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『揺らがぬ自信と見えない未来(2)』
芳乃・綺花8870

 少女は今日もまた、風と夜の中にいた。
 芳乃・綺花(8870)の日課となっている退魔士としての討伐依頼は、止まるところを知らないかのような状況であった。他の退魔士が怠慢なわけではなく、『敵』の数が増えているためだ。
「……やれやれ、今日は遅くまで掛かってしまいそうですね」
 端末を見ながら、彼女はそう呟いた。
 今日はすでに、二体を片付けた後だ。それでもまだ、要請は続いている。
「どうせなら、私を唸らせるほどの強敵と出会いたい……というのは、不謹慎でしょうかね」
 ぼそり、と本音が漏れる。通信機で拾われぬよう、空気に溶けるようにして紡いだ言葉は、直後に吹いてきた向かい風によって掻き消された。
 黒髪が靡き、月光が艶を照らす。
 綺花はそこで、深呼吸をした。すると黒のセーラー服の下に隠れる豊かな胸が一度大きく上下する。
 短いスカートがいつものようにパタパタと揺れて、バックラインの入ったストッキングとすらりと伸びた美脚が強調された。

 ――芳乃、そちらに一体向かっているぞ。

「了解です。迎え撃ちます」
 通信機から伝達があった。それをきちんと耳にしてから、綺花は短く言い切り、右手に収まる刀の柄を握り直した。
 端末の画面に映るのは、敵の位置を示す赤い点滅だ。明らかにこちらに近づいてきている。
 その点滅の速度を確認後、すぐに顔を上げる綺花。すると目の前には大きな気配があった。『敵』の姿だ。
 闇に紛れてその形は一瞬分からなかった。だが、目が赤く光っていたので、綺花はそれを『目安』にして一歩を飛びのく。
「――なるほど、鵺に寄せてきましたか」
 昔から伝承として残されている、妖怪の名である。人の想像力が成しえた形容ともいえる、キメラのようなものだ。猿の顔と虎の体、尾は蛇や狐とされることが多い。
 対峙したものも、大きな体躯のそれであった。尾は蛇ようだが、先端が斬られており頭はない。
 つまりは手負いである。
「どなたかの打ち漏らし――ですか。まさか後始末をさせられるとは」
 そう言いながら、綺花は刀を構えた。
『アァオオオォォーーーーー……!』
 敵――妖怪は不思議な声で咆哮を上げた。
 昔の人は、明かりも少ないという理由からか想像力が今よりずっと豊かだった。それ故に夜の闇に鳴くものを異形や妖怪だと思い込み、このような姿を生んだのだ。
「人々の負の感情が想像を具現化させてしまうなど……愚かですね。ですが、あなたたちが人に害を与える限り……私もまた、こうして刀を握り続けるでしょう!」
 綺花は静かに言葉を並べながら、地を蹴った。構えた剣を振りかざし、鵺へと向かって飛び込んでいく。
 ――ズシャ、と鈍い音が耳元に届いた。
 眼前に舞うのは、相手の血だ。スロー画のようなそれをゆっくりと瞳だけで追いつつ、綺花は一旦身を引いた。
 確かな手ごたえがあったからだ。
『……アァ……』
 鵺はその場で、弱々しい声を出した。
 手負いであったという事もあり、隙も大きかったのだろう。
 だが。
『ア……オオオォォーーーーー……!!』
「!」
 胴に一撃を加えたつもりだった。視界でもそれは確認した。
 だが鵺は、大きく吠えてからまだ立ち続ける。
「……倒れたほうが楽でしょうに。ですが、その意気は良し――相手になります」
 綺花はそう静かに告げつつ、仄かに笑った。
『グァ……アアァァ……ッ!』
 勝ち目はないと、相手もわかっているはずだと綺花は思っていた。それでも、相手には同情しない。
 『悪』はどんな姿であろうとも、『悪』にか変わりないからだ。
 だん、と鵺が太い前足で地面を叩き、こちらへと駆けてくる。
 綺花も刀を構え、対峙した。次の瞬間には柄に重い負荷がかかる。
 それでも綺花はその表情すら変えずに、相手の攻撃を刀身で受け止めた。
「……はぁっ!」
 そんな声とともに、綺花は鵺の体を今度こそ横一線に切り裂いた。長い髪がふわりと揺れ、スカートがひらりと揺れた直後、鵺はその場に静かに沈む。
 『……、……』
 何かを言おうとして、口を動かしたのが見えた。
 だがそれでも、鵺はそれ以上鳴くことも吠えることも無かった。
「任務完了です」
 相手に何も感じないわけではなかったが、少女の表情は冴え冴えとしていた。淡々とした苦笑でそう短く言い切り、彼女は刀の血を払う。
「……楽しめましたよ、そこそこに」
 そんな言葉を空気に溶かしながら、鞘に刀を仕舞う。そして彼女は立ち姿も美しいままに踵を返し、その場を後にした。

 彼女には常に後悔などの感情はない。
 自分に課せられた使命と、その責をきちんと理解しているからだ。そして絶対的な自信と心の誇り――綺花の原動力は、これのみだ。
 この先、苦に感じる戦いももちろんあるだろう。いつかは屈して倒れてしまう日も来るかもしれない。
 それでも彼女は自分が信じる『自分』をその身に掲げ、見えない未来にすら突き進んでいくのだ。

 ――次を頼めるか。

「了解です」
 通信が入った。
 それに短く答えた綺花は、まだ見ぬ戦いに心を躍らせながら、夜の闇に消えた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 ライターの涼月です。再びのご依頼ありがとうございました。
 前作の続きのような感じで構成させて頂きました。
 少しでも楽しんで頂けますと幸いです。

 また次の機会がございましたら、宜しくお願い致します。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月17日

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