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『真夏の夜の夢』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

「これでお別れですね」
 その言葉は思いの外すんなりと唇から零れ落ちた。振り返ると同時に春一番が髪をはためかせ、視界の隅で同じ名を持つ花びらがそれに煽られて散りゆく。見上げた彼の銀糸も乱されて、しかし目は不思議と寄る眉根を捉えた。下唇を噛む歯。数秒の沈黙の後、彼も声を発する。
「……ああ。元気でな」
 声音は努めて明るくしていると感じたが、浮かんだ笑顔は葛藤を隠し切れない不器用なものだった。今まで歩んだ長いとも短いともつかない月日。その中で精神的未熟を背負い、甘えてしまうことは自分の方がずっと多かったのに今は逆転したようだ。バレッタに触れる手を下ろす。
 差し出した手を握り返す大きな手のひら。それに出逢った当時に腑抜けと断じた弱さは欠片もなく、背中を預け、時には自分より先へと進む一角の剣士のものに他ならなかった。温かくて優しいその手を解いてももう、孤独が忍び寄ることはない。
 それが、日暮 さくら(la2809)と不知火 仙火(la2785)の今生の別れになる筈だった。

 共鳴するように導かれ辿り着いた異世界は悪夢に覆われていた。脅かされるヒトの種としての存亡。生存圏を巡る争いはさくらたち放浪者と呼ばれる人々の助力もあり、やがて根源と呼ぶべき存在を打倒するに至った。そして平和が訪れると同時、予てより理論上は形を成していた故郷の物に近い世界間ワープが実用化される。敵の侵攻が無くなった為空間が安定したとも、戦力を担保する目的でSALF上層部が秘匿していたとも言われた。何れにせよ懸念の残党一派を倒した日がこの世界のヒーローとしての役目を終えるときだと決めていた。
 それで良いのかと仙火の幼馴染や親に問われたことがある。互いに追い求める強さがあって暗黙の了解のように置き去りにせざるを得なかったが、惹かれ合っているのもまた周知の事実だったからだ。別の世界から来た身、いずれ寄り添うのは疑いようのない事実として将来嫁に来るか婿に行くかなんて、揶揄い混じりに話すことも戦いの中の憩いが如く、近頃増えていたくらいで。さくらも満更でもないからおふざけが行き過ぎない限り否定しなかった。けれどそれが現実に近付くにつれて思ったのだ。
 ここに来たばかりの頃は仙火たちの繋がりの深さを羨ましく感じていた。それは無意識で理不尽でどうしようもなく、その反面で仙火と真正面から向き合う切欠になっていった。そうして絆を欲して得たからこそ、自分が彼と家族、話で聞いただけの向こうにいる友人。その縁を奪いたくないと思うようになったのだ。自らが故郷を離れる選択も今は具体性を持てずにいて。さくらの世界にはワープ装置があり仙火は父親譲りの天使の力も高まった結果自力で世界を渡ることが出来るようになったらしい。しかし別々に生きながら逢瀬を重ねる、そんな道を歩むことはきっと良い結果を齎さない気がした。この先も誰かを救う刃であり続ける為には。
 ――だから、これで最後。
 離れ離れになっても愛を遂げるなど、まだ人生経験も浅い若造が考えるよりも難しい話だ。それでもそうと信じられるくらい強い想いがある。だから後悔しないと思っていたが――。

 雑踏の中さくらと呼びかけられた時、足を止めたがすぐ歩き出した。何故なら半年以上経っても昨日のように憶えている、しかしここにいる筈のない人の声だから。彼の声を聞き間違える可能性はないので幻聴だと割り切って、若干早足で家路を辿る。暫くは異世界についての報告に追われ、最近になってようやく任務を受けるようになったもののやはり、向こうで積んだ功績は反映されない為、実力で少しずつ認めてもらうしかない。最近詰め込み過ぎたせいで、知らず知らず疲れが溜まっていたのだろう。だからつい彼に甘えたくて幻を追ってしまうのだ。と。
「――さくら!」
 確かに鼓膜を震わせる声と、背後から引かれる腕。抵抗しなかったのは疲労が原因ではなく絶対に幻では有り得ないと直感的に悟ったからだった。引き寄せられて身体がすっぽり収まる。服越しに伝わる肌の温もりと細身ながらしっかりとついた筋肉、無神経に見えて気の回る彼にしては珍しく痛いほどに抱き締める腕の感触。それらを肌で感じつつさくらは身じろいだ。しかし拒絶と解釈されたようで力はより強くなる。間に押し込められた腕をどうにか動かし裾を引いた。
「仙火、痛いです」
「悪い。お前の顔を見たらつい、居ても立っても居られなかった」
 さくらの主張に幾分か冷静さを取り戻したようで、仙火は人目があるのを思い出したらしく抱き締めるのをやめる。ただまるで離さないと言わんばかりに、向かい合った状態で固く手を握られた。
「だってこんな偶然に逢えるなんて、月並みだが運命みたいだろ? こっちに来たのは俺の意思だ。けどもっとちゃんと胸張って会いに行くつもりだったからな」
 予想だにしなかった再会。今、目の前の現実に驚いているのも嬉しいのも本当だ。しかし長女として幼馴染の姉として生きてきた年月は如何なる時も彼らの規範になれと己の心を律する。だから抱き返すことは出来なかった。それでもと口を開く。
「私もずっと貴方に逢いたかった……仙火、貴方が好きです。大好きです」
 面と向かって言えずじまいでいた言葉を紡ぐ。途端に仙火は花の種が弾けるように笑った。くしゃくしゃの子供っぽい無邪気な笑顔だ。年上らしく穏やかに振る舞うときの微笑もまたいいけれど、こちらの方が仙火らしくて好きだと感じる。
「俺は本当、お前を追いかけてばっかりだよな。先に言われちまったが――俺もさくらが好きだ。愛してる。だから、お前と共に生きる道を選んだんだ。時間が掛かって悪い。けどもう絶対離さないって約束する」
 仙火の言葉の一つ一つが、いっそ全てが愛おしい。伝えたいこともしたいことも山程ある。けれど今でなくとも出来ることだ。そう教えてくれるから代わりに同じだけの力で手を握り返して笑う。それはきっと彼に似た笑顔だった。

 ◆◇◆

「しっかしまあ、交際を報告するなり決闘を挑まれるとは思わなかったぜ」
 笑いつつ言い、思い出すとますます笑みが込みあげる。決して馬鹿にしているのではなく、如何にさくらを大事に想っているか伝わってきて、微笑ましさや単純に人としての好感が和やかな気分にさせてくれるのだ。ソファーの隣に座る今日やっと名実共に恋人になった彼女が、辿々しい仕草で酒を注いでくれるのに礼を言った。
 軽く煽って息をついて、仙火が眺める部屋の内装は故郷のものと然程変わらない。法学関係の書籍などは当然ながら全部違うが、結局のところ部屋の主人は同じなのだから当然だろうか。
 この世界の歴史については凡そ把握した。現在は自分たちが出逢った世界でいうところの放浪者とナイトメアと同じく原住民に対して友好的か敵対的かで区別され、仙火は前者である為、まさに放浪者として生活していたときと殆ど同じ状況になった。違うのは一人で来たことくらいだ。
「父上も普段はずっと落ち着いているのですが、仙火があの人の息子だからと動揺していたのかもしれませんね」
「いや、あれは単純に親馬鹿だろ。俺じゃなくても絶対に言ってるぞ」
「……そうですか?」
 時折天然な一面を覗かせるさくらはよく解らないという風に首を傾げる。確かに、母と瓜二つのさくらはともかく、彼女の弟妹とは血の繋がりがあるといっても疑われない程に似ていて、もしかしたら不知火の姓を名乗らずともさくらの両親は仙火の素姓を察していたかもしれない。
「ただ、あれだけ苦戦するとは思わなかったな。現役退いてて本気じゃなくてあれとかマジ化けもんじゃねえか」
 言って溜め息をついた。まあ如何に日々の研鑽と実戦経験、そして己の士道を見定めることが強さに直結すると思えば、自分の倍程も生きている彼らが強いのも然もあらん。主導権が入れ替わる度に微妙に癖が変化して攻撃タイミングをずらされるのにも最後まで慣れなかった。――しかし。
「俺だってお前と一緒に強くなったんだ。何年も待たせる気はねえから心配すんな」
「心配などしていません。貴方の強さも頼もしさも、今は私が一番よく知っていますから」
 当然のように告げられた言葉を聞き仙火は目を瞬いた。動揺に傾く猪口の中身が揺れる。一口だけ飲んでテーブルの上に戻した。
(……これ、酔っ払ってるな)
 悪戯っぽく笑うようになったさくらの頬は淡く色付き、別にそれを隠す意図はないのだろうが、左肩に寄りかかられて見えなくなった。彼女は酔うと素直な甘えたがりになると知ったのはこちらに来てからだ。さくらの右手に左手を重ね、薬指の付け根をなぞる。多少学業の免除があった為、彼女の両親の下で働く日はきっと遠くはない。そうしたら刀や銃を持っても平気な細身の指輪を買おう。
 送り出してくれた自身の家族と幼馴染。仙火はここで生きると決めたが久方振りに芽吹いた男に会いたいと父はどこか誇らしげに、母はもう一人の娘になったさくらと再会するのが楽しみだと恋する乙女の顔で笑っていた。幼馴染も悲しませていないか見に行くと冗談めかして言っていたので、想像していたよりも寂しくはなかった。
 睦み合って話して、ふと沈黙が訪れたので壁時計を見るといつの間にか随分経っていた。
「……もうこんな時間か。さくら、そろそろ帰らねえと」
 言えばぐずるように身じろいでから、彼女は寄り掛かるのをやめる。仙火が立ち上がり手を差し出すと少し間を置き重ねられた。
「分かりました。……でも明日もまた側に居てください」
「当たり前だろ。ってか送ってくんだから気が早いって」
 気持ちはよく分かるが。まだ居足りないのだと言外に匂わされれば、世界を越える程愛おしさを感じている身としては色々ある。が、古風といわれようが、彼女の両親に認めてもらうまでは手は出さないと固く誓っているし、さくらも意思を汲んでくれている。欲をぐっと飲み込む代わりに、仙火が頬に手を添えて上向かせると、さくらも意図を読んで瞳を閉じた。柔らかな感触が重なり合って、差し込んだ舌に同じだけの熱を持ったそれが触れ、境界を溶かすように絡み合い――。

 仙火は今日何度目かも忘れた溜め息をついた。疲れてんのか俺、そう思い髪を掻きあげて額に手を当ててみるも平熱だ。今日も今日とて任務の為、本部の会議室に向かいながら首を捻る。
(ただの夢か……? それにしては妙に生々しかったぞ)
 登場人物にしろ展開にしろ、それから感触にしたって。恋愛は当座御免被りたいと思ってはいるが、仙火とて二十歳過ぎの男である。健全が故の欲求こそあれ、彼女に対しその手の感情を抱いたことは――
「あっ」
 短く、思わずといった風に零れた声に知らず伏せていた顔を上げる。と、今まさに思い浮かべていたさくらの顔が至近距離にあって、仙火は咄嗟に後ろへと引いた。それは彼女も同じで、角でぶつかりそうになったから当然と納得したが。
(……なんかやけに距離置かれてねえか?)
 そう思うのは考え過ぎだろうか。壁に背中がつきそうなほど離れてから、さくらはらしくもなく恐る恐るこちらを見上げてくる。その様子が夢での名残惜しそうな表情と重なり、瞬間勢いよく鼓動が跳ね上がる。
「そういえば同じ任務、でしたね」
「あっ、ああ……そうだったよな」
 指摘されて思い出し、頷いて応えた。示し合せることはないが一緒になる場合も時々ある。それが当たり前になっていたせいで忘れていたが、今回もそうだったと参加者の覧を思い返す。
「えっと……今回も宜しくな」
「……はい。こちらこそ……」
 歯切れの悪いやり取りを交わし、引き返すのも不自然と二人連れ立って歩き出す。が、人一人は余裕で通り抜けられる距離が空いている。夢とはまるで大違いなどと考えればますます意識し、顔が熱くなるのを自覚した。外そうとした視線は動揺のあまりにさくらの方を向いて、すると似たり寄ったりに紅潮しているのに気付き。ある考えが仙火の脳裏によぎった。
(――いや、まさか、な)
 同じ夢を見て、同じように思い出し意識しているなんてそんな馬鹿げた話はない。
 作戦会議になれば自然と忘れて集中出来るだろう。半ば願望に近い予想を立てつつ歩く仙火は自らの想像通りだとは思いも寄らずに、せめて気恥ずかしさを悟られまいと別の話題を探すのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
提示していただいたどのパターンも凄く美味しくて、
どうしようか悩んだ挙句にちょっと変則的でしたが
両片想いで別れてからの再会という感じにしました。
付き合うのがさくらちゃんの世界に行ってからだと
手を出しにくいかなと思い、超奥手? 堅物? な
感じにしましたが夢を見過ぎていたならすみません!
そして酔っていなくてもさくらちゃんのデレ度が高めという。
さくらちゃんが先に告白する気がしてあの流れにしています。
仕掛けというと大袈裟ですが色々入れるのが楽しかったです!
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年09月20日

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