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『壁を越える!』
ジャック・J・グリーヴka1305

 邪神にその眷属と、クリムゾンウェストのみならず全世界の命運が絡み合う戦いは遂に決着を迎えた。残党は活動しており、マテリアル汚染の解消や復興と人類に課された課題は未だ底を尽きることはない。それでも元より命を賭して戦っていたハンターたちの激動の日々は無事終焉となったのだった。尤も貴族であり、貿易商としての顔も持ったジャック・J・グリーヴ(ka1305)の多忙さは健在である。しかし歪虚による被害が減少していけば別だが、少なくとも今すぐハンター業から退く考えはなかった。
 しかしながら大☆胸☆筋ブラザーズを従える肉体美選手権三位のジャックとて体力には限界があるし、一人になりたい気分のときだってある。そんな日にすることといえば無論、サオリたんに会いに行くことである。出会いはリゼリオにある稀にお宝が眠るかもしれないジャンクだらけの街。女性に免疫がなく、有り体にいって苦手意識が強いジャックの前に現れた救世主。それこそぎゃるげえのヒロインたるサオリたんだ。画面の向こうにいる彼女に自らの滾る想いを伝える手段は限られているが、サオリたんの可愛さは世の男の大多数が支持するところであり、続編に派生作品にグッズ等々、供給は留まらない。ジャックの愛が尽きることはないとはいえ、新しい彼女の一面を見られるが為に加熱している感もある。
(サオリたんと至福のひと時を楽しむ気満々だったってのによぉ……)
 と胸中で零れるのはらしくもなく泣き言じみた言葉だ。むしろここで大泣きすればドン引きして追い払えるんじゃねえかと良からぬ考えが脳裏をよぎるも、男としてのプライドがブレーキをかける。むしろそんな手段で時間を作ってもサオリたんに顔向け出来ない。そうして渋々顔を上げれば対面に座ったやたら溌剌とした男が鞄から出した資料を目の前へと滑らせた。同業者と顔を合わせることはしょっちゅうなのでジャックには解る。この手の男は気さくを装った詐欺師か、あるいは並々ならぬ熱意の持ち主かの二択である。アポも無しにやってきたのだからこれくらいは許されるだろうと、頬杖をついたままもう片方の手で分厚いそれを手繰り寄せ、表紙に視線を落とす。と、書かれている文字を脳が処理した瞬間ジャックは目を見開いた。
「俺様をゲームのキャラクターに……だと!?」
 日常会話で使うがごとく口にしたものの、実はそれらの単語の意味を厳密には把握していないジャックである。なのでその脳はサオリたんと同じ世界に行けることだと解釈した。ジャックのサオリたんへの愛に懐疑的で冷たい視線を注ぐ弟に聞かせてやりたいこの台詞、と鼻息が荒くなる。いや自分には到底治せない傷を手術してくれたのだから、彼は彼で内心は認めているのかもしれないが。
 男はにっこりと営業スマイルを浮かべて、資料をこちらに向けたまま説明を始める。サオリたんを商売人の目で見ていない、というかむしろ見たくないジャックにとってはちんぷんかんぷんなフレーズを早口で言い募ってきた為、細部までは飲み込めなかったが凡そのコンセプトは理解出来た。
 まず第一に世界を救ったハンターの偉業を称える目的で計画されたものであること。次に数多のハンターが邪神討伐の作戦に参加したが、流石に全員をキャラクター化する訳にはいかないので、より個性が強くて魅力的な面々を選抜したこと。ゲームに興味のない者でも手を出しやすいように、様々な趣向を凝らすこと等々――担当者の口振りにジャックは悟った。こいつは後者の手合いに違いないと。
 ぱらりと紙をめくって、キャラクター化の概要を確認する。サオリたんが高二というやつなので自分もそうだろうと何の疑いもなく考えていたが、何と教師だった。ジャックの頭の中に隠しヒロインらしい担任教師の顔が思い浮かぶ。らしい、というのはジャックはサオリたん一筋なので自らの手で攻略したことはない為だ。まあ年齢と職業から考えれば、学生よりも教師の方がらしいのは事実である。同い年にはない大人の魅力を見せれば、サオリたんも惚れ直すに違いないとジャックは満足げに頷いた。それに男はホッとした様子で更にページを送る。
 次に現れたのは紙上のジャックが大写しでサオリたんのものと思しき手を取っている場面だ。嫋やかな指が赤くなっており衝撃を受ける。男の説明によればジャックが担当する体育の授業時にボールが手にぶつかり、怪我の具合を確認しているらしい。いや逆を見せてくれよと思うも、サオリたんが手を取られて恥ずかしげに顔を赤らめているのを想像するだけで鼻血が噴き出そうになる。そんなカッコ悪い姿は見せられないので結果オーライだ。ただし。
「俺様の筋肉はこんなヒョロくねぇぞ」
 とクオリティ担保の為に商売人として指摘は絶対忘れない。担当の視線が顔から下がるのを見て、力を入れ大胸筋を盛り上げる。今日はそこそこといった調子なので大☆胸☆筋ブラザーズは語りかけてこない。男がはあと生返事をした。多分同じ男として筋肉に憧れるよりも女の子を愛でたいタイプなのだろう。サオリたんはやらねぇけどな、と声には出さず威嚇して、如何に自分たちの関係が深いものなのか延々マウントを取っていると男はそれでラストシーンですが、と更に紙をめくった。
「!! ……ま、まさかこれは……ッ!?」
 激震が走るジャックとは真逆の冷静な態度で、担当が結婚しますと告げる。そう、そこに描かれているのはタキシードを着た自分だった。女性を見るや赤面し、ろくすっぽ会話が出来ないのもあって社交界は兄に任せ通しのジャックだが貴族でありイケメンである。当然似合わない筈がない。ここまでずっと筋肉量以外は実際のジャックに即した豪快で男らしい笑みであったり、サオリたんに部活がなんたるかを熱く語っていたり――サオリたんは茶道部という実に淑やかな部に所属しているが、ひたむきなだけに時に熱くなることもあるだろう――サプライズプレゼントを貰って激しく動揺したり。そんな場面が多かったがタキシード姿のジャックは爽やかな微笑を浮かべていた。女の子のハート鷲掴みですよ、と担当が先程とは打って変わり熱く語る。そこに至り、なるほどこいつはサオリたんとの仲を応援してくれているらしいと理解した。何故サオリたんの好みを知っているのかという疑問は感動の渦に飲まれて消える。
「筋肉のとこだけ直してくれりゃあ、俺様的には文句のつけようもねぇ!」
 では、と男がぐっと身を乗り出す。ジャックは彼の前に手を差し出した。男は感謝の意を述べて勢いよく頭を下げ、それから固く握り返し。ジャックは友情の存在を感じ取った。
 あれよあれよと契約を進めながら、しかしと思う。まさかサオリたんと自分の恋愛模様に見ず知らずの人間が手を貸してくれるとは全く以って予想だにしなかった。しかも儲けが出るほどだ、知らない間にもまさしく世界はジャックを中心に回っていたらしい。結婚すれば家族も友人もサオリたんへの愛を認めることだろうと発売日を待ち遠しく思うジャックだったが――。
 それが女性向けの恋愛ゲーム、所謂乙女ゲーでありサオリたんとは全くの無関係だったと知るのは自分を相手に黙々と攻略を押し進め、エンディングに辿り着いたその瞬間であった。そこには自室でスタッフロールを呆然と眺め傷心するジャックがいたとかいなかったとか。
 真実は本人のみぞ知る。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
前言通りギャルゲーに興じるジャックさんを書く予定が、
ふとした思いつきによって、こんなカオスなお話に……!
しかし明るくて強い人に見えて、内面では色々な葛藤を
抱えていたり、暗い過去を背負っていたりするところが
失礼ながらもとても魅力的な要素だなと思っていて……
密かに女性ファンも多そうで需要は相当ある気がします。
前回とまるっきり毛色の違う内容になっていますが、
もしご期待に添えられていたならとても嬉しいです!
今回も本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年09月20日

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