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『夢物語の署名』
ティアンシェ=ロゼアマネルka3394

 買い出しの籠を両手に抱えて、教会への帰路を辿る。
 リゼリオは南国で港街だから夏となればそれなりに暑い、ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)も日よけのために大きな麦わら帽子を被っている。
 波打ちの音に惹かれて視線を向ければ、日差しに照らされて海が眩いほどに輝く。
 いいなぁ、とぼんやり思って、少し溢れ出した寂しさを抱え、ティアは日に焼けすぎないように帰り道を急いだ。

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 教会に帰り着いて荷物を降ろす、室内に明かりはなく、窓からの光で強いコントラストが作られている。
 テーブルを少し動かして日の当たる場所に、自身が座る場所を日陰に置く。
 胸に滲んだ思いはまだ残っていたから、何かしら形にしようと思った。

 ティアの感情表現には、どうしても筆記道具が欠かせない。
 引き出しを開けて便箋の束を取り出す、今日はどの色にしよう。
 初々しい緑? 恋心のようなピンク? それとも窓から見える空のような青だろうか。
 気持ちを探って、ちょっとだけ感じ入るものの強かった青を選ぶ。もう一枚は下書き用の味気ないものを選び、くるりくるりとペンを回して、どんな事を書こうかと心の海に沈みこんだ。

 ――会いたい、です。
 最後に彼とゆっくり過ごしたのはいつの頃だっただろうか、この暑さでバテてないかどうか、ここ最近の話をゆっくり聞きたいから時間が欲しい――とまで書いて、ティアは眉を寄せて一度手紙の文面を見直す。
 社交辞令を上手く敷いた礼儀正しい手紙だと思う、これを受け取った彼の事を考えて――彼がそうしかねないように、くしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てた。
 新しい下書きの紙を出して気持ちを綴り直す、会いに来てくださいとわがままで正直な気持ちを強めに書いて、話を聞きたいとか、一緒に過ごしたいと思うままに筆を走らせた。

 気持ちが大きすぎる事はティアだって良くわかっている。
 欲張り過ぎる真意をあなたに知られたくなくて、回りくどく手を伸ばすティアを、彼は辛抱強く受け止めてくれたと思う。
 だから少しだけ勇気を出して、真っ直ぐに行きたいと思った。どこまで許されるだろうかと考えて、ふとティアの顔色が曇ってしまう。

 ――どこまで許される、の?
 口づけをした、俺のものになれって言ってもらえた。
 それを受け入れたし、それを確かめるために言葉を重ねたけれど、自分たちの関係性には未だ名前がない。
 ティアは彼のものだけど、彼は――?
 大切に想ってくれていると思う、向けられる眼差しが替えの効くものだと思いたくなくて、でも言葉を貰ってないから確信なんて掴めない。
 気にするのはいよいよ欲張りすぎなのか、敢えて明言されてない危うさなんてわかってるのに、それでも踏み込みたい気持ちは抑えきれない。
 ――気にしてるんですよ、女の子です、から。
 でも勇気はない、答えが出てしまっていたから、意気地なしの自分に落胆するように、ティアはぱたりとテーブルに突っ伏した。

(あなたが逃げ道を残した事くらいわかってるん、です)
 あの人のずるさも、それすらも好きだと思ってしまう自分も、追いかけると即座に断言出来ない意気地のなさも何もかもティアの気持ちをぺしぺしと叩く。
 でもティアに成す術はない、あの人の特別になれるなら所有物でも構わなかったし、ティアを試すあの人だけれど、そう酷い事はしないと思っている。
 ただ、未だ片思いに似た切なさがあるだけで。
 気がつけば下書きは色んな落書きで埋め尽くされていた、バレンタインに作ったチョコレート、あの人が差さなかった傘、一緒に見に行ったチャペルの十字架。この紙も廃棄しないといけないなと思いつつ、起き上がってじっとそれを睨む。

 どうせただの下書き、いっぱい書き損じたし、これも後々廃棄するんだから、何を書いたって構いやしない。
 高鳴る鼓動を抱えながらペンを滑らせ、文章の末尾に署名をする。『ティアンシェ』はあなたが呼んでくれる名前、そしてその後に続くのは『アリア』と――。
(――……〜〜ッ!!)
 ああ、折角の勇気を下書きに使ってしまった、どうせなら便箋一枚無駄にする覚悟で本番の紙に書けば良かった。
(ばか、私の、意気地なし!)
 インクでぐちゃぐちゃに塗りつぶしてやろうかと思ったけれど、勿体なくてどうしても出来なかった。
 二枚目の下書きを抱えたままベッドにダイビングし、なんでこれが現実にならないんだろうと睨みつける。

 勇気が足りなくて、あなたに嫌われたくなくて、今は足踏みしてしまっている。
 知られたらまたお嬢ちゃんと笑われてしまうのだろう、こんなにも距離を縮めたのに、手を伸ばせないまま、夢見るような恋が止められない。

 昔に比べればずっとずっと幸せなのに、手を伸ばせばきっと優しくしてくれるのに。もう私は物足りなくなってしまって、あなたに愛想を尽かされないか不安になっている。
 あなたの名前で私を繋ぎ止めて欲しい、でもあなたがそれを許してくれるかどうか、ちっとも持てない確信が私を臆病にする。

 憧れるようにあなたの姿を幻視して、最近はその隣に自分をぐいぐいと押し込みたくなる。
 真っ直ぐな横顔を眺めるのが好きで、意地悪く笑いかけてくると下がる眦を見つめ返すのがとても好き。
 頻繁に言葉をつっかえさせるティアを彼はゆっくり待ってくれる、言いづらい事もはっきり言わせようとするのは意地悪だと思うけれど。
 優しいと言えばあなたはいつだって優しくないと私を突き放す、でも本当に私に背を向けたことなんてない、いつだって気にかけてもらってる。

 あなたに逢いたい、言葉を聞きたい。
 その思いを最後にティアは腕をおろしてベッドに沈み込んだ。
 少し気持ちを溢れさせすぎた知恵熱、あなたと何晩も過ごしたこの部屋で、あなたの事を想いながら眠りに沈んでいく。
 ささやかな署名の夢物語のように、あなたと歩めたらどれだけ幸せだろう。
 夢でなら叶うだろうか、逢えるだろうか。
 叶わなくてもいいから、逢いたいなって思う。夢でならきっと聞ける、私はあなたの、何ですかと――。


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ファナティックブラッド
2019年09月17日

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