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『それはいつかのそんな明日』
天間美果aa0906

 果たして天間美果(aa0906)は戦場に立つ。
「準備はいい? あたしが合図したら前衛突撃。突入口をこじ開けるの。中衛は前衛をサポートして突入口の維持。後衛はあたしに続いて行くわよ」
 りょーかい! 舌足らずな返事が5つ重なって。
 16時のタイムサービスを告げるアナウンスがスーパーを震わせる。
「天間小隊、ゴーゴー!」
 美果のサムズアップに押し出され、前衛を務める長男と次男が駆け出した。彼らは恐れ気なくタイムセール品へ殺到する主婦の隙間に突っ込み、ふたり分の“幅”をこじ開ける。
 彼らの成果を見て出動したのは中衛の長女と次女だ。長男、次男にそれぞれ連結し、たくましい主婦どもの浸透を防いで後衛の“踏み場”をキープ。
 そしてついに後衛が突入する。三男を肩に乗せた美果が、太ましい脚を先の4人が拓いた踏み場へ踏み込ませ、そっとまわりの敵を押し退けていった。
 このときの三男の役割は、とおりますー、ごめんなさいーとまわりに告げること。加えて彼に合わせて足元の4人もいっしょに声をあげることで、効果をいや増していたりする。
「全員帰還して! 一気に押し込むわよ!」
 進撃する美果へわーっと4人がしがみつき、器用によじ登る。全員が肩の上に登ったのを確かめて、美果が歩速を早めた。
 もちろんまわりの主婦だってそれを見逃したりはしない。タイムセール品には当然限りがあり、美果を通してしまっては5つ子の数を足した6つを奪われることとなるのだから。
 カートや買い物カゴ、エコバッグ、肩、肘、背、使えるものは全部使って美果をブロックしにかかるのだが……
「天間家の団結、そのくらいじゃ崩せないわよ?」
 主婦の内には現役の空手家もいたし、合気道や古武術を心得た者もいたが、結果はその他とまるで変わらない。攻撃をもれなく、重心をきっちりと据えた157キロで受け止め、やわらかな贅肉で弾き返す美果を止められはしなかった。
 かくて主婦どもは思い知る。結局のところ、押し広げられる隙間を美果に与えてしまった時点で負けなのだと。
「さあみんな、獲物を狩るのよ!」
 あいあいまむ! 美果に足を抱えられた5人が、セール品の卵パックへ襲いかかった。
 かくておひとり様1パック限りを無事6人分確保した天間家は、悠然とレジへ向けて凱旋する。

「それじゃあ訊くわよ」
 スーパーからの帰り道、美果は肩に乗せたままの子らに問う。
「今日の晩ご飯はなにがいい?」
 5つ子は一瞬アイコンタクトを交わした。ここへ来る前に、答は決めてきている。それが揺らいでいないかを確かめて、声を合わせた。
 おむらいす!
「了解。ただし」
 びくり。子らがすくみあがる。この後に続く母のセリフはもうわかっていた。ああ、どうしてうれしいままで終わらせてくれないんだろう? でもまだだ。もしかしたら母はちがうことを――
「お野菜たっぷりのスープをひとり1杯。これはノルマだからね」
 もしかしたらなんてなかった! 思っていたとおりの結末に5つ子は声なく嘆く。ああ、運命は変えられない。自分たちにそれを変える力など、ない。
 萎れてしまった5つ子に美果は苦笑して。
「カレー味にしましょうか。もちろんお肉も入れてね」
 ちょっと待って。それってほぼほぼ、カレーなのでは?
 あっさり力を取り戻す5つ子の様にまた美果が苦笑したそのとき、スマホが着信を告げた。
「はい――あなた。今夜はオムライスとカレースープになったわよ。――ええ――うん――」
 漏れ出す音で父からの電話であることに気づいた子らが、次々声をあげた。
 今日はごちそうだよ!
 そうだよ、すーぷにおにくだよ!
 おぼんとおしょうがつがいっしょにきたみたい!
 おしごとなんてしてるばあいじゃないね!
 だからはやくかえってきてね!
 そして美果もまたしっとりうなずいて、「うん、あたしも待ってるから」。
 通話を切った美果はふむと息をつき。
「じゃあ急ぎましょうか。パパが帰ってくる前に準備しておかなくちゃ」
 あいあいまーむ!


 商店街の通りを行く天間家の前に、1台の原付が駆け込んでくる。
 美果にも5つ子にも知る由はなかったが、原付に跨がる男はちんけなひったくり犯であり、たった今、そこで老婦人のバッグをひったくってきたところだ。
 美果をどかそうとけたたましくホーンを鳴らし、アクセルをひねり込む男だったが――
「そのバッグ、山田さんが大事にしてるものよね?」
 まるでクリムゾンローブをまとっているかのごとくに幻炎閃かせ、美果は鋭くターン。最小限の間合だけをずらして原付の突進をかわしつつ、その回転に乗せた手刀を男の右手へ打ち込み、アクセルから放させる。
「ご親族にはとても見えないし、一応話を聞かせていただける?」
 そのままブレーキを握り込んで原付を急停止させ、男が放り出されないよう逆の腕で押さえつけた。
 しかし。ちょっとしたジェットコースター感覚に大歓声をあげる5つ子を美果が制している間に、男は原付の上から跳び降り、逃げだそうとする。
 なにがなにやらわからないが、この女はやばい。それはまったくもって正しかったし、最良の判断だった。
「さすがにお見送りするわけにはいかないわよ」
 服の襟を引っ掴まれ、つんのめる男。まだエンジンが止まっておらず、前進を続けている原付を左手ひとつで支え、すでに駆け出していた自分の裾どころか襟首を左手で掴む豪腕と早業。なんだよこの女!? なんなんだよ!?
 バッグを捨てた男の手が代わりに引き抜いたものは出刃包丁。刃渡りも殺傷力もナイフを凌ぐそれを、振り向きざまに叩きつける。そう、美果の肩から垂れ下がった子らの脚へ。
「それはだめよ」
 男の襟首を離した美果は、子らの脚の前にその太い腕をかざして守り、一歩下がる。半歩で足りるところを一歩にしたのは、自らをも傷つかせないためだ。
「あたしがケガしちゃったらこの子たちがショック受けるし、あなたの罪も重くなるもの」
 もう一度斬り込もうとした男の手が鈍った。
 この女、そんなことまで――
 重心をかけて前に出していた足が美果の太ましい脚に払われ、男は尻餅をついた。そのときにはもう、魔法のように包丁が奪われている。そして。
「警察が来るまでおとなしくしていて」
 未だハンドルを掴まれていた原付が、美果の左手に引かれて宙へ浮く。マジでなんだよこの女!? 胸の内でわめき終えるよりも早く、男の腹に原付が乗せられ、押しつけられて。
「罪を償ったらお帰りなさい。あなたを待ってる人のところに。もし誰もいないなら――そのときはあたしがあなたを待ってあげるから」
 こうして男は無事、警察の手に引き渡されたのだった。


「遅くなっちゃったわね。ほんとに急がないと」
 リズムに合わせて子らと童謡を口ずさみながら、美果は家へ向かって急ぐ、急ぐ、急ぐ。
 母は誰より強く、優しくあらねばならない。
 実践できているものかはまだ自信がないけれど、そうありたいと誰より強く願い、そうなるのだと努めているから、彼女はなにがあっても揺らがないのだ。
「」

 天間美果は主婦である。
 そして5つ子の優しい母であり、夫のよき妻であり、その生活と幸せのすべてが詰まった家の毎日を守る強き守護者、さらには近隣の主婦から“空母さん”と呼ばれて怖れられるタイムセールの天敵だ。
 それはきっと、いつまでも変わることのない、美果の有り様。


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2019年09月18日

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