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『女神誘導』
スノーフィア・スターフィルド8909

 スノーフィア・スターフィルド(8909)は豪奢なルネサンス様式の自室のただ中、ぽつりと椅子に腰かけていた。もちろん自分の意志でじゃなく、だ。
 ゲームに閉じ込められるのは初めてじゃありませんけど、まさか「隠しヒロイン」を演じさせられるなんて……

『英雄幻想戦記』には多種多様なコンテンツが存在する。
 メーカーが後発で中小なこともあり、当てたタイトルをできる限り引っぱりたい事情があったし、プレイヤーの後押しもあった。おかげでジャンルもシステムもばらばらなダウンロードシナリオが多々並ぶこととなったのだ。内容がほぼ石ばかりの玉石混淆なのはともあれ。

 ちなみにスノーフィアが今いるのはそのいずれでもなく、アペンドディスクの“怪異版”である。なぜ言い切れるかと言えば、ここへ引き込まれる直前、プレイしていた『2』のゲームディスクをこのアペンドディスクに交換したからだ。
 問題は、これがただの『2』の怪異版じゃないことなんですよね……。
 怪異版は宮廷陰謀恋愛アドベンチャーである『2』に幽霊や怪物が現われ、主人公はヒロインと共に宮廷を襲った怪異に立ち向かうという内容なのだが、現状を見ればダウンロードシナリオである中世浪漫シナリオと推理アドベンチャーシナリオが混じっている。おそらくはもっといろいろ――少なくとも『2』の拡張コンテンツが多数入り込んでいるだろう。
 でも本当の問題は、私が隠しヒロインをやらされていることですね。
 息をついて状況を整理する。
 水晶球を平たくのばした魔道モニタで外の様子を窺えば、主人公始め登場ヒロインたちが怪異の処理に大わらわしている。
 が、「他のヒロイン全員の主人公に対する好感度が最低値にならないと登場できない」仕様の隠しヒロインであるスノーフィアは、この部屋に閉じ込められたまま動けない。
 ゲーム世界から脱出するには、怪異版をクリアしなければならない可能性が高い。しかしながらおそらくはNPC化している主人公が同じNPCであるヒロインと組んだところでどうしようもなく……ああ、全攻略済みの私なら、秒で解決できるのに!
 果たしてスノーフィアは決める。
 なんとか主人公へ干渉して、私を外に出してもらうよりありません!


 準備は速やかに整えられた。
 魔法は使えるようなので、破壊不能オブジェクトであるドアの隙間から式神――『2』の追加シナリオのひとつ、ジャパネスクRPGに出てくる魔法――を飛ばし、主人公にアドバイスを送る。
 水晶モニタの向こうで『なんだこれは!?』、『怪異なのか!?』と怯える主人公の察しの悪さに絶望しかけたが、考えてみればプレイヤーはこれがゲームだと知っていて、だからこそ細かいことを気にせず乗っかることができるわけなので、あの反応のほうが自然なのだ。辛抱強く、粘り強く式神を通して語りかけて信用を勝ち取り、なんとか小さな怪異へ立ち向かわせる。
 が、ただでさえ進みの遅い主人公の足を、ヒロインたちが引っぱるわけだ。そういう個性づけをされているのだから、これもまたしかたないのだが……
「お風呂に入りたいから帰るって正気ですか!? もうすぐクリアなのに!?」
「怪異だって生きてるんだから殺せない――生きてませんけど!?」
「後ろです! お姫様、後ろ後ろ!」
 自分が主人公をやっているときにはかわいいじゃないかーなんて思っていたものだが、いざ客観的に見せられるとたまらなく辛い。いや、すべてはギャルゲーと怪異が混じったこの世界観がいけないのだ。ため息を噛み殺し、スノーフィアは主人公にささやきかけた。
「今はかまわず進んでください。次の角を曲がれば怪異の本体が封じられた絵があります。聖杭で心臓を縫い止めれば終わりですから」
 そうしてヒロインたちのわがまま(選択肢)を無視させ、事件をいくつか解決すれば、いつの間にか主人公は独りぼっちになっていた。
 途方に暮れる主人公を見やりつつ、スノーフィアは「あ」。
 これってもしかしたら、私の解放条件整ったんじゃないでしょうか?
 主人公の手でしか、この部屋の鍵は開けられない。この見慣れず落ち着かない部屋を、1秒でも早く抜け出して帰りたい。
 そして。
「――見つかってしまいましたね。私、スノーフィア・スターフィルドと申します」


 怖ろしいほど主人公は役に立たなかった。
 ジョブやスキルが初期設定で固定されていてビルドできないせいなのだが、とにかく腕っぷしも頭も弱く、気も回らなくて。
「勇者様、あの怪異の声を聞くと混乱状態にさせられます。耳を塞いで丸くなっていてください」
「勇者様! これは影踏み遊びではありません! そこにじっと立っていてください!」
「勇者様ぁっ!! それは食べ物ではありませんのでぇっ!!」
 一事が万事この調子だったわけだが、それでも事件の解決は勇者の手で行わなければならないから、とにかくおだてて褒めちぎり、うまく使ってやらなければならなくて。
「さすが勇者様です」
 主人公として何万回も聞いてきたはずのスノーフィアのセリフを唱えつつ、思う。もしかしたら“私”も、こんなふうに使われてきたのかもしれませんね……。
 げんなり感を笑みの裏に隠し、スノーフィアは主人公を押し立てつつ最後の怪異へ挑む。

 すべての怪異を引き寄せた根元である、“古き女王”。
 放っておくとすぐ余計なことを叫ぼうとする主人公を基本的には力尽くで制しつつ、スノーフィアは正しい選択肢を選んでいく。
「あなたの死の真実を、私は正しく後世に伝えましょう。誇り高く生き、誇り高き死を選んだあなたの有り様を」
 女王が揺らぐ。そしていつしかスノーフィアの言葉を受け入れた。
 よかろう。ならば終わらせてたもれ。妾が呪いを。
「勇者様、女王を解放してあげてください」
 精いっぱいの情感を込めて言う裏で、こっそりやるべきことを教えてやる。
(聖堂の剣で女王を斬ってください)
 主人公は「今度こそ安らかに眠ってくれ、女王――!」とか言いながら駆け出して、すべてを終えたんだった。

 こうして宮廷を怪異の脅威から解き放った主人公は、それはもういい笑顔で言ってくれた。俺はこれからも君を守りたい。
 そうですか。ええ、そうですね。そういうことですものね。思いつつスノーフィアはあいまいに笑みを返し。
「実は私、心に決めた方がいたりなかったり」


 と。
 気づけばスノーフィアは見慣れた自室にいた。
 自動排出されたアペンドディスクがしゅわー。音を立てて消え失せて――彼女は初めて気づく。
 怪異版なんていうアペンドディスクは存在しない。この怪異版こそが怪異だったのだと。
「この東京では、そういうことも起きるもの。あの人はそう言ってましたっけ」
 一応は女神であるはずの彼女にありもしない記憶を植えつけた上で容易く飲み込むほどの怪異が、あたりまえのように存在する東京。
「引きこもっていても危険なんて、どうしたらいいのかわかりませんね……」
 でも、この怪異は危険なばかりではなかった。ちゃんと攻略法をスノーフィアに知識として与えてくれたのだから。
 もしかして、サービスしてくれたのかもしれません。『英雄幻想戦記』のファンである私に。
 だとしたら、他のファンの元にもこのディスクは届けられたのだろうか? それぞれの推しヒロインとして主人公を導いた“同士”が……
「では乾杯しましょうか。同士たちに」


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月12日

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