『夜空を撃ち抜く星々』

赤羽 恭弥（la0774）＆日十歳 紬（la2491）

　食べ物を半分こにする事は、二人にとってはよくある事だった。今日が普段とは違う特別な日であったとしても、それは変わらない。
「紬、こっちも食べるだろ？」
　赤羽 恭弥(la0774)は、バニラアイスの半分を日十歳 紬(la2491)に差し出す。
　ちょうど、紬も自分の食べていたソーダアイスを恭弥に渡そうとしていたところだった。持っていたアイスを自然と交換する形になった二人は、先程まで食べていたものとは違う味を楽しむ。
　夜だというのに、辺りは明るかった。祭り囃子の音がし、人々のはしゃぐ声は途切れる事がない。
　仲良く手を繋ぎ屋台を回る兄弟らしき子供達の姿を見かけ、紬の無表情が僅かに緩んだ。紬のこういった顔を見れただけでも、夏祭りデートに誘ってよかったなと恭弥は思う。
「次はどこ行く？」
「りんご飴」
　恭弥の問いかけに、紬は目に入った気になる屋台の名前を口にする。
　視線の先で、屋台に並べられている赤い林檎はこちらの食欲を刺激するかのようにキラキラと輝いていた。
「了解！」
　恭弥は笑って、彼女の巾着バックを持っていない方の手を取る。
　紬の格好は、いつもの制服姿でもなければ私服とも違っていた。黒地に赤い椿の模様の、浴衣だ。髪には、可愛らしい髪飾りもつけている。
　その浴衣の色合いは、今日はまとめられている彼女の髪の色をどこか彷彿とさせ、紬によく似合っていた。待ち合わせ場所に現れた彼女の姿を見た瞬間、普段は元気な恭弥が言葉を失ってしまったのも無理もない話であった。
　紬の事となると、どうにも恭弥は素直に思った事を口に出すのが照れくさくなってしまう時がある。同じく浴衣姿の恭弥を見て、「似合ってるわね」と紬が口にしてくれた時にようやくハッと我に返り、頭に浮かんでいた何個もの褒め言葉の中から「かわいい」という四文字を引っ張り出せただけでも頑張った方なのだ。
　その時からずっと火照っている顔は、ひんやりとしたアイスでも冷ます事は叶わなかった。だが、気分が高揚しているのは、照れだけではなくお祭りにきて単純にテンションが上がっているせいもあるのだろう。
　手を繋いだまま、二人は早速次の屋台へと向かう。今日のデートが互いにとって楽しいものになればいい。そう、二人共が思っているのだった。

　◆

　恭弥の帯にくくりつけた、二つのヨーヨーが揺れる。ヨーヨーつりに夢中になってしまっていた恭弥は、お詫びに何か甘いものを奢ると紬に言うが、彼女は首を横へと振った。
「別にいいわよ。それより、さっきからあたしが行きたいところにばかり行ってる気がするのよね」
　手に持ったカキ氷をスプーンでかき混ぜると、シャリシャリと小気味の良い音がする。口にしたカキ氷は、甘くて美味しい。紬の好みの味だ。
　いくつもの屋台を回ったが、甘い食べ物の屋台に行く事が多いのは紬の好みを恭弥が知っているからだろう。恭弥を気遣っている様子の紬に、彼はけれど嘘偽りのない心の底からの笑顔を返した。
「俺も楽しんでるぜ。紬が喜んでると嬉しいしな」
「それは……ありがとう。でも、恭弥の行きたいところにも行きたいわ」
「じゃあ、あれやろうぜ！　勝負しよう！」
「あれって……」
　恭弥が示した方向にある屋台を見て、紬は納得したように頷く。確かにその屋台は、恭弥の好みのものに違いなかった。
　テンションが上がっている様子の彼に、紬もどこか楽しげな声音で返す。
「負けないわよ」
「俺だって負けないさ」
　屋台に辿り着いた二人は、店主から受け取った銃を構える。
　そして、スナイパー達の放ったコルク弾は、狙いの景品のど真ん中に的確に撃ち込まれるのだった。

　◆

「勝つつもりだったんだけどなぁ！？　く、悔しい……！」
　結果は、僅差で紬の勝利であった。
「でも、すごいな紬」
　恭弥が賞賛の言葉と共に頭を撫でると、紬の茶色の瞳は嬉しそうに僅かに細められた。この撫で撫でこそ、紬にとっては景品よりもよっぽど嬉しい報酬かもしれない。
　もっとも、たとえ恭弥の方が勝っていたとしても、彼は慰めるために紬の頭を撫でてくれた気もするが。
「思っていた以上に圧が軽かったな。普段使ってるやつとは、やっぱり勝手が違うか……」
「でも、二発目からすぐに角を狙う作戦に切り替えていて凄かったわ。さすが恭弥ね」
「臨機応変に行かないとだしな。結果負けちまったけど！　いつかリベンジするから！」
「いつでも受けて立つわよ」
　店の邪魔にならない位置まで移動してから、恭弥は射的の屋台を少し観察する。次にやる時は、違う作戦を試してみよう。たとえば――。
　今回は負けてしまったが、次はどうすべきか。恭弥は頭の中で、つい作戦を練ってしまっていた。思考を巡らせる事に少し夢中になってしまっていた恭弥の事を、現実へと引き戻すのはやはり愛しい彼女の声だ。
「恭弥、これ」
　紬は、先程手に入れた景品のマスコットを何故か二体持っていた。そして、色違いの可愛らしいマスコットの内の一つを、彼女は恭弥の手へと握らせる。
「屋台の店主さんが、あたしも恭弥も上手だったからおまけにって、恭弥の分もくれたわ」
「え、マジで！？　あ、ありがとうございます！」
　慌てて店主の方へ向き直りお礼を言う恭弥に、店主はグッジョブとでも言いだけに笑顔で親指を立てた。
　二人でもう一度お礼を言ってから、次の場所へと向かう。それぞれが手に持っているマスコットを見比べて、紬は呟いた。
「おそろいね」
　その声は小さくて喧騒に紛れて行ってしまいそうだったが、恭弥の耳にはしっかりと届いたらしい。
「ああ！」と笑い返して、恭弥は手にしていたマスコットを嬉しそうに揺らしたのだった。

　◆

　そろそろ、このお祭りの目玉であり、恭弥が最も楽しみにしていたイベントの始まる時間だ。ざわざわと広場へと人が集まってくる。花火が始まる旨を知らせるアナウンスが、辺りに響き渡った。
　けれど、紬の手を引き恭弥が目指したのは、人の集まっている広場からは少し離れた場所だった。ここから見る花火が一番綺麗だという情報を、彼は掴んでいたのだ。今日のデートのために恭弥が事前に色々調べてきてくれた事を紬は察して、なんだかこそばゆい気持ちになる。
　そう時間も経たない内に、パッと空が明るく照らされた。流星のように尾をつけた光が、夜空を彩る。
「おぉー！　始まったな！」
「すごい」
　旅慣れしている彼はこういった、いわゆる穴場のような場所を見つけるのも上手い。恭弥の情報通り、この場所から見る花火は格別だった。
　続け様に、また空に花が咲く。いくつもの花々が、恭弥と紬の視界を覆う。楽しげに「あの花火」と口にした恭弥の瞳は、キラキラと輝いていた。
「さっきの花火は構造が複雑でさ。二重に詰めるんだけど、バランスを間違えると……」
　花火に照らされた恭弥が、熱中している様子で語り始める。彼が紡ぐ打ち上がる花火の解説や感想に、紬は静かに耳を傾けた。
　しかし、いくつか語った後に、不意にその声は止まってしまう。ハッと何かに気付いた様子の恭弥は、慌てた顔で紬の方を見やった。
「悪い。俺ばっかりが話しちゃってたな。花火を見てたら、七夕の事を思い出しちまってっさ」
　公民館で、友人達と共に行った七夕祭り。その祭りのイベントにあった花火の製作と打ち上げは、恭弥が企画したものだった。
　花火の作り方を習い、材料を用意したり、と祭りのために奔走していた頃を恭弥は思い出す。結果、何種類もの花火がたくさん集まり、祭り当日の空を鮮やかに飾ったのだった。
「ううん」
　紬は、恭弥の口にした謝罪に対して、小さく首を横へと振る。感情が表情に現れにくい彼女は、いつものように無表情だ。語る言葉も、そう多くはない。
　けれど、隣にいる恭弥には、今彼女が穏やかな気持ちである事が分かった。
「あたしもちょうど今、その時の事を思い出してた」
　あの日見た景色は、瞼の裏に今もなお鮮明に焼き付いている。
　空を彩った、自分達が作り上げた花火。楽しそうにはしゃぐ声に、ステージで披露される演奏。願いの込められた短冊と、仲間達の笑顔。
　……そして、あの日も一緒に花火を見上げた、今隣にいる最愛の人の姿。
　恭弥にとっても紬にとっても、七夕祭りは忘れられない思い出だ。花火を見て、あの祭りの事を思い出すのは自然な事だった。
　空に咲く花々。どれも美しいが、決して同じ輝きはない。一つ一つに作り上げた職人の思いが込められている、と七夕祭りの経験から恭弥と紬は思う。
「きれいね、恭弥」
「ああ」
　二人の見上げる先で、花火がまた七色の星を空に流す。どちらともなく、二人は手を繋いでいた。
　相手の顔を見ずとも、互いが笑っている事が恭弥達には分かった。
「今日は楽しかったか？」
　こくりと迷う事なく頷いた紬に、「よかったー！」と恭弥は無邪気な笑顔を見せる。
「俺も楽しかった。また一緒に来ような」
　その言葉に、紬が首を横に振る理由などない。今日の事も、七夕祭りと同じように二人の胸には大切な思い出として強く焼き付くのだった。

　楽しいお祭りにも、終わりの時間が近付いてきた。
　けれど、不思議と寂しい気持ちがわいてこないのは、隣で相手が笑ってくれているおかげだろう。
　――また次も、この人と一緒に。
　まだ見ぬその日も、きっと二人にとって忘れられない楽しい一日になるに違いない。
　二人で過ごす時間は、一つ一つ丁寧に作られている花火のように、どれもが美しく輝いていて、どれもが特別な思い出なのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
夏祭りデートを楽しむ恭弥さんと紬さん……このようなお話になりましたがいかでしたでしょうか。
射的勝負の勝敗はおまかせとの事でしたので、ダイスで決めさせていただきました。お二方のお気に召すお話になっていましたら幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はイベントノベルのご発注誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。

イベントノベル（パーティ）

しまだ

グロリアスドライヴ

2019年09月12日