三和土は外の晴れ模様に反して薄暗く懐中電灯を点ける。上がり框があって思いの外高さのある板張りの床に土足であがった。蜘蛛の巣が高いところに見えたが人が進む高さにないのは、先人達が払ってくれたからだろう。廊下を奥へと進む。
 襖を開けて各部屋を丹念に調べた。その内の1つの部屋でティレイラがその違和感に気づく。
「これ……」
 ティレイラが気になったのは床の間に飾られた掛け軸だった。
「何々? もしかして、忍者屋敷みたいなのかな?」
 意気揚々と雫が掛け軸をめくってみるが残念ながらそこには壁があるだけだ。
「何もないのだよ」
 がっくり肩を落とす雫にティレイラは苦笑を滲ませた。隣の部屋との壁の厚さを鑑みればそんなところに隠し通路など作りようもない。
「そうじゃなくて、この絵の方です」
 そこには水墨画による滝の絵が描かれていた。一見、何の変哲もない掛け軸に思える。しかし、ティレイラはそこにほんのわずかだが魔力を感じるのだ。雫が不審そうに滝の絵を手でなぞった。何も起こらない。ティレイラが手を伸ばす。その綻びのような魔力に自らの魔力を注ぎ込んでみた。
「キャー!?」
 バランスを崩したのか掛け軸の中に倒れ込むティレイラに。
「あ! ちょっと、待ってよ!!」
 雫が抱きつくようにして、2人は掛け軸の中に転がり込む。
「あいたたた……」
 2人は打った腰やお尻をさすりながら辺りを見渡した。懐中電灯もないのに、そこは仄かに明るかった。不思議な事に背後から滝の流れる音がしている。
 氷の城があったらこんな感じだろうかという風情の通路には、天井にも床にも大きな宝石が散りばめられていた。
「すごい! こんなところがあったなんて!」
「ほんと、綺麗」
 2人は興奮した顔で早速探索に乗りだした。
 思えば、入口に猫の形をした宝石を見つけた時点でその可能性を考慮すべきだったのだろう。溢れる好奇心を前に2人とも深慮には至らなかった。
 何の宝石だろう、奥には何があるのだろう、そんな思いに掻き立てられるまま進んでいった先で2人を待っていたのはダンジョンのお約束ともいうべきか。
 侵入者を襲う魔物の数は思いの外多く、ティレイラは魔法を放って牽制しつつ叫んだ。
「雫! 逃げて!!」
 通路を塞ぐように竜の翼を広げる。さすがにこの狭小では竜になることはままならない。ドラゴンテールで魔物を凪ぎ払いながら、ティレイラは雫を逃がすため敢えて通路の奥へと走り出す。
「ティレ……」
 呼びかけようとして、彼女の覚悟に雫は唇を噛みしめ踵を返した。自分ではどうすることも出来ない、足手まといにしかならない事を知っている。ならば、ここは退いて助けを呼びに行く方が先決だ。
 スマホはこの異空間に入ってから圏外であった。せめて掛け軸の外に出れば。滝の音がする。掛け軸が見えた。滝の裏側のような絵に向けて手を伸ばす。
 刹那、彼女は霧に包まれた。出口で待ち伏せしていた魔物が魔力の霧を吹き込んだのだ。
 雫の足が完全に止まった。
 一方、奥へ走ったティレイラは魔物の巣にでも迷い込んだのか更に増え続ける魔物の群に気づけば前後を囲まれていた。
 濃い霧状の光の魔力がその空間に満ちるのに、さすがに危機感を覚えて引き返そうとする。雫ももう逃げた頃だろう。
 だが、返した踵に違和感を覚えて、振り返る。
 こういう光景を見るのは実は初めてではない。初めてではないからといって慣れているというわけでもない。
 翼や尻尾が綺麗な宝石の塊になっているのを見て入口にあった猫の宝石のオブジェの事を思い出した。それも束の間、体が凝縮した魔力の発光体で覆われるとティレイラはその動きを止めた。


 ▼


 また連絡もなく帰ってこない。
 シリューナは食後のコーヒーを頂きながら小さく息を吐いた。雫の依頼で調べ物をするといってティレイラが出掛けて行ったのは数日前の事である。どうやら、その雫も帰っていないらしいとは、彼女のホームページの更新が止まっている事で容易に伺い知れた。となれば、2人に何かあったのだろうと考えるべきだ。
 シリューナは重い腰をあげて館を出た。
 魔力の痕跡を辿るように古民家にたどり着く。早速、中を調べるとあからさまに怪しい掛け軸を見つけた。お誂え向きに傍らには電源がONになっているのに明かりが点いていない懐中電灯まで落ちている。
 掛け軸の滝を抜けて異空間に入りシリューナは思わず感嘆の息を漏らした。仄かに明るい通路は壁も天井もまるで宝石で出来ているようだった。以前、アイスランドの氷河の洞窟とやらをテレビで見たが、その比ではない。
 だが、その美しさに見とれている場合ではなかった。そこに、探し人の1人である雫の姿があったからだ。
「これは……」
 シリューナは無意識に頬が緩むのを感じながら雫のまだあどけなさの残る顔に右手を伸ばした。その頬を優しく撫でる。琥珀ででも出来ているのか金色の透き通った宝石の輝きを放つ雫は、使命感を帯びた表情で出口に向けて必死に手を伸ばしながら、ただ冷たく応えるだけだった。
 シリューナは背中で開いた左手をそっと握った。まるで何かを握りつぶすように。異空間の出入口でそっと息を潜めていた魔物が断末魔もあげられずにくちゃりと潰れた。
 それだけで、何となくこの異空間での出来事を察してシリューナはため息を吐く。
「もっとじっくり鑑賞したいところなのだけど」
 と、少し名残惜しそうに雫のオブジェから離れてシリューナは通路の奥へと歩を進めた。
 魔物を魔法で蹴散らしながら進む。やがて、魔物の巣のような空間で魔物に周囲を囲まれたが、濃霧のような光の魔力を闇の魔力で相殺し魔物を粉砕して更に一歩踏み出したところで。
 そこに佇むティレイラを見つけた。


 ▼


 ティレイラの声が聞こえるような気がした。それほど精細な魔法宝石の像だったからだ。
 宝石によるこれほどまでの造形美は早々お目にかかれるものではない。掘り出し物中の掘り出し物にシリューナは気分が高揚するのを感じた。
 広げられた竜の羽は魔物が雫を追えないように通路を塞ぐためのものだったのだろう。振り上げられた尻尾は魔物達を蹴散らすためのものだったのだろう。開かれた唇が紡ぐ言葉は「お姉さま」といったところか。
 可愛らしい表情に指を這わせる。硬質な肌触りにシリューナの脈がわずかあがった。胸の高鳴りを必死に飲み込もうとするが、それでも無意識にティレイラの胸の曲線に頬を寄せてしまう。冷たく心地いい感触にうっかり時間を忘れそうになった。
 うっとり目を閉じ堪能しかけて我に返る。
 さてと。
 このオブジェを戻すには魔力中和を行う必要がある。少し手間取りそうだが、他にも魔物が潜んでいるかも知れないので持って帰ってゆっくり行った方がいいだろう。入口にあった雫像もセットで。
 そう結論づけてシリューナは早速ティレイラを魔法で浮かせ来た道を戻り始めた。
 そこで、シリューナはある事に気づく。雫の方は容易に魔力中和出来るという事実だ。
 恐らく、魔物1匹の魔力によって宝石に変えられた為だ。雫が金色の宝石であるのもそれが理由だろう。
 だからティレイラは全ての色を含んで無色透明の宝石になったのだ。
 内心舌打ちを禁じ得ないままシリューナは雫を戻して異空間を出た。
 雫はティレイラの心配をしたがシリューナの言葉に安堵したのか、不思議体験に胸踊らせながら帰っていった。久しぶりの更新にホームページはいつも以上に賑わうに違いない。
 シリューナは早速ティレイラのオブジェを館へ運んだ。
 ティレイラの魔力の中和作業を始める。始めた。……始めようとした。
 だが思うのだ。――惜しい。
 ティレイラのオブジェはただの無色透明などではない。全ての色を内包しているのだ。ほんの少し角度を変えるだけで赤に青にと変化する。そしてダイヤモンドのように光り輝くだ。
 金属とはまた違った肌触り。一体どうしたら宝石をこのようにカット出来るのか。もちろんカットして作ったわけではないからこそ可能なフォルムなのだが。
 そうして肌触りを堪能し始めると、作業は遅々として進まなくなった。
「素敵過ぎるせいね」
 シリューナはオブジェに責任転嫁して中和作業を明日の自分に託し、とりあえず今日ぐらいはいいわよねとティレイラ鑑賞に没入する。
 間違いなく明日の自分も更に明日の自分任せになることは想像に難くないのだが。
 いつになったらティレイラは元の姿に戻れるのやら。
 神すらも知るまい。




■大団円■


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 
ありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。

東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2019年09月12日

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