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『次代へ向けて』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

●若き才穎
 市街地にアラートが響き渡る。日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)は、アーケードの屋根の下でそのけたたましい音を聞いていた。中古レコードをワゴンで漁っていた仙寿は、溜め息交じりに振り返る。
「……近いな。この辺か」
「私達も行こう!」
 骨董品屋の奥からあけびが飛び出してくる。仙寿は頷くと、素早く彼女の手を取った。二人の心身は一瞬にして融け合い、白拵えの刀を佩いた、一人の侍へと変化する。白銀の髪を背後に流して、彼は悠々とアーケードを後にする。一歩歩くたびに、白い羽根の幻影がふわりと舞った。
『イントルージョナーが出現しました。脅威度はデクリオ級相当、出現地区は……』
 美しい女性の声がつらつらと闖入者の出現場所を報告する。
(デクリオ級相当だって)
「それなら俺達一人でも何とかなる。早々に片付けるとしよう」
 白い翼の幻影が広がる。仙寿は軽やかに地を蹴って跳ぶと、看板に足を掛けてさらに高く飛び上がり、ビルの屋上に降り立つ。突然姿を現した和装の天使を見上げ、道行く人々は思わず足を止めた。仙寿は指定された地区を目指し、ビルの狭間を軽快に跳び越え一直線に走っていく。その姿は義経の八艘跳びの如くだ。
(風上から獣の臭いがするね……)
「またどこかの世界から魔獣の類が紛れ込んだか。……相変わらず、簡単に世の中平和にはならないな」
 仙寿は柵を蹴って路地を丸ごと跳び越える。そのまま刀を抜き放つと、ビルの際から下の広場を見下ろす。人々が蜘蛛の子を散らして逃げ回る中で、巨大な狼が目を血走らせて暴れていた。いきなり世界を跳び越え困惑しているのか、周囲の車やら木々やらを纏めて踏み潰している。ガラスの潰れるけたたましい音が辺りに響いた。
「どこぞの森の中で平凡に暮らしていただけだろうに、可哀想なもんだ」
(それでもこれ以上暴れさせるわけにはいかないね)
「そうだな」
 あけびの言葉に小さく頷き、仙寿はビルの屋上から飛び降りる。抜き放った刀を、飛び降りざまに振り下ろす。振り返った狼の頭を切り裂き、潰れた目から体液が溢れる。狼はぎゃんと喚き、前足でその頭を押さえる。その隙に仙寿は狼の背後へ回り込み、小烏丸を突きつける。
「お前に恨みは無いが……許せよ」
 刃にライヴスを纏わせ、鋭く振り抜く。延髄から鮮血が噴き出し、シャドウルーカーの必殺技能、『ザ・キラー』。歴戦を潜り抜けた仙寿のそれは、今や芸術の域へと達していた。
 崩れ落ちる狼。刃に纏わる血を払い除け、仙寿はそっと剣を鞘に納める。
「お、おおー……」
 感嘆の声がビルの陰から漏れる。新米のエージェント達が、彼の一閃をじっと見守っていた。

 ドイツ。愚神との戦いで命を落とした兵士やエージェントの名前を刻んだ慰霊碑の前に、仙寿とあけびは並び立つ。仙寿はそっと指を伸ばし、一つの名前に触れる。ダスティン・イェーガー。愚神トール(az0131)としてH.O.P.E.の前に立ちはだかった、元傭兵だ。
「ようトール。王もいなくなって……この世界も大分落ち着いて来たぜ」
「今度はイントルージョナーって存在が現れて、私達リンカーの戦いはまだまだ続く、って感じだけどね。この前もまた戦う事になったし」
 献花台に花を捧げながら、二人は口々にトールへの報告を繰り返す。愚神と化して人類に仇なしたと言えど、彼らもまた愚神にその生存を脅かされた人間である。人間としてその名前を残すことを、仙寿達を始めとする一部のエージェント達が要望したのだった。
「まあ、後輩のエージェントが沢山出てきたし、俺も今じゃH.O.P.E.法務部の一員だ。頃合いを見て、俺達は一線を退くつもりだけどな」
「これからの時代、大切なのは戦いだけじゃないからね! 私達は異世界とも手を取りあえる世界を作るために頑張るよ!」
 都内の名門大学へと進んだ二人は、共に法学を必死に学んだ。異世界へと繋がる新たなワープゲートの開発が始まり、世界の枠組みが今にも変わろうとしている。新しい時代に対応するための法律の枠組みが必要になる。将来異世界との橋渡し役になるであろうH.O.P,E,は、その法務部に法学研究のプロジェクト開始を通達したのである。英雄達に聞き取りを進め、様々な世界の法律を取り込みながら、将来起こりうる軋轢の可能性を探る。そしてそれを解決するにはいかなる方策を取るべきかシミュレーションする事になったのだ。仙寿は志願し、そのプロジェクトの一員として精力的に活動していた。
「あと……いよいよ俺達も、名実ともに家族になるんだ」
 仙寿は何処か気恥ずかしげに呟き、あけびはこくりと頷きお腹を撫でる。既に彼女のお腹には新たな命が宿っていた。いわゆるアメイジングス第一世代の一人、仁科 恭佳(az0091)からは中々出来にくいはずと聞かされていたが、気付けばあっさり授かっていた。
「喜んでくれるか? ……それとも呆れるか? お前、結構考え古そうだしな」
 自嘲混じりに仙寿は呟く。彼自身、子どもは結婚してからとうっすら考えていただけに、妊娠を伝えられた時はひっくり返るほど驚いた。
 しかし今は既に、大切な伴侶や新しい命を一生かけて支えていく覚悟を固めていた。あけびの肩をそっと抱き寄せ、彼は慰霊碑を見上げる。
「見守っててくれよ。俺達は必ず、次代に繋がるいい世界を作って見せる」

 王との戦いから五年。仙寿とあけびは、新進気鋭のH.O.P.E.職員として、大志を抱き立ったのであった。

●大人の女子会
 右近下駄をからころ鳴らして、あけびは夜の街を歩く。外ではH.O.P.E.の一職員としてスーツばかり着ているあけびだったが、今日は学生時代を思い出す大正浪漫な和装に身を包んでいた。愛する夫も子ども達も、今日は屋敷でお留守番。何を隠そう、今日は多忙を極める大人女子三人で久しぶりの女子会を開くことになったのであった。
「青藍、恭佳!」
 レストランの前に、二人が並んで立っている。相も変わらず少女のように若々しい澪河 青藍(az0063)と、髪を伸ばしてすっかり大人びた仁科恭佳。進む道は違えど、今でも親友に変わりは無かった。
「久しぶり、あけびちゃん」
「お久しぶりです、あけびさん」

 隅のボックス席に腰を落ち着けた三人は、軽食を囲みながら早速話に花を咲かせ始めた。今や三人とも、左手の薬指に指輪が光っている。話の方向も、自然と互いの家族との生活へ向かうのだった。
「まずは恭佳ちゃん、結婚おめでとう!」
「ありがとうございます。照れますね……」
 恭佳は口元に手を当て、くすりとはにかむ。少女の頃は問題児代表だった恭佳も、今ではすっかり思慮深い研究者となっていた。その折り目正しい態度に、さくらは思わず目を丸くする。
「やっぱり雰囲気変わったよね、恭佳」
「流石に昔のようには、です。子供じゃないんですから」
「むむむ……そう言われちゃうと、何だか私、ちゃんと大人のレディになれてるか心配になる……」
 あけびは腕組みして首を傾げた。三十路になっても心はいつでもサムライガール! などと先の誕生日に宣言してみたものの、仙寿からは一男二女の母がガールはやはりいかがなものかと言われ、ならばサムライレディであると方針転換を図ったばかりだ。
「いやいや。そもそもあけびちゃんは立派な母親じゃないの。一番上の子はもう五歳になるんだっけ?」
 ワインのグラスを傾け、頬をうっすら朱に染めた青藍があけびに目配せする。
「そう! ほら見て、今日撮った写真!」
 あけびはこくりと頷き、スマートフォンを取り出して青藍達に突き出す。最近では友人達の子供も囲んで、どこかお姉さんぶるようになってきた。可愛い盛りであるし、いつかはその美貌で蝶よ花よと周囲から持て囃されるようになるに違いないと確信していた。そのお陰で仙寿は今から気が気でないようだったが。恭佳は一通り写真を眺めて、ほっと嘆息する。
「子どもかぁ……私も早いうちに欲しいんですよね」
「ふぅん?」
 彼女の言葉に、あけびは少し得意げな顔をする。一足早くママとなったあけびは、戦友達がママ友となる度に何かと世話を焼いてきた。何かと年上に囲まれる幼少時代を送ってきたあけびにとって、お姉さんのように振舞うのは悪い気がしない。
「研究プロジェクトも道半ばですし、なるべく体力があるうちがいいなぁ……と。その点、あけびさん達は三人も育てていて、その体力がどこから湧いてくるのか不思議です」
「まあねえ。仕事が積み重なったときはキツいって思う事もあるけど……」
 今頃仙寿と子供達は何をしているだろう。一緒に夕飯を食べている頃だろうか。そんな他愛のない事を考えるだけで、頬が緩んだ。
「子供達の顔を見ているだけで何でも頑張ろうって気になるんだよねえ」
 そんなあけびの横顔を見つめて、青藍も頬を緩めて頬杖を突く。
「いいなあ。そういうの。私も相談してみようかな……」
「いいよー、子供は。何かあったらいつでも聞いてね。何でも相談に乗るよ! あ、でもその代わり……」
 あけびは声のトーンを落とし、青藍の顔をじっと窺う。出産も子育ても仕事も為せば成るの精神で、時には仙寿の手を引っ張るように突っ走って来た彼女だったが、仙寿が実際に出世の階段を上るにつれて、そのスタイルは限界かもしれないと思いつつあった。そんなあけびにとって、研究者である夫を陰日向に支える青藍の仕事ぶりは憧れの一つである。
「秘書業務に必要なスキルとか、色々教えてほしいんだよね。仙寿の仕事が増えてきたし、これからはそういう形でもサポートできたらいいな、って」
「いいよ。スケジュール管理から腰の重い事務を働かせる話術まで、何でも教えてあげる」
「おー、やっぱり頼もしいなあ……」

 あけびに青藍、それから恭佳。キャリアウーマン三人娘は子育てに仕事にと、互いに手を取り合いながら奮闘していくのであった。

●新たなる世代へ
 王との戦いから二十年が過ぎたある日、仙寿とあけびの娘が試作品のワープゲートをくぐり、どこかの異世界へ飛び出してしまった。世界線座標は特定したが、何らかの力に干渉されて帰還用のゲートを構築できない。現状での捜索は困難。恭佳は苦い顔で告げた。
 愛情を込めて育ててきた娘の失踪。普段は法務部長として謹厳実直に振舞ってきた仙寿も、溺愛する娘がいなくなったとあっては酷く落ち込んだ。しかし、親として出来るのはもとより彼女の無事を信じるのみと夫婦で互いに励まし合って立ち直り、今は彼女の帰りをひたすら待つことにしたのであった。

 洋館のバルコニーに二人並んで立ち、満月の輝く夜空を見つめる。あけびはほっと息を吐く。その手元にはお茶の入ったグラスが握られていた。
「……きっと戦ってるんだよね、あの子」
「だろうな。世界が危機だと知って、見過ごせるような子じゃあない」
 恭佳は調査を進め、娘が消えた世界へ自由に行き来できないのは、複数の世界を又に掛ける何らかの勢力がその世界に干渉しているためではないか、と予測を立てていた。愚神のように、今まさに世界を侵略しているのだ、と。
「俺達の娘だ。きっと無事に戦い抜く」
「そうだね。案外向こうで好きな男の子を捕まえて、こっちに連れて帰ってきちゃったりして」
 あけびがくすりと笑うと、仙寿はぐったりした顔で溜め息をついた。娘に変な虫がつくことを防げない。悲しみの山を一つ乗り越えた今となっては、その事が何よりも仙寿にとって恨めしい事実だった。
「だから、タチの悪い冗談は勘弁してくれよ……」
「大丈夫だって。あの子に限って、変な奴に騙されたりしないよ。うんうん」
「うむむむむ……」
 仙寿が不機嫌そうに唸った時、バルコニーの階下に一つの影が動いた。二人は咄嗟に眼を向ける。黒いコートに身を包んだ、白髪交じりの女――イザベラ・クレイ(az0138)が笑みを浮かべて二人を見上げていた。
「相も変わらず、仲が良さそうで何よりだ」
「イザベラさん!」
 彼女はロープを投げてバルコニーの柵に引っ掛けると、そのままひょいひょいと登ってくる。顔には重ねた年月を偲ばせる皺が刻まれていたが、未だ壮健らしい。仙寿は溜め息をつく。
「退官して世界中を旅して回っている、とは聞いていたが……日本に来ていたのか。言ってくれれば、わざわざこんな事しなくたって、正面から出迎えたんだが」
「稚気じみた事をしてみたかった。ただそれだけの事だ」
 イザベラはさらりと言うと、バルコニーの席に素早く腰を下ろす。眼鏡を掛け直した彼女は、仙寿とあけびの顔をぐるりと見渡す。
「聞いたぞ。あの娘が異世界に飛んでいってしまったらしいな」
「ああ。どの世界に飛んでいったかは分かっているが……どうにも片道切符になるらしい。こちらに帰ってくるあてがないから、捜索には二の足を踏む状況だ」
「それも聞いた。……飛んだ先がわかっているのに助けにいけないとは、中々もどかしい状況だな」
 仙寿は深く頷く。今や仙寿もこの世界では欠かせぬ存在となってしまった。おいそれとその責務を投げ出すわけにはいかない。
「まあ心配はしていない。十分に実戦は積んでいるし、君達から剣を学んで、私からは銃を学んでいるんだ。何処と知れぬ世界でも、身は守れるだろう」
「俺達もそう信じている。……もしかして、わざわざここに来たのは、俺達を見舞う為か?」
 尋ねると、イザベラはふと微笑んだ。
「その通り。……まあ、案外元気そうで安心したが」
「いつまでも落ち込んでなんていられませんからね。私達はあの子の無事と成長を信じて待つ。それだけです」
 あけびはガッツポーズを作った。それを見た彼女も、頬の皺を深める。
「その意気だ。君達のような親を持てて、彼女も幸せ者だ」
 イザベラは懐から電子煙草を取り出し、深々と吸い始める。そんな気楽な姿を見つめて、あけびはふと零す。
「それにしても、退官したなんて、びっくりしちゃいました。イザベラさんなんて、死ぬまで現役! みたいな人だと思ってたので」
「私も自分でそう思っていたよ。……だが、君の娘が頼もしく成長していくのを見るうちに、これからの未来を彼女達に委ねて、その行く末を見守る事こそが、今の自分に為すべき事だろうと、そう思うようになった」
「見守る事、か。そうだな」
 三人は自然と夜空を見上げる。一つ一つの星が輝きを放ち、空に彩りを添えていた。
「あの子達が作る世界は、どうなっていくんだろう」
「まだわからない……が、きっといいものになるさ。それだけは間違いない」
 春の空に一際眩く輝くスピカ。娘の将来に期待を込めて、仙寿とあけびはその星に祈るのだった。



 愚神の襲来、英雄の出現。激動の時代を駆け抜けた少年と少女がいた。彼らの意志は次なる世代に受け継がれ、新たなる歴史を紡いでいくのである。

 おわり

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 日暮仙寿(aa4519)
 不知火あけび(aa4519hero001)
 仁科 恭佳(az0091)
 澪河 青藍(az0063)
 イザベラ・クレイ(az0138)

●ライター通信
 影絵企我です。この度はご発注いただき誠にありがとうございました。
 話の流れはこっちが先に閃いたので、こちらをまず先に仕上げさせていただきました。要望にあったストーリーをいっそ全部突っ込んだれと、5年後、10年後、20年後のエピローグを書かせて頂きました。成長した仙寿さんの戦いと決意、妻として母として変わりゆくあけびさん、そして次代を思う二人、というイメージです。
 楽しんで頂ければ幸いです。

 ではまた!


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2019年09月18日

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