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『艶閃の先』
白鳥・瑞科8402

 山の多い日本は、今もなお裏山や裏林というものが身近に存在するものだ。
 かようにありふれた“裏”の奥、白鳥・瑞科(8402)は目を伏せる。
 彼女の前にあるものは魔法陣。
 生き血で引いた線を死肉で縁取ったそれは、地の上に書きつけられたものではない。地の下――異界の境界に描かれた陣が、こちらの世界で再現されたもの。
 そして生者を裂き、その血肉で書きつけた魔法陣を再現するためには、こちらの世界でも同じように生者を裂く必要がある。あちらの世界と同様、魔力量の高い贄を。
 そのために多くの同僚が損なわれましたわね。
 陣に使われた武装審問官の数、13。あちらの陣と釣り合いを取るためにそれだけの数が必要だったということなのだろう。
 陣を書いた者からすれば、それだけの理由である。
 しかし陣に使われた者からすれば――いや、やはりそれだけのことだ。あちらの贄の心持ちを知る術はないが、少なくとも武装審問官とは常に死を、永遠の消滅をすら覚悟して事に臨むものなのだから。
 瑞科は左に佩いたレイピアを抜き、陣の中心へと突き立てた。その途端、切っ先で撓められていた雷が爆ぜ、陣を焼き払い、噴き飛ばす。
 元のとおりに剣を鞘へ収めた瑞科は目礼を残し、踵を返した。
 これだけの儀式を必要とするのです。これを壊してしまえば容易に帰りの“門”を開くことはできませんわね。ですので、帰りを急がず遊んでくださまし。
 瑞科は指先に残した血を唇に乗せ、紅のごとくに差す。
 同じ教会の光に導かれ、集まりし同志諸兄。あなたがたの無念はわたくしが共連れて参りますわ。


 色濃き魔力は有象無象を惹き寄せる。
 聖なる魔力には聖なるものが惹かれ、邪なる魔力には邪なるものが惹かれ、そして強き魔力には相応の強きものどもが集まり来る。
 生ける粘液を雷で焼き払い、足場を確保した瑞科は、ブーツのヒールで地に染みついた焦げを躙り、レイピアを斜に構えた。
 この程度を相手取るために腰を据えることはしない。敵の数がいかに多くとも、自らを過信し、連携どころか連動すらできぬものどもだ。一対一の戦いとなればどれほど重ねたところで、息を切らすほどのものにはなりえない。
 左手のナイフで敵の攻めを弾き、右の刃の連撃で斬り退ける。折り重なってくるならば重力弾で潰すか、雷で焼く。
 瑞科は暗雲に塞がれた天へ向け、小首を傾げてみせた。
「どこかで見ているのでしょうけれど、さすがにこれだけではないものと信じていますわよ」
 邪にして強力な魔力がここにはある。ならば、それに見合うだけのものが在るはずなのだから。
 彼女の言葉へ応えるかのように魔力が色濃さを増し。
 すべてが石で造られた巨人が進み出た。
 ところどころを宝石で飾った石甲冑をまとった雄壮な巨人である。一目で“将”なのだと知れる。だとすれば当然。
 巨人の声なき号令により、石の馬に跨がる石の騎士どもが瑞科へと突撃をかけてきた。
「騎馬武者が席巻した時代はとうに終わっていましてよ?」
 左手を前に出し、開いた指先を騎士どもへ向ける瑞科。その先から霰のごとき重力弾が連射され、騎士の槍が彼女へ届く遙か前で、その人型と馬型の石身を打ち砕いた。
 しかし、敵の攻めはこればかりでは終わらない。長槍を備えた石の歩兵が横列陣を組み、瑞科の前を塞ぐ。
「最低限の連動はできているようですわね」
 踏み込んだ瑞科の頭上から振り下ろされる長槍。まともに喰らえばよくて脳震盪、悪ければ頭蓋を砕かれようが、瑞科は純白のケープとヴェールで飾られた頭をかろやかに振り、それだけですべての穂先をすり抜けた。
 実際のところ、見るべきはその流水然とした歩法であるわけだが、心持たぬ石兵らはなにを思うこともなく、ただ振り下ろした槍を振り上げ、瑞科へ突きかかるばかり。
「憎悪でも憤怒でも、思いなき攻めはつまりませんわ」
 これらをかるく剣で払いながら踏み込んでいく彼女に、巨人が声なき指示を飛ばす。
 兵らは一端引いた槍を中段に構えなおし、巨人の太い石剣が振り込まれると同時に穂先を突き込んだ。
 先に届くのは、穂先。
 瞬時に見切った瑞科はその身を鋭く回転させ、レイピアで穂先の列を薙ぐ。手首の返しで勢いを殺し、弾くのではなく吸い付かせるように繰った刃で、穂先を一気に絡め取り、放り出す。
 そして回転を殺さず膝を曲げれば、修道衣に深く切り込まれたスリットからニーソックスとロングブーツとで鎧われた左脚が露われて伸ばされ、地へと突き立つ巨人の拳を叩く水面蹴りを為した。
 打ち合う拳と脚。当然のごとく重量で圧倒的に劣る瑞科の脚が弾かれるわけだが、それは最初から知れていた。
 弾かれた瑞科は右手のレイピアを地へ立てて重心を据え、逆回転する。もう一方の左手を、バックハンドで振り込むために。
 彼女の左手にはナイフが逆手に握り込まれていた。硬い石巨人の外殻にかなうはずのない小刃。しかし、石巨人自体の重さをもってつけられた反動、それが生む速度をもってすれば――刃を外殻へ打ち込むくらいは容易い。
 瑞科は石巨人の腕へ立てたナイフを踏み、跳んだ。
 なめらかなボディラインをそのままになぞる修道衣の下、豊麗な肢体がアーチを描き、彼女をさらに高みへと引き上げていく。
 たとえどれほど硬い岩であれ、人型を動かす以上は隙間を持たざるをえませんわ。
 石の脳を収めた頭部は、心臓である核を収めた胸部と同様に最高硬度で鎧われている。しかし、その脳から下された指令を中継する頸部は、可動域を確保しなければならないことから厚く鎧えないのだ。
 石巨人の頸へ左脚をかけて巻きつかせ、瑞科は背を反らす。ポールダンスの妙技がごとく、脚一本で自らの全体重を支えた彼女は、優美に右手のレイピアで天を指し。
「失礼をいたしますわ」
 切っ先を頸へ突き下ろした。
 ああ、やわらかいはずですのに、思いのほか硬いのですわね。
 思わぬ石の抵抗がレイピアの侵入を押し止め、押し返してくる。
 瑞科は口の端を薄く吊り上げ、レイピアの柄頭に左手を置いた。そして。
 次々と重力弾を生み出し、左手より柄頭へ叩き込む。杭打ち機さながらレイピアは振動し、石巨人の抵抗を乗り越えて奥へと潜り込んでいった。
 かくて石の頸を突き通した刃。
 当然巨人は瑞科を振り落とそうともがいたが、彼女を揺らがせることはかなわない。
「先を急いでいますので、もうよろしいですかしら?」
 瑞科は再び柄頭に左手をあてがった。ただし今度は縦ならず、横から。
「それではごきげんよう」
 重力弾に押し飛ばされた柄は、当然のごとくに巨人の頸へ埋まった刃を逆方向へ引きつけさせる。それにつれ、瑞科の肢体もまた回る。それこそポールダンスの演者さながらにだ。
 そうして彼女が一回転し……ごとり。切断された頭を地へ落とした巨人の体は、指令を伝える脳を失ったことで動きを止め、崩れ落ちた。
 かくて剣を取り戻した瑞科は地上へと降り立ち、残る兵どもを斬り祓いながら先へ向かう。
 あの石巨人1体だけでも相当な被害が出たことでしょうね。あんなものが惹き寄せられてくるだけのものが、この先にはいるということですわ。
 意図せず瑞科の口の端が吊り上がる。
 これ以上ないほどに愉しませてくださいましね、わたくしを。
 夢見るかのごとくに両目をすがめ、瑞科は自らを待つ至悦の出逢いへ向けて疾く、踏み出していった。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月13日

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