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『縁を結ぶ』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785)&不知火 あけびla3449)& 狭間 久志la0848)&不知火 仙寿之介la3450

●鏡像異性体
 トレーラーに乗り込み、合成皮革の固い座席に背中を預ける。日暮 さくら(la2809)は暗い天井を見つめた。今日も無事に戦場を切り抜けられた。市民にも怪我人が少し出たくらいである。結果に鬱々とするような事は一つもない、のだが。
「ふぅ……」
 さくらの口から洩れたのは深い深い溜め息だった。少女は近頃ずっとそうだ。ふとすると物憂げな顔をしている。元々人形のように表情が乏しい彼女であるだけに、彼女の表情が帯びる寂寥感はなお強調されて見える。
「何溜め息吐いてんだ?」
 そんな彼女の横顔を、狭間 久志(la0848)がちらりと見遣る。二人は同じ放浪者という境遇もあって何かと親近感を抱き、頼れる戦友として近頃は任務を共にしていた。
「いえ。別に何でもないのです。心配するには及びませんよ」
「誰も心配だとは言ってねえんだが……まあ、そんな顔してたら確かに気にかかるっちゃ気にかかる」
 さくらは唇を結ぶ。腹を割って話し合うなどという事も増えたものの、やはりさくらはどこかに頑ななところがあった。鉄のように硬い意志を以て戦いに臨みたい、という心意気を彼女から聞かされたのはいつだったか。しかし、今の彼女は鉄というよりも硝子だ。硬いには違いないが、ひどく脆いように見える。
 そんな少女を見ていると、老婆心なり、年上としての責任感のようなものであったり、そんな感情が湧き上がってくる。
「さくら。また飯でも食いに行かないか?」
「食事ですか? ええ、構いませんが……」
「なら決まりだな。善は急げだ。デブリーフィングが終わったらすぐに行くぞ」
 やたらと積極的な久志に、さくらは首を傾げることしか出来なかった。

 一方その頃、不知火 あけび(la3449)と不知火 仙寿之介(la3450)は食卓に向かい合わせで座っていた。息子の不知火 仙火(la2785)も他の下宿人も、今日は揃って任務やら学校やらに出払ってしまっている。二人きりの食卓だ。自然と、話は二人が気がかりにしている事へ移っていく。
「さくらちゃん、今頃どうしてるかな」
「さくら? 日暮さくらか」
 自家製の小ねぎを麺つゆに散らしながら、仙寿之介は妻の顔を見つめる。子を思う母親そのものの顔だ。
「うん。前に話したでしょ。一緒に住まないかって誘ったけど、結局断られたって」
「そうだったな。さもありなんというところだが」
「そうだね……私だって、並行世界の姫叔父と今更仲良くやれなんて言われても戸惑うし、ましてや別の世界のあなたと、似たようなもんなんだから愛し合えって言われたって、そんなの絶対無理だし」
 一頻り口を尖らせた後、つるつると素麺を啜るあけび。仙寿之介は僅かに相好を崩した。
「あけびらしい感想だな。しかし、かの娘が抱いているのは、そういう感想ではないと思うぞ」
「どういう事?」
「あの少女の両親への親愛を、思わず、いうなれば赤の他人に過ぎない俺達にも向けてしまう。その事が辛いように感じられるんじゃないか」
「なるほど、ね」
 それきり、しばらく黙って二人は麺を啜り続けた。だがやがて耐え切れなくなり、思わずあけびは箸をおいて椅子にべったりともたれかかった。
「でもやっぱり気になるなぁ……やっぱり寂しそうだもん、さくらちゃん。まるで示し合わせたように私達とあの子が会ったのだって、絶対偶然じゃないと思うんだよね」
「それも道理だとは思うが、やはり大事なのはさくら自身の意思であって――」
「さくらがどうかしたのか?」
 そこへやってくる仙火。あけびは思わず飛び上がると、慌てて笑みを取り繕う。仙寿之介をちらりと見遣ると、彼はほんのわずかに首を振る。まだ仙火は知らない。勝手に知らせるものでもない、と。
「う、うん! ほらー、最近うちに下宿してる子とさくらちゃんって幼馴染らしいじゃない? 最近何だかあの二人悩んでるみたいだし、身近なあの子がそばにいてくれたら、あの二人にとっても嬉しいんじゃないかなー、なんて」
「そうなったらいいかもしれねーけど、多分アイツはよしとは言わねーと思うぜ。俺だって、女の一人暮らしより、集まって住む方がいいだろって言ってみたんだが、あっさり断られたからな」
「そうなの? ふーん……困ったなぁ……何かいい作戦は無いかなぁ……」
 取り繕いはしているが、その振る舞いは妙に怪しい。仙火は眉を顰めた。
「変な母さんだな。……俺の分は無いのかよ?」
「ごめん。任務だって聞いたし、まだしばらくかかるのかなって思ったから……今から茹でるね!」
 何かが怪しい。仙火は敏感に察しつつも、首を傾げるだけにしておいた。

 SALF支部近くの喫茶店。その壁際のボックスで、さくらと久志は向かい合っていた。久志はコーヒーに砂糖を入れてかき混ぜながら、さくらの相変わらず堅苦しい仏頂面を見つめていた。
「……結局さくらは、あの二人に対して、両親を思うように気を許してしまうのが不義理だから、本心ではもっと近くに居たいと思っているのに、拒絶してきたと。そういうわけだろ」
「ええ。結果だけ見れば、そういう話になるのだと思います」
 ブラックコーヒーに映る自分の顔を見つめて、さくらは小さく頷く。あの優しい夫妻と自らを隔てているのは己の拘り一つに過ぎないのだと、それは彼女自身でもわかっていたことだった。
「でもお前は、今やこれまで、俺を見る時に、既知の俺でないと割り切った上で接してきたんだろう? 仮に俺が親の映し身だったとしても、それは同じ事だったんじゃないのか?」
「それは……どうなのでしょう」
 さくらの眼が泳ぐ。久志はそのまま畳みかけるように尋ねた。口を挟むべきではないと、一度は思った。しかし、このまま一人の少女に塞ぎこまれるのも心地いいものではない。
「義理や理屈じゃない。お前の本心が何を求めているのか考えた方がいい。でないと、いつまでも苦しいままだろう。だから、もう一度、胸に手を当てて考えてみろ」
 彼女はほんの僅かに眉を持ち上げる。
「私の本心、ですか」
 久志は頷く。さくらはカップを持ち直し、コーヒーを一口飲む。苦味が口の中へじわりと広がった。少女は一気に呑み込むと、ようやく腹を括る。
「……いつか、“久志”に出会えたという、ただ一つの縁を大事にしていきたい。そう言いましたね。それもまた嘘偽りない本心です。放浪者同士として、縁を結べれば……そう思ってきました」
 だからこそ、彼は彼、久志は久志と割り切れた。共に感じる寂寥感を共有できたのだ。
「勿論、私と同じ世界から、何らかの形でこの世界に来た仲間もいます。ですが、大方は私より年下なものですから、どちらかというと弟妹のようなものですし……元の世界に帰るまで守らねばという気持ちの方が強く、中々胸襟開いて……という事は出来ません」
 姉のような人も、最近になって来てはくれたのですが。そう小声で付け足す。しかし彼女は彼女で、同じく年下の幼馴染を見守るようなポジションで、いわば同士のようなものである。自らの心を温めて慰めてもらう存在かというと、それも違う。
「そうです。わかっています。……結局、私はあの人達の包み込むような優しさを、求めていると」
 全ては、根無し草のような感覚に、その寂しさに揺らいでしまった自らの弱さに原因がある。さくらはそれをようやく認めた。やたらと仙火に辛く当たったのも、腑抜けている彼を叱咤したいからではなく、信頼して心を預けられるような存在が傍にいる彼を羨み、八つ当たりをしてしまっていただけなのだと。
「少なくとも、この半年近くで思い知らされました。私は色々な人の温かさに励まされて、その優しさに随分と支えられていたのだという事を。そしてそれを失くしたら、私は容易に飢えてしまうと」
「勇気を持て。一人で生きる勇気じゃない。歩み寄る勇気を、な」
 久志の言葉に、さくらは深々と頷いた。
「やはり大事にせねばなりませんね。久志や幼馴染との縁もそうですが、不知火家との縁も、この世界で出会えた、一つの奇跡として」
 さくらはコーヒーに角砂糖を一つ、二つ溶かすと一気にコーヒーを飲み干す。
「そうと決まったら、早速不知火邸へ行きます。まずは挨拶をしなければ……」
「そうだな。前回は年下のお前に奢らせてしまったんだ。今回は俺が――」
「いえ。ここは割り勘にしてください。その代わり……ちょっとついて来て貰えませんか?」
 真っ直ぐな視線が久志を貫く。その澄み切った目に当てられては、とても首など振れなかった。
「ああ、ああ。わかった。もう乗り掛かった舟だ。最後まで見届けてやる」

 ビルの狭間へ、夕陽が静かに沈んでいく。古びた屋敷の門の前、不知火家の三人とさくら、久志が向かい合わせに立っていた。さくらはあけびと仙火を交互に見渡し、静かに頭を下げる。
「いつかはお誘いの言葉を無碍にしてしまい、すみませんでした」
「いいんだよ。こっちこそ、無理なこと言っちゃって、ごめんね」
 あけびは微笑み、仙火は何も言わずに肩を竦める。
「では、先程電話で伝えた通りです。これから、私も幼馴染ともども、この家でお世話になりたいと思います。あけびと仙寿之介、それに仙火……よろしくお願いしますね」
「もちろん! 何人だって面倒見ちゃうよ! だからさくらも、遠慮なんかしないでね!」
「はい」
 素直になったらあとは早い。和やかな雰囲気の彼らを眺めて、久志は笑みを浮かべた。
(そうだ。自身がその心に留めておける限り、不義理になんかなるわけがないんだ)
 さくら達の様子を見て一人眉を開き、久志は役目を終えたとばかりに立ち去ろうとする。しかしさくらは、そんな久志の肩を掴んでその場に留めた。
「待ってください。まだ話は終わっていませんよ」
「……は?」
 久志は首を傾げる。さくらは少女らしく頬を緩めた。
「この前奢った分、お返ししてくれるのでしょう? なら、一緒に不知火邸に住みましょう」
「一緒に住む? どういう理屈だ、それは。確かに借りは返すと言った。言ったが……」
 ちらりと不知火夫妻を見遣る。あけびの方はすっかり目を輝かせ、乗り気になってしまっていた。
「いいね! 今の屋敷は若い子ばかりだからね。お兄さんが一人いてくれたら、家の雰囲気がすっと纏まる感じがするなー、って思ってたんだ。ね?」
 あけびは仙寿之介に振り返る。彼もこくりと頷いた。仙寿之介は、一目見た時から彼にも縁を感じていた。彼方の世界で、自らと“彼”との対決を見届けた者と、魂を同じくする者だと気付いていた。
「部屋ならまだ幾つも空いている。別に宿代を寄越せとは言わないし、君にとってもいい機会だと思うが……どうだろう」
 このお人好し二人組に目をつけられては、嫌だとは言い難い。そして久志はわざわざさくらが自分に立ち合ってくれと言った理由を察したのである。
「……まさか付いて来いって言ったの、俺を二人に引き合わせるためか」
「どう?」
 しどろもどろしている間にもあけびが迫ってきた。無意識のうちに懐へ飛び込んで来る。天才的だ。気付けば気を許してしまっている自分がいる。久志は溜め息をつく。ここはもう観念するしかなかった。
「ああ、わかったわかった。仕事で家を空けている間の家賃対策としちゃ、いい機会だ」
「久志も母さんにゃ敵わないか。いいだろ。小隊の参謀が日頃から傍にいてくれれば、俺としても勉強する事が多いから助かるぜ」
「そこまで言われたらなあ……」
「よろしくお願いしますね、久志」
 さくらも目を細める。普段から表情に乏しい所のある彼女だが、こうしてあけびと並ぶと顔貌そのものはそっくりなのがよくわかる。これには勝てないと心の奥で白旗を上げ、久志は静かに頷いた。
「ああ。よろしく頼む」

●二振りの守護刀
 かくして、さくらと久志も不知火邸に暮らす者の一員となった。六畳押し入れ付きの一部屋を宛がわれたさくらは、少ない荷物を早速持ち込み整理をしていた。
「ふむ……」
 あけびと帯紐解いて打ち解け合っても、解決していない問題が一つだけある。彼女は刀袋を手に取り、じっと見つめた。ズシリと重い感触。当然である。そこには、彼女の魂とも言える業物が収まっているのだから。
「どうしたものでしょうか。ただ押し入れに突っ込むのは、やはり……」
 ぶつぶつ独り言を呟いていると、あけびが襖を開いてひょっこりと覗き込む。
「さくらちゃん、渡したいものがあるんだけど、いい?」
「ええ、何でしょうか」
 さくらが歩み寄ると、あけびは脇に抱えていた濃色の風呂敷包みを開く。そこにあったのは、白い木目が美しい桐の箱。さくらは眼を瞬かせた。恐る恐る開いてみると、中身は空。さくらはじっとあけびの顔を窺う。
「桐箱……ですか?」
「仙寿様がねぇ、きっとこの箱が必要だろうって持ってきたんだよね。私もどうして箱だけなのー、って聞いたんだけど、あの人にこにこするだけだし……」
 さくらは桐箱を受け取り、じっと見つめる。中には刀掛台のような拵えが嵌め込まれていた。その長さも、まるで測ったような長さである。少女は思わず嘆息した。
「……なるほど。何でもお見通しなのですね。流石は本物の天使、といったところなのでしょうか」
「あるんだね。何かそこに入れるべきものが」
 さくらは小さく頷き、そのまま静かに頭を下げる。
「ありがとうございました。後で仙寿之介にもお礼を言っておきます」
「うん。じゃあ、そろそろお昼にするから、茶の間に来てね。今日はそうめんだよ。桐箱繋がり……ってね」
 悪戯っぽく目配せして、あけびは足早に立ち去った。その背中を見送ると、さくらは小走りで部屋に戻る。隅っこに置いていた刀袋の紐を解くと、中から一振りの刀――守護刀「小烏丸」を取り出す。白塗りの鞘に拵えが美しい、家伝の宝。かつて任務の時には肌身離さず佩いていたが、この世界ではただのお守りだ。敵に向かって振るったら、例の刀のように折れかねない。
(あの男にまだこの刀は見せられません。かといって、ただ押し入れに押し込むのはこの刀が不憫……これは渡りに船の計らいですね)
 早速頭が上がらなくなりそうだと思いつつ、彼女は家宝を桐箱に収め、押し入れの上の棚に安置した。
「しばし、辛抱していてください」
 ぽつりと呟くと、さくらは押し入れをぱたりと閉じた。そんな所へ、仙火がふらりとやってくる。
「はー、だいぶすっきりした部屋だな。……まあ引っ越して来たばっかりだから当然か」
 でもコイツは洒落てんな、と紫檀のデスクに飾られた硝子のランプをしげしげと覗き込む。宿敵の来襲に、思わず頬を真っ赤にしたさくらは叫んだ。
「女子の部屋にそんな気楽に入ってこないでください!」
「そんなに怒るなよ。新入りの様子をちょっと覗きに来ただけだろうに……」
 仙火は目を白黒させる。特におかしな態度は無い。どうやら何も見ていなかったようだ。それだけ確かめたさくらは、ほっと溜め息をついた。
「そうですね。いきなり激してしまった事は謝ります」
「そうだぜ。びっくりするだろ……」
 やれやれ、とばかりに仙火は肩を竦めてみせる。さくらは口を尖らせた。
「で、結局どうしたんですか。仙火の事です、本当にただ覗きに来たわけじゃないでしょう。次の任務の相談でもしに来たんですか?」
「カリカリするなよ。ちょっとお前に聞きたいことがあって来ただけだ」
「聞きたいこと、ですか?」
 憮然とするさくら。しかしその仏頂面は、仙火の言葉にすぐ打ち砕かれてしまう。
「ああ、前から気になってたんだ。お前……どう見たって俺の母さんと瓜二つだろう。正直、俺の妹よりそっくりなくらいだしな。どういう因果だ?」
 単刀直入の問い。思わずさくらは目を見開いた。うっすらその眼を泳がせて、彼女はしどろもどろに答える。
「それは……別に他人の空似ですよ。世の中には三人似ている他人がいるというでしょう」
「いや、そんな偶然ってもんじゃないだろ。日暮とかいう姓だって……」
 父がかつて名乗っていたという姓に等しい。本物の凡愚ならいざ知らず、仙火が気付かぬわけもない。黙り込むさくらの態度も、仙火に確信を深めさせていく。
「まあ待て待て。そう詰め寄るもんじゃねえぞ」
 ところが、仙火の肩を久志が背後から不意に叩いた。仙火は思わず息を呑んで振り返る。
「今のお前は自分で抱えた問題に向き合えてないだろ。自分の胸襟は開かず、女の胸襟を開こうとするなんて、格好悪いんじゃねえか?」
「それは……そうかもしれないが」
 苦虫を噛み潰したように顔を歪める仙火。久志は仙火の泳ぐ瞳をじっと見据えた。
「まずは、自分の肚をきっちり固めてから考えてみろ。別にお前がさくらに軽く見られてるってわけでもないことくらいはわかるだろ。機が熟せば、さくらが自分でお前に伝えるだろうよ」
 それでいいな。言葉には出さず、仙火の脇越しにさくらの顔を見遣る。彼女は小さく頷いた。
「な? 伊達者らしく行こうじゃないか」
 外見は若々しくても、瞳の光には重ねた年月の重さがある。燻し銀の輝きだ。そんな彼に諭されては、仙火も頷かない訳にいかなかった。
「……わかった。素麺ならそろそろ準備出来る頃だろ。行こうぜ」

 そんなこんなで茶の間にやってきた三人。彼らは思わず目を疑った。茶の間のテーブルから縁側まで、半分に割った竹が一直線に渡されているのだ。
「何で流しそうめんなんだよ」
「だって、最近毎日素麺なんだもの。たまには変化が欲しいでしょ?」
 そう言ってあけびは悪戯っぽく笑う。仙火ははっきり溜め息をついてみせた。
「俺達は別に毎日素麺じゃねえよ。母さん達の問題だろ」
「まあいいだろう。たまには風情を味わうのも。さくら、来ていきなりで悪いが、仙火と一緒に二階に居る面々を呼んできてくれないだろうか?」
「はい、今すぐに。……行きますよ」
 さくらはこくりと頷くと、踵を返して階段を目指す。仙火はしばらく立ち尽くしていたが、やがて早足でその後を追いかけた。その隣に並んで、彼は独り言のように語り掛ける。
「さくら、お前が何者かってのは、今は預けておく。どうせ、それに知るに足るだけの実力が俺に無い……っていうんだろ?」
「そういうわけでは、ありませんが」
 さくらは溜め息をつく。仙火はとんでもなく鋭い。その慧眼に心の奥を見透かされそうになったか知れない。真剣に打ち合えば、ともすれば仙火に打ち負けるかもしれないとも思っていた。もし仙火が、その実力に相応しい風格を帯びているなら。の話だが。
(それに、この優しいお侍は、私の出自や努力を知ろうものなら、その約束を忘れていた事さえ申し訳なさで枷にしてしまうはず。それはごめんです)
「……だから、もしその時が来たら、その時こそはお前の正体を明かしてくれよ。必ずな」
「それは、勿論です」
 二人は立ち止まり、剣呑な視線を交わす。果し合いを始める侍のように。しかしそれも一瞬のこと、仙火はすぐ眉を開いて顔を背ける。
「まあ、何だ。同じ屋根の下で過ごして、小隊を組んで戦う一員になったんだ。お互い信頼して背中を預けられるようになろうぜ、って話だ。ま、俺が努める事の方が多そうだが」
 幼馴染が自分の代わりに攫われて、母もこの世界に攫われて、絆というものは強くも脆いと、何度も思い知らされた、さくらの縁も、ふとすれば切れてしまうかもしれない。そう思って、あの時はさくらを自らの手が届くところに留め置こうとしたのだろう。とだけ、彼は思っていた。
(こいつと戦っていれば、俺も……何か変われるか?)
 幼馴染も、母親も、今度こそ守れるくらいになれるだろうか。さくらの力強い横顔を見て、そんな期待を彼は淡く抱くのであった。

 悪夢の跋扈する世界で紡がれる物語は、今まさに始まったばかりだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 日暮 さくら(la2809)
 不知火 仙火(la2785)
 不知火 あけび(la3449)
 不知火 仙寿之介(la3450)
 狭間 久志(la0848)

●ライター通信
 影絵企我です。この度はご発注いただき誠にありがとうございました。
 これがさくらさんのターニングポイントになるだろうという事で、時間を使ってじっくり書かせて頂きました。幾つかアドリブもいれているので、何かありましたらお申し付けください。お楽しみいただけたのでしたら何よりです。

 では、ご縁がありましたら……

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2019年09月17日

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