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『険しい道行きを』
ユリアン・クレティエka1664)&ルナ・レンフィールドka1565

 木漏れ日の道をユリアン(ka1664)が先導しながら歩く。
 時折振り返って確認すると、ルナ・レンフィールド(ka1565)がまとめた髪を揺らしながら、確りした足取りで自身の後ろを追従していた。

 ほっとした安堵と、このまま最後まで無事にいけるかといううっすらとした不安、自身への問いかけ。
 視線を前に戻しても自身を導いてくれる誰かはなく、一度歩いた事のある道だったけれど、自分で選択し道を決める重圧がのしかかる。
 夏の日差しは肌を暑いほどに温めるのに、緊張が体の芯を冷やす。誰かに手を引いてもらうのはとても楽だと思い知ったけれど、彼女を連れている状態で、そういう甘えはしたくないなと思った。

 整備された道を外れ、大小の岩が転がる渓流へ足を向ける。
「滑るから、気をつけて」
 自身が先に降りて、ルナの方に振り返って自分の手を差し出す。
 彼女だってハンターなのだ、身体能力が低い訳でもない。それでも手を出すかどうか考えて、したいと思った。
 多分嫌だとは思われていない、少しの硬直と、ルナから漏れる恥じらうような仕草。
 柔らかい感触が掌に重なり、片手でスカートを摘んだルナがトンと降りてくる。ユリアンは体を前に向き直すと同時に握った手の力を緩めたけれど、足場がいい訳でもないので、彼女に振りほどかれない限りは繋いだままにしておいた。

 強い日差しは岩を白く映し、蒼と灰の入り交じる水面が眩く輝く。
 帽子だけじゃ前が見れなかったのか、ルナが隣で空いてる手を翳すのが見えた。
 木陰が濃く、岩の少ない場所を探して座るためのシートを敷く。
 荷物を置いて、少し緊張気味に「どうぞ」と声をかけると、決して広いとは言えないシートに二人で並んで座った。

「…………」
 果物を沈めた渓流が流れるのを眺めながら、暫く張り詰めるような沈黙が続く。居心地が悪い訳じゃないけど気恥ずかしさがあって、それが二人の口を噤ませる。
 やましい事がある訳じゃない、ただ触れてしまいそうな程距離が近く、気温が炙るように暑いだけ。
 気づかないフリをしてこの距離に甘えるのは簡単なように思えたけれど、少し考える時間を挟んで、惜しいなと思う気持ちがユリアンの思考を次に進ませた。

 何をどう伝えよう。
 ルナと一緒に過ごした記憶は指折り数えられるけれど、彼女から語りかけて貰う事の方が多い気がする。
 関係を気にかけてくれる何人もと話し合い、問いかけられる度に彼女を想う気持ちを零していた。
 でも、自分が持つ気持ちを彼女に言葉で伝えた事は少ない。
 どう伝えればいいのかの惑い、自分なんかがと引け目に思う躊躇。言葉に困る自分を、彼女は待てるのだと何度も許してしまう。
 或いは、彼女にも答えを出してしまう怯えがあるのか。
 それでも彼女はめげずに何度もユリアンに気持ちを伝えて来た、ずるい自覚はあるけれど、彼女を大切に想うから、向き合いたいと思う気持ちはもう顔を出せそうなくらいに積み重なっている。

 自分はどう思うだろう。
 他の人が出した答えはいっぱい聞かせて貰った、背を支えるような言葉も沢山もらった。
 生き残る事を善処すると約束した、身を苛む罪悪感を忘れた訳じゃない、でもそれを理由に身を投げ出す事はもう出来ない。
 滲むような不安、居心地の悪さをどうすればいいのか。
 此処に来た時、誰にも先導してもらえない状況で彼女を連れ歩いた事を覚えている。
 選んだ道を一人で歩くならまだいい、何があってもユリアンの自己責任で済む。でも彼女を付き合わせる重さを自分は担えるのか。
 一度失敗した、それを思い出すだけで背を向けたくなる。
 もう繰り返さないと言える自信なんてどこにもなくて、心と力を尽くそうと思っても自分が非力で未熟な事に変わりはない。

 彼女に待ってもらう事が最善のように思える、それならば自分は安心出来て、数ヶ月置きに彼女の元に顔を出すだけで安らぎを得る事が出来るだろう。
 でも彼女はそれを望まない。
 少し息をついて、立ち上がり、彼女にも手を伸ばした。

「川を渡ってみようか?」

 …………。

 水の中に足を踏み入れると、冷たい感触が踝を浸す。
 砂利を踏みしめながら足場を安定させ、ユリアンはルナが降りて来やすいように手を伸ばす。
 多分、ルナのスカートはぎりぎり水に触れないくらいだと思う。それでも気になるのか、彼女は少しスカートを引き上げながら、ユリアンの手を支えに川の中に降りてきた。

「……涼しいです」
 日差しに身を晒し出す事になっているけど、絶えず足元を流れている感触は十分体を冷やしてくれる。
 それでも暑い事には変わりなくて、もう少し涼める場所を探すために、ユリアンはルナの手を引いて川を渡り始めた。

 足場の悪い川を二人で手を繋ぎながら歩いていく。
 風の吹き付ける感触、この先はユリアンも見たことないから、少しの好奇心とわくわく感。
 彼女がちゃんと着いて来ているか定期的に気にかかるけど、繋いだ手があるから、確かな感触が来た時と違う安心感を与えてくれる。
「わっ……」
「おっと……」
 川底に躓くルナを振り返って受け止める。
 ルナの顔が派手に胸に衝突し、数秒ほどの抱きとめる状態から、ルナは慌てた様子で身を離した。
「ああああ有難うございます、すみません……」
 大げさなほどの動揺に、ユリアンは吹き出すような笑みを漏らす。
 記憶の中で、彼女はいつだって真っ直ぐに言葉と眼差しをぶつけてくる。なのに偶然にでも触れれば林檎のように顔を真っ赤にするのが不思議で、その落差を可愛く思ってしまう、それが。
「大丈夫?」
 彼女がいつもより大分勢いよく頷くのを微笑ましい気持ちで見つめる、受け止められた安堵と、手を繋いでいて良かったと思う気持ち。
 彼女の赤い顔を思い返して、湧き上がる気持ちから何かに気づいてしまいそうになるのを沈黙で受け止める。

 ほのかに色づく桜色。
 視線を落とせば、繋いだ手の指先には思った通りの色があって、感慨深さと共にユリアンはもう片方の手を重ねてルナの手を包み込む。

「あ、あの……ユリアンさん……?」
 動揺がまだ抜けてないのか、ルナは戸惑いと恥じらいの入り混じった顔色でちらちらと伺ってくる。
 殆ど説明をしないのはきっと自分の悪い癖だろう、前方に視線を戻し、少し体を空けてルナにも見えるようにする。
 決して歩みやすい道ではない、今回に限らず、自分はきっと何度もこういった道に踏み入ってしまう。

「旅について来たいって言った話だけど――」
 内心の葛藤など何も言っていない、せめて平穏無事とは言えない事くらい繰り返すべきなのに、口を噤んでしまうユリアンをルナは迷いのない目で見つめてくる。
「……後悔は、しない?」
「しません」
 秒も空けないルナの即答に、ユリアンはふっと苦笑まじりに口元を綻ばせた。
 彼女は凄いなと思う、自分ならそんな断言は出来なかった。連れて行った結果ルナに何かあったらきっと自分を呪って恨む、後悔だってするだろう。

 ああ、でも道を閉ざすのを惜しいと思ってしまっている。もしかしたらまた受け止めるのが間に合うかもしれないと、希望を見てしまう。
 出来なかった痛みはもう知っているのに、ユリアンはまた懲りずに試みようとしているのだ。
 八割くらいの心配と、二割ほどの胸を鳴らす動悸。
 ルナが戻りたいと言えばユリアンはきっとその通りにした、穏やかで綺麗なものばかりじゃないと考え直させたいのに、ルナの眼差しは全てを跳ね除けそうなほどに強い。

「告白した時に選んだんです、私が、私の意志で」
 危ない事、辛い事、苦しい事。
 思いのために、ルナはそれら全てと向き合う事を覚悟した。ただ、彼と生きる事を諦めたくないから。
「ユリアンさん、好きです。何度だって言います!」
 貴方の行く道に連れて行って下さいと眼差しと共に重ねられる言葉。数秒ほどの真剣さから一転、連れて行かなかったら勝手についていっちゃうかもしれないとルナの口元が綻ぶ。
 ルナがどれくらい本気なのかなんて、ユリアンが気持ちを言わないのと同じくらいに知る由がない。
 ただ今答えを迫るつもりはないのだと、ルナは今回もユリアンを離してくれる。

 かなわないと思ったから結婚したと、敬愛する人がユリアンに教えてくれた。
 どんな道を選ぶかまだ決めてないけれど、思いが募っていく感覚は少しわかってしまう気がする。
 気持ちの見返りなんて求めてもいないと友人が口にしていた、自分がするならきっとそうなってしまうのだろう、でも向けられた側なら。

 辿り着いた向こう岸は段差があって思ったより険しい、だが疾影士であるユリアンにとってはそこまで難しい訳でもなく、岩を踏んで陸に上がると、膝をついて彼女に手を差し伸べる。
 引き上げる力があっても、水を吸った服と滑る足場では少し苦戦するほどの高さ。
 今日何度も湧き上がる気持ちに戸惑いながら、ユリアンは「少しごめんね」と断って、一度降りるとルナの体を抱き上げて二人一緒に崖の上へと上がった。
 あわわわと口ごもる彼女を平地に降ろす、ユリアンもどう言葉を継げばいいのか困ったように首を傾げる。
「困った顔とか、してくれても良いんだけど……」
 それならばユリアンはきっと自分を律する事が出来る。
 もっと触れて、可愛い顔が見たいだなんて、思わずに済むのだ。

 思わず漏れてしまった言葉を何も説明する事なく、ユリアンはルナの手を引いて辿り着いた向こう側に向き合う。
「行ってみようか、荷物から離れすぎない程度に」
 二人とも見たことのない場所を少し覗くだけ、戻ったら渓流で冷やしている果物を二人で食べて、二人で見に行った小さな冒険の話をしよう。


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2019年09月18日

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