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『面影探し』
ルシオラla3496)&路傍の毒la3693

 SALFに関する情報を口頭で淡々と説明しながら、先を歩くルシオラ(la3496)が扉を通りその本部の建物へ足を踏み入れる。後ろについて入った途端、視界内に何十人かの姿が見受けられて、多様さに目を瞠った。仲間募集や依頼の張り出しを眺める者に、何かの端末を使っている人間もいれば、誰かと親しげに話している者もいる。ヒトに見えないのはヴァルキュリアか、自分達と同じ放浪者だろうか。
「実はまだ住処もありませんで、SALFの方で……えっと、放浪者登録? 手続きをしなくてはならないようで」
 唯一憶えているコードネームのようなものは呼びづらいだろうと鈴蘭と名乗り、あやふやな知識を口にすればルシオラは深く嘆息して、しかしながら同じ放浪者として無下には出来ないと言い、こうして案内役を買って出てくれたのだった。転移後、程なくして出会ったのが彼女だったのは僥倖だ。向こうがどんな風に思っているか判らないが、自分達にとっては今や初めての友人と呼ぶべき人である。と、好奇心よりもルシオラが気になり見上げてみれば、眼鏡の奥にある金色の瞳が不機嫌そうに歪んでいた。仏頂面が標準装備の彼女ではあるものの、自分達と話しているときとは何か違う。無関係だと冷め切っているような――。考えは立ち止まった彼女の顔がこちらに向けられたことによって解けた。
「あそこが放浪者向けの窓口です」
 ルシオラの指が正面にある受付、そのやや奥よりに立っている女性を示す。そしてまるで根が張ったように動かなくなった。首を傾げる。
「ルシオラさんは来ないんです?」
「……わたしが行く必要はないですよね?」
「ありますあります。解らないことがあったら教えてもらえますし、それに折角ですしっ」
 折角、と独り言のような小ささでルシオラはその言葉を反芻した。期待の眼差しを注いでいると、人目を気にしてか一瞬、周囲に視線を滑らせてから分かりましたと頷く。なので礼を言い連れ立ってそちらへ向かう。ライセンサーの手続きをと申し出れば、女性は微笑み、適合者かどうか念のために確認し、ライセンスの発行に必要な書類の記入、その後に制服や住居支給の準備を行なうのだと説明された。ふんふん頷きつつ聞いているとルシオラに、
「状況は解っていますか」
 と確認される。それに勿論と答えてみせると、それ以上言わなかった。目はすぐ合わなくなってしまうし、声音は突き放すように素っ気ない。しかし、放っておいたところで野垂れ死ぬわけでもないのにこうして付き合ってくれているのだから優しい人だ。そのうえ美しくもある。何処かに置いてきてしまった記憶、特に元いた世界のそれは殆どが朧げで思い出せないが、かつての大事な友人に似ている――気がする。面影があるというか。ただその名前の響きに引っ掛かるものはなく、答えが見つかるとは思えなかった。それはさておき身を乗り出し、懇切丁寧に説明してくれた受付の女性の手を取ると両手で優しく握る。
「どうもご丁寧にありがとうございます! こちらに来ればまたお会い出来ますか?」
 そう尋ねると、女性は数秒視線を泳がせ、先程と似た笑顔になる。何か困ったことがあればお気軽にどうぞという言葉の後には紙の束を渡された。それは自分達の意図から外れていたので更に続けようとして、黙って見ていたルシオラに「鈴蘭さん」と強めの語調で呼び止められる。
「後がつかえますし、早く済ませましょう」
「それもそうですね。ありがとうございます、ルシオラさん」
 つい目先のことばかり気になってしまって、そんな当たり前のことに思い至らなかった。感謝を述べるも何故だかバツが悪そうにふっと顔を背ける。しかし気を取り直したらしく自分が案内出来ると受付の女性にライセンスを提示して告げた。ルシオラの言葉に女性は頷く。
「鈴蘭さんから見て、この世界はどうですか」
 ルシオラにそう訊かれたのは彼女の先導の元、研究所に向かって歩いているときだった。物に人にと目移りしていたが、隣の彼女を見る。一瞥して正面に向き直る横顔を眺めながら悩まずに答えた。
「こんなに転移者への制度がしっかりしてる世界は初めてですよ」
 と率直な感想を伝える。色々な世界に転移し、辿り着いたここ。特筆すべきはその点だろう。
「この世界より文明が進んだ世界もありました。ですが少々排他的というか……良くも悪くも、人権が無い所が殆どでしたね。人は未知の存在を恐れるものですから、この世界には放浪者が沢山いるのが大きいのかもしれないです」
「……そう、ですか」
 若干低めのトーンでルシオラは呟く。がっかりしたように感じた。予想通りの回答が得られなかったような印象だ。自分達としては感心しきりな事柄だが、彼女からするとそうでもないのだろうか。ふとルシオラがどんな世界から来たか気になる。
「そういえばルシオラさんは――」
「着きましたよ」
 口を開いたのはほぼ同時で、ルシオラは研究所の前で足を止め、言いかけた内容が少し引っ掛かるのか眉を寄せてこちらを見つめた。口籠る彼女を見返して笑いかける。
「お話はまた後でさせてください」
 その言葉に彼女は数秒沈黙を挟み応える。そして何も言わずとも書類を抱えて進む後ろをついてきた。

 ◆◇◆

 適合者だと確認が済み、個人情報が含まれるからと本部内の会議室に通された。部屋には自身と鈴蘭の二人きりでさしもの彼も手持ち無沙汰に足を揺らしている。と、時折見ているのに気付かれたのか、彼は不意にこちらを見返した。思わず椅子が少し動き音が鳴る。
「ルシオラさんも転移者ですよね。どんな世界からどうやってここに来たんですか?」
 屈託ない笑みを浮かべ、それでいて獲物を追う狩人のような鋭さのある問いを口にする。しかしそこに含みは見当たらなかった。立て込んでいるのか、職員が来る気配はない。
「故郷では『世界を守る仕事』をしていました。この世界に来たのは望んでのことではありません。唐突な出来事でした」
 今までは警戒心から選んでいた言葉を距離感を探りながら慎重に話す。思い浮かぶのは大事な二人のパートナーの顔だった。
「転移先はSALF傘下の放浪者研究施設付近で、すぐ保護されました。……酷い目に遭ったことはありません。現在の鈴蘭さんと同じように、EXISや衣食住、ここで生活するにあたっての情報を提供してもらったりと利用はしていますが、信用はしていないです」
「どうしてですか?」
 首を傾げつつ問われる。流石に職員に聞かれたらまずいかと冷静な思考がよぎるも、それも自らの損得勘定であって彼らを慮ってのものではなかった。
「わたしにとっては知らない世界の住人ですし……ここに留まる気はありませんから」
 信用は故郷のパートナーや友人を裏切る行為のように思えた。偽名を訂正せずに通し続けているのもなるべくは自らの素姓を明かしたくない気持ちがあるためである。本名を切欠に誰か知り合いと再会する可能性も無きにしも非ずだが現状鈴蘭以外にそんな相手はいない。
「ルシオラさんは今どこにお住まいなんです?」
 先程の言はこの世界の人間に対してのものではあるが、ここで関わる全てを遠ざけているとも受け取れる筈だ。しかしながら鈴蘭に遠慮の二文字は存在しない。誰にでもそうなのか、それとも自分だけなのか。どうしてかそんなことが引っ掛かってしょうがない。
「今は保護先の研究施設にある社員寮の一室を借りています」
 躊躇は僅かで、答えると机の隅に置かれているメモを引き寄せて、ついに暗記してしまった社員寮の住所を書き留めた。そしてその紙を破り、鈴蘭の目の前へと滑らせる。
「また何か困ったことがあればいつでも訪ねてきてください。わたしがいるかどうかは分かりませんが、言伝くらいはしてくれるでしょうから」
 ありがとうございます、と鈴蘭は紙を取って、しげしげとそれを見つめた後、懐に仕舞い込んだ。自らの行動を咀嚼出来ないでいる内に職員が二人入ってくる。以前に聞いたのとほぼ同じ説明がなされ、ライセンスに記載される情報を鈴蘭は淀みなく記入していく。質問されなければ見守るだけで、現状に脳内が混乱するのを感じつつも、それは無表情の下に覆い隠す。
 書類を受け取った職員はスキャナーでそれを取り込み、仮ライセンス発行の手続きを行なう。今世界が置かれている状況やライセンサーの権限についての講習を経てようやく正式に活動可能になる。今後どうするにしろ知識と保障が必要な放浪者向けの処置だろう。職員がそんな話をするのを鈴蘭はやはり分かっているのかいないのかよく分からない様子で聞いていた。十分もしない内に別の職員が入室し、仮のライセンスを彼に手渡そうとする。と。
「ありがとうございますお美しい方! 良かったら今度お食事でも」
 パッと笑顔を咲かせて礼を言うなり、鈴蘭は差し出された手をまた包むように取った。困惑顔の女性職員の反応など意に介した素振りもなく、今度は事務手続きを行なった男性に目を向ける。
「そちらのお可愛らしい小父様とも、僕達はゆっくりお話ししてみたいのですが……」
 僕達という鈴蘭の一人称を聞いて、保護者同然の扱いを受けている自分まで同じ気持ちだと勘違いされているのではと気付いた。一人ではなく沢山だからと彼は自身を複数形で呼称するのだ。とそんなことはどうでもよくて。
「やめてください! 蹴りますよ!!」
 受付での態度を見たときから募る苛々が爆発して、かつて蚊の鳴くような声しか出せなかったとは思えないくらいの大声が喉を破って溢れた。職員は無論、多少なりとも付き合いのある鈴蘭さえ驚きに目を瞬く。沸騰した感情は心の中で逆巻いた。誰でもいいのかという苛立ち、それに“彼女”はそんな無節操な人ではないとそんな叫びが己自身を貫く。しかし激しい想いなだけに急速に引いていった。息を吐き、自然と浮いていた腰を落ち着ける。
「別人ですが同じ顔の人物がトラブルに巻き込まれるのを黙って見過ごす気はないので、わたしがあなたを見張ります……可能な限り」
 唇に上る宣言は鈴蘭か職員にか、あるいは自らに対するものなのか定かではなかった。数秒の気まずい沈黙を破ったのは緊張感の欠片も見られない鈴蘭だ。
「ルシオラさんは心配してくださっているのですか? ありがとう、お優しい方」
 そう言いとても嬉しそうに笑う。真正面からそれを受け止めればぐっと息が詰まった。掴む手は引く間もなく離れ、やっと仮ライセンスを受け取る彼の袖口から刺青が覗く。外した視線はまだ顔写真のないそのカードに書かれた路傍の毒(la3693)の字に留まった。それを見て、肩の力が抜ける。
 もし時鳥蛍と名乗っていたなら、そこに書かれていたのは自分の知る親友の名前だったかもしれない。
 制止が効いたのか、鈴蘭の奔放で距離感皆無の言動は鳴りを潜める。注意が逸れている間に蛍は自制を試みた。――親友にそういう気持ちはない筈なのに、別の存在と割り切っていても同じ顔から口説かれると気分が高揚してしまう現実を自覚する。軽薄な軟派男は嫌いだ。なのに鈴蘭のことはどうしても嫌えずにいた。見捨てればいいと考えても実行には移せず、守っていたいとも思っている。また共に並びたくて。鈴蘭に対する心情はかなり複雑なもので、自身でも把握出来ていない。別人と考えつつ同一人物とも思ってしまうように。
 蛍が気持ちの整理をしている間に鈴蘭は支給住戸の希望を決めてしまったらしい。聞いていなかったが、連絡先は伝えてあるので問題はないだろう。今日は終わりだと職員が告げるのを聞き立ち上がろうとした矢先に、隣から伸びてくる小さな手のひら。微笑む親友と瓜二つの顔を見返し、蛍はその手を取り立ち上がった。それが当たり前であるかのごとく。
「送って帰りますよ! 女性一人で帰らせるわけには参りません」
 と帰り際に王子様然とした、しかし拒否は想定していない自信を滲ませて鈴蘭は言う。それに加え、
「どういった感じなのか見ておきたいので」
 そう心底楽しげに付け足されたのをつい、変な意味に受け取ってしまった蛍だったが。こちらを見て彼女の隣の部屋がいいですとSALF本部で貰った書類を寮母に提出し、翌日には鈴蘭の引っ越しが決まり――蛍が思わずキレるのは約一時間後の話。七月上旬の初夏の気配が漂い始めた頃のことだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
適合者確認のために鈴蘭さんがEXISを使い、ルシオラさんが
自分とは真逆の変化に色々なことを考えているシーンとかも
入れたかったんですが、字数の都合で省略し無念な限りです。
この時点ではルシオラさんに本名を明かせる相手はいなくて、
でも鈴蘭さんだけは特別と、そんな距離感で書いてみました。
またイベントノベルだったので鈴蘭さんの登録日を元に
なけなし程度で恐縮ですが、今夏の出来事として描いてます。
鈴蘭さんの現在に至る経緯、今後二人がどうなっていくのか、
想像しつつこっそりと見守っています!
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年09月20日

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