▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『想い、編み込み』
木陰 黎夜aa0061)&アーテル・V・ノクスaa0061hero001



 ――高校受験合格を祝って……乾杯!――



 あの頃はベリーショートだった木陰 黎夜(aa0061)の髪も、高校3年生になる頃には結べるほどに伸びた。
 『世界の完全な平和』というものは難しく、大きな大きな戦いの後にも災いは続く。
 黎夜は、高校生活とエージェントとの活動を両立することにいっぱいいっぱいな――充実した――日々を送っていた。
「伸びるもんだな……」
 久しぶりに、ゆっくりできる休日。
 顔を洗い、あげた先の鏡に映った自身の髪に触れて黎夜が呟く。
 結ばなければ、肩甲骨の辺りくらいまで。
 ――まるで、女のひとのよう
「…………」
 いや、そうなのだけれども。

 幼い頃、黎夜の髪は長かった。前も後ろも。それを『切り落とした』のは小学5年生の時。
 自らの手で。自らの意思で。
 ――お前を生かす
 そんな誓約を交わした相手が誓約に縛られ命を落とすことがないように。
 黎夜自身が前を向く為に。変わりたいと、願った。
 自分は変われただろうか。
 己を蝕んでいた『男性恐怖症』は、ずいぶんと和らいだ。自分ひとりきりだったら、こうはならなかった。
(うちは、大丈夫)
 鏡の向こう、黒い右瞳が見つめ返す。強い意思を宿したそれは、怯え切っていたあの頃とは違う。
(ハルたちが……いてくれるから)

「……伸びたな」
 ひょい、と黎夜の後ろから長身の男性が鏡を覗き込んだ。アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)である。
「明日、髪を切りにいくか」
「えっ」
「特に理由なく伸ばしていたが、さすがに手入れがな」
 アーテルが、自身の髪の先をつまむ。
 左目に眼帯をする黎夜を補うかのように右目へ眼帯をしているアーテル。鏡に映る互いの姿を楽しみながらも意思は固いようだ。
 思い付きで言った風なのに、彼の中で既に確定していることがわかる。
 そのことに黎夜は動揺を隠せない。
「ハル……本当に、髪、切るの……?」
「必要以上に伸びれば切る。つぅも、細目に手入れをしているだろう?」


 黎夜の本来の名は『白野月音』。だから『つぅ』。
 アーテルは日常生活では『ハルヤ』と名乗っている。だから『ハル』。
 2人にとっては日常・非日常をひっくるめての『呼び名』であった。




 アーテルと出会い、黎夜は髪を切った。
 それとは対照的に、アーテルは髪を伸ばし続けていた。

(つぅの、男性恐怖症を和らげるためだったしな)
 アーテルの、手入れの良き届いた美しい黒髪。女性的な口調やマニキュア。それらは全て『黎夜のため』だった。
 出会った頃の黎夜は男性に対して怯え切っていた。語ることも酷な生活の中に居たためだ。
 警戒心を少しずつ少しずつ、アーテルは溶かしていった。
 時間をかけて、間合いを測り、半ば一方的に結んだ『生かす』という誓いを果たすため。
 黎夜という1人の少女へ近づくため――などと言っては下心しかないように聞こえるか。
 時間を重ねる中で友と呼べる人々と出会い、黎夜は成長した。
 完全に恐怖が払拭されたとはいかないものの、今では過度な心配もいらない。
 今ではマニキュアは、爪の保護という意味合いしか持たない。
「きれいなのに……」
 名残惜しそうに、黎夜はアーテルの髪を見つめていた。
(そういえば)
 手入れが大変というのは事実だけれど、ならば今までもある程度の長さを保って切ればよかったのでは。
 伸ばしていた理由は。特にない。
「元の世界での願掛けだったかもしれない。謂われも何も、あちらへ置いてきて覚えてはいないが」
 薄く笑い、アーテルは改めて自身の髪に触れる。枝毛一つ許さない完璧なケアだ。
「この世界での願いは叶ったようなものだ。だから、切ろうと思う。俺は今この世界で、つぅの隣で生きているからな」
「……、…………」
 黎夜は何かを言いたげに、口を閉じ開きするも言葉が出てこない。
 共に過ごして随分と経つのに、こういった反応はいつまでも初々しい。――と、アーテルは口に出して言わないけれど。
「……だったら」
 少女の黒い瞳が左右に揺らぐ。ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「最後に、触れさせてほしい……」

 強い決意が込められた声に、アーテルは髪の毛束をつまみ、『いや、違うな?』と思い直す。
「つぅの髪にも触れさせてほしい。それが条件だ」
 少女の瞳は、今度はまんまるに見開かれる。この返しは想像していなかったらしい。




 静かな静かな、休日の昼下がり。
 椅子に座るアーテル。その後ろで、彼の髪を三つ編みにする黎夜。
 2人の間に会話はなく、ただただ静かに時が流れる。


(ああ、もったいないな)
 スルスルと、冷たい髪が指先に心地よい。
 ひっかかり一つなく、美しい艶を帯びて伸びてゆく三つ編みに、黎夜は心の中で吐息する。
(好き)
 天涯孤独となった黎夜の傍らに、アーテルは常に居てくれた。
 幼少期の男性恐怖症は本当に酷くて、アーテルにすら触れられる事を恐れていたというのに。
(……約束)
 『高校卒業後もアーテルを好きでいたら再度告白する』。それは誰にも告げていない、黎夜の胸の中だけの約束。
 アーテルの、長い髪。マニキュアで手入れされた綺麗な指先。低めの声。優しいまなざし。
 どこが好き?
 どうして好き?
 どれか一つでも欠けたら、好きではなくなる?
 ――そんなものではなくて。
 言葉では表せないから難しい。
 触り心地の良い髪も好きだが、きっと髪を切った姿も好きだろうと思う。
(うん……)
 言葉にはできない想いを、黎夜はひとつひとつ編み込んでゆく。指先から髪へ、想いが伝わればいいのに。
 改まって触れたことのなかった、好きな人の長い髪。もしかしたら最初で最後になるかもしれない長い三つ編み。
 終わらなければいいのにと思った時間にも、やがて終わりが来てしまう。

「できた」
「思っていた以上に長いな、重いはずだ」

 黎夜が編んだ髪を胸元へ持って来て、アーテルはしみじみ呟く。
「綺麗な髪だからもったいないけど……切ったら肩凝りが楽になるのか?」
「検証しないとな」
 アーテルが肩凝りの愚痴など零した記憶はないが、『重い』という言葉を聞いて黎夜は思わず笑ってしまう。
 つられてアーテルも微笑む。
 忘れてしまった何かの名残で伸ばしていたという髪を切ったとしても、彼自身の何が変わるでもない。
 気が向いたら、また伸ばせばいい。
「それじゃあ、つぅ。交代だ」
「……うん」




 不慣れな黎夜に対し、アーテルの指は器用に少女の髪を編み進める。
 時折り曲げた指が黎夜の首筋に触れて、彼女の肩がびくりと跳ねる。
「驚いた、だけ……大丈夫」
 フォローの声は少しばかり震えているけれど、言葉以外の意味はない。
 男性恐怖症が強かった頃の、怯えや拒絶は無かった。
(出会ったばかりの頃は赤の他人、だった)
 助けてくれたと解かっていても、本能的に『怖かった』。
 天涯孤独となった黎夜にとって、それ以後は育て親へ、やがて戦う為の『相方』へと存在は変化していった。
 そして今は、恋をする人。
「こんな未来……昔のうちへ教えても、信じなかっただろうな」
「10年後のつぅは、今のつぅへ何を教えるだろう」
「……え……、……想像できない……信じないかもしれない」
「だから『今』が面白い」
「うん……」
 おもしろい。感情に振り回されることも、穏やかに凪ぐことも、全てが愛おしい日々だ。
 恋愛だけではなくて。
 過去を振り返り、未来を想像すること。
 もしかしたら、いつか本当に『未来の自分』なんてモノと遭遇することがあるかもしれない。
 悪しきモノであれ、真実のモノであれ。
「今、は……怖くない」
「うん?」

「ハルに、触れられても……何も怖くない」

「………………」
 無防備すぎる少女の言葉に、アーテルは返事に詰まる。
(それは、他の男には言わないように いや、俺以外も大丈夫なのか、俺だけなのか、そこが大事だが いや)
「恐怖、粗方薄れたな」
「……そう、か」
 『男性恐怖症克服の為に努力をする』。それが誓約だ。正しい方向へ進んでいる。
(こうして触れられるようになるまで、どれだけかかったか……)
 この先、黎夜と出会う男性たちは知る由もないだろう。教えるつもりもない。必要以上に触らせる予定もない。
 ずっとずっと、大切にしてきた。
 始まりは罪悪感。
 しかし、決してそれだけでもなかった。
 黎夜が黎夜であれるよう、『恐怖』に心を壊されないよう。細心の注意を払って傍にいることは、並大抵の覚悟で出来ることではない。
 長くなった彼女の髪は、初めて触れる彼女の髪は、思い描いていたよりも少しだけ柔らかかった。

「おそろいだ」

 手鏡で、編み終えた黎夜の髪を見せてやる。鏡の中で少女が笑った。
 少女――と表現するには、そろそろ難しい年頃へと差し掛かっている。
「高校も今年で卒業か。あっという間だな」
 入学祝いを、つい先日したばかりのような気がする。
 アーテルの言葉に、黎夜も頷いた。
「早く感じても、ちゃんと時間は流れてる、ん、だよな」
 伸びた髪が、その証。
「つぅは、伸ばし続けるのか?」
「あ。うんー……今のところは切る理由も見当たらない、か」
 サンゴ色の飾りがついたヘアゴムを手に、黎夜は考え込む。
 どこまで伸ばすといった明確な目標はもっていなかったし、今の長さで不自由もない。
「明日、俺が髪を切ったら」
「うん」
「つぅに似合うマニキュアを探しに行こうか。良いトリートメントもな」
「話が飛ぶな……」
 唐突な展開で、鏡の中の黎夜が呆れた表情をする。
「手入れは重要だ。習慣づければ苦ではなくなる」
 語るアーテルは、どこか楽しそうだ。
 今までの手入れが苦だったわけではなく、自身の体験を黎夜へ伝えられるのが嬉しい様子。
 もともとオシャレが趣味のアーテルだし不思議はない。
「俺も短くしたらそれはそれで、必要なものも変わってくる」
「あ……そうか。うん。ハルの買い物だったら付き合う」




 髪を切る。


 日常生活によくある1コマのようでいて、神聖な儀式のようでもあって。
 明日には切られてしまう好きな人の髪へ、黎夜は今一度手を伸ばした。
「もし、ハルがまた髪を伸ばすことがあったら」
「ん?」
「今度はもっと、綺麗に編めるようにしておく……」
 短い自分の三つ編みの方が、よほど綺麗で。アーテルの髪に申し訳なくすらなってしまう。
「俺は嬉しいよ。……ありがとう、つぅ」
「……ん」
「3時のおやつは? ベリージャムのパンケーキなんてどうだ」
「手伝う」
 黎夜は立ち上がり、エプロンの用意を。

(髪に妬いてどうする?)

 彼女の後姿を見守りながら、アーテルは心の中で苦く笑う。


 この世界へ来てから、伸ばし続けていた髪を切る。
 何気ない日常であり、ひとつの決別でもある。
 最後の日に、たどたどしく編まれた長い髪。別れがたい愛着さえ生まれてしまう。


「ハル、小麦粉のストックはどこだ?」
「ああ。いま行くよ」
 長い三つ編みを揺らし、アーテルは一歩を踏み出した。



 
【想い、編み込み 了】


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました。
静かな、『別れの前日』をお届けいたします。
楽しんで頂けましたら幸いです。
パーティノベル この商品を注文する
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年09月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.